真犯人は、
「半分?」
わたしの呆けた声に、ゆかりさんはまたも頷きを返します。
「えっと、どこからどこまでが正解で、どこからどこまでが不正解?」
わたしの問いかけに、ゆかりさんは答えます。
〝動機は、みぃちゃんが言った通り。本が汚された怒りから、その二人を貶めようとしたこと〟
動機は正解。
じゃあ不正解なのは、真犯人。色水を仕掛けた人物。
「相原さんじゃないのね?」
ゆかりさんは、わたしを安心させるためにゆっくりと深く頷きます。
〝陥れるつもりなら、録画なんてしないわ〟
スケッチブックの文字を目で追います。
言われてみると、確かにその通りです。あの時相原さんは証拠を得るためにカウンターの内側に隠れていたはず。
あんな派手な罠を仕掛けたのなら、そんなことをする必要はない……。
そしてゆかりさんはスケッチブックを裏返して、書いた文字をわたしに見せます。
〝あなたが見たその人の笑顔は、決して嘘なんかじゃないわ。みぃちゃん〟
「……そっか。よかった」
その言葉で、ゆかりさんのおかげで、締め付けるような胸の圧迫感が無くなりました。
人を疑うというのはこんなにも心苦しいことだったなんて……。
「あれ、でもそうすると」
安堵の先には新たな疑問が待ち構えています。
わたしでも相原さんでもない。容疑者がいなくなってしまいました。
しかし、ゆかりさんは首を横に振ります。
〝いいえ。もう一人残っているわ〟
「え? でも……」
そう、あの時わたしははっきりと聞いたはずです。
容疑者は、その仕掛けが出来たのは、本を汚されたことを怒っていて、あの二人が放課後図書室に居ることを知っていて、当番の人や他の生徒の目をかいくぐるために、放課後になってから仕掛けを施せる人で……。
すべての条件に該当する人物。それは―――。
〝真犯人は、司書の先生よ〟
「…………」
絶句、でした。
ゆかりさんが書いたそのひと言を理解するのに、ずいぶん時間がかかりました。
「でも、それって……」
わたしがそう反論を口にできた頃には、ゆかりさんはとっくに長い答えをスケッチブックに書き終えていました。
〝本が好きで、それを汚す人を許せないという動機がある。司書の先生なら放課後の図書室に居てもおかしくないし、仕掛けも自由に施せる。たぶん相原さんという図書当番と逢引きの二人が来る前、授業の終了と同時に色水を仕掛けて、こっそり様子を覗っていたんだわ〟
わたしはぶるぶると首を横に振って、
「でも、どこから? あの時先生は廊下から図書室に入ってきて……。いくら放課後といっても、廊下から図書室を覗き見ていれば目立つし……」
ゆかりさんからの返しは、たったの三文字。
〝司書室〟
「あ……」
わたしの口から呆けた声が出ました。
図書室のカウンターの奥。そこには別の部屋への扉がありました。
そこへ入れるのは、司書の先生だけ。そこに隠れていられるのは、司書の先生だけでした。
あの時、カウンターの裏にしゃがみ込んだわたしたちのすぐ近くから、司書の先生もあの二人を監視していたのです。
仕掛けた罠が上手くいくかどうか。上手くいったら、すぐに現場を押さえるために。
〝学校の各部屋はね、たいてい出入り口が二か所以上設置されているの〟
ゆかりさんのスケッチブックを見て、確かにそうかもしれないとわたしは思います。
どの教室にも前と後ろに扉があって、準備室など先生しか入れない場所にも扉が二か所設置されています。
入ったことはありませんがきっと司書室もそのような造りになっていて、一方は図書室へ、もう一方は廊下へ通じているのでしょう。
「…………」
言葉を失うとはまさにこのことでした。