君のいない未来なんて
お題:未来の死 制限時間:30分 シリアスですがティニアは通常運転です。二人の事情は本編で書きたいと思っております。
君が死ぬ夢を見た。
首筋から真っ赤で綺麗な血を流しながらぴくりとも動かない。ただでさえ白い肌は青白く銀の瞳も虚ろで焦点が合わない。
血だまりがどんどん広がっていき、彼女の赤い髪が血と混じり合い幻想的な光景を作り出す。
「ティニア……」
自分の服が、口元が、彼女の血で染まっている。これは夢。きっと夢だ。
「ティニア。君はこんな残酷なことを望むの?」
――私を吸い殺してください。
そういつも願う君。けれどそれは、僕にとってはとても恐ろしいことで。
君がいなくなる未来なんて、死んでいるようなものだと。
「君は僕の……僕の気持ちを考えてくれないよね」
取り残されるのがどれだけ辛いか、彼女は知らないのだろうか。
血だまりに指を伸ばし、指についた血をそっと舐めとる。彼女から血を吸った最初で最後の記憶が蘇ってくる。恐ろしい程美味で、中毒性があって、まるで劇薬みたいなティニアの血。彼女は「血なんて鉄の味しかしません」と言っていたが吸血鬼にとってはそれだけじゃ済まない。
彼女の存在が僕を惑わせる。狂わせる。壊していく。
「愛してるよ、ティニア」
答えることのない屍は美しく、それでいてぞっとするほどに生々しい。
君が死ぬ夢を見た。それでも、僕は君を愛してる。
「……リヒャルト様、顔色が優れませんが」
「……あー、ちょっと寝不足?」
君の血を吸う夢のせいで寝不足だと言ったら「じゃあ現実でも吸ってください」とか言い出しかねない。あんなこと現実であってたまるか。
「貧血気味にも見えますが……こういうときこそ吸血を――」
「だから君の血は吸わないって言ってるでしょ」
ティニアの頭を軽く小突き子供を見るような目で諭す。
するとティニアは斜め上の反応を示した。
「リヒャルト様にそのような目で見られると……こう……イライラしますね」
「待って、そこは乙女ならきゅんとするところじゃない!?」
「はぁ?」
必殺ゴミを見るような目。自分にだけ向けられる特別な目。特別のはずなのにどうしてこんなにも悲しくなるんだろう。
「そういえば、私、とっても幸せな夢を見ました」
こっちが最悪な夢を見ているというのに彼女は平然とそんなことを言う。羨ましいとか思ってないぞ。
「貴方に、殺される夢です」
一瞬、心臓が止まったかと思うほどに全てが凍りついた。
「……それは夢だけでね。僕はそんなことしないから」
「……いつでも吸い殺してくださって構わないんですよ?」
君はそうやって殺されることを望むときだけは幸せそうな顔をする。本当に、酷いヒトだ。
「ねえ、ティニア。僕のこと好き?」
「主人という意味ではお慕いしておりますし、捕食者としてもお慕いしておりますが男性としては論外です」
「…………わかってはいたけどちょっと泣きそう」
「あの雪の日から私の想いは変わりません。命と血は捧げますが、心は無理です」
「君の心の氷は溶かせそうにないのかな」
雪降る山の奥、彼女と出会ったあの日。命を救ったことは後悔していない。けれど――
「愛してるって、僕に心からそう言ってほしいな」
それが僕の願い。叶うことのない、小さな願い。