表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆかりさんとわたし  作者: ユエ
1話 ゆかりさんとわたしと、図書室にて
25/79

愛の言葉を囁く時とか?


 

 図書室で巻き込まれた色水事件について話し終えると、



〝素敵な友達が出来てよかったわね〟



 黙って聞いていたゆかりさんは、そんな感想を伝えてきました。にこにこして、とても嬉しそうです。


 友達、というのは相原さんのことでしょうか?



「いや、そういうことが言いたかったわけじゃないのだけど……」



 何か勘違いがあるようで、ゆかりさんは不思議そうに首を傾げてしまっています。


 いや、でも、どこをどう聞いたら〝素敵な友達が出来た〟なんてことになるのでしょうか?

 どれだけ話下手なんでしょうか、わたしは。



「とにかく。そういうことがあって、ちょっと大変だったなっていうお話」



 そう締めくくった後で、ああ、やっぱり……、と思います。

 どういう風に話しても、これじゃあただの愚痴です。


 違います。わたしはゆかりさんにそんな話をしに来たのではありません。

 もっと楽しくて心が躍るような、ゆかりさんを笑顔にできるようなお話を持ってきたかったのです。


 だからここは、きっぱりと言っておかなければ。



「―――と、ここまでが前置きで。メインのお話はね、その時に借りた本の方で! これがとてもおもしろくてね!」



 やや慌て口調でまくし立てるわたしを見て、何故だかゆかりさんはおかしそうににこりと笑います。

 わたしの話を聞いて笑ってくれましたが、こういうことではないのです。


 ゆかりさんは、スケッチブックにひと言書きます。



〝随分と長い前置きだったわね〟

「う……」



 どうにも、ごまかしきれそうにありません。


 わたしは降参の意を込めて、しゅんとして顔を伏せます。



「話下手でごめんなさい」



 ゆかりさんは、ううん、と首を横に振って、またひと言書き加えます。



〝とっても面白いお話だったわ〟

「もう。またそうやってからかうんだから……」



 ゆかりさんはゆっくりと頷きを返します。


 会話から察するに、私はそう思う、もしくは本当にそう思っている、という意味合いです。


 要は、いじけるわたしを励まそうとしてくれているわけで。



「ありがとう、ゆかりさん……」



 また元気づけられてしまいました。

 まあ、これはお遊びみたいなものなので、ノーカウントで。


 ゆかりさんに素朴な瞳で先を促されて、わたしは話を戻します。



「それで、そのあと相原さんに教えてもらったんだけど……。逢引きをしていた二人の上級生はやっぱり退学処分。否定しているみたいだけど、色水の件はうやむやにほとんど二人せいで決まりそう。相原さんは自分が渡した証拠が役に立ったって喜んでいたけれど、どうにも……」



 言葉にしてみてはっきりと分かります。どこかもやもやとした疑問がわだかまっているのです。


 それが何なのか……。足りない頭を悩ませても、すんなり出て来てくれそうにありません。



「何か、気になることがあるのね、みぃちゃん」



 ふいに澄んだ声が耳から入って、ごちゃごちゃした頭の中をすーっと通り抜けて行きました。


 ゆかりさんの声はそういう性質を持ち合わせています。


 わたしの悩みや不安を吹き飛ばしてくれるような、何か不思議な心地良さを感じる優しい声色で―――じゃなくて!



「駄目じゃないゆかりさん! 無理をしたら!」



 久々のゆかりさんの声に聞き惚れしまって、とんでもないことをスル―しそうになっていました。


 幽霊となったゆかりさんは、自由に動ける代わりに声を出しづらくなってしまいました。ひと言発するだけでどっと疲れが来るのだとか。


 だからこそ、こうして筆談を交わしているわけで。


 ゆかりさんが声を出す。それはかなりの負担を強いるもののはず……。

 日常的な会話の中で使っていいものじゃないはずです。


 なのに何故?



「あ……」



 疑問の答えはすぐ目の前にありました。


 ゆかりさんは手元のスケッチブックをこちらに向けていました。

 書いてある文字は先程の発言とまったく同じです。


 わたしが考え事に夢中で、気づかなかったのでしょう。


 それなら袖を引っ張ってくれれば……、とそこまで考えて、ぶるぶると首を振ってその先を吹き飛ばします。


 そうではないのです。ゆかりさんは悪くありません。

 これは、彼女からのサインを見逃してしまったわたしの失態。


 反省するのはわたしで、猛省すべきはわたしでした。

 謝らないと。



「ごめんなさい、ゆかりさん。でも本当に無理はしないで……」



 堪らずひと言付け加えてしまいます。


 するとゆかりさんは、珍しくしゅんとした顔でさらさらと。



〝私だって、たまにはみぃちゃんと声のある会話を楽しみたいわ〟

「ううーん……。そういう風に言われてしまうと……」



 ゆかりさんに無理はさせたくありません。

 ですが、絶対に駄目だと縛りつけてしまうのもどうかと。


 わたしなんかよりゆかりさんの方がよっぽど、自身のことを良く分かっているわけですし。



「でもそれなら、もう少し楽しい会話の時がいいかな? もっと楽しくて大切なお話の時。それまで取っておいて。ね?」



 わたしがそう言うと、ゆかりさんは別の言葉を書いた紙面をこちらへ向けました。



〝愛の言葉を囁く時とか?〟

「どうしてそういう発想になるの……」



 力が抜けそうでした。


 

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読了、ありがとうございました。
感想・評価いただけると嬉しいです! 最新話下部にあります!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