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目覚め

眩しい…

気が付いたら布団の上で横になっていた。死んではいないっぽい、どうやら助かったらしいな…

ただ、周りが違和感だらけだ。病室でもない、小汚ない和室で布団もツギハギだらけ。障子も穴だらけで所々破れている。

障子の隙間から外を見ると、畑と崩れかかっている塀が見えてどこにいるのかが全く検討がつかなかった。

自分の着ている服も着ていたはずの学生服や病服ではなく、和服に着替えさせられていた。

それに股間にいつもと違う感覚を感じ確かめてみるとパンツがなく、そこにはふんどしが…。

状況が全く理解できない。

あと俺の服はどこ?パンツじゃないと落ち着かない。ケツに食い込む…



しばらく布団の上でボーッと座っていると障子が開いた。一人の細身の男が部屋の中に入ってきた。

「目が覚めたようですね」

微笑を浮かべながら俺の元に近づいてきた。男は見た目二十代後半くらいで顔は色白、背は百八十センチくらいで俺よりも少し高いくらい。和服を着ていて腰には大小の刀を携えていた。

…侍?そんな風貌だ。

その男は俺の前に腰をおろした。

「痛いところはありませんか」

体を軽く動かしてみる。所々に生傷があり、多少体が重いが特には異常はない。よくあんな濁流に飲み込まれたのによくこんな軽傷ですんだな…

「目立つケガはないようですね」

安心したように俺を見る。

「あなたが助けてくれたんですか?」

「私が川から引き揚げたのではないですよ」

この男が言うには看病してくれたのはこの男で、他に川から俺を引き揚げてくれた人がいるらしい。

「着ていた物が濡れていたので勝手に衣服を交換しました」

外を改めて見ると俺の着ていた学生服が物干し竿にかかって干されていた。パンツも一緒に…

「それにしても珍しい物を着ていますね。外国の服ですか?」

俺のことを珍しい目で見ている。俺にとっても和服を着ている男は珍しい。

「日本のです。それより助けてくれたのはありがたいんですけど貴方は何者ですか?」

何言ってんだコイツはと思ったが、とりあえずは失礼がないようにはした。

「あ、失礼しました。私は山南敬介と申します」

丁寧にそして穏やかな口調で名乗る。その口調から礼儀正しい人物だと窺える。

それと同時にドタドタと廊下を誰かが走ってくる音が聞こえ、それからまもなく二人の女の子が部屋に入ってきた。

「あ、起きてる」

「桃太郎が起きてる」

桃太郎?川から流れてきたからか?

「この二人ですよ。あなたを助けたのは」

「私が腕でー」

「僕が足ー」

助けてくれたのはありがたいが、話し方から考えると相当雑な運び方をしたんじゃないか?所々にある傷も川に流されたせいだけじゃなく、こいつらが運んだときにできた傷もあるだろ?

