ウイニングソング(ケモノジビ ウマジビ編)
その子達は私達、人と同じ姿をしながらどこか違います。耳は動物の耳であり、腰から動物のシッポが生えているのです。私達はそんな彼らを『ケモノの耳と尾がある人』からケモノジビと呼びました。
ケモノジビの中でもウマの耳とウマのシッポを持ったケモノジビはウマジビと呼ばれました。
ウマジビは走るのが好きだったので人は彼らを、広い牧場に住まわせながら、短い道や長い道で同時に走らせて、その順番を比べました。
ウマジビのレースです。
はるか遠い昔、ある牧場にオールサンという名前のとても足の速いウマジビがいました。
オールサンはレースではずっと一番、誰にも負けた事がなく、人気のあるウマジビで、牧場の人たちから愛情を受けました。
そんなオールサンはやがて年をとり、子供を産み落とします。
足の速いウマジビから足の速いウマジビが産まれることはよくあり、牧場の皆は喜ぼうとしましたが、悲しい事が起きてしまいました。
オールサンの子供は双子でした。子供を産むのは大変な辛さがあり、オールサンは一人目を産んだ時にはひどく疲れていました。
そんな彼が二人目を産もうと頑張った結果、オールサンは命を落としてしまったのです。
オールサンが命を使って産んだ二人目のウマジビの足はおかしな方に曲がっていて走れるものではありませんでした。
昔、その当時では足の遅いウマジビ、走れないウマジビは牧場で育てる事もなく遠い場所へと売られてしまいます。愛情を込めてオールサンを世話した牧場主、一番偉い人は悲しみにくれながらも、走れない二人目は遠くへ売るしかないと考えていました。
そんな時、ほかの牧場からオールサンの子供を見に来た一人の牧場主が、走れない二人目を自分に売ってほしいと言いました。
どうせ売るしかないと考えていたオールサンの牧場主はその人に売りました。
そしてオールサンの二人目はソレイユと名付けられ、ほかの牧場主の牧場へと連れていかれました。
ソレイユの牧場主となった彼は自分の牧場へ帰るやいなや、ソレイユを自分の部屋に連れて行きました。
そして彼は重い鉄がついたカナヅチを手に持つと、それを振りおろしソレイユの足を砕いたのです。
ソレイユは泣きました。
彼の泣き叫ぶ声とカナヅチで骨を砕く音が牧場に響きました。
牧場主はソレイユの足がどの方向にも曲がるほど砕くと、青くはれたソレイユの足を普通のウマジビと同じ方へと向きを変えました。
ソレイユの牧場主は彼に走ってほしかったのです。
牧場主は貧しい生活をしていました。
そんな彼が裕福に暮らすためには自分の牧場のウマジビがレースに勝つ必要があったのです。
そこで彼は足の速かったオールサンの子供を手に入れて、自分のウマジビとして走らせようと考えていたのでした。
ソレイユの足を砕いた牧場主は他の事は放置し、彼のそばにずっといて、足が変な方向へ曲がらないように治そうとしました。
その結果、ソレイユの足の腫れはどんどんひいていき、ひと月もする頃にはすっかり普通の足になっていました。
それを見た牧場主は一安心し、ソレイユをほかのウマジビ達と一緒に生活させるようにしました。
ソレイユが来た日の事を覚えてるウマジビ達はソレイユに優しく接しました。
ウマジビ達の愛情を受けてソレイユはスクスクと成長し、同じくらいの年のウマジビ達とあそんだり、牧場を駆け回るようになりました。
自由に過ごしてきたソレイユでしたが、ある日、牧場主から彼がレースに出られるよう訓練を受ける事になりました。ソレイユと同じくらいの年の子達と一緒に訓練するので寂しくはありませんでしたが、悲しい事が起きました。
一番足の遅い子は牧場主から殴られるのです。
