希望を守る者 #5
さて……黒のワゴンはどこを走ってるんだ?
ユウタは、高いところに立つとどうしても止まらなくなる震えを必死に抑えながら、屋上の縁に立って下を覗いた。視界に映るのは歩道を進む小さなゴマ粒と車道に並ぶ豆粒だけだ。
もちろん道路にいるのはゴマではなく人間であり、豆粒は自動車である。
そんなに小さく見えるのは彼が立つ場所が二十階建てのビルの屋上だからだ。
高所恐怖症の人間じゃなくても覗き込みたくない高さだし、そもそも小さすぎて肉眼で車種を判別することも難しい。
けれども、見つけるのは簡単だ。何故なら彼の視界に映る車道には動いている車は一台もいないからだ。
緊急事態や緊急車両が走る時、付近のエレカは事故が起きないように車道の脇に停車するようプログラムが組み込まれている。その列を追いかけていけばいずれ犯人の車は見つかる。
だからといって、ノンビリしてたら被害が拡大するから早く見つけないと……おや?
道路の脇から煙が上がっている。その発生源はカタカナの《ト》の形をしていた。詳細を調べる為に視界の倍率を上げる。
大変だ!
見えたのは停車した車にぶつかって煙を上げるパトカーで、その側には人が集まっていた。
ガーディマンは屋上から躊躇する事なく頭から飛び降りると、車のドアを開けようとしている人を見つけた。車中には気を失っているのかぐったりとした警察官の姿がある。
「あの――!」
声をかけようとしたが相手の正体を知ってその場で固まってしまう。
女性だ、どうしよう。
ドアを開けようとしていたのは、白のシャツにスニーカーを履いた女子高生だ。どこかの運動部にでも所属しているのか、紺色のスカートから伸びる足は引き締まり、肌は健康的な小麦色だ。
ガーディマンは声をかけようとするが、相手が女性と知って手を伸ばしたまま固まる。悪い癖で小さい頃からどう声をかけていたのか分からないのだ。
少女はポニーテールを揺らしながら、両手を保護するように何かで包み、力を込めてパトカーのドアを開けようとしているが、扉は衝突時に歪んでしまったのか開かないようだ。
後ろでしどろもどろのガーディマンに気づかずに閉じ込められた警官を助けようと、獣のように唸りながらドアを引っ張り続けていた。
「この、ウ〜〜開いてよー!」
こんな所で立ち止まっている場合ではないのは分かっているので、意を決して声をかけたのだが、
「あの、えっと、ぼ、僕に任せてください!」
自分でも驚くほどの大きな声が出て、声を掛けられた少女の肩がびくっとなった。
ガーディマンと同じくらいの身長で、額に汗を浮かべた女子高生がこちらを振り向く。今初めて気づいたのか、大きな金色の瞳がこれ以上ないくらい見開いて大きくなった。
「ビックリした……ってガーディマン⁉︎」
一度話しかければ、その後は何とか話すことができる。近づきすぎて不快に思われないように、ある程度距離を開けておく。
「危ないから下がってください。閉じ込められた人は僕が救出します」
少女は返事をしながら視線を戻してドアと格闘を続ける。
「ありがと。でも大丈夫!」
「はい任せ……えっ、大丈夫って?」
ガーディマンは予想外の返事に言葉が詰まらせてしまう。
「この人は私が助けるから。あんたは犯人を追って!」
自分が猫背になったことに気がつかずに、少女を説得する。
「で、でも危ないよ。車が爆発するかもしれないし、それに、そのドアは歪んでいるから簡単に開かないよ」
穴だらけの車をガーディマンがスキャンしたところ、車体下の配線がショートしたみたいで火花が散っているのが分かった。
いつ爆発炎上してもおかしくない。
「分かってる。けれどあんたにはやらなきゃいけない事があるんでしょ。だからここは――痛っ!」
少女が悲鳴をあげて右手を抑えた。
「だ、大丈夫ですか?」
見ると両手を包んでいた紺のブレザーに赤いシミが広がっていく。ガラスの破片で指を切ってしまったようだ。少女は涙を浮かべて返答する。
「……大丈夫よ」
そうは言っても表情からかなり傷は痛むらしく、ブレザーもどんどん赤く染まっていく。
もう言い争ってる場合じゃない。
「ちょっと失礼します」
ガーディマンはできる限り力を入れないように注意しながら、少女の肩を引いて場所を入れ替える。
「私に任せ……」
「もう一刻も猶予がないんです」
少し強い口調で言われて、少女は睨みながらも不承不承といった様子でライオンのように吠えながら引き下がる。
「う〜〜」
ガーディマンはひしゃげたドアを両手で掴み引きちぎるように外して、中にいた警官を抱きかかえた。
「ちょっと痛いかもしれませんが我慢してください。よし、早く逃げましょう」
その時、ガーディマンの耳が火花が散る音を捉え、何かが焦げる匂いを嗅ぎつける。
「車が爆発する。みんな逃げて! 後、ごめんなさい!」
「何…きゃあああ――」
ガーディマンは右腕で気を失った警察官を、そして左腕で女子高生を抱き抱えて高く跳躍する。少女の尾を引いた悲鳴が放物線を描いていた。
飛び上がっている間ガーディマンは左腕に感触を感じてこんな事を考えていた。
うわっ、柔らかい。
飛んでいたために気づかれなかったが、人間なら耳がある所が、エメラルド色からピンク色に発光していた。
歩道に着地した直後、パトカーが小さな爆発を起こし、直ぐに炎に包まれる。ガーディマンは爆風と熱から二人を守るために背中を盾にして守った。
「危なかった……他の人も無事みたい」
遠巻きに見学していた人も無事に逃げ切れたようで怪我した人は見当たらない。
ふと見ると、左腕で抱えた少女がジト目で見上げていた。
「ちょっと」
「はい。大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。だから早く下ろして!」
「わああっ! すいません!」
顔を赤くした少女の怒号で、緊急事態とはいえ、女の子を抱き抱えていて、しかも密着しているのに気づいて慌てて離してしまった。
そのせいで重力に手を引かれた少女は思いっきりアスファルトに顔をぶつけてしまう。
「きゃん」
右手で抱えていた警察官を下ろしてから、顔をぶつけたまま動かない少女の様子を見る。
「ご、ごめんなさい
勢いよく頭をあげた少女の鼻は赤くなっていた。
「もう、痛いじゃないの」
「大丈夫なんですか?」
「部活でもっとひどい怪我したことあるからこれくらいなんともないわ。それより」
少女は怒っているのか、顔を赤らめたまま、怪我した左の指を口に含みつつ、ガーディマンの胸を右の人差し指でつく。
「は、はい! 何でしょう」
日に焼けた少女の顔が間近に迫り、ガーディマンの背筋がわずかに後ろに反っていた。
「犯人追わなくていいの?」
「えっ、ああそうだった。じゃあ僕行きますので、それじゃ」
「全く……助けてくれてありがとう」
少女のお礼は到着した消防車と救急車のサイレンで掻き消されてしまった。




