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中編


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「おやおやぁぁぁ~? どうなさったのですか紫電の妖精様ぁ?

 随分とお疲れの御様子じゃぁ、あ~~りませんかぁ?」

「御託は……結構……です。来るなら……さっさと、かかって……きなさいッ!!」



 気丈に叫ぶクレア。

 だが、彼女は肩で息をしており、疲労の色が見てとれる。

 その周囲には既に百に近い兵士が切り伏せられ、倒れており、それだけでも彼女がどれだけの奮闘をしたのかが見てとれた。

 されど、それでも敵の一握り。氷山の一角を削ったに過ぎない。

 パレオの背後にはまだ何百という兵士が集結し、控えている。

 状況は絶望的であった。



(さぁどうする……もう魔力の残量も心もとない。

 ≪ライジング≫を維持しながらの戦闘となると、もって数分。

 放てる魔法も最小限まで節約しても数発が限界。

 ……その後は生身で可能限り足掻くしかないか)



 そこでふと、クレアの脳裏にシンシアの姿が過った。



(あの子は……ちゃんと逃げられたでしょうか……?

 優しいあの子の事です。きっと泣いているのでしょうね。

 辛い役目を背負わせてしまいました……。

 でも、あの子は強い。悲しい程に強い子です。

 だからきっと……大丈夫、あの子ならそれでも前を向いて歩めるはずです)



 自分はもうだめだろう。

 膝を屈する瞬間はもうそこまで先の話ではない。

 数分後にはクレア・レーベルという一個人はここで潰える。

 だが、それでも……託した思いは紡がれる。

 そう、信じて。



(後は託しましたよ。シンシア……)



 クレアは最後に自分の思いに別れを告げると、再び怨敵を見据える。

 もはや自分は長くは持たない。

 ならばせめて、敵の指揮官を落とすことで、奴らの撤退を誘発させる。

 それが自分に出来る最後の抵抗だと。

 そう決意して、クレアは地を蹴り抜いた。

 


「ほう、なるほど。指揮官であるワタシを落としに来ましたか。

 ですが……醜い。それはとてもとても醜い選択ですよ。紫電の妖精ッ!!」



 パレオの発言など一切合切意に介さず、クレアはパレオを狩るべく駆け抜ける。

 奴さえ倒せば残党狩りの指揮系統は混乱し、それだけシンシアの逃げ切れる確率も上昇する。

 ならば、奴だけは刺し違えてでも討ってみせると決意して。

 雷速を以て切り裂かんとパレオに迫る。

 だが、



「大樹よ、我が意のままに地を統べよ―――≪マニピュレート≫」

「―――ッ!? しまっ―――がはッ!!」



 パレオが短い詠唱を口にするのと同時に、彼の周囲の木々が蠢きだし、触手の如くうねりながらクレアの進撃を邪魔してくる。

 不意を突かれたクレアは避けきれず、鞭のようにしなる木々の一撃をその身に受け、弾き飛ばされた。

 何とか受け身を取ることはできたが、それでも今の一撃で受けたダメージは軽くない。

 それでも、クレアはふらつく足を無理あり奮い立たせ、なんとか再び立ちあがり、言葉を紡ぐ。



「グフッ……まさか、あなたが、土系統魔法を、ここまで使いこなせるとは……少し、予想外でした……」

「キヒヒひひッ!! 無知、それは罪深きことです!! アナタもワタシの異名、追撃者は知っていたのでしょ~うが? それでもまさか短縮詠唱まで使えるとは思っていなかったよ~うですねッ!!

 ただの土系統魔法使いがそこまで追撃に特化できるわけがないというのにッ!!

 ああ、無知に加えて短慮、これはいけませんッ!! 修正です。強制です!!

 歪みは正さなくてはなりませんッ!!

 さぁ、来なさい。たっぷりと矯正して差し上げましょう!!」

「戯言は結構ですッ!! あなたは、ここで死んでいただきますッ!!」



 クレアは再びパレオの首を取るべく駆け出す。

 もはや彼女に残された時間は少ない。

 おそらく、これが最後の機会。

 これを逃せば、もう奴をしとめる機会は無い。

 しかし、その成否に関わらず、クレアはここで終わるのだ。

 ならばせめて、ここでけじめをつけなければ、爪痕を残さなければ、自分の決死に意味などないッ!!


 クレアはそう決意して、迫る木々の乱舞を潜り抜ける。

 上下左右あらゆる方向から迫る木々の攻撃を時に切り裂き、時に回避し、時に雷系統魔法で焦がし尽くしながらパレオの首を狩らんと、ただその目的のために駆け抜ける。

 既に彼女の美しかった姿はボロボロだ。

 その白かった肌には幾筋もの傷で赤く染まり、体のあちこちは痣だらけ、体の内部も無事なところの方が少ないだろう。

 だが、それでも彼女は歩みを止めない。

 仕えた姫を守るため、託された思いを繋げるため、そして、大事な親友を守るため。

 彼女の進撃は止まらない。

 その姿は正に獅子奮迅。

 生半可な兵士では足止めすら叶わない。

 


「はぁぁぁぁあああああ――――ッ!! パレオ・コンツェッティ、その首、もらい受けるッ!!」



 紫電一閃。

 クレアの双剣が狙いすますようにパレオの首筋を狙って振り抜かれる。


―――ザシュッ



 そして、血しぶきが中空を舞った。

 

 一瞬の交差。

 その後に血を流していたのは―――クレアの方であった。



「なッ……グフッガフッ……いったい何が……私は確かに……」

「ああ、素晴らしい。素晴らしい力です。されど悲しいかな。アナタの刃は私には届かないのです。

 この鎧に我が力の一端が宿る限りは……」

「な……そ、それは……」



 クレアの視線の先、そこには自在に変形し、パレオの首筋を守りつつ、同時にクレアの脇腹を抉ったパレオの鎧の姿があった。

 


「そ、そうか……そういうことです、か……あなたのその鎧、金に着色してはありますが、その素材は、木製だったのですね……」

「ほーう、どうやら無知なアナタでも流石に気づけたようですね?