牧場主は皆の前でその子を殴りました。何度も。他のウマジビが止めようとすれば怒鳴り、またその子を殴るのでした。遅く走ったら殴られる、休んだら殴られる、必ず誰かが殴られます。
彼らの辛い生活が始まりました。
やがて彼らの足の速さに違いがでてきます。
ソレイユは彼らの中で一番足が速かったので、殴られることはありませんでした。しかし、足の遅い子もだいたい決まり、その子たちが毎回のように殴られました。
その子達の涙を見たソレイユは走るのをやめました。牧場主は彼を走らせようと殴りました。そしてソレイユが走れるようになったのは自分のおかげだと何度も説明します。
それでもソレイユは走りません。レースにも出ないと言いました。
牧場主はソレイユを殴るのをやめました。
代わりにほかのウマジビ達を殴り始めました。
ソレイユは止めようとします。しかし、牧場主は止まりません。
ソレイユがまた走るのを始めるまで、ウマジビを殴り続けました。
ソレイユは牧場主の言われるまま走り、レースに参加します。
レースには他の牧場のウマジビ達も集まり、大勢の人が彼らが走る所を見に来ました。
人々はソレイユの姿を見ると喜びの声を上げました。
ソレイユは一番足の速かったオールサンの子供で、二度と走れないと思われていた足が治った奇跡のウマジビと、彼の牧場主が話していたからです。
皆、ソレイユに期待を持ちました。
そんなソレイユに一人のウマジビが話しかけます。
スポットという名前の彼は、親の足の速さは関係ない、私が勝つ。とソレイユに言いました。
ソレイユは自信にあふれたスポットの顔を見ただけで何も言わずにレースのスタート地点へ向かいました。
スポットはソレイユの態度に眉をひそめながらスタート地点へ向かいました。
そしてレースに出るウマジビがスタート地点で準備を終えると、
レースが始まりました。
皆が一斉に走り出した中でソレイユは一番前に出ました。
彼は二番目に走るスポットと体三人分の差をつけて走ります。
そんなソレイユの姿に見ていた観客は喜びの声を上げました。
レースの中盤になるとソレイユの速さはさらに速くなります。
ソレイユに追いつこうとスポット達、他のウマジビも走る速さをあげますがソレイユとの差は埋まりません。
ゴールまでもうすぐ、このままソレイユの勝ちが決まると思った時、
ソレイユは走るのをやめ、ゴールの直前で止まりました。
そして観客に叫びました。
自分が牧場主にされた事、ウマジビ達がされた事を。けれども観客はソレイユの叫びに耳を貸しません。ソレイユのゴールする姿を期待していた観客を裏切ったからです。
同じウマジビであるスポットも本気じゃない彼に負けながら一位になってしまった事を悔しく思いました。
ソレイユの叫びは誰にも届かないままレースは終わり、牧場に戻った彼に待っていたのは仲間との別れでした。
一番足の遅かったウマジビが売られていってしまったのです。
そして牧場主はソレイユが勝って賞金を得てれば売られなかったのに、と
毎日ソレイユに言うようになりました。
ソレイユは泣きました。走る事しか許されない、遅ければ走る事すらできない。ウマジビが生きていく方法が一つしかない事に泣きました。
そんな彼を牧場のウマジビが慰めました。売られていったウマジビのお母さんが、ソレイユの代わりに殴られたウマジビたちがソレイユを慰めました。
ウマジビ達の優しさにソレイユはもっと泣いてしまうのでした。
次のレースの日がやってきました。
レース場にはまたスポットの姿があり、彼はソレイユにレースは走る所でウマジビの境遇を嘆く所じゃないとたしなめ、本気で走るよう言いました。
ソレイユはスポットに聞きます。
私達は牧場とレース場しか知らないのにどこで言えばいい?
