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終編

(理論座標算出、現出補正5・9・6―――≪座標固定(フィックス)≫)


 

 徹は目の前から迫る二人の武器を振り下ろされた瞬間、自分に剣が当たる前に座標固定し、足止めをすると、左右からの挟撃を一歩後ろに下がって避ける。

 そこで徹はすかさず≪座標固定(フィックス)≫を解除、突然固定から解放され、勢い余った二人の剣はそのまま挟撃を外して隙だらけだった二人の男に直撃、その肩口を切り裂いた。

 味方を切り、兵達が動揺したところに徹はすかさず接近、両手の手刀にて二人の側頭部を殴打し、意識を刈り取る。

 そのまま徹は倒れる四人をうまく利用し、背後に回り込まれないように位置取りをしながら、距離を取る。



 徹が啖呵を切ってから約三十分、彼はその間自身の能力を最大限活用し、一対数百の防衛戦というあり得ない戦いを綱渡りの如く切り抜けていた。

 パレオが高みの見物をしていたり、彼のように能力を持つ者でも、風の球を飛ばすとか、炎の槍を飛ばしてくるとか、その程度の能力しかいなかった事にもかなり救われている。

 正直、その程度の能力はもっと上位互換をあの戦争で見ているし、実際に戦って知っている。

 加えて発動も遅いとなれば、徹の脅威ではない。

 結果、既に彼の周囲には百近い男達が地に転がっていた。

 


『すごい……生身だけでこんなに強いなんて……でもたぶん彼は何かの魔法を使ってる。

 その証拠に所々敵の動きが不自然なところがあるもの』

『姫様も気づいていましたか……彼、ヒヤマ・トオルと言ってましたか……彼は先程もパレオの操る木々からその……私を助けて下さった時、木々が不自然に止まる瞬間が幾つもありました。

 おそらく、それが彼の魔法なのでしょう。しかし彼は無詠唱で発動している上に、魔力が大きく消費され、疲労様子もありません。加えて見た事の無い魔法となれば系統も魔力量も何もかもが謎のままです』

『あら、クレアったら呼び方、姫様に戻しちゃうのね。久しぶりで嬉しかったのに、ふふっ』

『もうっ……こんな時にからかわないでください姫様っ!!』



「…………もう大丈夫みたいだな、はぁ……やれやれ……」



 徹は背後から聞こえてくる二人の会話でそれを確信する。

 どうやら、彼女達と彼の別れの時間は稼げたようだ。

 物理的な別れの話ではない。

 気持ちの別れの話だ。

 無論、完全に整理がついたわけではないだろう。

 近しい人の死はそう簡単に整理できるものでは断じてない。

 だが、区切りはついた。

 今はその時ではないと、切り替える時間は作れた。

 その事に一先ずの安堵を覚えながら、トオルは敵集団から距離を取り、ゾーンによる極度集中状態を利用して高速思考、状況の把握を行う。



(さて、まじでここからどうする?

 ここまではなんとか対処できてるが、何せ敵の数が多すぎる。

 このままじゃジリ貧だ。その内こっちに限界がきて、人数差で押し切られるのが目に見えてる。

 それに、あの気狂い野郎程とはいかないが、あの中にもかなりの能力者が混ざって居やがるのも状況に拍車をかけてる。

 それに、情報も足りてねぇ。奴らの能力は恐らく俺のものとは少し違う。

 その詳細さえわかればさっきの気狂い野郎の対策も何か出てくるはずだ)



 パレオの操る土系統魔法≪マニピュレート≫。

 その利点は手数の多さだ。

 対する徹の能力は操作を強制的に止めるという意味でパレオに有効であるのと同時に、手数で攻められると対処に苦しくなるという相性の悪さも背負っている。

 ただの集団ならうまくその意思と矛先を誘導し、混乱させたりと対処のしようがあるが、あれは別だ。

 パレオの攻撃はその全てが彼一人によって精密にコントロールされている。

 それでは混乱のさせようがない。

 正直、徹にとっては組みしにくい相手であった。



(実際問題、こちらの手札が少なすぎる。

 質はともかく、あの数は正直厄介だ。

 能力者以外は正直物の数にもならないが、障害になることに変わりはねぇ。

 せめてこっちにも何人か能力者が入れば、手の取りようも……あるん……だが……んっ?)



 そこで、徹の思考が何かに引っかかる。

 まるで自分が何か見落としをしているような、そんな感覚。

 本当にこちらの戦力は自分だけなのか?

 本来なら頼ってもおかしくない人達を、固定観念で戦力から排除してはいなかったか?



(……そうだ。どうして気づかなかった!?

 ある。確実じゃあないが、可能性はある。

 なら……充分聞いてみる価値はありそうだ。

 そうと、決まれば……っ)



