3話:仮面婚約者
よくわからないままティニアはヨランダに連れられて自室に二人きりになる。
ほぼ初対面に等しい上に自分の主の婚約者(といってももう元らしい)と二人きりは本気で意味がわからない。
「まず、あんたはどこまでリヒャルトのことや魔界のことを知ってるの?」
「……リヒャルト様の一族が吸血鬼なのと伯爵位をお持ちなことくらいです」
「まあ間違ってないわ。でもちょっと補足も必要ね」
普段あまり使わない自室のソファに座るヨランダに対しティニアは礼儀もへったくれもなくベッドに腰掛け話を聞いている。
「魔界の王である魔王は世襲制ではなく特殊な制度で決まるの。ある一定の時期に魔王の素質を持つとされる者が選ばれ貴族だけでなく民も誰が王にふさわしいか選ぶ」
「もしかしなくてもリヒャルト様はその魔王候補なんですね」
「察しがいいわね。魔王候補選定は貴族の派閥諸々が影響するからリヒャルトを魔王にしたがる奴も多くてね。それで、それを回避するためにリヒャルトと私は婚約関係になったのよ」
ティニアはそれを聞いて首をかしげる。魔王にならないために婚約関係になるとはいったい何が関係するのだろうか。
「魔王は結婚相手が決まってる。魔王になるためにはその相手と結婚しなければならないし重婚は禁止だから。リヒャルトは支持者が多い分逃げ道がなかったから私と婚約したのよ。もちろん、先に行っておくと私はあいつのこと好きでもなんでもないわ」
なぜかやけに力を込めて言うヨランダに一瞬気圧されながらもティニアは頷く。ヨランダは何やらブツブツと「誰があんな最低男と……」などと言っているがティニアは聞かないことにした。彼女にも思うところはあるのだろう。
「もちろん、リヒャルト支持者に何度か暗殺されかけたりもしたし結構危ない位置だったのよ私。まあ、一応腕に自信はあるから問題ではなかったのだけれど」
「……もしかして」
「そう、リヒャルトはティニアと結婚すると宣言している。つまり下手したらあんたは狙われることになるわ」
真面目な顔でヨランダは言うがティニアは危機感に欠けた様子でヨランダの言葉を待つ。
「建前だけでも婚約関係にしとけばよかったのにわざわざ公表しちゃうし……馬鹿なのか何か考えがあるのか……あいつに限ってそれはないと思いたいんだけど……」
呆れたように言う様子にティニアはリヒャルトの顔を思い浮かべる。なんだかんだでやり手だし大丈夫だろう。そんなには心配はしていない。
「で、改めて聞きたいんだけれど本心はどうなの? リヒャルトに対して何か特別な感情はないの?」
真剣に聞いてくるヨランダだがティニアは全く表情を変えず冷静な声で言った。
「ありません。リヒャルト様は私の主で私はあの方の餌です。一滴残らず、この身を捧げるお方です」
ティニアは胸に手を当てながらヨランダを真っ直ぐ見つめ返す。嘘偽りない本心だと伝えるために。
「……それが心の底からの言葉なのはわかったわ。でもリヒャルトはそれを望んでいない」
「そうですね。だからお互い様ですよ。リヒャルト様に捨てられたなら私はもう死ぬだけです」
「……あの最低男が惚れるだけあるわ」
「お褒めに与り光栄です」
「褒めてないわ」
ちょっとしたジョークのつもりだったらしくティニアは薄ら微笑みを浮かべる。ヨランダは苦笑を浮かべつつも仕方ないと思っているようだ。
「じゃあ、結婚とかの意志は?」
「全くありません。……というか」
思わせぶりに言葉を止めたティニアにヨランダは首をかしげる。その瞬間ティニアはヨランダに詰め寄っていた。
「婚約者って言うからてっきりリヒャルト様をどうにかしてくださると思ったのにあんまりです!! リヒャルト様結婚させて私を早く吸血させるという密かに考えていた案が台無しじゃないですかー!」
早口でまくし立てたかと思うと内容がヨランダの想像を超えていた。
――本当にこの娘結婚願望ないのね、と。
魔界へ帰ろうとゲートを開いている途中ヨランダは考える。
(どうしてあの娘はリヒャルトに好意を抱いてるわけではないのにリヒャルトに血を捧げようとするのかしら)
どうしても解せない。吸血行為は確かにある程度快楽をもたらし癖になってしまう人間もいると聞く。悪魔ですら稀にハマってしまうという噂だ。
しかしそういうわけでもなくただ「吸い殺して欲しい」とそれだけを考えている。リヒャルトの気持ちとは全く逆であるその願いはなぜなのだろう。
(あの二人に何があるっていうの……。どっちにしろくっつけるかくっつけないをはっきりさせないとややこしいことにしかならないわ)
リヒャルトを取り巻く状況は想像以上に面倒なことになっている。どうにかしないと――
(このままじゃあいつに顔向けできないしなんとかしないとね……)
『彼女』のことを思い浮かべヨランダは決意を新たに魔界へと帰還した。
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