スポットはそんな事は知らないと言い残し、彼はレースのスタート地点へと向かいました。
ソレイユの二回目のレースが始まりました。
前のレースとは違いソレイユは先頭には立ちませんでした。今回のレースは前より長い距離を走る為、速く走り続けると途中で疲れてしまうからです。
ソレイユはこのレースに勝つつもりでした。
そんなソレイユのすぐ後ろにスポットはついて追いかけました。すぐ後ろで聞こえるスポットの足音に、ソレイユは不安を感じながらも自分の走りをしました。
長いレースの中、一番前でほかのウマジビから逃げるように走っていたウマジビはだんだんと迫ってくるウマジビの集団に追いつかれ、集団の中へと消えていきました。
ゴールまであと数百メートルのところでソレイユは走る速さを上げて、他のウマジビ達を追い抜かしていきます。ソレイユの後ろにはピタリとスポットがついていました。
のこり数十メートルの所でソレイユはさらに速く走ります。
けれど、その後ろからついてくるスポットの足音はなくなりませんでした。
最後の数メートル、後ろから聞こえていたスポットの足音は。
すぐ横にありました。
横にあるスポットの姿を見たソレイユは最後の力を出して走ります。
しかし、それはスポットも同じです。本気じゃなかったソレイユに負けて、本気のソレイユに勝ちたかった彼もまた最後の力を出して走りました。その気持ちの差は、ほんの数センチの差で現れました。
先にゴールしたのはスポットです。
レースを見ていた観客たちは喜びの声を上げました。
全力で走ったソレイユは膝に手をついて息を整えると、両手を広げて横になるスポットに手を差し伸べました。
スポットは自分の走りの感想をソレイユに聞きました。
ソレイユがスポットの走りをほめると、彼は嬉しそうな顔をして、ソレイユの手をつかみました。
ソレイユの手を借りて立ち上がったスポットは、観客に向かって自分の牧場の事を叫びました。
スポットの牧場で産まれた子供は親の足の速さから区別がつけられます。
足が速くない親だったスポットは、足の速いウマジビとは違う扱いを受けてきました。
屋根が壊れた狭い部屋で寝て、他のウマジビが残した食事を食べて、牧場主が風呂と言いながら冷たい水をかけてくる。
そんな生活をしてきたと、観客に叫びました。
観客は黙って彼の話を聞きました。
そしてスポットは言いました。
ウマジビにだって走る以外の権利があってもいい、と。そう叫んだスポットに観客は応援の言葉を送りました。その場のスポットの叫びで何かが変わったわけではありません。
しかし、スポットはソレイユに言いました。
レースに勝って叫び続けようと。
ソレイユとスポットの牧場主達は悪く言われる事が分かっても、
レースの賞金が欲しい為、彼らをレースに出さない事はありませんでした。
自分たちを悪く言わせない為の嫌がらせをしましたが、それで諦めるソレイユたちではありませんでした。
そんな二人の姿を見た他のウマジビ達も、同じようにレースに勝っては自分たちの生活を叫び始め、どんどん広がっていきました。
そんな状況を許せないウマジビが一人いました。
ソレイユの双子の姉妹であるプロミネンスです。
彼はオールサンの子供として厳しくも大切に育てられました。
その事からプロミネンスは同じ牧場のウマジビからねたまれ嫌われました。
子供の頃から他のウマジビ、大人も含めたウマジビ達から、イジメられて育ってきたのです。
それに負けないよう頑張る事でプロミネンスは速さと強さを得る事ができました。
だからプロミネンスはレースに勝っては言いました。
厳しい牧場だから速いウマジビが産まれる。ソレイユの足が治ったのもそうだ、と。
プロミネンスの言ってる事が間違ってると伝えるには彼に勝つしかありません。
ソレイユやスポット、他のウマジビ達はプロミネンスとレースをする事になりました。
レースの前日、強い雨が降りました。
レース当日は雲一つない青空が広がり、レースをする事ができるものの、その日のレース場は荒れていました。
地面が雨で濡れていたのです。
ぬかるんだ地面を走るのにはとても力を使います。厳しい環境で練習してきたスポットはそういった地面が得意でした。そんな彼はプロミネンスにレースの日を変えなくていいのか聞きます。
プロミネンスは言いました。
条件が皆一緒なら負けるわけがない、と。
ソレイユ達とプロミネンスの勝負のレースが始まりました。