 方針は決まった。なら、後は動くのみ。

 徹はゾーンによる極度集中状態から脱出すると、即座に走り出した―――敵とは真逆の方向に。

 彼の視線の先には救済対象だった二人の少女がいる。

 助ける相手と認識し、戦力として数えなかった彼女達。

 だが、彼女達も戦士、加えて自分が駆け付けるまで、あの人数から逃げおおせていたという事実。

 ならば、彼女達が本当に戦力にならないのか、確かめるのは無駄じゃないはずだ。



「えっ……あれっ、あれれっ? ……クレア、どうしてあの人こっちに向かってくるのかな……?」

「…………姫様、それは恐らく……」

「あんなの一人で相手にしきれるかっ!! 一旦戦略的撤退だ!!」

「それは要するに逃げるということでは……」

「やかましい、戦略的撤退だ!! ちゃんと考えはある!! ところで、あんたら走れるか?」

「な、なんとかするわ……」

「も、問題ありません……」



 徹が走りかけた問いに対し、二人は気丈に答える。

 だが、クレアは全身ボロボロ、シンシアも先程の恐怖で万全とは言い難い。

 とても全力疾走できるようには見えなかった。



「んなぁぁぁあもうっ!! こんちくしょうぉぉぉぉッ!!」

「ふぇっ!? ええっ!?」

「きゃぁっ……なにをっ!?」



 徹は二人とのすれ違いざまにシンシアを背負い、クレアをお姫様抱っこの体勢で抱えて走り出す。

 満身創痍な彼女達に無理を押して全力疾走させるなど、出来る筈がなかった。

 故に、彼はその全てを一人で背負い込んだのだ。

 


「ああ、悪いが背中のあんた、シンシアって言ったか?

 あんたはもう少ししっかり足を絡めてくれっ!!

 で、手前のは……確かクレアだったか?

 あんたは首に腕を回す感じでもう少し、密着してくれっ!!

 じゃねぇと走りにくい!」

「なっ……あわわわ、あ、足を絡めるの……!? いや、でもえーと……私今裸……」

「早くしてくれ、追い付かれるぞ!?」

「え~い、ままよっ!! えいっ」



 背中のシンシアが足を絡めて来る。

 正直、彼女の女性としての柔らかさとか押し付けられる胸の感触とかで割とドキドキだったが、今はそんな場合じゃない。

 徹はなんとか鉄の自制心で走ることに専念する。……柔らかい。



「……助けて頂いた身の上でこういうことを言うのは少々心苦しいのですが……あなたは変態なのですか?」

「心苦しいと思うならもう少しオブラートに包んでくれませんかね!? それはいいから、早く腕を首にっ!! 正直、既に俺の腕が限界近いっ!!」

「……止む負えないですね……ッ~~」



 そう呟くと、クレアは少し顔を赤らめながら徹に密着し、抱きかかえるように腕を回す。

 前後から美女に密着された徹歯なんだか幸せな気持ちに包まれそうになるが、何度も言う、今はそんなことに拘泥している場合じゃない。

 事実今もすぐ後ろには痺れを切らしたパレオと、彼が率いる残党狩りの男達が全力疾走で追ってきている。

 このままでは捕まるのは時間の問題だ。

 限られた時間の中で、徹は自制心を最大限に発揮しながら、二人へと問いかけを投げた。

 


「なぁ、シンシア!! クレア!! あんたらはあの気狂い野郎みたいに何か能力を使えたりしないのか!?」

「……気狂い野郎……? ああ、パレオの奴のことねっ! でも、能力ってなのことかしら……?」

「ほらっ!! あいつみたいに木を操ったりとか、そんな感じのさぁ!!」

「……能力、というものが何かは理解しかねますが、魔法なら私と姫様も使用できます」

「魔法っ!? なんか、いよいよファンタジーっぽくなって来やがったなぁ、おいっ」



 口ではそう言いつつも、徹はどこか得心する。

 確かに、パレオや、敵の大勢の中に混ざっていた能力者は真っ当な能力者にしてはいろいろと欠けているものが多かった。

 そもそも、ここまで見てきた武器の技術レベルから考えると、能力開発に必要な器具、またはそれを生み出すのに必要な高度な計算能力と、科学技術がそこまで発達しているとは到底思えない。

 加えて、彼らがそれら能力を使用する際に存在した不自然な間だ。

 個人によってその時間にばらつきはあったが、あれは何かを口ずさんでいたようにも思えた。

 それが所謂詠唱なのだとすれば、全ての辻褄が合う。

 ならば、



「え~とだ。要するに、あんたらも何か出来るって考えて良いんだな!?

 なら教えてくれっ!! あんたらはどんなその……魔法ってのが使えるんだ!?

 もしかするとそれがこの状況の打開に繋がるかもしれねぇ!!」

「ど、どんなっ!? ……え~と……」

「……そうですね。私は雷系統魔法。姫様は水系統魔法を使用できます。ですがシンシアはともかく、私は既に魔力が殆ど残っていません。できてもせいぜい雷撃を数発放つので精一杯でしょう」

「なるほど、クレアは雷撃が数発放てるんだな!? それでシンシアの方はどうだ!?

 あんたはいったい何ができる!? 水系統って言うからには、水を生み出したりとかできるのか!?」

「え、え~と、そうだね……。私は一応水、それとそこから派生したものである氷を生み出せるわ。あまり強力には厳しいけど相手を直接氷結させることもできるわね。魔力もほとんど使ってないから限界はあるけど、まだいろいろできると思う」

「氷か……なら、ちょっと聞きてぇんだがこんなことってできたりするか?」



 徹は思いついた考えをシンシアへと伝える。

 シンシアは彼の提案に怪訝な顔をしながらも答えを返した。



「……それなら多分できると思うけど、本当にそんな物を作っても意味あるの?」

「ああ、おそらく俺の能力と合わせればかなりの足止めになるはずだ。

 時間が無い! 急いで頼むっ!!」

「あなたの能力……、わかったわ……やってみる!」



 シンシアは徹へと力強く告げると、背後へと片手を翳し、自身の中で現出させるべき事象のイメージを形作りながらゆっくりと詠唱を開始する。

 形状は壁。その面積は可能な限り高く、広く。

 されど、厚さは薄氷の如し。

 極限まで薄く、大きく展開する。



「いくわよッ!! 我は水精の加護を受けし者、水精の意向を握る者。その役を以て我は乞う。

 氷結させよッ!! 我が意のままに―――≪フリージング・ウォール≫」



 直後、彼女のイメージ世界へと流出し、その形を成す。

 彼女が徹に言われてイメージしたのは巨大な氷の壁だ。

 高さは約数メートル、横に至ってはどこまで続いているのかわからない。

 そんな巨大すぎる氷の壁。

 だが、無論欠点なくこんな氷壁が出せるのであれば、元より彼女たちも逃走するのに苦労などしてはいなかった。

 つまり、この壁には明確な欠点が存在する。

 案の定、パレオはこの壁を見て、あざ笑うように明確な欠点を指摘してきた。



「ははぁ~~? いやァなかなかにすごいじゃァないですかぁ!!

