贄姫への贈り物:1
それは今から少し前の出来事……。
リヒャルトはその日、ブランとゼルに愚痴をこぼす。
「ティニアに薔薇を大量にあげたら怒られた……」
「お嬢さんはそりゃなぁ」
「姫はそんなので落ちるタイプじゃないですよ。もしそうなら僕がとっくに落としてます」
「ぶち殺すぞブラン」
軽口を叩きながらリヒャルトは魔界から送られてくる書類の処理をこなしていた。
オリバがため息をつきながら「今日もまた帰れないな」などとぼやいているがリヒャルトは聞こえないふりをした。
「ティニアに喜んで欲しかっただけなのに……」
「お嬢さんが喜ぶのって……なぁ?」
「血吸えば喜んで抱きつきますよきっと。その後死ぬでしょうけど」
「だーかーらー、僕は吸うとしても致死量までやんないから! あの時はちょっと魔が差したの! だからもう吸わないって決めてるんだよ!」
「はいはい、リヒャルト様は姫と一生あんな関係でいたいなら何も言いませんよ」
「おま――」
「仕事しろって言ってんだろ馬鹿三人」
乱暴な口調のオリバ。不機嫌が最大になっているのが見て取れる。
「オリバも何かいい案はない?」
「……仕事しろって……まあ何も案が出ないとどうせ仕事しないんでしょうけど」
ため息をしつつ小さなメモに何やら書いたかと思うとリヒャルトにそれを差し出した。
ぬいぐるみ、香水、服、髪飾り、指輪、花束、そのほか諸々いくつか単語が羅列されている。
「なんだよこれ」
「一般的に考えて女性が喜びそうなものですよ。ティニア様が喜ぶかは別としてですが。それでも参考にして今はとりあえず仕事しろ仕事」
「なぁブラン。どういうのがいいかな」
「聞けよ」
オリバがだんだん素を出しつつある中ブランは「んー」と考える仕草をしながら意味ありげな微笑みを浮かべる。
「姫のことだし服飾類は興味ないだろうから除外。髪飾りや香水も無理だろうし……となると案外ぬいぐるみとかいいんじゃないですかね。女性は可愛いもの好きですから」
「えー……ティニアってそういうの好きそうなタイプか?」
「まあ例えもし好きじゃなくても前みたいに暖炉に放り込まれて燃やすとかそういうことはしないでしょう。姫はなんだかんだで優しい人だし」
過去に贈り物を燃やされた事件があったこともあり最近はうかつに贈り物をしないようにしていたのだ。
リヒャルトは何も言わずに立ち上がり魔界へのゲートを開くとオリバに軽い調子で言い放った。
「ごめん、ちょっと買い物」
「リヒャルトお前なぁ!!」
ブランたちの前でうっかり素を出したことに気づき慌てて口元を抑えたオリバを嘲笑するとリヒャルトは魔界へと旅立ったのであった。
「オリバさんってリヒャルト様と親しいんでしたっけ?」
「……まあ色々あって今はこういう従者だけど昔は……古馴染というか幼馴染というか」
「へー。オリバさんにも色々あるんだねー。どっかの筋肉バカみたいにアホな理由でエリート街道まっしぐらを捨てたやつとは違いますね」
「おいブラン。それまさか俺のことじゃないよな?」
ゼルが笑ってない笑みを浮かべつつブランを睨む。ブランは面白がるかのように言葉を返した。
「ゼルに心当たりがあるならそうなんじゃないのー?」
「うるせぇ!」
屋敷での従者たちの平和なやりとりのあと、オリバがほぼ一人でリヒャルトの仕事をこなし、疲労で倒れたのはまた別の話。
ティニアは自室のベッドで本を読んでいた。今日は珍しく恋愛モノを読んでいるらしい。
オムニバス形式で章ごとに主役が違うのだが半分くらいヒロインが悲惨な恋愛をしている。作者の意地の悪さが透けて見えるようだ。
すると、外からリヒャルトの声が聞こえ、本に栞をはさんでからリヒャルトを部屋に迎え入れた。
何やら背中に物を隠しているようで不審に思ったが追求はせず「何かご用ですか」とだけ聞く。
「……これ、プレゼント」
そう言って後ろに隠していた包みを出す。ティニアが戸惑っていたからか受け取らないためリヒャルト自ら袋を開けて中の物を晒した。
