愛の言葉を囁く時とか?
図書室で巻き込まれた色水事件について話し終えると、
〝素敵な友達が出来てよかったわね〟
黙って聞いていたゆかりさんは、そんな感想を伝えてきました。にこにこして、とても嬉しそうです。
友達、というのは相原さんのことでしょうか?
「いや、そういうことが言いたかったわけじゃないのだけど……」
何か勘違いがあるようで、ゆかりさんは不思議そうに首を傾げてしまっています。
いや、でも、どこをどう聞いたら〝素敵な友達が出来た〟なんてことになるのでしょうか?
どれだけ話下手なんでしょうか、わたしは。
「とにかく。そういうことがあって、ちょっと大変だったなっていうお話」
そう締めくくった後で、ああ、やっぱり……、と思います。
どういう風に話しても、これじゃあただの愚痴です。
違います。わたしはゆかりさんにそんな話をしに来たのではありません。
もっと楽しくて心が躍るような、ゆかりさんを笑顔にできるようなお話を持ってきたかったのです。
だからここは、きっぱりと言っておかなければ。
「―――と、ここまでが前置きで。メインのお話はね、その時に借りた本の方で! これがとてもおもしろくてね!」
やや慌て口調でまくし立てるわたしを見て、何故だかゆかりさんはおかしそうににこりと笑います。
わたしの話を聞いて笑ってくれましたが、こういうことではないのです。
ゆかりさんは、スケッチブックにひと言書きます。
〝随分と長い前置きだったわね〟
「う……」
どうにも、ごまかしきれそうにありません。
わたしは降参の意を込めて、しゅんとして顔を伏せます。
「話下手でごめんなさい」
ゆかりさんは、ううん、と首を横に振って、またひと言書き加えます。
〝とっても面白いお話だったわ〟
「もう。またそうやってからかうんだから……」
ゆかりさんはゆっくりと頷きを返します。
会話から察するに、私はそう思う、もしくは本当にそう思っている、という意味合いです。
要は、いじけるわたしを励まそうとしてくれているわけで。
「ありがとう、ゆかりさん……」
また元気づけられてしまいました。
まあ、これはお遊びみたいなものなので、ノーカウントで。
ゆかりさんに素朴な瞳で先を促されて、わたしは話を戻します。
「それで、そのあと相原さんに教えてもらったんだけど……。逢引きをしていた二人の上級生はやっぱり退学処分。否定しているみたいだけど、色水の件はうやむやにほとんど二人せいで決まりそう。相原さんは自分が渡した証拠が役に立ったって喜んでいたけれど、どうにも……」
言葉にしてみてはっきりと分かります。どこかもやもやとした疑問がわだかまっているのです。
それが何なのか……。足りない頭を悩ませても、すんなり出て来てくれそうにありません。
「何か、気になることがあるのね、みぃちゃん」
ふいに澄んだ声が耳から入って、ごちゃごちゃした頭の中をすーっと通り抜けて行きました。
ゆかりさんの声はそういう性質を持ち合わせています。
わたしの悩みや不安を吹き飛ばしてくれるような、何か不思議な心地良さを感じる優しい声色で―――じゃなくて!
「駄目じゃないゆかりさん! 無理をしたら!」
久々のゆかりさんの声に聞き惚れしまって、とんでもないことをスル―しそうになっていました。
幽霊となったゆかりさんは、自由に動ける代わりに声を出しづらくなってしまいました。ひと言発するだけでどっと疲れが来るのだとか。
だからこそ、こうして筆談を交わしているわけで。
ゆかりさんが声を出す。それはかなりの負担を強いるもののはず……。
日常的な会話の中で使っていいものじゃないはずです。
なのに何故?
「あ……」
疑問の答えはすぐ目の前にありました。
ゆかりさんは手元のスケッチブックをこちらに向けていました。
書いてある文字は先程の発言とまったく同じです。
わたしが考え事に夢中で、気づかなかったのでしょう。
それなら袖を引っ張ってくれれば……、とそこまで考えて、ぶるぶると首を振ってその先を吹き飛ばします。
そうではないのです。ゆかりさんは悪くありません。
これは、彼女からのサインを見逃してしまったわたしの失態。
反省するのはわたしで、猛省すべきはわたしでした。
謝らないと。
「ごめんなさい、ゆかりさん。でも本当に無理はしないで……」
堪らずひと言付け加えてしまいます。
するとゆかりさんは、珍しくしゅんとした顔でさらさらと。
〝私だって、たまにはみぃちゃんと声のある会話を楽しみたいわ〟
「ううーん……。そういう風に言われてしまうと……」
ゆかりさんに無理はさせたくありません。
ですが、絶対に駄目だと縛りつけてしまうのもどうかと。
わたしなんかよりゆかりさんの方がよっぽど、自身のことを良く分かっているわけですし。
「でもそれなら、もう少し楽しい会話の時がいいかな? もっと楽しくて大切なお話の時。それまで取っておいて。ね?」
わたしがそう言うと、ゆかりさんは別の言葉を書いた紙面をこちらへ向けました。
〝愛の言葉を囁く時とか?〟
「どうしてそういう発想になるの……」
力が抜けそうでした。