希望を守る者 #7
ガーディマンは道路から二、三メートルの低空飛行で、やり投げの槍のように身体をまっすぐ伸ばして追いかける。
黒のワゴンは必死にエンジンを吹かしているようだが最高時速は一〇〇キロ程、対するガーディマンの飛行速度は音速を超えるスピードを出せる。
距離はすぐに縮まった。そのまま後部ウィンドウから飛び込もうと思ったが、窓から複数の銃口が突き出たので咄嗟に高度を上げた。
ナノメタルスキンに守られた身体に銃弾が直撃しても問題ないが、流れ弾が周りに被害を及ぼす可能性がある。そんな無茶をすることはできなかった。
やっぱり上から攻めた方が良さそう。
ワゴンの上、約十メートルの高さを飛んでいたガーディマンはそのまま足から降下してルーフの上に着地。
屋根を引き剥がそうと手を伸ばすと、銃声とともに弾丸がルーフを突き破って下から飛んできた。
顔に飛んできたそれを苦もなく避けるが、ガーディマンの心臓は破裂するほど激しく鼓動する。
あぶなかったー。
銃弾の貫通と衝撃を防いでくれるナノメタルスキンでも、精神的なダメージまでは防いでくれない。
殴られる、切られる、撃たれる。何度経験しても痛みに対する恐怖だけは、決して克服することは出来ない。
ルーフに手を伸ばそうとするも、更に激しい銃撃が下から襲いかかってくる。最初は拳銃だけだったが、音が繋がったような早い連射速度から、今はアサルトライフルも一緒になって撃ってくるようだ。
黒のワゴンの屋根は一瞬にして無数の穴が空き、その下からこちらに向かって口を開いた真っ黒な二つの銃が一斉に火を吹いた。
ガーディマンは迫り来る銃弾を避けると同時にルーフから離れた。無理矢理入ることもできたが、銃弾によって心を抉られるのが我慢できなかったのだ。
しかし、捕まえるのを諦めたわけではない。すぐさま重力に逆らって浮遊し、今度は中の犯人が見えない死角を突く。
わざと車の左側にくっつくように並行し、銃口がこちらに向いてないことを確認して、側面の窓から飛び込む。割れて細かく砕けたガラスと共に車内に飛び込むと、二つの銃口がガーディマンに狙いを定めようとしていた。
その銃身を掴み、飴細工のように折り曲げてから後ろに放り投げる。
「ジュパー。大人しくしてください」
ガーディマンを二丁の銃で撃とうとしていた男性警察官の格好をしたジュパーは、座席に手を伸ばす。
「誰が大人しくするもんか!」
ジュパーは座席の下にしまってあったショットガンを手に取り、引き金を引こうとするが、ガーディマンは素早く飛びかかり、ショットガンをひったくる。
そのまま両手で銃を真っ二つに折った。
新たな銃を取り出そうとジュパーが手を動かしたので、それを防ぐ為に素早く飛びかかる。
「銃をすててください!」
「離しな!」
ジュパーが右手に持っているのは猛獣も撃ち倒す弾丸を装填したリボルバーだ。ガーディマンは撃たれる前に、レンコンのような形の大きな弾倉を鷲掴みにする。
以前遊んだゲームで見たやり方で、そうする事で弾倉が回転できずに引き金が引けなくなるのだ。
「撃てない? 故障?」
鷹の爪をひっくり返したような形のトリガーを何度引いても弾は出ないので、ジュパーは空いている左手で次の銃を取り出そうとするが、
「止めてください!」
銃を取られた衝撃で、ジュパーは前の座席の背もたれに勢いよくぶつかって動かなくなった。
ガーディマンは手からもぎ取ったリボルバーを、そのまま握りつぶした。
「もう、いい加減に……あれ?」
座席に体重を預けたまま動かない。首はガックリと力なく垂れたままだ。ガーディマンの中で血の気が引いていく音がした。
「大変だ。車を止めて! 頭をぶつけたのかもしれません!」
ガーディマンは駆け寄り、項垂れたまま動かないジュパーの様子を見ようとしゃがんだその時、上半身に金色の鞭が絡みつく。
鞭の根元を見ると、とても元気そうなジュパーが顔を上げてこちらを見ていた。
「しまっ……」
「かかったね」
金色の鞭は頭部から伸びていた。それは髪の毛に巧妙に偽装されていて、彼女の脳波を通じて命令通りに動く。