 その通り、この鎧は見た目に反し木製、つまり、ワタシの土系統魔法の対象になるのでぇすよッ!!

 故にッ!! この鎧は攻防一体。そしてその硬度も付加効果により一級品ッ!!

 この装備がある限り、ワタシを殺すことは叶わないのです!!」

「……なるほ、ど……魔装備でも、ありました、か……不覚です……ッ」



 どさりと遂にクレアが地に伏せる。

 既にその体に雷電は無い。

 つまりは限界、時間切れだ。

 もはや彼女に抗う術など存在しない。

 その姿を見て、愉悦に顔を歪めながら、パレオは叫びを上げる。



「あ、あああああ、ああああああああ素晴らしいッ!! 素晴らしい素体が手に入りました!!

 これでまた一人敬虔な信徒が主の元に加わることでしょうッ!!

 そうと決まれば早速矯正を始めなければッ!!

 一刻も早く、彼女を主の信徒に改心させねばなりませんッ!!

 ああ、ああ、なんと、なんと素晴らしい事なのでしょうか!?」

「パレオ様、よろしいのですか? このままではあのエルフの姫に逃げられてしまいますが……」



 見かねた隊の一人が思わず苦言を呈する。

 しかし、それを聞いたパレオはぐるりと首を回転させ、見開かれた感情の無い目で男を睨みつけた。



「―――ほう、アナタ、ワタシに何か意見でもあるのでェすか?」

「ひッ……い、いえッめ、滅相もございません……パレオ・コンツェッティ様にご意見など、恐れ多い事でありますッ!!」

「……アナタ、今ワタシに虚言を放ちましたね?

 アナタは先程ワタシに忠言したはずです。

 苦言を呈したはずですッ!!

 それなのに、それなのに、それなのに、それなのに、それなのに、それなのにぃッ!!

 アナタは自身の意見を偽ったぁッ!!

 ああ、これは罪深き行為です。悔い改めねばなりません。許しを請わねばなりませんッ!!

 だから、」

「……えっ?」



 茫然とする隊の一人。

 彼には自分の身に何が起きたのかがわからなかった。

 否、正確には見えてはいたが理解ができなかったのだ。

 彼の視界には触手と化した木々の内の一つにより、貫かれ、血で真っ赤に染め上げられた自らの腹部が映っていた。



「―――あなた、死んで償いなサイ?」

「あ、ああ……う、嘘だ……そんな、こんなの、嫌だ。助けて……まだ、俺は……死に、たく、な……い……―――」



 どさりと崩れ落ちる男、彼はそのまま少しの間もがいていたが、やがてそのまま動かなくなった。

 ……男は死んでいた。



「あああ、ああああ―――ッ!! なんと悲しい事でしょうッ!!

 今主の信徒がまた一人、旅立ちの時を迎えてしまいましたッ!!

 ああ、主よ、どうか、彼の死に免じてその過ちをお許しくださいッ!!

 そう、そうですッ!! 彼は敬虔な信徒として、死を以てその過ちを償ったのですッ!!

 ああ、どうか、どうか彼に安らかな死を、許しをお与えくださいッ!!」

「……な、仲間を……こうも、あっさりと……正気じゃ……ありませんね……」

 


 そうだ。パレオ・コンツェッティは狂っている。

 彼が主と呼び、崇める何者か。

 きっとそんなものは存在しない。

 それどころか、彼は崇めてすらいない。

 彼が信じているものなど何もない。

 彼はただ、ありもしない主に対し、形骸的な言葉を並べ立て、自身の行いを正当化しているに過ぎないのだから。

 何が彼をそこまで歪ませたのかはわからない。

 だが、一つわかることがある。

 彼の目に留まり、興味の対象にされた者に、碌な末路などあり得ないということだ。



「ああ、なんと、嘆かわしい……やはりアナタには理解できないのですね、紫電の妖精。

 ええ、ですが大丈夫、心配はいりません。

 アナタも直ぐに主の意向が理解できるようになるでしょう。

 そうなるよう、ワタシが今から矯正して差し上げます」

「なッ……うぐッ……」



 彼の操る木々の触手が蠢く。

 触手はそのままクレアの四肢を絡めとると、彼女の体をはりつるかのように持ち上げ、パレオの眼前へと運んだ。



「う、うぅ……」

「あ、ああッ!! やはり、やはりッ!! 見れば見る程素晴らしい素体だッ!!

 ああ、もっと、もっとこの素材を調べなければならないッ!!」

「え、……なッ……い、いやッ!!」



 パレオは彼女が身につけていた鎧と武具をはぎ取ると、その下の黒のダブレットを力任せに縦に引き裂いた。

 引き裂かれたダブレットの合間からクレアの美しい白い素肌が露わになる。

 パレオは息を荒らげながらその素肌を上から指でなぞりながら、顔を近づけ、そのまま下へ下へと降りて行く。



「あ、あああこれはやはり素晴らしい。エルフの素体ですかッ!!