 ですが、そんな壁がなんだと言うのですかぁ?

 そんなうっすゥ~い壁では、ワタシ達はおろか、ネズミ一匹の侵入を防ぐことさえままなぁ~りませんよォ~~? キヒひひひッ!! さあ信徒たちよ、臆することはありません。あんな見かけ倒しの氷壁など、そのまま突き破ってしまいなさいッ!!」

「うぅ~やっぱり騙されてはくれないわよね……むむむ」

「……何か続く策があるのですか?」

「オーケー、十分だ。後は黙って見てやがれ、目に物を見せてやる」



 そこまで告げると、徹は全身を反転。バック走の形になると、ゾーンを発動。極度集中常態下での高速思考を開始する。

 氷壁と残党狩りの達の間にはもう何メートルの距離もない。

 数秒後には奴らは氷の壁を突き破り、徹たちへと襲い掛かってくる。

 そうなれば、また先ほどの状況に逆戻り、その状況に未来はない。

 故に、徹に与えられた時間はもうほとんど無かった。

 それでも、彼に焦りは微塵もない。

 当然だ。何しろ能力開発による超人的な演算能力と極度集中状態による高速思考が可能な彼にとって、この程度の演算は彼にとって小学生の足し算、引き算となんら相違ないのだから。



(演算開始、理論位置座標算出、現出補正0・5・3―――≪座標固定(フィックス)≫)



 そして全ては完了した。



「恐れることはありません!! さァ、そんな薄氷は突き破ってしまうのでェすッ!!」

『ウォォォオオ―――ッ!!!』

「ねぇ、あなたどうするのッ!?」

「このままでは……」



 残党狩りの兵士達とパレオは一気呵成に氷壁へと突っ込んでいく。

 その姿はまさに津波のようだ。

 シンシアの生み出した氷壁ではあの勢いは止められない。

 シンシアとクレアは待ち受ける絶望の光景を幻視して、動揺を露わにする。

 だが、徹は落ち着いて前に向き直り、走り出すと、二人に対して確信をもって淡々と告げた。



「安心しろ、もう終わった」

「……えっ? どういうこと……?」

「……終わった? 今何かをしたのですか?」

「まあ見てなって。面白いもんが見れるぞ」



 徹がそう告げた直後、

 残党狩りの隊がそのまま薄氷へと直撃する。

 壁とはいっても所詮厚さ数ミリもない氷の壁だ。

 強度なんて言うまでもない。

 哀れ、か弱い氷の壁は進軍してくる兵士によって無残に突き破られる。

 

―――はずだった。



「うぉりやぁ一番乗りだ―――『ゴンッ』……ぜ……」



 勇ましく一番乗りで突撃した兵士が鈍い音共にその場に崩れ落ちる。

 その後も、次々と勢い余って壁に突撃した兵士たちが何人も鈍い音ともに崩れ落ち、地に伏せってゆく。

 事態に気づき、慌てて後続の兵士たちが速度を緩めようとするが、全力で氷壁を突き破らんとしていた彼らの足はそう簡単には止まらない。

 気が付けば、氷壁の前には倒れ伏せった兵士たちの山ができていた。

 


「な、ななないったい何が起きているのでェすか!?

 なぜ、どうしてあんな反対側がはっきりと透過しているような薄さの氷を誰も突き破ることができないのでェすかッ!?」

「わかりませんッ!! ですが、あの氷の壁はなぜか恐ろしく硬いのです!! 武器で攻撃しても亀裂すら入る気配がありませんっ!!」



 パレオはありえない事態を前にして動揺する。

 彼の周囲の兵士たちがパレオに状況を報告するがその原因は解明できない。

 ただ、一つわかることは、あの薄氷は容易く突き破ることができない、という現実のみだった。



「パレオ様、いったいどうすれば……」

「おのれ、おのれおのれおのれおおのれ、おのれぇぇぇぇーーーッ!?

 またあの男の仕業だとでもいうのですかッ!?」



 パレオは一人の男を頭に浮かべながら声を上げ、なんとか氷壁を突破しようと指示を出す。

 徹はそのパレオの姿と、壊せない壁を前に苦戦する兵士たちを眺めて安堵の息を吐いた。



「なんとかなったみたいだな……」 

「ええっ!? 一体どうなってるのっ!? 私あんなに硬く作ってないわよっ!?」

「これは、なんという……いったい何をなさったのですか?」

 


