証拠ならありますよ
「……ちっ!」
「はあ? 意味わかんないっ!」
逢引き男女が気に喰わなそうに声を上げますが、相原さんは気にしません。
毅然とした態度で糾弾します。
「この二人は放課後の図書室で淫らな行為に及んでいました。最近本が汚される事件が多発していましたが、犯人はこの二人に違いありません!」
司書の先生は、特別驚いた表情を見せることはありません。
この告発を恐らく予想していたのでしょう。まあ、早急に対処すべき案件として、図書委員会で取り上げられていたでしょうし。
ひょっとして、先生が証拠を押さえるように入り知恵したとか? その可能性はありです。
「相原さん、そう言い切るからには何か根拠か証拠はあるの?」
「根拠も何も、私は実際この二人の会話を聞いていました。とても本を選んでいる風ではありませんでした。それにこっちの子も」
相原さんが隣に居るわたしを手で示します。
ここでわたしに振るんですか? 正直勘弁して欲しいです。
「そうなの?」
司書の先生がわたしの方を向いて訊ねてきます。
「あなたはどうして、って聞くまでもないわね。よく放課後に図書室を徘徊している一年生ね」
わたしを見る先生の表情がさらに緩んで、薄く微笑みが浮かびます。
どうやら、入学して間もないわたしのことを覚えてくださっているようです。これは嬉しい。
しかし、徘徊していると言われてしまうと、ちょっと……。まあ、事実ですが。
「ええ、はい、そうです……。それで今日も」
わたしはちらりと鞄の方へ視線を移します。
中には借りようと思っていた本が入っています。
どさくさに紛れて持ち出してしまいました。後でちゃんと謝らないと。
「なるほど。で、あなたも聞いていたのね? この二人の会話を」
打って変わって真剣な眼差しで問いかけられ、わたしはしどろもどろに答えます。
「え、ええと……。はい、その、今日の様子に関していえば、違うんじゃないかと……」
そう正直なところを申し上げると、
「ふざけんなよ!」
即座に声を荒げたのは逢引き男子です。
旗色が悪いと判断したのでしょう。早めの攻勢に打って出ます。
「実際そんなところ見てねえんだろ? 会話を盗み聞きしていただけで、どうしてそうだったって言えんだよ。ああっ?」
「そうよそうよっ」
逢引き女子も加勢して、二人がわたしを攻め立てます。
どうして攻撃対象をわたしにするのでしょうか。
学年が下で、相原さんより気弱そうだから? なるほど、納得。
仕方がないので、とても怖いですが、二人に向き合いしっかりと確認をとります。
「では、あくまでもお二人は本を選んでいただけだと?」
「そう言ってんだろうが!」
「訳わかんないこと言わないでくれない? 一年生のくせに!」
「はあ……」
わたしはあまり考えもせず、思ったことをそのままに口に出してしまいました。
「そうなるとお二人は、状況にそぐわない会話をしながら行動する、どこかおかしな人ということになってしまいますが……」
言ってしまった後で後悔します。火に油でした。ひと言多い癖、直さないとなあ。
「「はあ?」」
案の定、二人が息を揃えて絶句します。
代表して、逢引き男子が突っかかってきます。
「ふざけんなっ! 何でそうなんだよっ!」
怒鳴り声に身をすくめ、わたしはおずおずと返します。
「だって、お二人の会話を聞いた限りでは―――」
「だからっ! そんなのはてめーらが勝手に聞いたって言ってるだけで、オレたちがそんな会話をしたっていう証拠はどこにもねえだろうがっ!」
「そうよ! そこまで言うなら証拠出してみなさいよ!」
「証拠ならありますよ」
白熱する二人の怒りを、相原さんがたったひと言で一気に持って行ってくれました。
助かった、とわたしはほっとひと息。
「これに先程の逢引きの様子を録画してあります。二人の会話も当然」
相原さんはこれ見よがしに、自身の携帯電話を見せつけます。
しかし、高々と掲げるそれには二人の会話の部分が入っていないことを、わたしだけは知っています。
そもそも録画機能を使っていたとしても、あんなに小さな遠くの声までは拾いきれないでしょう。
そう思い至り、わたしは一抹の不安に駆られました。が、実際は脅しとして十分効果を発揮しました。
「は、はあ? 録画とか、何考えてんだ、てめえ!」
「気色悪いわよ、この変態!」
逢引き男女は明らかに動揺し、焦りを払拭しようと強い調子で怒鳴ります。
「いいえ。変態はあなたたち二人の方」
相原さんは毅然とした態度で、静かに、しかしきっぱりと言い放ちます。
図書室でこそこそ隠れていたのが嘘のように、勇気と正義に満ち満ちた姿です。
「気色悪いのもあなたたち。一体何を考えているのか知らないけれど、学校という公共の場で淫行に及ぶような馬鹿者に神聖な図書室をこれ以上穢されたくないわ! 迷惑なのはあなたたち! 邪魔なのもあなたたちの方よ!」
眼鏡の奥の強い眼光が、喚く二人を黙らせます。
「う……」
「なによ……」
相原さんは怯んだ二人を睨みつけ、司書の先生へと訴えかけます。
「先生。どうかこの二人に適切な処分を降してください」
「……ええ。そうせざるを得ないようね」