 なんと美しい体だッ!! おお、おおおおッ!!」

「いや、やめ……やめなさいッ!! いやぁ……」



 抵抗はするも、クレアの体は既に満身創痍、暴れる余力など既にない。

 彼女の意思とは裏腹に、体は僅かに震えることしか叶わない。

 背筋を這うような悪寒がクレアを襲う。

 逃れたい。逃れたいのに、少しも動くことができない。

 矛盾した現実にクレアの心が少しずつ壊れていく。

 そして、パレオは自らが抉った脇腹の傷のところでその動きを止め、患部に顔を近づけると、何を思ったかその部分に舌を這わせ、その流れ出た血液をなめとり、咀嚼する。

 傷を嘗められたことで、クレアの全身に痺れるような痛みが走る。

 凄まじい嫌悪感と痺れるような痛み、そしてくすぐったいような感覚。

 いくつかの感情がないまぜになり、クレアは今にも壊れそうな自身を自覚していた。



「あっ……あんっ……いやぁ……ああぁぁぁ……」

「う~~ん、素晴らしい。素晴らしいとしか言いようがありません。

 しかし、やはりこの耳だけがいただけない。

 これは一刻も早く矯正を行う必要があるようですね」



 パレオはそう告げると、腰に携えた剣を取り出すと、クレアの長い耳の片方にその剣をあてがり、告げる。



「ああ、このままこの両耳を切り落としてしまってもよいのですが、それでは意味がありません。

 おそらく主もアナタが自らそうして欲しいと懇願しなければ、許してくれることは無いでしょう。

 ですから、さぁ紫電の妖精。今こそ、懇願するのです。己の口でッ!! 己の言葉でッ!! そのエルフの象徴たる長耳を切り落としてくださいと!! さァッ!! さァッ!!」



 激しく迫るパレオ。

 状況は絶望的。

 救いの希望は一切ない。

 だが、それでもクレアは決めていた。

 例えどんな目に会おうとも、自分の心だけは折らないのだと。

 それを思いだした時、彼女の瞳に再び火が灯った。



「お、お断り……です。誰が……そんな、こと……を……願うものです……か……」

「…………何ですか、なんなのですかその目はッ!!

 ああ、あああああああなたはぁぁぁあああああッ主に逆らおうとでも、言うのですかかッ!!」

「ぐふッがはッ……」



 叫びながら、パレオはクレアのがら空きの腹部を拳で殴りつける。

 声にならない声を漏らすクレア。

 されどパレオは満足しない。

 それから何度も何度も彼女の腹部を殴りつけた。

 クレアはその度にうめき声を漏らし、少しづつ意識が揺らいでゆく。

 そうして幾度か殴った後、ぐったりとするクレアに対し、パレオは再び怪我の患部に舌を這わせると、そのまま腹部、胸の谷間を通り首筋へと這わせて行く。



「あっ……ああっ……やっ……だめっ……んっ……」



 頭が痺れた。

 思考が働くなり、体の自由が利かなくなる。

 崩壊する理性。

 その中でパレオは彼女の耳元でそのまま再び囁くように問う。



「あぁ……ああぁ……」

「さぁ、答えは変わりましたか?

 紫電の妖精、クレア・レーベルさまぁぁぁ?」



 何もわからない。

 意識がゆらゆらと揺らいでいる。

 もう、いいのではないか? そんな思いが頭を過る。

 だが、


『ふふっ! ねえクレアっ! あなたはまるで私のお姉さんみたいよね?』



 そんあ彼女の、シンシアの姿が目に浮かんだ。

 力が入った。

 決意が戻った。

 意識が返ってきた。

 だから、クレアは答えてやった。



―――冗談じゃないですね。この変態騎士が、と。



「……そうですか、そうですか、そうなのですか。

 あなたにはもはや自ら改心することはできないらしい。

 ならば、ワタシの手で、あなたを強制的に改心させるしかあありませんッ!!

 それでは主はお許しにならないでしょうが、別人のように生まれ変わったアナタを見れば、主もきっとご慈悲を下さる筈ですッ!!

 ああ、あああ悔い改めよ。悔い改めよ。悔い改めよ。悔い改めよッ悔い改めよぉぉぉぉおおおおッ!!」



 パレオは絶叫と共にその剣を振り下ろし、彼女の耳を裁断した。



―――否、そうしようとした。



『我は水精の加護を受けし者、水精の意向を握る者。その役を以て我は乞う。

 氷結させよッ!! 我が意のままに―――≪フリージング≫』


 

 それは詠唱だった。

 優しく、強く、美しく、そしてどこか懐かしい。そんな詠唱。

 そんな詠唱をする人を、クレアは一人しか知らなかった。

 そして事象は現出する。

 今ま正にクレアの耳を切り落とさんと、振りかぶっていたパレオの手が氷結したのだ。

 されど、氷の力は儚く脆い。

 氷は直ぐに崩壊し、パレオの手から消え去ってしまう。

 だが、それでも目的を果たすには、クレアへの危害を止めるには十分すぎた。



「おお、おおおおッ!!

 これはだぁ~~れかと思えばッ!!

 シンシア・アリアネス姫殿下ではございませんかッ!!

 なんという幸運ッ!! なんという巡り合わせッ!!

 そうですか、やはり主はワタシを見放しませんでしたッ!!

 ああ、素晴らしい、素晴らしい、素晴らしいッ!!」



 再び喚き始めるパレオ。

 だが、今はそれよりも大声を上げる者が一人いた。



「シンシアッ!! どうしてッ!? どうして戻ってきてしまったのですッ!?

 あなたを逃がす。そのためだけにッ!! 私は決意し、あなたを逃がしたというのにッ!!

 いったいどうしてッ!! ここまで繋げたみんなの思いを踏みにじるようなことをなさったのですかッ!?」



 それは悲痛な叫び。

 もはや誰も逃げることは叶わない。

 後はただ二人そろって変わり果てて行くのみ。

 それがどうしようも無くわかってしまっていて、それでも尚、嘆かずには居られなかった本心からの叫びだ。

 だが、その悲痛な叫びに対し、シンシアも強い覚悟と決意を以て答えを返した。



「それは、私の決意を通すためよッ!!

 もう二度と問題から目を背けることはしないと、そう誓った自分の決意にを裏切らないために、私はここまで戻って来たッ!!

 もう、手遅れかもしれない。遅かったのかもしれない。でも、それでもッ!!