「ありがとうなチビッ子」

「チビッ子って言うなー、僕は総司だよ」

長い髪を一つに束ねている女の子が怒っているが、全然怒気が伝わらない。

「私、平助」

ボソッと髪の短い女の子が名乗った。

「はいはい…チビッ子二人ありがとうな」

「チビじゃないもん!!」

「じゃないもん!!」

どうでもいいが、チビと言われて怒っている二人のチビッ子を見ると胴着姿で、近くには木材が置いてあった。

「それは?」

「木剣だよ」

どうみてもただの木材にしか見えない。

「ここの建物は道場を兼ね備えてるんです。稽古のときにこのような木剣を使います」

木剣と言い張る木材を手に取り、説明をしてくれている間にチビッ子二人はじっとしていられないらしく、庭に出て打ち合いを始めていた。

「どうですか?よければ少し体を動かしませんか?」

なんでそういう流れになるのかがよくわからないが、ずっとじっとしているのも嫌だからとりあえず頷いてみた。

男の後について廊下を歩くと古びた道場に案内された。壁は所々黒ずんで、床もシミや傷がいたるところについている。

「どうぞ」と手渡された、どうみてもただの木材にしか見えない木剣を手に取ってみる。竹刀よりも持ち手が太いし、かなり重い。

「いいですか?行きますよ」

柔らかい口調で言ってはいるが、雰囲気と目付きがガラッと変わった。

そう思っている間にジリジリと間合いを詰めて木剣を降り下ろしてきた。

しかも、狙いは頭ではなく首筋だった。かろうじて避けながら受け流せたが威力はかなり強い。

「素晴らしい反応ですね」

何が素晴らしい反応だよ。優男だと思ってかなり油断してた。

たった一振りで実力がわかるほどの剣筋だった。この男恐ろしく強い…

それにしてもこの木剣は使いづらい…やっぱり重いし握りづらい、体の調子も悪いし長びくのはゴメンだ。

基本の構えだと握力がもちそうにない。構えを顔の前に木剣を構えるだけにした。

(無駄な力を使わない…良い構えです。しばらくは楽しめそうですね)

男がわずかに笑ったような気がしたが、再び俺に斬りかかってきた。

この男との打ち合いは俺がやってきた剣道の試合とは違う。頭や胴目掛けての攻撃はほとんどない、喉元や首筋、足払いって…殺し合いって言った方がピンとくる。

反撃したいけど、下手な攻撃はこの男には通用しない。何度か反撃を試みたけど、全部木剣で受けられ、かわされる。

病み上がりだから?普通の木剣じゃないから?いつものように身体が思うような動きができない。

でも、この事を差し引いてもこんなに劣勢に立たされるなんて思ってなかった。

そんなことを思っていると突然手を止めて木剣を下ろした。

「ここまでにしましょう。あまり無理をしてもいけませんし…」

にっこりと微笑みかける。立ち合った時間はかなり短かったはず…それなのにで肩で息をするほど消耗していた。

「なかなか良い太刀筋ですが形式にとらわれすぎですね。実戦ではあまり通用しないかも知れませんね…」

「…ハァッ、…ハァッ、…ハァッ」

息がまだ整わない。なんかものすごい腹が立つ。

…腹が立つけどこのまま闘っても絶対勝てないと思う。

この男は汗一つもかいてねえし…

「無理しないでください。病み上がりなんですから」

「甘いって山南さん。そんな奴徹底的にやっちゃえばいいんだよ!!」

突然後ろの方から声がした。声の方を見てみると、入り口の所に寄りかかってる槍を持った紅い髪の女がいた。

「こんな訳のわからない奴、適当にあしらえばいいのに」

俺を見下すような目をしながら近づいてくる。

目はつり目がちで目鼻立ちがしっかりしてる。

よく見るとかなり美人の部類だな。スタイルは……とりあえず胸がすごい、爆乳ってこのことを言うんだろう。

顔つき、口調からするに好戦的な性格だろうな。

「男ってのは口ばかりで、たいした実力もないくせに威張り、女を見下す。そのくせ都合の悪いことがあればコロコロと態度を変えやがる。まともな男などほとんどいねえよ!!」

「原田くん、口が過ぎますよ落ち着きなさい」

山南の静止も意味がなくどんどん突っ掛かってくる。この女、どうも俺のことが気に入らないらしい。

「お前も目が覚めたらさっさとここを出て行きな!!ここは弱い男はお断りだからよ」

なんなんだこいつは?無性に腹が立ってきた。初めて会った奴にここまで言われなきゃならないんだ!?

「どうせ川で溺れたのも川辺で遊んで流されただけだろ?弱い上に馬鹿とは生きていくのが大変だな!!」

木剣を持つ手に力が入ってくる。怒るのも疲れるし馬鹿らしいがここまで言われると頭にくる。

「ま、ここを出てってもすぐに野垂れ死にするだろうけどな、ハハハハハ!!」

ガン!!ガラガラン!!