 徹は動揺を露わにする二人に冷静に答えた。



「これが俺の能力、≪座標固定(フィックス)≫だ」

「能力……さっきもそんなことを言っていたけれど、それは魔法とは違うの?」

「ああ、ここまでの状況とあいつらの様子を見たかぎり、おそらく別物だな。

 その証拠にお前らは科学って言葉を知らないだろ?」

「カガクですか……聞き覚えが無い言葉です。姫様はご存知ですか?」

「クレアが知らないなら私にもわからないわ」 



 首をかしげる二人に徹は自嘲気味に言った。



「俺からしたら魔法の方がよっぽど聞き覚えの無い言葉なんだけどな」

「そんなはずは……この世界で魔法を知らない人など聞いたことがありませんよ!?」



 あり得ない発言を前にクレアは思わず声を上げる。

 だが、徹はそれに対し、淡々とその事実を告げた。



「そりゃ、そうだろうな。そもそも、俺はこの世界の人間じゃないんだから」

「……つまり、あなたは、その……異世界人っていうことなの?」

「ああ、そういうことになる」

「なっ!? そんな馬鹿な話が……」


 

 クレアは思わず徹の発言を否定しようとするが、思わず途中で言葉を噤む。

 否定ができない。そんなことはありえない。

 そのはずのなのに、彼が異世界人だとすれば、問題なく全てのピースが嵌ってしまう。

 エルフを蔑視しないのも、そんな彼がこの戦場に居た理由も、全て説明がついてしまうのだ。

 徹は彼女達の疑問に答えるように淡々と話を続ける。

 


「俺の力はExtra-sensory perception、略してESP。

 いわゆる超能力って言うやつだ。

 こいつは適正な薬品と、適正な機械と、適正な手順。

 それさえ揃えば、誰でも簡単に開発できちまう力で、発動前に何かを言ったりする必要も無ければ、容量制限みたいなもんも無い。

 もっとも、脳が演算を処理しきれなくなったら、それで打ち止めなんだけどな」

「詠唱も、魔力も必要ない……そんな力が存在するというのですか……」



 あり得ない事実を前に、茫然とするクレア。

 だが、既に彼の行いがその真偽を証明してしまっている以上、もはや否定することが叶わない。 

 そこで、シンシアが気になっていたことを徹に問いかけた。



「あなた、え~と、トオルだったかしら? トオルの言ってることが本当だったとして、その、肝心のあなた自身の能力は一体どんな力なの?」

「そうだな、俺の能力名は≪座標固定(フィックス)≫。簡単に言えば視界に入った物体の座標を算出することで、物体を二つまで空間に固定することができる能力だ。

 固定された物体は物理法則から切り離されるから、壊したり、壊されたりすることは無くなるって感じかな?」

「……つまり、視界に入れた物を二つまで動かせない。壊せない。状態にするということですか?」

「ああ、ざっくり言っちゃえばそういうことだ。

 もっとも、人や動物は固定できなかったり、視界から外れても一定時間は固定を維持出来たりするっていう細かなルールや法則はあるけどな」

「そういうこと……だから私の氷の壁は破壊されなかった……」

「その通り、さっきのはシンシアが作ってくれた氷の壁を固定して、破壊できなくしたってわけだ。

 俺の能力は物体じゃなきゃ対象に出来ないからな、正直シンシアの能力とは相性が良くて助かったよ」



 そのおかげで、既に残党狩りの兵士達の姿は見えない。

 それ程の距離を稼げた。

 氷の壁が視界から外れてしまった以上、あの壁の固定が解けるのは時間の問題だが、そしたらまた壁を張ればいいだけの話だ。

 既に勝機は見えていた。

 徹は未だに二人を前後に抱えた状態で、シンシアに問いかける。



「なぁシンシアとやら、さっきの氷の壁はあとどのくらい作れる?」

「そうね……いくら大きいとは言っても大きいだけで密度も何もないしあれくらいならまだいくらでも作れると思う」

「了解、そしたらもしもあいつらがまた迫ってきたらさっきと同じものを作ってくれ。

 それを繰り返せば、たぶん逃げ切れるはずだ。

「ええ、わかったわ」



 事態は既に終盤戦だ。

 時間を稼ぐ手段を確保できたのは大きい。

 後は今後の目的さえ決まっていれば言うことはない。

 徹は方針を問うべく二人に質問をする。

 既に徹は明確に兵士達の側とは敵対してしまった以上、もはや突然異世界に放り出された徹としてはこれから彼女達を頼る以外に方法は無い。

 その彼女達の先行きを把握したいと考えるのは当然だった。



「あんたち、まさか無計画に逃げてるってわけじゃないんだろ?

 目的地とかはあるのか?」

「はい、姫様を連れて妖精国まで戻れればあそこには強力な結界魔法もかかっているので、あいつらもそう簡単に攻め込んでは来れないはずです。

 確かに数で押されれば結界が突破される危険もありますが、あの数位ならなんとでもなるでしょう」

「おーけ-、つまりはその妖精国とやらまで、あんたらを無事に連れ帰ればあいつの願いは達成ってことになるわけだ。

 そういや念のために確認しておきたいんだが、あんたら二人がノインが言ってた彼女達ってことで間違いないんだな? ここまで来て人違いで、他にも救わなきゃいけない対象がいるっていうんなら洒落にならない」

