プロローグ
スタジアムの歓声が脳内に鳴り響く。エンジンの唸りと振動が全身を包み心を昂ぶらせる。いつもの感覚。だが決して飽きることのない感覚。誰よりも先に行くという快感が全身を駆ける。
金属の塊の中で男はニヤリと笑い、優越感と少しの暗い衝動を乗せアクセルを踏み込んだ。ラスト直線コースでの超加速。後続との距離はさらに広がる。誰にも自分を越えさせない。そして流線型の赤いバトルシップはそのまままゴールに突っ込んだ。同時にスタジアムの声が爆発する。誰もかれもが立ち上がり彼の名を叫ぶ―――――アレックスと。
人類が宇宙に進出して幾星霜、銀河系をも飛び出した人類は様々な異星人との接触を経て巨大な星間ネットワークを築いてきた。もちろん全て順調に事が進んだわけではない。様々な種族が入り乱れるこの宇宙で、互いを理解することが容易なはずもなく何度も大きな星間戦争があった。
そのたびに技術や文化は入り乱れ、驚異的なスピードで発達して行った。もはや誰が敵で味方なのかわからなくなり、高度な技術による戦争が宇宙を荒廃させてゆく。滅びへのカウントダウンが加速する中、宇宙国際連邦議会が発足。約千年続いた戦争、千年戦争を最後にようやく戦乱は終息する。以降銀河は小さな争いはあったものの、議会の下でとりあえずの平穏を取り戻したのだった。
そして千年戦争終結から約一万五千年。星間交流が再び盛んになり人類という言葉が全ての知的生命体を指す言葉になった今、人々を熱狂させる熱き戦いがあった。その名もギャラクシー・スピード。
ギャラクシー・スピードはかつて千年戦争時代に使われたバトルシップを使い行われるレースだ。バトルシップは千年戦争時代のスタンダードな兵器で全長15m程の機体に機銃やミサイルその他多彩な兵器を乗せ戦場を高速で駆け抜ける、まさに戦場の花形だった。また低空、高空、地上はもちろん宇宙や、生存が困難な環境でさえも難なく駆けるタフさと汎用性から、戦争終結後民間に広く流通し、現在まで様々な種類のバトルシップが使われてきた。
バトルシップを使い行われるレース、ギャラクシー・スピード。もちろんただのレースなはずもなく全銀河中最も死亡率の高いスポーツとして認知されている。ルールは様々で、コースもジャングルであったり宇宙だったり武器の使用が認められていたりする。しかもルールはあって無いようなもので、違反があってもほとんどお咎めなし。理由としては単純で、そのほうが観客が盛り上がるからだ。とにかく無茶苦茶でまさに、楽しければそれでいいのスタンスである。その分賞金額は高いため、毎回死亡者が出るにも関わらず多種多様な種族の命知らずが参加している。
そんな危険極まりないレースで人間が活躍するのは困難なことであった。だがしかし人間族の中、一躍スターとなった男がいた。その男の名はアレックス・キサラギ。
アレックスは21才という若さで出身の星、ピオン星でのレースで優勝してから連戦連勝を続け、遂にはオレハンドロ星系一に輝いたのだ。人間という種族的にも金銭的にも他の選手に比べ、決して恵まれた立場ではなかった彼の活躍は人間はもちろんのこと、多くの人々に夢と希望を与えた。彼の駆る真紅のバトルシップ、インフェルノスターはまさに地獄のようなレースに輝く星のようであった。
時は流れ、アレックスが星系一になってから六年の時が経った現在。星系一に輝いた後も好成績を収め続けていたが、オレハンドロ星系から出ることもなく次第にレースへの参加も少なくなった。そして今ではすっかり堕落し、ほとんど過去の名声と栄光だけで生きているのであった。