道場の中に木剣が壁に叩きつけられた音が響き渡る。

笑い声を聞いた瞬間にとっさに持っていた木剣を奴に向かって投げつけていた。木剣はあっさりと避けられて壁にぶつかった。

「お前…なんのつもりだ?」

「黙れよ乳女…」

「あ!?テメェなんつった?」

急に目の色が変わった。人を蔑む目ではなく、殺意を持った目の色だった。

だけど、俺の腹の虫がおさまらなかった。

「喋んなって言ってんだよ乳女!!」

「…どうやら俺に殺されたい自殺志願者らしいな」

殺意をむき出しにして俺をにらみつける。

「今なら土下座して今すぐここを出ていけば命だけは助けてやるよ」

「…栄養が頭にじゃなくて胸にばっかりいってるらしいな。話が通じな…」

全部言い切る前にに槍の穂先が俺の喉元に向かってきた。危なかった。なんとかよけれた…

「熱っ…」

なんとか当たらずにすんだと思ったら思いっきり首筋をかすめていたらしい…

「殺す…徹底的に殺す…」

完璧に俺を殺す気だ。なんとか木剣を拾って構えたがその後の攻めは容赦がなかった。

連続して繰り出される喉元、鳩尾、股間に向けての容赦のない刺突は全てかわすことはできず、なんとか急所だけは当たらないように対応することしかできない。

こんな刺突を股間に喰らったら…想像したくない。

そんなことを考えてたら反応が遅れた。胴めがけての薙ぎ払い、避けるのが遅れて木剣でまともに受け止めた。

ミシっと木剣の軋んだ音がした。

一撃がやたらとにかく重い。女の攻撃とは思えない。反撃するチャンスが見つからない…

「お前、本当に女?」

途端に再び薙ぎ払いを喰らった。スピードがまたあがりやがった。

俺も馬鹿だな…言わなくていいこと言っちまったよ…

「こりゃあ本当に殺されるかもな…」


(さすがですね、あの状態の身体で原田くんを相手に…)

道場の隅で山南は黙って目を細めて二人の様子を見ていた。

「あのお兄ちゃん、佐之姉のこと怒らせちゃたの?」

「怒らせたの?」

いつの間にか外にいたはずの総司と平助が道場の中に入ってきて二人の様子を見ていた。

「山南さん、止めないとあのお兄ちゃん死んじゃうよ?」

「死んじゃうよ?」

総司と平助の言う通り、原田の一方的な攻撃で反撃することすら許さない様子で、決着がつくのも時間の問題に見える。

しかも、原田は先程の言い争いで激昂しており、決着どころか、本気で息の根を止める勢いでいた。

どうみても危ない状況だが、山南は止める様子はなく、むしろ今の様子を楽しんでいるようで口許は笑っていた。

「山南さん?」

「実力がなければ始まる前に止めてますよ、大丈夫です」

不思議そうに見上げる二人の頭を撫でた。

「ごふっっ!!」

その直後に思いっきり腹に原田の槍が命中していた。

「…あんな感じにやられてるけど?」

「やられてるよ?」

「大丈夫ですよ…多分」

少し苦笑いを浮かべてながら見守っていた。


「ゲホッ…ゲホッ…ゲホゲホ」

まともに腹に喰らっちまった。胃液が逆流してきやがる。なんとかここまで堪えたけどさすがにこれ以上攻撃を受けたらマジで死んじまうんじゃないか?

そもそも、なんで訳のわからない奴とこんなことやらなきゃいけないんだっけ?本当にこの女は俺を殺す気らしいし…

痛いし、苦しいし、身体も重くて思ったように動かないのに不思議と嫌じゃない。

なんでだ?俺、Mじゃないのに…

この感覚久し振りだな…

自分よりも強い奴と闘うのってこんな面白いもんなんだな…

「…どうした?死ぬのが恐くなっておかしくなったか?」

こんな状況で無意識のうちに顔が笑っていたらしい。死ぬかもしれないときに笑ってるなんて俺も変態だな。

そんなことを考えていたら脇腹に思いっきり攻撃を受けた。

思いっきり床に倒れこんだ。今の一撃は効いたよ。木剣を杖の代わりにしてようやく立てるくらいまで足にきていた。

「…どうしますか?本当に危ないなら助けてあげますよ」

後ろから山南に声をかけられて一瞬頼もうかと考えたが、助けるならとっくに助けてるはず…

なんかこの男に試されてる気がしてならない。

ふざけんな!!