「それは……きっと心配ないと思う。

 私たちの部隊の女性はこの二人だけだし、生き残ってるのも私たちだけ……だと思うから……」

「…………」



 そこまで言って、シンシアは言葉に詰まる。

 ノイン・アルセイフ。

 一度は区切りをつけた彼の顔が再びクレアとシンシアの心を苛む。

 そして、それは徹も例外ではなかった。

 徹も彼の無残な最期を看取った身、何も思わないはずがなかった。



「……すまない。俺はあいつを助けられなかった……」

「どうしてあなたが謝るのよ……」

「……俺がもう少し早く来て、もう少し早く気づけていれば、あいつを助けられた。だけど、俺は間に合わなかった……だから、すまない……っ」

「あなた……泣いてるの……?」



 気がつけば徹の目には涙が浮かんでいた。

 その姿に、クレアとシンシアは驚きと共に彼を見つめる。

 不思議だった。

 人間は自分達を蔑視し、倦厭する者だと、そう信じて疑わなかったはずなのに、それなのに、目の前で人間がエルフのために涙を流す。

 その光景がどこか暖かく感じる。

 その感覚は不思議と悪くないものだった。



「トオルは優しい人なのね……」

「違う、俺はそんな奴じゃない……。

 ただ人と人とが争って、無駄な命が散っていく、そんなありふれた惨劇が嫌いなだけなんだ。

 こんなのはただの偽善だ。

 俺があいつの願いを叶えたって、あいつのために泣いたって、そんなのは所詮俺の自己満足だ。ちっぽけな偽善に過ぎない。

 そんなことをしたって、アイツにはもう届かない。死んじまったノインは生き返らないんだからな……」

「そんなこと……っ」



 無い、とシンシアには言い切ることができなかった。

 歯がゆかった。そう言い切ることが出来ない自分が嫌だった。

 シンシアは心底悔しそうに、顔を歪める。

 その顔をちらりと視界に収めながら、徹は悲しげに、悔しげに、自分を攻め続ける。

 


「そうだ。こんなのはただの偽善だ。

 死後に何をしたところで、死者には決して届かない。

 それは所詮、残された者への慰めでしかないんだ。

 例えあいつの最後の願いを叶えても、死者が感謝を述べることはないし、喜ぶことも無い。

 だから、俺にできることは、ただその悲劇を嘆いて、自分を慰めることだけなんだ……」


 

 そう、嘆きながら、出来る限りの慰めを行う事しかできない。

 否、そうしなければ自分自身がその悲劇に潰されてしまう。

 だから、こんなのはただの自己満足なのだ……。

 こんなことは二度と経験したくなかった。

 だから徹はこんな悲劇を二度と起こさないために、今まで多くの悲劇を受け入れてきたのだ。

 そして、多くの悲劇の果てに自分の望んだ世界へとたどり着いたはずだったのだ。

 なのに……自分はまた戦場に立っている。

 自分がもっとも嫌って、根絶を目指したはずの戦場に再び立っている。

 その事実が、彼を更に苦しめていた。

 クレアが彼の姿を見かねて、口を開く。


 

「トオル……と言いましたか?

 あなたは優しい人なのですね。

 そして、残酷なまでに、優し過ぎる。

 死者の死を悲しんで、死者のために戦って、死者の願いを叶えて、だけどそれを自己満足だと否定して、また生者のために戦っていく……あなたは……哀しすぎます……」



 本当なら満足してしまえばいいのだ。

 相手に感謝されることがなかろうと、お前のために俺はここまでしてやったぞと、そう誇ってしまえばいいだけなのだ。

 だけど、彼はそうしない。そう出来ない。

 死者のために、死にものぐるいで戦って、それでも尚、優し過ぎるが故に、その結果を死者のためだと肯定出来ない。

 そうして彼は死者を救えなかった自分を攻め続ける。

 それは……どれほど辛いことか。

 今、彼の嘆きを触れ合う肌を通して感じていた二人にはわかる。

 きっと、彼はこんなことを何度も繰り返してきたのだろう。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 こんな悲劇を繰り返して、その度に自分を攻めて、そしてまたその死を背負って戦い続ける。

 そんな悪夢を繰り返して、彼はここに立っている。

 それは、死よりも残酷な事のように、二人には思えた。



「あなたは……背負い過ぎよ……、そんなことを続けてたら、いつか、あなたが潰れちゃうわ。

 あなたは死者のために出来る限りのことをした、ならもう許されてもいいはずじゃない……。荷を降ろしてもいいはずじゃない……。なのに……なんで、なんで……」



 気がつけば、シンシアの目からも涙が溢れる。

 だって、その生き方は悲しすぎる。辛すぎる。残酷過ぎる。

 自分ならとても耐えられない。

 事実、自分は切り捨てた。

 諦めて、何もかもを失った。

 クレアの時も、彼がいなければどうなっていたかわからない。

 あんなのはただの自殺と変わらない。

 きっと彼なら、策がなければ切り捨てる。

 切り捨てた上で、切り捨てた自分を攻め続けて、そして、切り捨てた者と、生きてる者のために、生き残って戦い続けるのだ。

 それは、残酷なほど優しくて、悲しすぎる程に強くて、そして、救われない生き方だと、シンシアは思った。

 そして、自分のために涙を流してくれる彼女の姿を見て、徹はやるせない思いを吐き出した。


 

「なぁ、あんたらはどうしてこんな戦争をしてんだ……。

 戦争なんて、争いなんて、悲劇しか生み出さないって言うのによ、どうしてあんたらはこんな戦いをしなきゃならなかったんだ……」

「それは、私達がエルフだからですよ。人間と他種族、いや、異なる種族どうしは皆いがみ合い、睨み合いの戦争を続けているのです」


 

