運が悪いだけでもなかったかも
ひとしきり笑った後、先生は、「もう暗いから気を付けて帰るように」と言って、わざわざ正面玄関まで付いて来て、わたしたちを見送ってくれました。
すっかり陽が落ちた後の夜道を街灯の灯りを頼りに歩きます。相原さんも一緒です。
わたしはお礼を口にします。
「さっきはありがとうございました。庇ってもらって」
「まあ、一応先輩だからね」
「助かりました」
「ううん。いいの。むしろおかしなことに巻き込んじゃってごめんね。帰りたがっていたんだからこっそり帰らせてあげるべきだったわ」
「いえ。相原さんのせいではありませんから」
そう答えてからひとつ間を置いて、聞きたかったことを訊ねることにしました。
「それより、証拠のことはどうする気ですか?」
提出を求められた、逢引き男女の情事を録画した動画。そんなものは存在しないはずです。
しかし相原さんは悪戯っぽく微笑んで、
「実はね、今日初めて証拠を撮ろうとしたわけじゃないの。以前から機会がある度に何度か。それをまとめて提出するつもり」
わたしは思わず、自分の顔が引き攣るのを感じました。
「何度かって……。そんなに何度もあるんですか?」
「あの二人だけじゃないのよ。放課後の図書室で、つまり人気のない場所でイチャイチャしようっていう馬鹿ップルは」
「…………」
絶句、でした。
「私だけじゃなくて、図書委員の先輩や後輩も何人かそういう場面に遭遇して嫌な思いをしている人達がいるの。あなたみたいにこういうことが不得手な子は特にね」
「そうだったんですか……」
「特にあの二人は何度もやらかしていてあまりにも目に余るから、今回は少し無茶しちゃった。先生がいてくれたおかげでもあるけれど」
「格好良かったですよ」
「ふふ、ありがと。それじゃあ私はこっちだから」
「はい、さようなら」
別れ際、相原さんは青信号の横断歩道を渡っていく前にもう一度わたしに手を振ってくれます。
「そういう嫌なこともあるから、放課後はあんまりぼんやりとしていない方がいいわよ。じゃあね」
先輩らしくわたしにアドバイスして、晴れ晴れとした表情で去っていきました。
わたしはその背中を見つめて、
「……。運が悪いだけでもなかったかも」
夜の帳が落ちた遠い空を見上げながら、ひとりそんなことを呟きました。