希望を守る者 #3
電話をかけると一回の呼び出しで相手が出た。
『もしもし』
電話に出たのは、日本刀の刃のように冷たい印象の女性の声だ。知らない人が聞けば、それこそ心を斬られてしまうだろうが、ユウタにとっては幼い頃から知っている姉のような存在だ。
「あ、沙耶刀さん……」
知ってはいるのだが、彼女の声になかなか慣れることができない。昔のある出来事のせいで今もちょっと緊張している。それでも確かめなければいけないことがあって電話したのだ。
『ユウタ君どうしたの?』
やばい!
こちらから掛けておきながら、何も言わないのでサヤトの声音からは少し怒っているように感じられる。
「ご、ごめんなさい。今パトカーに追われる黒いワゴンを見かけたんですけど、もしかしたら脱獄したジュパーじゃないですか?」
『ちょっと待って……』
サヤトからの返答を待つ間、ユウタは人を避けながら歩く。すでに学校に遅刻することは忘れていた。
返事は直ぐに返って来た。
『ユウタ君の言う通りよ。宝石店を襲ったジュパー達が車で逃走中で警察がそれを追跡しているわ』
「やっぱり」
ユウタの読みは当たっていた。
何故そんな情報を彼女が持っているのかと言うと、サヤトは地球防衛軍に所属する兵士であり、侵略者迎撃部隊。略してCEFの一員だからだ。
『今、警察から応援要請が来たから、私達も高機動特捜車両で出動するわ』
「僕も手伝います」
『駄目よ』
サヤトに即座に否定されてしまった。それでも尚食い下がる。
「けど僕の方が近くにいます。車は凄いスピードで走っていて、下手したら事故を起こすかもしれません。そうなる前に――」
『駄目です』
ユウタが食い下がるように、サヤトも頑なに自分の意見を変える気は無いらしい。
『ジュパーの事は私達に任せてユウタ君は学校へ行きなさい。今は怪獣が現れたという報告もないから私達と警察で対処できるわ。それに最近遅刻が多いってフワリから聞いたわよ』
フワリ姉ったら何で話すんだよ!
ある意味母親より知られたくない相手に知られてしまった。サヤトとフワリは姉妹なのだ。この後を考えると、頭が痛くなって無意識に手で抑えていた。
サヤトが起こったら大変だ。表情は変わらないのに、口調の刃が砥石で研いだ直後のように鋭くなるのだ。耳に入る度に身体が切り裂かれていく感覚を味わうことになる。
『ユウタ君聞いてる?』
「はい! 聞いてます。分かりました……僕は学校に行くので、ジュパーの逮捕よろしくお願いします」
『ええ、こっちは任せて。いってらっしゃい』
ちゃんと言うことを聞いたからか、少し優しげなサヤトの声音に、ユウタはそれ以上反論できなくなってしまった。
「いってきます」
電話を切って、先ほどの横断歩道に戻る。ちょっと走らないといけないが、まだ学校には間に合う。
けれど、まだ犯人を捕まえたい気持ちが、彼の中でロウソクの炎のように、けれど消える事なく燻っていた。
駄目駄目。サヤトさんにも言われただろ。僕は学校に行く。ジュパーはCEFと警察に任せるって。
青信号の横断歩道を渡ろうとしたその時、花火のような破裂音が聞こえてきた。黒いワゴンとパトカーが走り去った方向から一度ではなく何度もだ。続いて金槌で釘を打つ音を何倍も大きくしたような鈍い音。
周りの人達は何の音か分からず「朝から花火?」と言う人もいたが、ユウタには分かっていた。
銃声だ。何度も間近で聞いてきた。人の命を奪う音。
その音を聞いてユウタは居ても立っても居られなくなり、横断歩道を渡らず、銃声がした方に走り出し、人気のない適当な路地に身を潜めた。
サヤトさん。ごめんなさい。僕やっぱり見過ごすことなんて出来ません! 手の届く範囲で悪いことをしている奴がいるのに黙っていることなんてできない。僕は誓ったんだ。自分の中に眠る力を使って地球の平和を守るって。
ワゴンを追うことに決めたユウタは、オーパスを取り出し、あるアプリを起動した。
画面にこんな言葉が表示される。
『パスコードを入力してください』
ユウタは口元に端末を近づける。
「立ち止まるな。一歩踏み出せ」
キーワードを入力に成功し、画面に《GUARDIMAN》と表示された。その直後、端末の液晶が溢れんばかりのエメラルドグリーンの閃光を放ち、ユウタの身体を包み込む。
閃光はほんの一瞬で、通行人の中には気づいた人もいたが、光が収まった時には覗いても誰もおらず、人知れずビルの屋上に飛ぶ人影があるだけだった。