 クレアが徹の争いに対する強い思いを前に、争いを起こしてしまっていたことに後ろめたさを感じ、目を伏せる。

 その後を継ぐように、シンシアが続けた。



「それでも今までは皆睨み合うだけで、お互いに手は出さなかった。

 手を出してしまえば大きな犠牲が出るとわかっていたからね。

 だけど、人間達が方針を変え、他国に攻め込んだ事で、緊張状態が爆発してしまったの。

 今ではあちこちで他種族間の熾烈な戦争が行われているわ。

 そして、その勢いのまま、今回は人間達が妖精国に向かって進軍してきた。

 だから、私達は応戦するしかなかったの……仲間を守るために……」



 そうだ。守るために。殺されないためには殺す。それしか自分達に道はなかった。

 だが、同時に悟ってしまう。そんなものはただの言い訳でしかない。

 これは仕方がない。

 殺さなければ殺される。

 だから―――殺す。

 それが自分の手を汚したことに対する良い訳であることはわかっているのだ。

 他にも道はあったのかもしれない。

 決して存在しないとは言い切れない。

 でも、自分達はこの安易な道を選んでしまった。

 殴られたから殴る。殺されそうになったから殺す。

 そんな子供のような理由に身を委ねてしまった。

 もう、状況は止まらない。

 平和的な解決など時すでに遅し。

 もはや争うしか道が無い。

 それが、シンシアに歯がゆい思いを抱かせた。

 そして、それを理解して、尚、徹は燻る思いを吐き出した。



「ちくしょう、何がエルフだっ!? 何が他種族だっ!?

 お前らと俺の違いなんて、精々耳の長さくらいじゃねぇかっ!?

 いや、他種族とかだってそうだ。

 どうしてお互いの違いを受け入れられないっ!?

 それを受け入れて、共存すれば、誰も辛い思いをする必要なんかねぇんだっ!!

 なのにどうして……どうしてだよ……っ」

「トオル……」

「…………」



 何もかける言葉が無い。

 何より、戦いを選んでしまった自分達にはその資格がない。

 そして、それは徹も同じだった。

 自身も元の世界において、戦争を失くす手段に戦争を選択した身だ。

 自分がそんなことを言える資格がないことを本人もまた理解していた。

 そして、だからこそ、彼の言葉、その嘆きには……重みがあった。

 沈黙が場を包む。

 しかし、



「まだでェすッ!! まだアナタ達を逃がすわけにはいかないのでェすよォォォ―――ッ!!」



 そんな場を読まない叫び声がその空間を破壊した。

 パレオだ。

 他の兵隊はいない。

 だが、パレオがただ一人、叫び声を上げながらこちらへと向かってきている。

 



「―――なッ!? おかしいぞ、早すぎるッ!! 俺の計算だとまだ追い付かれることは無いはずなのに……仕方がないッ!! シンシア、頼む!!」

「分かったわッ!! 我は水精の加護を受けし者、水精の意向を握る者。その役を以て我は乞う。

 氷結させよッ!! 我が意のままに―――≪フリージング・ウォール≫」



 シンシアの詠唱が終わるのと同時に、再びパレオの行く手を阻むべく、氷の壁が現出する。

 徹はそれを視界に収めると、即座に座標を割り出し、固定した。

 しかし、



「ワタシにはその手は通用しないのデェスよッ!!

 大樹よ、我が意のままに地を統べよ―――≪マニピュレート≫」



 直後、パレオの周囲の木々が触手のようにうねり始め、自在にその姿を変えたかと思うと木々がパレオの足場となり、彼を中空に弾き上げた。

 そしてパレオはそのまま易々と氷の壁を飛び越え、着地すると、剣を抜き、徹たちの元へと迫って来る。



「そんなッ!? あんなのでたらめじゃないッ!?

「魔法ばかりが目についていましたが、やはり奴自身の身体能力も相当なものです……」

「なるほど、あいつはあれで氷の壁を飛び越えてきたってわけか……くそ、そう上手くはいかねぇってか……」



 いくらこちらが氷の壁で時間を稼ごうとも、パレオはそれを乗り越えて追ってこれる。

 つまり、それでは時間稼ぎにならない。

 となれば、純粋な走力勝負になる。

 だが、こちらには人二人分の重荷がある。

 これでは逃げ切ることなど出来る筈がない。

 いづれは追い付かれ、襲われるのが関の山。

 であれば……。


 徹は迫るパレオを睨みつけると、座標計算。

 パレオの鎧の座標を割り出し、空間に縫い付けた。



「ぐぬぅッ……でェ~~すがァッ!! こんなことに意味はありません!!

 分かっているのでェ~すよッ!! アナタの得体の知れないその魔法にはいくつか制限ある!!

 一つは視界に入ったもの出なければ使えないこと、二つ目は人には直接使えないこと、そしてェェーーッ!! みィ~~ッつめはッ!! 同時に二か所までしか使えないということでェェェッすッ!!」



 パレオは叫びと同時に複数の木々の触手を用いて徹達を狙った多角的な攻撃を仕掛けてくる。

 速度は速い。これではシンシアの詠唱も間に合わない。

 徹達がこの場を凌ぐためにはパレオの座標固定を解かざるを得ない。

 やむを得ず、徹はパレオの座標固定を解除。

 触手の回避に座標固定能力をフル活用し、≪連鎖(チェーン)座標固定(フィックス)≫による連続座標固定でなんとかその攻撃の嵐を掻い潜った。



「~~~ッ。ご名答、アンタも見かけによらず馬鹿じゃなかったみてぇだな。でもッ」



 十分に距離を取る時間は稼げた。

 徹は決意を固めると、二人を地に降ろして告げる。



「トオル……?」

「二人はここで待っててくれ……俺はあいつを何とかする」

「何とかすると言っても、貴方の能力の詳細は既にパレオに暴かれてしまっています。

 既に気づいているでしょうが、あなたの能力と奴の魔法は相性が悪い。

 何か策でもあるのですか?」



 向けられる心配に対し、されど徹は不敵に笑って言い放つ。

 