「やめてもらうと楽しみがなくなって困るのはあんたじゃないのか?」

振り向いてそう言うと、笑いながら「ばれましたか」という山南とチビ助二人、それに入口に寄りかかって俺を見ている黒髪の新たな女…

誰だよ…

気になることがいくつかあるけど、とりあえず目の前の状況をなんとかしないと。

「死ぬ覚悟はできたか?」

「冗談はその馬鹿みたいデカイ乳だけにしとけ」

言っちまった…あ~あ、これで俺も後戻りはできないな。乳女の目付きがより一層険しくなった。次は本気でとどめを刺しに来るだろう。

体力的にも限界だ。次の一手で決めないと俺の負けかな…

自然と構え方が低くなる。狙いはあの女がトドメの一撃を繰り出すとき…

先ほどの打ち合いから一転してしばらくにらみ合いが続く。俺も乳女も下手に動くと勝負が決まると感じているらしい。

道場の中の静けさが増した。シーンとした音が響き渡る。

先に動いたのは乳女だった。俺が木剣を握り直した瞬間に俺の脇腹に向けての薙ぎ払いが迫る。なんとか下がって避けたが、槍を振った勢いを利用して身体を回転させ、再び胴めがけてそのまま連続攻撃に移ってきた。

これは避けれない。なんとか木剣を両手で支えて受け止めたが、木剣がきしむ音が響いた。

距離を取って体勢を立て直したが、その直後に頭をめがけて槍が迫る。再び木剣で受けとめる。鈍い音が響き、木剣にはっきりとした亀裂が入った。ヤバイ、次にまともな攻撃を受けたときには確実に折れる。

足で槍を押し返して再び距離を取って覚悟を決めた。一か八かの反撃。下がったところから勢いでそのまま乳女に突っ込んだ。

一瞬下がって乳女も喉元に向けての刺突を繰り出してきた。

その瞬間に僅かに屈んで木剣を両手で構え受け流した。喉元を狙った一撃は木剣を粉砕して頭上をかすめていった。

その折れた破片を乳女顔にに向けて投げつけた。なんとかかわしたようだが俺はその隙に槍を掴んだ。

「なっ!!」

槍を捕まれたことに驚いて反応が遅れたらしい。そのまま槍を引っ張るとそれにつられて体勢が前のめりになった。

「悪いな、こんな汚い戦い方で」

聞こえるか聞こえないかの呟きで乳女のアゴに向けて渾身の力をこめて裏拳をかました。

ゴスッといった音が響いた。思いっきりかましたせいで右手が痺れる。これ以上はさすがに無理だ…

腕を振り抜いた状態で俺も乳女も時が止まったようにそのままの状態が続いた。

倒れろ…倒れろ…倒れろ…倒れろや!!

肩で息をしながらずっとにらみつけながら念じていた。

しばらくして乳女が膝から崩れた。槍から手が離れてそのままその場に倒れこんだ。

どうやら気を失ったようだ…

危なかった…右手がまだ痺れてるし…

「まさか、佐之助を倒すとはな」

誰だよ…さっきまで入り口で見てた奴だろ。ゆっくり近づいてくる黒髪の女。目鼻立ちがしっかりしている。見た感じ自信が満ち溢た表情だった。こいつもさっきの乳女と同様に好戦的な性格だと思う。