生涯無敗だったオールサンの再来と言われるプロミネンスはレースの始めは一番後ろにつくのが基本でした。そこから全てのウマジビを抜く。それが彼のやり方でした。
しかし、今回の最後尾はスポットでした。プロミネンスの後ろについて最後に抜く。そういう考えでした。
スポットの考えに気づいたプロミネンスはスポットに言います。
スポットは全速力が速いわけではなく、長く走れる体力で勝つものだから最後尾の自分への作戦として間違っていると。
そう告げたプロミネンスはいつもよりも早いタイミングで走る速度を上げます。
一人のウマジビを抜かしました。
プロミネンスが走る速度を上げたのは自分の最高の走りをする為ではなく、スポットの最高の走りをさせる為、そのスポットに勝つ為でした。
プロミネンスはさらに走る速さを上げます。さらに他のウマジビを数名抜かしていきます。
その後ろにスポットはついていきました。
濡れたレース場は確かにスポットに有利です。
しかし、たとえ苦手な環境でもそれをものともしない実力がプロミネンスにはあったのでした。
レースが半分を過ぎた頃、プロミネンスはさらにウマジビを追い抜き、ソレイユ達、先頭の集団に追いついてきました。
プロミンスが迫ってきたのを感じたウマジビの一人は、まだレース半分の所で走る速さを上げてしまいました。
いっときはプロミネンス達から遠ざかりましたが、残り数百メートルのところで力尽きてしまい、さらに走る速さを上げるプロミネンス達に抜かされてしまいました。
あと百メートル、スポットは既に全速力でした。全速力でもまだまだ走れる。
けれど、ソレイユとプロミネンスはさらに速く走り前に出ました。
スポットともう一人のウマジビは二人に離されていきました。
プロミネンスはソレイユの事を自分と双子なだけあって、速いと思いました。
しかし、他のウマジビ達と仲良く走ろうとしてる彼には絶対負けない自信をプロミネンスは持っていました。
最後の勝負、プロミネンスは全力で走ります。
ソレイユの隣にプロミネンスが並び、わずかに抜かれました。
今までのレースでプロミネンスを抜いたウマジビは誰もおらず、レース場の誰もがプロミネンスが勝ったと思いました。
そんな時、ソレイユの頭は色んな事を考えていました。
スポットに負けた時のレースを思い出していました。気持ちの差で勝敗が決まる事があると、プロミネンスのレースにかける気持ちが伝わってくると、
牧場主に殴られた友達を思い出しました。
遠くに売られた友達を思い出しました。
優しくしてくれた家族を思い出しました。
ソレイユは負けたくありませんでした。
二人はほぼ同時にゴールします。
遠くから見ていた観客には結果が分からないほどです。その為、ゴールの結果についてレース場の人が審判に聞きにいきました。そして彼らは話し合いを始めました。
レースを終えてソレイユはプロミネンスに言います。
確かに厳しい牧場だからここまで速くなったのかもしれない。プロミネンスが言った事は正しいかもしれない。
けれど、皆と一緒だったからここまで速くなったのは間違いない。
そう言いました。
プロミネンスは泥だらけのソレイユの言葉に微笑んでうなずくのでした。
そしてレースの結果で発表されました。
レースに勝ったのはプロミネンス、
観客はプロミネンスに褒めました。
プロミネンスはその結果を見て叫びました。
レースで嘘をつくのはやめろ、と。私達は本気で走った、そんなレースに嘘を持ってくるな、負けたのは確かに私だった。
そう叫んだプロミネンスに観客は驚きました。
今まで負けた事がないプロミネンスが自分から負けたというのです。
それは事実以外ありえません。
レースの審判はソレイユの方がわずかに先だったのは分かっていました。
しかし、レースの人はプロミネンスに無敗でいて欲しかった。だからソレイユの負けにしようとしたのです。
プロミネンスにはそれが許せませんでした。
その日のレース場は荒れました。
そんなレースの後、ウマジビ達の扱いを変えるよう頼む人々が増えていきました。
そして牧場主たちは次第にウマジビ達の扱いを良くしていったのでした。
スポットとソレイユから始まった、レースで勝ったウマジビ達が叫ぶ言葉は扱いが良くなったと感謝を言うようになりました。そしていつかお返しをしたいとウマジビ達は考えました。
たくさんのウマジビの夢を叶えたそれは、時を経るとともに観客を喜ばせるものに変わっていき、ウイニングソングと呼ばれるようになりました。
見ている人に夢を与えられるように。