「そんなの知るか、ただ俺はあいつに託された思いを守り抜く。ただそれだけだ

 シンシア、自分達をドーム状に囲むように氷の壁を作っておいてくれ。

 それだけであいつの攻撃からあんたらを守り抜ける」

「……わかったわ。トオル、死なないで……」

「……奴の防具に気を付けて下さい。あの防具も奴の魔法の対象です。私はあれにやられました。……健闘を祈ります」

「ああ、ありがとう。そんじゃ行ってくるッ」



 徹は決意を胸に反転し、パレオに向かって足を踏み出す。

 その背後で、シンシアが魔法を詠唱、徹の言葉通りのドーム状の氷の壁を現出させた。

 徹はその壁の座標だけ把握すると、前方から迫るパレオを視線で射貫く。



「ああ、あああ愚か、愚かデスッ!!

 アナタ方は愚か、愚の骨頂ッ!! 罪を悟れないアナタ方には神罰を与えるほかありません!!

 さァ、大人しく神の前に膝を屈し、神罰を以て神に慈悲を請うのでェすゥゥゥゥーーーッ!!」

「どうしてそんな固まった考え方しかできねぇんだッ!!

 どうして自分と異なる者の存在を認められないッ!?

 共存して行くことができないッ!?

 神だ? 神罰だ? そんなもんはくそくらえだ。

 もしも、お前の言う神がそんなくだらない争いしか生まない神なら……そんな奴は俺が否定してやるッ!!」

「この、背教者がァァァァァァ――――ッ!!!!

 大樹よ、我が意のままに地を統べよ―――≪マニピュレート≫ォォォ!!」

「くッ―――」



 パレオが木々の触手を大量展開しながら徹へと迫ってくる。

 その数正に二十以上。

 普通にやって切り抜けられる数では決してない。

 故に、徹はゾーンによる極度集中状態で低速化した世界の中、高速思考を開始する。



(考えろ、考えろ、考えろ。

 クレアの言う通り、俺の能力とあいつの魔法は相性が悪い。

 その理由はなんだ?

 ……言うまでもない。手数だ。手数の多さ。

 それがこちらの固定対象数の制限を突く強手になってる。

 だが、考えろ、こちらにもあるはずだ。

 能力以外で、奴にアドバンテージのある部分。

 こちらにあって、奴に無い部分。

 それはなんだ?

 このゾーンか? 高速思考か?

 確かにそれも間違いじゃない。

 だが、こちらにあって、奴に無いもの。

 こちらが知っていて、奴が全く理解もできないもの。

 そのもっとも大きなものは、言うまでも無く―――演算能力だ。

 この世界の技術レベルでここまでの計算が発達しているはずがない。

 ならば―――)


 

 徹はとめどなく流れる思考の渦の中で、全身で情報を採取しながら精密演算を開始する。

 限界を超えた能活動に鼻から血が流れだすが、それすらも関係ない。

 いや、そんなことを気にする余裕がない。

 徹の開発された脳の限界、その一滴まで絞りつくす。



(考えろ、考えろ、考えろ。

 全方位から来る触手の入射角は? 初速度は? 加速度は? 空気抵抗は? 重量は? それらが示す理論座標と現出誤差は? 全てを演算しろ。

 演算して算出しろ。

 未来予知じみた計算で、未来の光景を割り出し、捏造して見せろッ)



 徹の思考の回転が頂点に達したその瞬間、パレオの触手の雨が徹を襲った。

 上下左右から絶えず繰り出される触手による攻撃の嵐。

 回避など問題外。

 むしろ生きているかどうか、生存すら危ぶまれる光景を前に、思わずシンシアとクレアが声を上げた。



「トオルッ!!」

「トオルさんッ……」



 土煙がその場を支配する。

 見えない。安否が確認できない。

 だが、あの攻撃の嵐を受けてとても無事とは思えない。



「ひひひひ、ヤリマシタッ!! これで神も少しはその溜飲を下げられるでしょうッ!!

 ヒヒひひひ、きゃはハハハハハはっははは――――ッ!!」



 それはパレオも同じらしく、彼は攻撃の手ごたえに酔いしれる。

 だが、その直後、土煙の中から何者かが弾丸の如く飛び出してくきた。



「なッ!?」



 正体は言うまでもない、徹だ。

 徹は両手の手刀にてパレオの頸動脈を断たんと両手を振るう。

 しかし、その攻撃はパレオを守るように変形した鎧によって防がれた。

 クレアの言っていたのはこの事かと、徹は冷静に納得した。

 クレアを助けた時から数えて二度、自身の自慢の連撃を避けられたパレオは動揺を露わにし、激昂する。



「おかしい、おかしいのです。アナタはいったいどうやってワタシの攻撃を掻い潜っているのですかッ!?

 いくらその面妖な能力を使用しても、避けきれるものでは到底ないはずだと言うのにッ!!」

「なに、そう騒ぐようなことじゃない。俺はただ、演算しただけだ」

「演算……デスとォ?」



 疑念を向けてくるパレオに向け、徹は淡々と事実を言い放った。


 

「そうだ。演算だ。お前の攻撃の角度、速度、重さ、位置、その他諸々を数字で算出し、それを元に行動しただけだ」

「さ、算術だけでそんなことまで計算できるの……?」

「そ、そんなでたらめな算術、があるなんて……」

「ふッふざけるなァッ!! そんなものを割り出せる算術など、この世界に存在するはずがありませんッ!!」

「そんなこと言ったって、現実問題あるんだからしょうがないだろ?