 私はもう、二度と誰かを見捨てて逃げることはしないッ!!」

「シンシア……あなたは……あなたって子は……本当に、本当に……ッ」



 クレアの中で心が矛盾する。

 嘆くべき状況のはずだ。悲しむべき状況のはずだ。こうなってはいけなかった状況のはずだ。

 だが、どうしてもクレアは湧き上がるこの気持ちが抑えられない。

 クレアの中から湯水のように湧き出てくる、嬉しいというその感情を押さえつけることがどうしてもできない。

 気が付けば、クレアの目からは涙が流れていた。

 だが、それを邪魔する男が一人。

 


「ああ、あああ素晴らしきかな主従愛ッ!!

 これは愛すべきものです。愛されるべきものですッ!!

 いいでしょう、ここまでのものを見せられてしまってはワタシも主も考慮せざる負えないッ!!

 シンシア・アリアネス。アナタがッ!! この者に代わり主への謝罪の意を示すのですッ!!

 さすれば、きっと主も二人をお許しになることでしょう!!」

「なッ!?」



 狂人、パレオ・コンツェッティ。

 彼はそんな道理も理屈もわからないふざけた提案を、さも譲歩するかのように告げてくる。

 その要求はつまり、クレアの代わりに主であるシンシアがこの役目を担えということに他ならない。

 ふざけていた。馬鹿げていた。

 こんな提案を認めるわけにはいかない。

 クレアは精一杯の抵抗の意を込めて言葉を発する。



「貴様ふざけるのも大概に―――」

「わかったわ、その要求を呑む。だから、彼女にはこれ以上手を出さないで」

「姫様、なにをッ!?」

「いいのよ、クレア。あなたはもうこれ以上苦しまないで。

 あなた……ボロボロじゃない……。

 もうあなたは充分苦しんだ。

 だから、ここからは私が苦しむ番なのよ」

「そんなッ!! シンシア、だめですッ!! 私の事はいいのですッ!! だから、だからあなただけでも―――」

「ふふふ、あはははははきひひひひッ!!!

 いい、良いでしょうッ!!

 きっと主もその提案なら受け入れて下さるッ!!

 素晴らしい、素晴らしいですよぉぉぉおおおッ!!

 ならばよし、さぁ、こちらに来なさいシンシア・アリアネス姫殿下ッ!!

 主に許しを請うのですッ!!」

「…………ッ」



 シンシアがゆっくりとパレオの元へと歩いてくる。

 パレオははりつけ状態のクレアを脇に除けると、シンシアの前へと進み出てくる。

 シンシアは唇を噛みしめながら、目をつむり、彼の前に座り込んだ。

 これから何をされようと、決して折れないと心に誓って。

 だが、



「……あなたはナニをなさっているのですか?」

「………えっ?」



 心底不可思議だとでも言いたげな声で、パレオが告げる。

 シンシアには何が何だかわからない。

 そうしてパレオは言葉を続けた。



「えっではありません。何をなさっているのかと聞いているのです。

 主に許しを請うのであれば、相応しい格好というものがあるでしょう。

 身の潔白を証明するには、包み隠さず全てを晒す必要がある」

「それって……まさか……」

「分かりませんか? 裸になれと言っているのですよ」

「なッ!? ふざけるのも大概にしなさいパレオ・コンツェッティッ!! シンシアにそのようなことをさせるわけには―――」

「うるさいデスね。あなたは少し黙っていなさい」

「うぐッ……」



 パレオのふざけた答えに、クレアが声を荒らげるが、木の触手による一撃で、強制的に口を閉ざされる。

 そして、皮肉にも、それがシンシアの決意を固めてしまった。



「止めてッ!! クレアには手を出さないで……服なら今、脱ぐから……」

「殊勝な心掛けです。ならば、早くなさい」

「うぅ……シン、シア…………ッ」

「~~~~ッ――――」



 そうしてシンシアは自分の装備に手をかける。

 まずは鎧、そして武器。

 全てを一つ一つ外して行く。

 続いてダブレットを脱ぎ、スカートに手をかけ、羞恥に顔を赤らめながら、ゆっくりと下に降ろしていく。

 どこからともなく男の兵の歓声が上がる中、パレオの感情のない視線がシンシアを捉えて放さない。

 そうして、とうとう、シンシアは下着姿になる。

 彼女の白魚のような素肌と、すらりと伸びた肢体、そして、豊満な胸。

 その殆どが衆目の目に晒される。

 残すは上下の白い下着を残すだけだ。

 だが、流石の彼女も、ここで一度手が止まってしまった。



「何をしているのです? 早く脱ぎなさい?」

「し、下着も脱がなきゃダメなの……?」

「何を馬鹿なことを。そうでなければ主に身の潔白が証明できないではありませんかァ?

 さァ、早くその全てを曝け出しなさいッ!!

 そうして今度こそ、主に許しを請うのですッ!!

 ……まさか、できないとでも言うのですか……?

 その身の潔白を証明できないとッ!! 

 アナタはそう言うつもりなのですかッ!?

 嘆かわしい、なんと嘆かわしいッ!!

 やはりアナタ方には人格を変革させるほどの徹底的な矯正が―――」

「わかったッ!! 脱ぐわッ!! 大人しく脱ぐから……どうか、それだけは……」

「……そうですか、では早くなさい」

「……ッ~~~」



 そうしてシンシアは全てを曝け出す。

 美しいプラチナブロンドの髪の毛と、対比するかのような真っ白な肌。

 ふっくらと膨らんだ豊満な胸部に、桜色の乳首が綺麗に備わっている。

 肢体はすらりと真っすぐ伸びており、細く、されど細すぎない。

 正に完璧と言って差支えない容姿であった。

 わかる。

 幾多の視線が自分の肉体を嘗めまわすように見つめているのが否応にでもわかってしまう。

 シンシアは顔を真っ赤に赤らめると、そのまま座り込み、両の腕で精一杯自身の局部を隠そうとする。

 その姿がよりいっそう兵の男達の欲を掻き立てていた。

 


「ああ、ああああッ!! 素晴らしいッ!! それでこそ姫殿下ッ!!