巻きついた鞭はガーディマンの動きを封じるだけでなく、持ち上げるとそのまま後部ドアに叩きつけた。
全身に痛みが走るも、鞭は上半身に絡みつき両手も塞がれているために逃げることができない。
「以前捕まえた時はそんなの使ってなかったのに、いつの間に」
「奥の手は最後の最後までとっておくもんなんだよ!」
残りの髪が伸びてガーディマンの両足と顔に巻きつく。視界を塞がれた上に四肢を拘束された身体が勝手に左右に動かされる。
「今までの、お返しだよ!」
どこか楽しそうなジュパーの操る鞭によって、生身なら骨が砕けるほどの勢いで、車内の左右の壁に何度も叩きつけられていく。
車はどんどんヘコみ、部品が車内に散らばっていく中でも、ガーディマンのナノメタルスキンには傷ひとつ付いていない。
「チッ、やっぱりこれくらいじゃ痛くも痒くもなさそうだね。フトメ、スピードを上げな」
真っ暗な視界の中でも、ワゴンのエンジンが唸りを上げるのがわかった。
「何する気なんですか」
「邪魔者のあんたには退場してもらうよっ!」
身体を無理やり右に振られた直後、一瞬の浮遊感に襲われた直後視界が開ける。見えたのは自らの左手側を走り抜けていく黒のワゴン。
外に放り出された!
そう思った直後、止まっていた車に頭から激突して残骸の中で埋もれたまま、距離が離れて小さくなっていくジュパーの声が聞こえる。
「じゃあね正義の味方さん。もう会う事ないだろうけどね。オーッホホホホ」
車にめり込んだまま動かないガーディマンは甲高い電子音を聞いて勢いよく起き上がる。
「マズイ。もう三分経ったの⁈」
タイマーを止めるも、ガーディマンの心臓の鼓動は大きくなるばかりだ。
このままじゃ遅刻する!
今の姿のまま車内に突入しても、髪の鞭でまた投げ飛ばされてしまうだけだろう。
だったら車ごと捕まえてやる!
今度はタイマーを一分にセットしてから、車の残骸から飛び上がった。この時間内に捕らえられなければどうやっても学校には間に合わない。
百二十キロを超えるスピードでジュパーの乗る黒のワゴンは爆走していた。内部でガーディマンと激しく格闘した為に内側から外側に大きく陥没していて、走っているのが不思議なくらいだ。
複数のパトカーのサイレンは遠くから聞こえるものの、後を追うものは見当たらない。
百メートル先の交差点にさしかかろうとした時、上から降りて来たのは鋼の人、ガーディマンだった。
飛び立って先回りし、交差点の真ん中に着地すると、迫るワゴンに向けて両手を伸ばす。
「止まってください」
ワゴンは止まる気配を見せず、そればかりか、激突しても構わないと更にスピードを上げたようだ。
そうなることを予測していたガーディマンは、拳を握りしめ、全身に力を込めていく。全身を走るエメラルドのラインが一層輝き、白銀の身体が膨らむ。それは怪獣と戦うための姿だが、こういう使い方も出来るのだ。
見る見る身体は大きくなり、ガーディマンの黄色い瞳はビル十七階よりも高いところでワゴンを見下ろす。
身長五十メートルを超え巨人と化したガーディマンを見て敵わないと思ったのか、黒のワゴンは急停止。悲鳴のような音を立ててタイヤが擦れて周囲にゴムが焦げた匂いが立ち込める中、道路に黒い後を残してガーディマンの爪先の前で止まった。
「観念してください」
巨人はオモチャのような大きさの黒いワゴンを左手の指三本でUFOキャッチャーのように摘み上げて目の前に持っていく。前に座る男性二人がジュパーに指示を仰ぐためか後ろを向いているのが見えた。
「ここまでです。観念してください」
もう一度警告すると、ジュパーがルーフから上半身を出した。その手にはアサルトライフルを持っている。
「アタイの返事はこうだよ」
返事は銃声だった。弾丸はガーディマンの顔面に当たるが火花を垂らすだけで何の効果もない。ここまで大きいと対人用の弾丸が当たった衝撃もなく恐怖心を感じることもない。
黒いワゴンの後輪が逃げようと激しく空転するが、空に浮かんだままでは前にも後ろにも進むことはできるはずもなかった。