「誰だよお前?」

正直なんか厄介なことになると思った。その予想はやっぱり当たった。

「土方歳三。日本一になる武士だ」

薄く笑いを浮かべながら俺に木剣を差し出してきた。土方の眼は戦うことを求めていた。

「わかるだろ、何がしたいか」

やっぱ思った通りだ。差し出しされたということは逃げることは許さない。そう土方の眼が告げていた。木剣を受け取るしかなかった。

「うっ…」

右手の握力がほとんど戻ってない。支えることしかできない。

「楽しませてくれよな!!」

速っ!さっきの乳女ほど攻撃に重さはないけど、キレは格段に良い。無駄のない攻撃…さっきの乳女より厄介だぞコイツ。

「ぐっ…」

右手が…痺れがまったく収まらない。攻撃を受ければ受けるだけひどくなる。よけてかわせるような攻撃はしてこねぇし…

それに、コイツ笑ってる…

乳女は殺気しかなかったのに、コイツはとにかく楽しんでる。反撃の攻撃を受けても笑いながら攻撃を仕掛けてくる。

まあ、乳女に関しては俺が煽ったっていうのもあるけど…

「そろそろ止めなさい土方君」

「脚下」

山南の制止を即座に断り再び斬りかかる。ここまでいくと中毒だろコイツ…

一手一手ごとにキレを増していく、正直勝てない…

しょうがないな…

一旦可能な限り下がる。

「いくぞ!」

全力で突っ込む。左手一本で木剣を構えそのまま頭目掛けて斬り込んだ。

「そんな攻撃で倒せると思ったか?」

案の定左手一本で繰り出した攻撃は簡単に弾き返された。

だけど…これでいい、最初からこんな攻撃で倒せるとは思ってない。これでコイツとギリギリまで接近できる。

「こっちが本当の目的だ…」

剣を弾かれた一瞬の隙に胸ぐらを掴むことができた。

「っ、この野郎!!」

胸ぐらを掴まれた瞬間には俺目掛けて木剣を降り下ろしていた。だけど、俺の方が速い…

ゴンッ!!

痛っ!!木剣を振り落とされる前に頭刺突を喰らわした。

勢いよく頭刺突を喰らった土方と喰らわした俺はその直後に床に倒れた。

勢いが強すぎたか、それとも当たったところがおかしかったか、立ち上がりたいけどとにかくフラフラする。まともに立てない、気持ち悪い…

そして、俺と一緒にぶっ倒れた土方も立ち上がろうとしていた。ただ、俺と同じように足取りはおぼつかなかった。

「クソッ…まさか…頭刺突するなんて…無茶苦茶だなお前…」

言葉も途切れ途切れ、あの威力なら気絶してもおかしくないはずなのに…俺から言わせればお前も無茶苦茶だよ…なんで立ってられんの?