 もう、お前の触手の数式は割り出した。次は取らせてもらう」

「ええーーいッ!! やれるものならやってみなさいッ!!」



 パレオが激情のままに触手を操り、徹を狙ってくる。

 だが、最早それらはおそるるに足りない。

 既に触手の動きは徹の中で公式が出来上がっている。

 徹にはその動きが手に取るようにわかるし、回避しきるにはどの触手を止めればよいかも認知済みだ。

 数多の触手の嵐、それを演算と能力を利用し、その全てを捌ききる。

 時々織り交ぜられるシンシアたちへの攻撃も完璧に回避して見せた。

 そして、徹は触手の合間を縫うように捌き、駆け抜けると、今度こそパレオの首を取りにかかる。

 タイミングは致命的。

 このままいけば徹の手刀はパレオの首に確かに届く。

 だが、



「アナタが飛び出してワタシに向かってくるのを待っていたのでェすよォォォォッ!!

 アナタではこの攻撃は避けられないはずです!!」

「~~~~~ッ!?」




 徹は言われて背後を覗き動揺する。

 否、わかってはいたのだ。

 パレオの攻撃が背後から来るであろうことは織り込み済み。

 問題はその奥、そこに留まるシンシアたちも触手の標的になっていたということだ。

 徹の≪座標固定フィックス≫の限界は二か所。

 だが、今彼は襲われる二人を守るための壁と自分を狙う触手、そして、パレオの身につける変幻自在の防具の三か所を≪座標固定フィックス≫する必要がある。

 ≪連鎖(チェーン)座標固定フィックス≫では間に合わない。

 奴の攻撃は三カ所を同時に狙っている。

 このままではどこか一カ所を諦める必要がある。



「トオルッ!!」

「トオルさんッ!!」



 シンシアとクレアが思わず叫んだ。

 その様子を見て、パレオがほくそ笑む。



(そうです。これで良いのです。

 奴の魔法が二か所までしか固定できない以上、この三点同時攻撃なら例えワタシが朽ち果てようとも何かを削り取ることはできる。

 それだけで充分、主への供物は事足りるはずでェす!!

 さァ、死になさいッ!!)


 

 そして、直後、パレオと徹が交差し、二人の戦いが決着する。







―――血を流し、地に伏せっていたのはパレオただ一人であった。


 パレオは首筋から多量の血を流しながら徹へと問いかける。



「……なぜ、何故……デス……アナタの、固定は……二か所の、はず。なのに……なのに、どうして、アナタ方は誰一人死んでいないのでェすかァァ……」 

「悪いなパレオ、俺はさっきアンタの分析に対し、ご名答と答えたが、あれは正確に言えばウソだ。

 正確には“俺が意図して伝えた法則としては”ご名答ってことなんだよ」

「まさか……」

「そうだ。つまり、俺の能力の固定可能箇所は二か所までじゃなく、三カ所までなんだよ」

「アナタは……アナタという人は……まさか主の敬虔な信徒たるワタシを欺くとは……後に、恐ろしい、神罰……が……――――」



 パレオはその発言を最後に、力尽き、動かなくなった。

 



「―――悪いな、俺んちは代々無神論者なんだよ」



 力尽きたパレオの姿を視界に収め、悲し気に目を伏せて徹はパレオに告げて彼に背を向け歩き出す。

 徹は手に残る久しぶりの感触の前に苦い顔をしながら、彼は自分が守り抜いた少女たちの元へと歩いて行く。

 近づいてくる徹の顔を見て、その決意と痛みの混じった表情に気づいたシンシアが思わず声を発した。

 


「……トオル、あなた―――」

「シンシア、俺は決めたぞ」



 徹はシンシアの声をあえて遮るように告げる。

 それはその慰めは必要ないという、意思表示とこれから告げる意思への決意表明だった。



「俺はあんたらの国にこの世界を統一させる。

 そうすることで、この世界からも―――戦争を無くしてみせると、そう決めた。

 だから……シンシア、俺に協力してくれないか?」

「トオルさん……あなたは……、ですが世界統一なんていくらなんでも―――」

「クレア、その先は私が決めることよ」

「姫様……わかりました。決定は貴方にゆだねます。私はただその後について行きましょう」

「クレア、ありがとう……」



 シンシアは悲し気な笑みを浮かべてクレアにそう答えると、徹の方へと向き直る。

 そして、一呼吸置くと、力強く告げた。



「―――トオル、私もその争いの無い世界が見たくなったわ。だから……私をその世界まで導いてくれる?」

「ああ、任せろ。二度とノインのような奴を生み出さないために、俺はこの手を汚しきってやる」



 そうしてこの日、異世界の超能力者(サイキッカー)とエルフの姫が手を組んだ。

 彼らの歩む先に待つのは煌びやかな日々などではなく、血に塗れ、多くの悲劇と犠牲が生まれる道に他ならない。

 だが、それでも彼らはこの日、歩み始めたのだ。

 いつか必ずそんな悲劇や犠牲の無い世界を築いて見せる。

 例えその過程で自分達が何を犠牲にすることになったとしても……。

 そんな決意を胸に、一歩を踏み出したのである。

 それは異世界に飛ばされた超能力者(サイキッカー)と、人間に虐げられし種族であるエルフの姫が平和な世界を目指して血塗られた道を歩む物語。そんな理想と悲劇の物語の始まりを意味していた……。

 


 

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