銃声が不意に止み、銃口から硝煙の匂いが辺りに立ち込める中、ジュパーは何度も引き金を引くも弾は出ない。どうやら弾切れになったようだ。
ジュパーは弾切れになった銃を投げ捨て腕を組む。その姿勢からは観念した様子は見えない。
「アタイは捕まってもまた直ぐに脱獄するよ」
「その時はまた追いかけて捕まえます」
「何でそんな面倒くさいことするんだい? いっそのこと殺した方が早く済むと思うんだけど」
ジュパーは自分の首を絞めるジェスチャーをした。それを見てガーディマンの消したくても消せない辛い記憶のスイッチがオンになった。
「殺しません!」
五十メートルのガーディマンが本気の大声を出したことで周りの野次馬達が耳を塞ぐ。黒のワゴンの車内でも二人の男性が耳を抑える中、ジュパーは両腕を組んだまま微動だにしない。
ガーディマンは続ける。
「僕は誰も殺さないって決めたんです」
巨大な拳が、崩れた瓦礫が、炎上する車が、沢山の人の命を奪った。その現場にいたユウタは無力で何も出来ず、その所為で大切な人も傷ついた。
「例え、世界中の人が殺す事を許すような悪人でも、捕まえて裁きを受けさせます。それが僕の信念です」
腕を組んだまま話を聞いていたジュパーは無言だったが、しばらくして大きく息を吐いた。
「降参、降参だよ。だけど覚えておきなガーディマン。アタイは諦めないよ。必ず脱獄してやる。そして世界の源は絶対に頂くからね!」
巨大化したガーディマンの指に掴まれ、何十台のパトカーが近づいてくる中でも、この女怪盗の自信に満ちた口調からは一瞬も自分の勝利を疑ってはいないようだった。
警察の護送車に入れられた二人の手下は叱られた犬のようになっているのに、ジュパーは扉が閉まるまでジッと外を見続けていた。
その蜂のような大きな瞳には、狭い監獄の壁ではなく、広く大きな夜空が見えているのだろう。
ジュパーは集まったマスコミのカメラに向かってこう宣言していた。
「アタイはすぐに戻ってくるからね。これで終わりじゃないよ!」
警察官に押さえつけられ、護送車の扉が完全に閉まるまで、ジュパーは吠え続けていた。
先導する二台の白バイ、前後を挟む四台のパトカー、そして上空のヘリに護られた護送車が走り去っていくのを見届けるのは野次馬だけではない。等身大に戻ったガーディマンも人のいないビルの屋上で見守っていた。
ジュパー。もう脱獄しないといいけど……あの顔は諦めてないだろうな。
取り敢えず、当面の危機が去った事にほっとしていると、お腹が大きな音を立てる。どこかで食べ物買っていきたいが、そんな時間はなかった。
遅刻決定を告げるアラームはすでに鳴ってしまっていた。
もう遅刻決定だけど、学校行きますか。
それでもユウタは学校をサボることはしない。ちゃんと学業と正義の味方を両立すると約束したからだ。
ジュパーと大立ち回りを演じた場所から三十秒で学校に着いたユウタは、遅刻した事で先生に怒られて、エネルギーの使いすぎで盛大にお腹が鳴ってクラスのみんなに笑われて、疲れて居眠りして、また先生に怒られて、お昼休みに弁当を持ってくることを忘れた事に気づいても、ずっと笑顔だった。
屋上で一緒にお昼を食べるフワリ――忘れたことを知って半分分けてくれた―が箸を持ったまま、ユウタの顔を覗き込む。
「どうしたのユーくん。なんかニヤニヤしてるよ。いい事あった?」
「うん。今日も平和でよかったなって」
「世界が平和でよかったから笑ってるなんて、ユーくん正義の味方みたいだよ」
「そ、そんなことないよフワリ姉。僕に正義の味方なんか務まらないって」
「フフフ。ユーくんったら、そんなに慌てなくてもいいのに、変なの」
お昼休みの屋上に二人の笑顔がはじける。
ユウタは、今日も大切な人達の笑顔を守れて、雨上がりの太陽のように晴れ晴れとした笑顔であった。
―完―
ここまで読んでいただきありがとうございました。
この設定を元にこれからユウタがガーディマンになるオリジンを書いていくつもりです。宜しければお付き合いください。
最後に貴重な時間を割いてこの本を読んでくれて感謝します。