「決着…つけようぜ…」

…マジかよ!?お前もまともに立ってられないのに…だけど眼が本気だ。

「…わかったよ」

さっき弾かれた木剣を拾う、この動作だけでも正直吐き気がしてヤバイ…

なんとか我慢して向き合うけど焦点が合わない…アイツの姿がぶれてしか見えない。

だけど、もうやるしかなかった。フラフラしながら俺も土方も近づいて木剣を振った。

俺の攻撃も土方の攻撃も互いに当たらなかった。

「そろそろ止めとけ、もう泥試合にしかならん」

「誰だよ…オッサン!!」

三十代くらいのヒゲが濃いオッサンが俺の攻撃を受け止めていた。

「トシ、あんたもそろそろやめときな」

「新八、邪魔すんなよ」

眼鏡をかけているおさげ髪の女によって土方の攻撃は受け止められ試合は中断された。

「言っても聞かんか…」

ため息をつきながらそう呟いたオッサンは面倒くさそうな顔をしながら俺を見ていた。

「仕方ねぇな…我慢しろよ」

「は、何言って…っ!?」

やれやれといった表情を浮かべながら俺の腹を殴ってきた。防ぐことはまったくできず、また床に倒れこんだ。

なんなんだよ…今日目が覚めて喧嘩ふっかけられて、痛めつけられて、ようやく倒したと思ったら次から次へとわけわかんねえ奴が出てくるし…なんて日だよ、気持ち悪い…


気が付いたらまた布団に入ってた。また、気を失ってたのか…

「おはようございます、早いお目覚めですね」

「は?」

いきなり何言ってんだ、と思ったが横の布団には土方、奥には乳女が布団で横になっていた。たしかにコイツらから比べたら早いか…

俺の倒れたあとすぐに土方も気を失ったらしい、山南がそう教えてくれた。

「それにしても源さんの拳をまともに喰らって吐かないなんてすごいですね」

「源さん?」

笑顔を絶やさず話す山南の話に出てきた「源さん」って…

「おう、目を覚ましたか」

野太い声とともに部屋に入ってくる髭のオッサン、さっき俺の腹に拳を喰らわした奴。

「あんたが…」

「おう、俺が源さんこと井上源三郎だ」

ガッチリした身体つき、工事現場にでもいそうな風貌、ただ見た感じ気の良さそうなオッサンに見える。

「さっきは悪かったな、無理にでも止めねぇといつまで馬鹿やるかわかんなかったからな」

そう言いながら布団に寝ている二人の方を見た。

「それにしても一部始終を見てたが、佐之助を倒したあげくトシとまであそこまで渡り合うとはな…お前一体何者だ?」

最初から見てたのかよ!?…何者か…なんて言ったらいいのか、川から流れて来た高校生とでも言えばいいのか…

「無理して言う必要はありませんよ」

返答するのを戸惑っていると山南が間に入った。

「それよりも今後行くあてがないなら私の所に来ませんか?」

「は?」

いきなりなんだ?

「おい、山南」

「いいじゃないですか、ここにもいろんな経歴の人が集まってますし」

「お前が良いなら俺はなんとも言わんが…」

なんかどんどん勝手に話が進んでる気がする。確かに俺が生活していた場所とは違う。今後まったくどうなるかもわからないから誘ってくれるのはありがたいが…

「何か問題でも?」

俺は黙って寝ている二人の方を見た。

「大丈夫ですよ、今日はちょっと危ないところもありましたが、土方君ぐらいの試合なら日常茶飯事です」

…こんなのが日常茶飯事ってどうなってんだよ!?

「私から近藤さんの方にここの門下生としての許可は取っておきますので…」

俺、預けられんのとここの門下生になるのは確定事項なのか?

「俺、入らなければいけないんすか?」

率直な疑問をぶつけてみた。俺を置き去りにして話を進めたことに気付いたらしく、申し訳なさそうな顔をしていた。

「無理に、とは言いません。勝手に話を進めたことは謝ります。ただ、あなたが目を覚ました直後と今では何となく今の方が生き生きしてる気がします。ここに在籍するのも悪いことではないと思いますよ」

