希望を守る者 #1
陽の陽射しが、目覚めたばかりの街を照らし出す頃。
朝焼けの光を浴びながら、帽子を被り、紺色の制服の上からチョッキを身につけた一人の男が歩道に並ぶ柱の一つに寄りかかっている。
黒のチョッキには様々なポケットが付いていて背中にはPOLICEと書かれている。それは銃弾と刃物から身体を守る防護チョッキだった。
顔を隠すように制帽を目深に被った警察官は、たった一人で腕と足を組んだまま、時折車道に視線を送っては下を見るを繰り返す。
男性でありながら、その仕草はどこかしなやかで不思議な色気を醸し出していた。
早朝の静かな空気の膜が切羽詰まった男性の大声によって引きちぎられる。
「お巡りさん、お巡りさん! 大変ですよ!」
何、うるさいわね。
帽子の下からちらりと覗くと、話しかけてきたのはスーツを着た中年男性だ。手にはカバンを持っているところから見て出勤途中のようだ。
お巡りさん? 誰の事……ああ、アタイの事ね。
自分が警察官の格好をしている事を忘れていた。どうやらサラリーマンは本物の警察官に用があるようだ。
視線を下に戻した警官は無視することに決めた。自分はここで迎えを待っているのだ。この男の事なんかどうでもよかった。
「事故ですよ。そこの交差点でパトカーと車が衝突したんですよ!」
そんな警官の考えに気付くはずもなく、サラリーマンは事故が起きた所を指で指し、無視する警官の左手側に立って、唾を飛ばすような勢いでまくし立てる。
警官はどれだけ言われようと、帽子を目深に被って腕を組んだまま聞こえないふりをする。
「お巡りさん。事故があったんですよ。行かなくていいんですか?」
男性が一人で喋っている時、警官の右手側の車道から一台の黒いワゴンタイプの電動自動車が走ってきた。速度を緩め、警官の寄りかかっている街灯の前で停止する。
中年の男性は目の前に止まったワゴンを見て首を傾げている。きっとなぜ止まったのか理解できないのだろう。
警官はそんな男性を無視し、寄りかかった柱から離れ、ガードレールを乗り越えて車に近づくと、ワゴンの後部ドアが招くようにスライドして開く。
警官は背筋を伸ばし、見えない直線の上を歩くように足をクロスさせながらそのまま車内へ。
「お、お巡りさん!」
それを見ていた中年男性は手を伸ばして、乗り込もうとする警官を呼び止める。
「なぜその車に乗るんですか? 事故現場の様子を……」
ああ、うるさい。
足を止めた警官は振り向くと、中年男性近づくと、顔の変装を解いてから帽子を上げて目を合わせる。
男性警察官の口から出たのは、予想に反して高圧的な口調の女性の声だ。
「これからアタイは大事な仕事なの。申し訳ないけど、他のお巡りさんを探してくださらない?」
「えっ、あんたは、う、うちゅう……」
「分かったかしら?」
「は、はい」
警官の真の姿を目の当たりにして、よほど驚いたのか、顔から異常な量の汗を浮かべた男性は壊れた人形のように何度も大きく頷く。
「よろしい」
それを見た警官は、また帽子を深く被って車内に戻る。
全く、異星人に自分たちの星を救ってもらったのに未だに慣れないのかしら。
「出して」
黒のワゴンは警官の指示を受けて後部ドアが閉めて静かに発進する。残されたのは歩道で尻餅をついた中年男性だけだった。
警官は座席に深く座って足を組むと、さっきの男性の事をさっさと記憶から消して、前にいる二人に声をかける。
ここで演技する事はないので口調も声音も女性のままだ。
「遅いじゃない二人とも。お陰で警察の人間に間違われたわ」
返事が返ってきたのは助手席からだ。
「これでも十分早く来たんですよ」
振り向いたのは、木の枝のように細く、肩までの長さの黒髪に逆三角形の顎を持つ男だ。
「じゃあ次は十五分早く来るんだね。それとも、私に文句があるのかい小枝?」
コエダは、冷や汗のせいで滑ってずれた丸いサングラスを指で戻しながら慌てて謝る。
「いいえ、滅相もありません。なあ太目」
声を掛けられた運転手は、ハンドルが引っかかりそうなほど大きな太鼓腹を揺らしながら頷く。