 妖精国の上層部に君臨する存在ッ!!

 ああ、主よ、今こそ彼女の謝罪を受け入れた給えッ!!」

「ぅ……ぅぅ……ッ」

「さァ告げるのです。私の醜い耳を切り落としてくださいとッ!!

 それで懺悔は完成するッ!!

 あなたは晴れて主の信徒の一員となるのですッ!!」

「お願いします……ど、どうか……わ、わたしの……ッ」



 そこまで言って……言葉が止まってしまった。

 長い耳はエルフとしての象徴。

 これが切り落とされれば、もうエルフとしての真っ当な道は歩めない。

 例え生き残ったとしても、彼女は二度とエルフとして、妖精国の姫として生きてゆくことはできなくなる。

 その事実がどうしても、最後の最後で彼女を躊躇わせてしまったのだ。

 


「―――どうしたのデス? 早く言いなさい?」

「……許して……」

「そんな謝罪に意味はありません。さァ早くッ!! その醜い象徴たる耳を切り落としてくれと願うのですッ!!

 それこそが、主への謝罪となるのですから」

「お、お願い……許して……私、やっぱりエルフを止めたくない……エルフを止めたくないよぉ……」

「シンシア……ッ」



 遂に感情のダムが決壊する。

 今まで堪えてきた何もかもが崩れ去った。

 もはや涙は止まらない。

 そしてそれと比例するように、恍惚としていたパレオの顔が憤怒で醜く歪んで行く。

 そして、それは暴発した。



「もういい、アナタは虚言を私に虚言を放ったッ!!

 一度は主への謝罪を受け入れながら、それを拒絶したのですッ!!

 これは主への冒涜だッ!!

 一刻も早く矯正しなければならないッ!!

 誰でもいいッ!!

 この女を組み伏せて、その耳を切り落としてしまいなさいッ!!」

「いや、いやだッ!!

 やめてよッ!! 放してッ!!

 お願いだから、いやッ!! 嫌だぁッ!!

 私、エルフを止めたくないよぅッ!!」

「シンシアッ!! シンシアぁッ!!

 やめろッその方に何かしてみろッ!!

 殺してやるッ!! 絶対に殺してやるッ!!」

「ふふふははははきひひひッ!!

 そう、最初からこうすればよかったのですッ!!

 この悲鳴こそが主への最上の謝罪ッ!!

 これ以上ない懺悔の言葉ッ!!

 紫電の妖精、アナタはそこで見ているといい。

 アナタが忠義を尽くした主が、我々の手によって堕落していくその様をねぇええええええッ!!」

「パレオ・コンツェッティぃぃぃぃぃぃッ!! コロス、貴様だけは、貴様だけはなんとしても殺してやるッッッッ!! 貴様だけはッ!! 貴様だけはぁぁぁあああああああああああああああッ!!」



 しかし、クレアの怨嗟の叫びも空しく、息を荒らげ、どこか高ぶった男達によってシンシアは四肢を取り押さえられ、地に組み伏せられてしまった。

 そして、剣をその長い耳に突き刺し、切り離さんと二人の男が剣を構えて彼女の頭を挟むように立つ。



「いやッ止めてッお願いだからッ他のことなら何でもするからッ耳を私の耳を切らないでぇぇぇ―――ッ!!」

「構いませんッ!! 今こそ、主への謝罪を完了させるのです!!」

「誰か、誰でもいいから、私を、私たちを助けてよぅ……」

「やりなさいッ!!」



 彼女の最後の叫びを聞くものは誰もおらず、誰も答える者は無い。

 数瞬後には、男達は剣振り下ろし、彼女の両耳を泣別れさせることで、エルフとしての彼女を貶める。

 そうすればもうおしまいだ。

 例え生き残ったとしても、彼女の居場所はどこにもない。

 醜く、蔑まれ、弄ばれながら、人間たちの玩具として、その一生を費やすだけだ。

 


(……私、甘かったのかなぁ……決意だなんだとか、そんなかっこいい言葉を並べただけで、結局私は捨てられなかっただけで……。

 そういう決断も必要なんだって、それに納得したくなくて、ただ聞き分けの無い子どもみたいなわがままを言った、ただそれだけだったのかなぁ……)



 きっとそうなのだろう。

 シンシアの決意は所詮ただのわがままで、叶うことの無い幻想で、クレアの意見の方がどうしたって正しかった。

 だから、この結末は自分の責任だ。

 この道を選び取った自分の愚かな選択の結果なのだ。



(……なら、しょうがないかな

 どちらにせよもう終わり。

 エルフとしての私はここで終わる。

 シンシア・アリアネスの人生は終わりを告げる。

 なら、もう行こう。

 きっとあっちでみんなも私を待ってる。

 アレク、ロイ、ジョアン、エリック、ノイン……みんなが待ってる。

 なら、怖くない。きっと最初は怒られるんだろうな。

 それでもみんな最後は笑って受け入れてくれるよね。

 みんなの気持ちには答えられなかったけど、それでも、みんなと一緒のところに行けるのなら……もう、それでもいいや……)



 そうして彼女は全てを諦め、身を委ねる。

 直後、男達は剣を大きく上に引くと、一息に地面へと突き降ろした。










―――シンシアの耳は繋がったままだった。



「……えっ、えっ……どうして……」

「これは、いったい何が起きて……?」



 シンシアとクレアは今の状況も忘れ、ただ茫然と目を見開く。

 対照的に、パレオの表情は一瞬で憤怒の色に染め上げられていた。

 パレオは剣を突き降ろした男達へと叫ぶ。



「なんだ……なんだこれはぁぁぁぁああああああッ!!

 なぜ、いったいなぜ剣を止めたのですかッ!!