コイツさっきから思ってたけど本当に何者だろう?剣術の腕も相当で俺の心を読んでるし…

…久々に感情があんなに揺れ動いた。痛いけど苦しいけど楽しんでた。ここにいればしばらくは虚無感に襲われることはないかと思う。

ただ、ここはどこかも未だにわかんない。ドラマや漫画のように違う世界かもしれないし、とにかく本当にここにいていいのか…

「逃げるなよ」

後ろの方を振り向くと土方が目を覚まし、起き上がっていた。

「お前とまだ決着はついてねえからな。私からも近藤さんに頼んでやるよ」

決着がついてないから引き止めるって…どんだけ馬鹿なんだよ。だけど、自然とほほが弛む。

なんかここにいれば面白そうだな。

「さっきのが俺の本気と思うなよ」

「あ!?」

「病み上がりの上にその前にも戦ってるからな、万全の状態なら俺が勝つけどな」

「フン、やれるならやってみろよ」

言い合っていると肩に腕をまわされた。ヒゲ面の顔が俺の横にあった。

「俺も忘れんなよ、殴り合いなら負けねえからな!!ハハハハハ!!」

剣術じゃないのかよ…暑苦しいなこのオッサン、声でけえし。

「さてと、それでは行きますか…」

オッサンの笑い声を遮るように立ち上がり廊下に出た。

「ついてきて下さい。ここの道場主に紹介します」

山南の後を追うようにして俺も廊下に出た。俺の後を土方もついてきていた。

「近藤さん、山南です」

廊下の一番奥の部屋、ここに近藤っていう道場主がいるのか。それにしてもここの障子もボロボロだな…

ボロボロの障子が開くと中からさっきのチビッ子二人が出てきた。

「どうぞー」

「どうぞー」

中に入ってみると土方の攻撃を受け止めた眼鏡をかけたおさげ髪の女とこちらに背を向けたショートカットの女がいた。

「あら、もう起きたの?」

おさげ髪の女が軽く驚いていた。

「あれだけ派手にやればもう少し寝てると思ってたのに」

「お前が止めなきゃ寝てるのはコイツだけて済んだのに」

後ろから土方が不満を洩らしていた。

「見ていて危ないから止めたのよ、二人ともまともに立てない状態でよく続けようとしたよ」

「決着ついてないなら普通は決着つくまでやるだろ?」

俺らのことは放っておいて土方達は言い合っていた。

「キリがないからそろそろ止めなさい」

言い合いの中に割って入る言葉、二人とも声の主の方を向いて不満気な表情を見せていた。

「だって近藤さん、コイツが勝負に水を刺すようなことをしたから…」

「まだ言うのか?このわからずや!!」

「そんなに物足りないなら私が相手になろうか?」

「「……………」」

急に二人が黙った。この近藤はこの二人を一瞬で黙らせるくらいの実力があるらしい…

「で、こっちはもう済んだから山南さんいいですよ」

言い合いが終わり近藤がこちらを振り向いた。眉毛が太いのは気になるがどこに出しても恥ずかしくはない顔立ちの女だった。

「近藤さん、彼をここの門下生に加えてもらってもよろしいでしょうか?」

「彼を…」

近藤は呟きしばらくの間沈黙が流れた。ただただ俺の顔をじっと見ていた。ここまで見られると恥ずかしくなってくる。

「近藤さん…?」

山南が問い掛けると近藤の目から涙が溢れていた。なんで泣いているのかはわからない。

「あの…近藤さん?」

「山南さん有り難う。久しぶりに門下生がきて感動してしまって…」

「確かに佐之助が来てから一年ぐらい入門希望はこなかったからな~」

一年…寂れすぎじゃね?

「ま、田舎のと貧乏道場だしな」

「変わり者しか集まらないからね」

「トシも新八もそんなこと悲しいこと言わないでよ、こんな嬉しいときに…ううぅ…」

もはや、嬉しくて泣いてるのか現状が悲しくて泣いてるのかわからない。

「ま、変わり者の道場にはぴったりな奴かもしれないな。佐之助倒すくらいの実力はあるし」

再び近藤が俺の顔を見た。俺の顔を見ながら立ち上がり木剣を手に取った。

「ちょっとゴメンね」

何をする気だ?と思った瞬間に近藤の木剣が眼前に迫っていた。ただ、避けることの出来るスピードじゃなく、まったく動くことが出来なかった。木剣は俺の顔の寸前で止まっていた。