フトメと呼ばれた男は、黒の短髪に丸顔で四角いサングラスを掛けている。いつも無口で首を縦か横に降るだけだが、それで意思疎通ができているので二人とも特に問題とは思っていない。
「ね、姐さん。俺たち文句なんてこれっぽっちもないです」
後ろを振り向くコエダの言葉に同調するように、フトメもバックミラーを覗きながら、しきりに頷いていた。
「でも脱獄できてよかったですよ。捕まった時はホントどうしようかと思いました。なあ?」
フトメはうなずいて同意する。
「脱獄なんて簡単よ。それにあんた達だって、アタイより早く脱獄したじゃない」
何度捕まろうとも、必ずフトメとコエダの方が早く脱獄するのだ。
「それは俺たちにしかできない方法があるんですよ」
何か特別な方法でもあるのかしら? 聞いても教えてくれないのよね。まあ、二人とも私より長くこの星で盗みを繰り返して来たから、何か独自の方法でもあるんでしょう。
これ以上問い詰めてもいいのだが、これから大事な仕事なので気持ちを切り替える。隠し事をされているのは気にくわないが、この二人が裏切った事は今まで一度もないのもまた事実だった。
「ならいいわ。ところで準備はできてるのかしら?」
足を組み替え首を傾けて見せる。それを見てコエダは慌てて抱えていたカバンを漁る。この二人が準備を怠ることなんて今まで一度もなかったが、念のために確認は怠らない。
それがいいボスの条件だと思っている。
「ちゃんと詳細な見取り図と従業員がいない時間を調べてあります。これをどうぞ」
コエダから渡されたメモに視線を送ったまま口を開く。
「邪魔者が現れた場合の対策は?」
「座席の下にしまってあります」
コエダが指差したのは警官が座っている座席だ。
「これだけあれば問題なさそうね」
おもむろにシートを上げると、中に仕舞われていたのは、ある武装組織から安値で仕入れた大量の銃火器だった。たとえ警察署の全職員が来ても相手できるほど所狭しと詰め込まれている。
「しかし姐さん。警官相手ならそれで足りるでしょうが、あいつが来たら……」
「お黙り!」
鞭のような鋭い一言にコエダは首をすくめ、ずれたサングラスを直す。
「来る前に仕事を終わらせればいいんだ。それにもしあいつが来たら銃じゃあ、役になんて立たないよ」
そうは言いつつも、自分を捕らえた正義の味方気取りの事を思い出しただけで、火山の噴火のように怒りが湧き上がって来る。
何度も何度もアタイの邪魔するあいつには必ず復讐してやる……けれどそれは今じゃない。まずは目の前の仕事を終わらせないとね。
噴火をなんとか抑え込む。怒りで我を忘れていたら簡単な仕事もうまく行かない。地球で長年仕事をして、それは痛いほど分かっていた。
「邪魔者が気づく前に素早く終わらせて姿をくらます。それがプロってもんだろう」
コエダとフトメが揃って頷いた。
「分かったなら、さっさと仕事場へ行くよ」
そうだ。こんなところでつまずいているわけにはいかない。アタイの最終目標はこの街にある世界の源なんだから。
「へい、姐さん」
元気よく返事するコエダと、力強く頷くフトメを見て、この仕事は成功するだろうと確信した。
世界の源を奪ったら地球は滅びるけれども、この二人だけは助けて私の屋敷に住まわせてあげましょう。
警察官の格好をした三人を乗せた黒いワゴンは、早朝の道路を目的地に向かって走る。ある交差点に差し掛かった時、たくさんの人混みを目にしたが車内の誰も気にすることもなかった。
ご苦労様お巡りさん。せいぜいそちらに目を奪われている事ね。
人混みの中心にあるのは潰れた三台の車だった。パトカーと車がぶつかった事故のようで、後ろを走っていた護送車も、他の車と衝突し無残な姿を晒している。
護送車のバックドアは開いており、中には制服を奪われ気を失った警察官しかいない。その警官は先ほどの黒のワゴンに乗った警官と瓜二つだ。
運んでいたはずの囚人は煙のように姿を消し、残っていたのは、開きっぱなしの手足の拘束具と黒と白の縞模様の囚人服だけだった。