 この背教者どもぉぉぉおおおおおッ!?」

「ひッ!? 違うのです。パレオ様ッ!! 剣がッ!! 剣が空中で突然動かなくなったのです!!」

「本当ですッ!! 信じて下さいッ!!」


 

 そう、確かに男達は剣を力いっぱい突き降ろした。

 その点に間違いはない。

 だが、それが地に刺さり、シンシアの耳を断裁することは無かった。

 何故か? 答えは簡単だ。

 突き降ろされた二つの剣。

 その両方が中空でぴたりと(・・・・・・・)固定されていた(・・・・・・・)というだけの話。



 残党狩りの兵士達、その合間を一人の男が駆け抜けてくる。

 表が黒、裏地が赤のマントを羽織り、黒を貴重とした軍服に身を包んだその男は、二人の少女を視界に収め、ぼそりと呟く。



「間に合った……」



 あの願望は死の間際にあったノインにとって、ただの幻想だったのかもしれない。

 叶うことが無いということはわかっていて、それでも思いを口にした……ただそれだけの話だったのかもしれない。

 だが、それでも、そうであったとしても、



「俺は間に合ったぞ、ノイン・アルセイフッ!! あんたの願いは確かにッ!! 彼女達へと繋がったッ!!」



 今この瞬間、死に際に抱いた彼の幻想は現実となったのだ。

 徹は残党狩りの兵達の間、その隙間を縫うように駆け抜ける。

 今のまま、遠距離から急場で発動した≪座標固定(フィックス)≫ではそう長くは持たない。

 一刻も早く、あの≪座標固定(フィックス)≫が解ける前に、あの場所までたどり着く必要がある。

 


(あの間に合わせの≪座標固定(フィックス)≫じゃ効果は持って一分、それまでにあの場までたどり着かなきゃいけない。だが、既に≪座標固定(フィックス)≫は二か所に使用している。

 ……これ以上は使えない。ならばッ!!)



「なんだこいつはッ!?」

「人ッ!? だがなんだこの速度は!?」

「人ごみを駆ける速度じゃないぞ!? どこに行きやがった!?」



 あちこちで声が上がる。

 だが、誰も徹を捉えることができない。

 しかし、別に徹が足が新幹線並みに速いとか、そうした特殊な身体能力を持っているというわけではない。

 ただ彼は判断しているだけだ。

 どこをどう走れば先手をとれるか、その戦場で培った勘と、自由に使用できるゾーンを利用することで瞬時に判断し、そのルートを駆け抜けている。

 ただそれだけ。

 だが、それだけでも、集団は彼を見失い、混乱する。

 気が付けば徹は集団を抜けて、クレアとシンシアの元まで躍り出ていた。

 徹はそのまままっすぐにシンシアの元へと駆けてゆく。

 


「その子から手を放しやがれッ!!」



 発生と共に徹はまず剣を突き降ろさんとしていた男達を一人をそのまま走って来た勢いを乗せた体当たりを脇腹を狙ってぶつけることで弾き飛ばし、もう一人をそこから反転しての後ろ回し蹴りで脳天を蹴り飛すと、二つの剣の柄を握る。


 直後、≪座標固定(フィックス)≫の効果が切れ、剣は再び物理法則に捉われる。

 正に間一髪。徹はそのまま剣を放り捨てると、少女を取り押さえている男達の排除へと動き出す。

 だが、流石にここで男達も状況を把握し、迎撃すべく腰に携えた剣を抜こうと剣の柄に手をかける。



(敵の数は四、≪座標固定(フィックス)≫で固定可能なのは内の二、ならば、俺から近い二人から順に固定し、排除していくだけだッ!!)



 状況を確認すると、徹は即座に自分により近い男二人の抜かんとする剣、その位置座標を演算により導き出し、≪座標固定(フィックス)≫を発動。中空に剣を固定する。

 


「な、なんだッ!?」

「け、剣が抜けねぇ!?」



 突然の事態に動揺する男達、その隙を逃さず徹は先手を取る。

 一人の喉仏を貫くように貫手を放ち、昏倒させると、続くもう一人の方へと反転しながら遠心力を乗せた手刀を側頭部に放つ。

 脳を揺らされた男は為す術も無く地に崩れ落ちる。

 ここで≪座標固定(フィックス)≫を解除。

 武器を抜いてこちらへと駆けてくる男達を視界に収めると、位置座標を算出、固定する。

 向かってきていた最中に突然武器が動かなくなったのだ。

 必然、二人は体勢を崩し、徹の前に致命的な隙を晒す。

 そこ逃さず徹は懐に潜り込み一人の鳩尾へ抉りこむような正拳突きを放つと、続いてもう一人の顎を掌底でアッパー気味にかち上げ、無力化した。



「……立てるか?」

「えっ……あっ」



 戸惑う全裸の少女に徹は自分のマントを身を隠すようにかけて、手を差し伸べる。

 シンシアは動揺しながらも、なんとか手を取って預けてもらったマントで身を隠しながら立ちあがる。

 


「あなたはいったい……」

「話は後だ。あの子も、助けるんだろ?」

「えっ……あっそうですっ!! お願いだから、クレアも助けてあげて!」

「了解だ! あんたはこのマントの中にくるまって隠れてろ、その中なら絶対安全だから」

「えっ!? それはいったいどういう……」



 少女の返事を聞くよりも早く、徹は黒髪の少女、クレアの元へと駆け出す。

 無論、これで金髪の少女に何かあっては意味がない。

 故に、徹はマントの位置座標をある程度確認しながら駆け抜ける。

 これでもしも何かあれば、マントへと≪座標固定(フィックス)≫をかけることで彼女を守れる。

 だが、流石にここまでされてはパレオも黙ってはいなかった。



「ぁああああああああああッ!?

 キサマはッ!! キサマはいったい何なのですかッ!?

 人種であるにも関わらず、主の意向に背き、加えてその顔に泥を塗るなど、あってはならない背信行為です!!

 故にキサマはここで死を以て主に懺悔を行うのですッ!!