「…うん、面白いね♪」

にっこりと笑いながら再び座り俺の手を取った。

「試衛館へようこそ。あなたの名前は?」

「え、あ、山岸統威です…」

そういや、まだ名前すら名乗ってなかった。それにしても嬉しそうに話すな。

「改めまして、私がここの試衛館の道場主の近藤勇、このおさげ髪の子は永倉新八。これからよろしくね」

きちんと正座をして名前を名乗った。

「さあ、これから日本中に名を広げるよう頑張ろう!!」

「ここの評判は悪名高いのばっかりだけどな…」

土方が近藤に対して気になることを言った。

「悪名高いってどういうことだ?」

近藤のしまったという表情が隠しきれていない。

「統威君、あの、えっとね、うん、気にしなくて…」

「近藤さん、最初から知ってた方が後で面倒なことにはなりません。正直に話しましょう」

かなり、乗り気ではない様子でしばらく沈黙したあとに、「山南さん、説明お願いします」と小声で呟いた。

山南から試衛館が評判が良くない理由が説明された。

元々近藤は武士ではなく、農民の子供であったが、先代に実力を認められて養子となってこの道場を継いでいる。元々農家の出の者、その上女の当主に剣を教わるのは気が引けるらしい。

近藤だけではなく、土方も武家の子ではなく、ここらの近所では手のつけられない程の悪ガキで、イバラのように触ると怪我をするということで「バラガキ」と呼ばれていた悪童。

乳女の原田は下級武士の出で位の高い武士と揉め事を起こして脱藩した問題浪士。

永倉は剣術が好き過ぎてもっと強い奴と戦いたい、強くなりたいといった理由で次期当主の座を捨ててまで脱藩。

井上は剣術の腕は中の上で物凄く目を見張る程の実力ではないが、剣術に武術を織り交ぜた独特の戦い方で多くの武士を破ったため邪流などと見下された。

問題が多い奴らが集まっている上に主な門下生も数えるほどしかいない貧乏道場。実戦重視の流派のため柔術などの動きを取り入れる変わっている流派。

となれば他の名のある道場に行こうと思うというのがほとんどらしい。

「実力だけでいえばそこらの道場よりも力はあるんですけどね…」

話を終えた山南が最後に付け加えた。

なるほど…そんな理由があったか。だけど普通の男よりははるかに実力のあることは確かだ。剣道は形やルールがあるが実際の戦闘ではそんなことを気にしていられない。どんなに型が綺麗だろうが負けて殺されればそれまでだ。ここのやっていることはもっともなことだと思う。

「私は自分達の流派は間違っていない、そして私達の武を天下に轟かせたい、それが私達の目標よ」

決意を良い放った近藤の目は本気だった。

「端から見ればバカな夢に思えるかもしれないけど、ここに来てる奴らはそんな姉さんの夢に乗ったんだ。ある意味最強のバカ集団だよ」

土方の目も本気だった。二人だけじゃない、山南も永倉もチビッ子二人も本気だった。

バカな集まりだな。ここなら久しぶりに俺もバカになれるかもしれない。

「身分もどっから来たかもわからないバカでも入れてくれるならよろしくお願いします」

「バカならみんなでとことんすごいバカになろうね」

にっこりと笑って俺を歓迎してくれた。

「明日から殺す気で鍛練するから今日はゆっくり休んでね」

殺す気で…ね。あの人が本気で来たら本当に死んじまうかもな…

「統威君、こちらに来てください」

部屋の外に出ていった山南の後を追った。

山南はある部屋に入り俺もその後を追うように部屋に入った。

「そこで止まってください」

部屋に一歩入った所で止められた。部屋に置かれていた刀を手に取り鞘を抜いた。

日の光に照らされて輝いている刃が綺麗だった。

「危ないので近づかないでください」

気がつくと山南の目は優しい目ではなく、戦う人の目だった。これから一体何が起こるんだ?

山南が取り出した一枚の紙、それを宙に放ち紙に向けて刀を二振り、紙は四枚に切られていた。

刀を振り、息を一つついたところで刀を鞘に納めて俺の目の前へ、

「統威君、入門祝いです。受け取ってください」

言われるがままに受け取った。想像していたより重い…

「統威君、刀を抜いて対峙したら後にはもう引けない。それだけ覚えてください」

簡単には刀を抜くなということだろう。そこまで俺を買ってる理由はわからない。だけど貰えるならありがたく貰っておこう。


目が覚めて何処にいるかわからなかった俺は、試衛館の門下生になった。

これが俺が時代の動乱に巻き込まれるきっかけとなった。

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