血の乙女と吸血鬼
お題:生かされた血 制限時間:30分 で書いたものとなります。あんまりお題が活かせてないのはご愛嬌ということで……
――君の血は僕のものだ。
そう言って、彼は死の淵にいた私を救ってくれた。
闇に潜む吸血鬼である彼、リヒャルトは何も価値のない私を傍に置いてくれる。既に五年も経ったのに彼は最初の時以来私から血を吸おうとはしない。古びた屋敷の隅っこで、私は彼とたまに顔を合わせるだけでそれ以上の関わりはない。これが何なのかは色々考えたが結局わからないままだ。
てっきり、餌にされるとばかり思ってたのに。
「ねえ、リヒャルト様。私はいったい貴方の何なのですか?」
思い切って聞いてみると何とも言えない表情を浮かべ、リヒャルトは所在なさげに視線を動かした。たまに交流するための食事の日。リヒャルトと彼女――ティニアが食事をするためだけの日。従者が数人立ちながらその様子を見ているのだが実は彼らにとって自分の主人の面白いところが見られる数少ない機会として楽しみにされているのを主人事リヒャルトは知らない。
「それは……うん、何だろうな?」
「質問に質問で返すのはいかがなものかと」
別に嫌味ではないがはぐらかされそうだったため少しきつめな言い方になってしまった。それが嫌だったのかリヒャルトは子供のように視線をそらした。
「……なんでそんなこと急に」
「だって、貴方はいつも食事のときに動物の血を召し上がってますよね? 私がいるのに血を吸わないじゃないですか。吸血鬼なのに」
「……べ、別に吸血鬼は人間から血を摂らないと死ぬわけでもないし」
「メイドさんから血が飲みたくて死にそうって愚痴をこぼしてるとの報告が」
「だっ――誰だそれ聞いたの!」
食事中だというのに音を立てて立ち上がる、余程聞かれたくないことだったんだろうなとティニアと周りにいた従者たちは心の中で呟いた。
「ああ、冗談でしたのに本当でしたか」
あっけからんと言うとリヒャルトはハメられたことに気づき机に突っ伏した。後ろで従者の一人が口を抑えてるのが見え笑いをこらえているのがバレバレだ。
「僕を嵌めるなんて君くらいだよ……」
「正直、リヒャルト様ほど嵌めやすいお方はおられないかと」
笑いをこらえていた従者がとうとう吹き出しほか二人に肘で小突かれている。リヒャルトはそれが聞こえていないのか鬱屈とした表情を浮かべていた。
「……私の血は貴方のものなのに」
嫌がる道理などない。自分の命を救ってくれた彼に全てを捧げることは当たり前だ。命を救うために、私を吸血鬼の眷属へと変えてくれたのだから。
それを五年近く言い続けても彼は態度を変えない。まるで花を枯らすのが惜しいから摘み取らないで温室で慎重に育てるように。
「うん、君の血は確かに僕のもの。ほかの誰にも一滴も渡さない。だから君はこの館から出さないんだよ」
苦笑しながらリヒャルトは行儀悪く机に肘をついてティニアを見つめた。
「愛してるよ」
あまりにも自然に、とても軽い愛の言葉。
「……軟禁状態に愛の言葉……これだけ聞くと悪役ですね」
「ほらすぐそういうこと言う! 君が望んだことだろ!」
「ええ、私が望んだことですけど少し違います」
最後の一滴まで、貴方の血になってほしいのに、貴方は私の血を拒む。あなたに生かされたこの血は、いつになったら捧げられるの?
「君も僕と同じくらいの変人だよ。軟禁状態にされて喜んでるんだから」
「はい、私は束縛が大好きなので。必要とされてるのが実感できますから」
「そこは『愛されている』じゃないんだ?」
「ええ、私と貴方の間には愛は必要ありませんから」
「……何年かけてでもその考えを変えてみせるよ」
「ご自由に。私こそ、貴方の考えを変えてみせますよ」
血を捧げたがる血の乙女と血を拒む吸血鬼。
愛を拒む血の乙女と愛を求める吸血鬼。
彼らが交わりそうで交わらない関係なのはきっと、求めるものが違うから。
「貴方に全てを捧げましょう、リヒャルト様」
「君をいつまでも愛するよ、ティニア」
変わり者の二人は交わらないまま。