「クマのぬいぐるみ……ですか?」
かなり大きめのそれは見るからにふわふわとしたぬいぐるみ。生地も恐らく柔らかいかなり質のいいものだ。アイボリーのクマで首には青いリボンが付けられており、黒と青のチェックベストを着用している。袋から完全に出したわけではないので全体の大きさはわからないが大型犬くらいはありそうだ。
「い、いらなかったら、言って――」
リヒャルトの言葉を遮るようにティニアはクマのぬいぐるみを受け取り優しくそれを抱きしめる。ふわふわとした抱き心地にうっとりしているようだ。自然とティニアの顔には笑顔が浮かんでいる。
「嬉しいです。大切にします」
その瞬間、リヒャルトはティニアの笑顔に心を奪われていた。リヒャルトの時が止まり心拍数が跳ね上がり顔が赤く染まる。
「よ、喜んでもらってよかった。好きなのかい?」
「はい……ぬいぐるみ、大好きなんです」
大好き、と言ったティニアの顔はリヒャルトが見たこともないような笑みでリヒャルトは思考が停止するほどに混乱していた。
そんな様子を不審に思ったのかティニアがリヒャルトの顔を覗き込む。ぬいぐるみを抱いたまま上目遣いになるティニアに耐え切れなかったのかリヒャルトは何も言わずに駆け足で去ってしまった。
「え、リヒャルト様!?」
あまりに唐突な行動にティニアは呆気にとられる。ぬいぐるみをもう一度正面から見つめ首を傾げるが納得したのか頷いてクマに顔をうずめながら本を読んでいたベッドへと戻った。
あれからリヒャルトは前にも増してティニアの様子が気になって仕方ない。
裁縫道具が欲しい、と言われてリヒャルトはだいぶ渋ったのだがメグといるときだけという条件をつけて許可を出した。
それ以来こっそり部屋の様子を見に行くとプレゼントしたクマのぬいぐるみの服が変わっているのだ。黒ベストに蝶ネクタイ、よく見ると小さめのシルクハットまでつけている。
そういえば裁縫が得意とか言っていたなとリヒャルトは思い出し、詳細を聞くためにメグを呼び出したのだが――
「自分で直接お聞きになられればよいのでは?」
とだいぶきつい声音で返されてしまった。
「うぅ……メグ、君もだいぶ厳しいね。ゼルと同じ扱いはやめてくれないかな……僕はあいつと違って君にそんな扱いされても嬉しくないし」
「リヒャルト様、そのようなことを仰るのでしたら情報をお渡ししたくなくなってしまいます……」
割りと本気の表情にリヒャルトは慌てて謝罪をいれる。
「す、すまない……だから情報は」
「ああ、そういえばですね……ティニア様ってばリヒャルト様からいただいたぬいぐるみを抱いて寝てるんですよ」
「…………………………………………」
その瞬間、リヒャルトの時が止まった。
「うわあああああああああああティニア可愛いよおおおおおおおおおお!! ぬいぐるみ抱いて寝るとか……とか……!! ああぬいぐるみになりたい!!」
「リヒャルト様、ちょっと危ない人みたいです」
メグ笑顔の裏にははっきりと「気持ち悪い」という蔑みが見える。しかしリヒャルトは気にも留めずメグを更に問い詰めた。
「ほかには!?」
「ティニア様は裁縫や手芸がお好きでぬいぐるみの衣装を作ることが最近の趣味だそうですね。三日前に頂いて以来、一日一着作っているとか」
製作ペースにも驚かされるが自作であそこまでの物を作れることにリヒャルトは驚きを隠せない。
「どうやらティニア様はぬいぐるみがお好きなようですね」
「ちょっとまたぬいぐるみ買ってくる」
今すぐにでも買い物に行きそうなリヒャルトをメグが片手で制し耳元であることを囁いた。
「クマもいいですけど、ほかのぬいぐるみも喜ばれると思いますよ。ウサギとか。それに、多くてもぬいぐるみなら恐らくティニア様は嫌がりません」
「よし、買ってくる!」
後日、魔界のとある高級ぬいぐるみ売り場でリヒャルト伯爵が終始笑顔で買い物をしていたことから魔界の貴族の間であらぬ噂が囁かれたのはまた別の話。
まともな二人のやりとりを書こうとした結果が次話……