 大樹よ、我が意のままに地を統べよ―――≪マニピュレート≫」

「だめです、来てはいけませんッ!! その子をシンシアだけ連れて逃げてくださいッッ!!」



 訪れる最悪の未来を予感して、叫ぶクレア。

 パレオは詠唱と共に魔法を発動。

 操る木々を増やしながら異分子である徹を滅殺すべく攻撃してくる。

 その数は既に二十を超える。

 内四本がクレアに使われているのだとしても、それでも十本以上の触手が徹の命を狙ってくる。

 本来であれば、即死。クレアですら魔法を用いることでようやく八本程度との戦いに挑んでいたのだ。

 しかし、徹が対峙するのはその倍に近い数だ。

 彼が生き残れる通りは無かった。

 だが、彼は……徹はその常識に当てはならない。

 なぜなら彼は魔法使いでも、ましてやただの戦士でもなく。


―――超能力者(サイキッカー)なのだから。



(理論位置座標、連続演算、着弾地点、及び順序も同時算出、現出補正2・0・3―――≪連鎖(チェーン)座標固定(フィックス)≫)




「な―――ッ!?」



 驚いたのはパレオ・コンツェッティただ一人。

 他の者には何が起きているのかの全貌が把握できない。

 だが、触手を操るパレオだけはその異常を把握していた。



(何故ですかッ!? 何故にあの男が通るところの触手だけがその動きを止めるのですッ!? 

 あれはいったいどういう魔法なのですか!?

 いや、違います。論点は、異常点はそこだけではない。

 何故、何故あの男はここまでの魔法を詠唱もせずに発動することができるのですかッ!?)



 思考の渦にはまるパレオ。

 だが、その間にも徹は次々と触手を≪座標固定(フィックス)≫で固定しながら触手の嵐を潜り抜けて行く。

 徹がクレアの元までたどり着くのにそう時間はかからなかった。



「……ありえません、あの攻撃の嵐を無傷で駆け抜けるなど……あなたはいったい何者なのですか……?」

「あっちの子にも言ったがそれは後だ。今はとにかくここから逃げることが優先だろ、違うか?」



 徹はクレアにそう告げると、彼女を高速していた木々を手刀をもって切断し、拘束から助け出すと、自身の上着を一枚前を隠すようにかけてお姫様抱っこのように抱えて走り出す。



「なっ……ちょっ……何をっ!? こんな……~~ッ」

「ちょっと我慢してくれ!

 流石に背後に庇いながらじゃ演算が追いつかない!」

「へっ……え、演算? あなたは何を……きゃっ」

「行くぞッ!!」

「よくもよくもよくもよくもよくもぉぉぉおおおおッ!!

 主の敬虔な信徒たるこのワタシをコケにしてくれましたねえぇぇええッ!!

 ああ、神罰です!アナタには神罰を与えねばなりませんッ!!

 死になさいッ!!」



 そこで今度は二十を超える触手が一度に迫ってくる。

 だが、徹が慌てることはない。

 今の彼にはゾーンの影響で二十本の触手がゆっくりと遅く動いて見える。

 であれば、避けるのはそう難しいことではない。

 だって、こんなのはいつも通りだ。

 いつも通りの戦場だ。

 能力と能力がぶつかり合う。

 そんな超常と超常とのぶつかり合いに違いない。

 そして、忘れてはならない。

 そんな過酷な戦場。

 能力と能力がぶつかり合う地獄のような戦場において、

 檜山(ひやま) (とおる)は最後まで生き残ったのだという事実を。



「くっやはりこれでは……」

「クレアぁぁぁーーーッ」



 悲鳴が上がり、直後、触手が徹とクレアを襲った。

 だが、二人に傷は無い。

 襲いかかる触手の動きから襲い来るであろうタイミング、角度、位置その全てを未来予測じみた精密演算によって算出し、必要最低限の箇所を≪座標固定(フィックス)≫することで、攻撃の嵐を掻い潜っていく。


 

「何なのですか……アナタはいったい、主からどのような祝福を受けていると言うのですかッ!?

 なぜ、なぜ魔法の詠唱も無いのに次々と、ワタシの攻撃が空中で止まるのですッ!?

 ああ、いけないッ!! これはいけないッ!!

 ワタシよりも祝福を受けた信徒などあってはならないのですッ!!

 ……わかりました、ならば、こちらも趣向を変えて攻撃させていただきましょうッ!!」

「……ッ やっぱりそうきやがったか!!」

「いけないッ!! シンシア、逃げてぇッ!!」

「―――ッ!?」



 趣向変える。

 パレオのその言葉通り、奴の触手の内の幾つかの矛先がシンシアへと変更される。

 無論、徹への攻撃の手も止めない。

 二者への同時攻撃。

 それは徹の危惧していた一手だ。

 だが、危惧していたということは、すなわち、対策も既に練ってあるという事に他ならない。



「あんた! 早くマントの中に身を隠せ!」

「ッ―――」



 シンシアは理由は徹の叫んだ言葉に疑問を感じながらも、すがる思いでマントの中に頭まですっぽり包まる。

 それを確認すると、徹はマントと迫る触手を視界に収めながら、演算を開始。

 座標を算出し、≪座標固定(フィックス)≫を発動する。

 直後、シンシアと徹達へと同時に触手による攻撃が襲いかかった。



「ひゃひゃひゃひゃッ!!

 どうやらそこの奇妙な男は殺せなかったようでぇすが、その肝心の目的の方は潰えてしまいましたァァァね!!

 キヒヒヒ、ヒャハハハハッ!!」

「あっ……ああ……そんな、シンシアぁぁ……」

「―――大丈夫だ」

「……え」



 パレオが愉悦に浸っている間に、徹は触手の攻撃を掻い潜り、

 シンシアの居た場所まで到達すると、徒手空拳でまとわり付く木々をへし折り、排除する。

 すると、―――中には木々の攻撃を受けたのにもかかわらず、無傷で存在するマントがあった。



「これは……」

「≪座標固定(フィックス)≫、解除」



 徹がそう呟くと、マントが形を失ってはらりと落ちる。

 すると、中からポコンっという感じでシンシアの頭が出てきた。



「ふぅ! やっと出られた!

 マントに包まったら急にマントが固く動かなくなっちゃって焦ったわ……ってあれ、そういえば私攻撃されたはず……あれ?」

「シンシアっ!!」

「え、あ、クレア!?

 あれ、私!? あれっ!?」




 シンシアの姿を見るなり、クレアは彼女に抱きつき、彼女の無事を喜ぶ。

 事態に戸惑う金髪の少女、シンシアの姿は通るとしてはいい目の保養になり、思わず笑顔がこぼれた。

 しかし、そこに怨嗟の如き声がパレオによってかけられた。



「なぜです……いったいアナタは何をしたのですかッ!?

 ワタシの操る木々は確かに彼女を攻撃した!

 ぶつかる感触も確かにあった!

 なのに、だというのに、なぜ彼女が、シンシア・アリアネス姫殿下が生きておられるのでぇすかぁッ!!

 答えなさいこの背信者ぁぁぁぁあああああああッ!!」

「うるせぇぞこの気狂い野郎……」



 パレオの問いかけに答える義理はない。

 だが、徹にもパレオ達に言わねばならないことがあった。

 徹はシンシアとクレアの二人の姿に目をやる。

 徹が彼女達を発見した時、シンシアは裸に剥かれ、耳を切られそうになっていた。

 クレアも服を破かれていた上に、あちこちに裂傷と、打撲による内出血を負っていた。

 相当酷い扱いをされたのだろう。

 彼女達は見たところまだ十八に届くか届かないか、二十歳を少し超えたばかりの徹よりも更に幼い少女達だ。

 その彼女達が戦争に駆り出され、その上戦場でこのような非道な扱いを受けている。

 いい加減、彼も我慢の限界だった。



「……お前らがどんな事情を抱えてるのかなんてわからねぇ。

 もしかしたら崇高な理由があるのかもしれないし、深い考えがあるのかもしれない。

 だけどなぁッ!! そんなことは知ったこっちゃねぇッ!!

 どんな理由があったって、同じ人間にここまで酷ぇことをやってもいい正当な理由なんてあってたまるかッ!!

 こんなものを生み出すのがてめぇらの理想だって言うんなら……俺がそんなもの、ぶっ潰してやるッ!!」

「やかましいやかましいやかましいやかましいやかましいやかましい、やぁぁぁあかましぃぃぃいいッ!!

 アナタはぁぁぁッ!!

 アナタはぁぁ、主の代行者たる私を否定したァ!!

 それはつまり、主を冒涜したということでぇすッ!!

 それは許されないッ!! 許されていいはずがなぁぁいッ!!

 そもそも、どうして無関係の、エルフでもないアナタがッ!!

 そこの異教徒たるエルフを守るのでぇすかッ!?」

「…………」

「…………」



 それはシンシアとクレアの二人も気になっていた。

 見たところ、彼の耳は長くない。

 つまりは人種、エルフではない。

 本来なら、彼にエルフを助ける理由などないはずだ。

 いや、それどころか、むしろ自分達を異分子だと、否定してもいいはずだ。

 だが、彼はそれでもここに立っている。

 ここまで駆けつけて、自分達を救ったのだ。

 なら、彼の行動の源泉。

 その根幹にあるものは何なのか、それが二人も気になっていたのである。

 応えるように、彼は叫ぶ。



「エルフだなんだと、そんなちっちゃ事情は知ったこっちゃねぇんだよ。

 だけどな、あいつは、ノインは死の間際に俺に願ったんだ。

 全身を槍で突き刺され、穴だらけの体で大量の血を垂れ流し、少しづつ自分が終わっていくのを悟っていたはずのあの情況で、あいつは自分のことではなく、彼女達を助けてくれと、そう言って俺に託したんだよッ!!」

「うそ……ノインが……ッ」

「~~~ッ……ノイン、あなたはッ……」



 ノインが死んだ。

 わかってはいた。

 わかってはいたのだ。

 あの戦場に残って、生きていられる理由などない。

 そんなことは既にわかっていたことなのだ。

 だが、実際にその死を突きつけられ、その状況を聞かされて、割り切る事などできるはずがなかった。

 ノインは二人の親友だった。

 幼い頃から三人でよく遊び、ともに笑い、時にはともに泣いた仲だ。

 そんな彼の無残な死を聞かされて、涙が出ないはずはない。

 だが、ノインは繋いでくれた。

 死の間際、その願いを彼に託すことでノインは思いを繋いでくれた。

 彼女達は、彼の思いに救われたのだ。

 死して尚、ノインは二人を親友の命を助けたのだ。


……涙が止まるはずなどなかった。



「あ、ああ……ノイン、ノインッッ……」

「くッ……ノイン、あなたは、最後の最後まで……」



 彼女達の涙を背に、その別れの時間を守るようにその身で隠し、ノイン・アルセイフに託された願いを胸に、檜山徹はここに立つ。

 託された思いを繋げるため、

 託された願いを叶えるため、

 檜山徹は再び、彼が唾棄する戦場に立つ。



「人間だからどうのこうのなんてのは知らない。だが、お前らが彼女達を貶めようっていうのなら、俺が彼女達を守り通すッ!!

 それが俺の……檜山徹(ひやまとおる)の生き方だッ!!」

「キィィィサァァァァマァァはぁぁああああッ!!

 冒涜をッ!! 主に対する冒涜をぉぉぉぉおおおッ!!

 死になさい。それしかない。死を持っての懺悔、それでもとうてい足りはしないだろうが、せめて、主への慰めにはなるでしょうッ!!

 さぁ信徒達よッ!! あの男を、奴を今すぐ殺して、神の元へ捧げるのですッ!!」



 そうして、戦いの幕は切って落とされた。

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