2話:お茶会
屋敷の中は相当広く未だになんの用途に使われるのかわからない部屋も多数ある。その中でもたまにお茶会を楽しむ部屋があるのだが久しぶりにリヒャルトと彼の婚約者であるヨランダ様とお茶をしていた。
ティータイムとしてなのか最初こそキッチリとしていたが私に気を使ってか最初以外はかなりいい加減なノリでお茶をしている。それを見たヨランダ様は眉を寄せすごく何か言いたげだが無言で完璧なマナーを保ち紅茶を味わっている。
微妙に居づらい中ティースタンドにあったお菓子を手に取り試しに食べてみると食べたことのない甘さに驚き口元を抑えながらその反応を隠そうと努力した。いかにも貧乏人ぽい反応をすればリヒャルト……様に申し訳ない。
しかしやはりわかりやすいのかリヒャルトといいメグといいオリバといい微笑ましい光景をを見るような目を向けてくる。恥ずかしくてほかのお菓子に手を伸ばしづらくなってしまうというのに。
「……で、そこの小娘は私を知らないようだし挨拶くらいはしておくわ。私はヨランダ・エリアーデ。魔界のエリアーデ家次女でこのリヒャルトとは古馴染みであり婚約者よ」
「私はリヒャルト様の眷属のティニアと申します」
「ふん、まあ礼儀はあるようで何よりだわ。それよりリヒャルト。これはどういうことかしら」
リヒャルトは優雅に紅茶のカップに口をつけている。しかもなにも聞こえないとでも言いたげに無言を貫いている。
「貴方が婚約解消の旨を寄越したと聞いたわ。いったいどういうつもり?」
「別に僕君のこと好きじゃないし」
「家同士の結婚なんて大体そんなものでしょう。貴方はいくら自分がアレだからって――」
「つーか僕ティニア以外と結婚しないって魔王のクソジジイに言ったから」
普段ヘタレな主人を多く知っている分、違和感しかない。口悪く不遜な態度はたまにオリバにも向けられるがそこまで多くないので新鮮に感じられる。
……あと彼の言葉にはできるだけ耳を傾けたくない。
「魔王様は何か仰っていましたか?」
「あー……『まずは受け入れてもらてからその台詞言え』って上から目線で言われた」
なんだか魔界の話になるとついてけないのでお菓子に手を伸ばす。これはメグの作ったスコーンだと見て一発でわかる。変な反応をすると空気を壊しかねない。
「信じられませんわ。まさか、たかが片思いで婚約解消したの?」
「たかがとか言うな。絶対時間をかけてもいいから両思いになるし」
「貴方みたいな最低男を好きになるのは相当難しいんではなくて? ねえ、ティニア」
「え、あ、ごめんなさい。ちょっと聞いてませんでした」
一瞬、冷ややかな空気が部屋に吹いたような錯覚を起こす。
スコーンを夢中で食べていたせいで話が入ってこなかった。というか振られるとは思わなかった。
「き、聞いてないって……。だから、つまり……貴方はリヒャルトのことどう思っているの?」
「我が主であり命の恩人でうるさい人だなって思います」
「え、ちょっと待ってティニア。うるさい? 僕のことうるさいと思ってたの!?」
リヒャルトを無視して私はヨランダ様をまっすぐ見ていった。
「私は好きなどという度を超えた想いを持ってはいません。むしろ吸い殺して頂くことをずっと願っております」
「あくまで、恋愛感情はないということね」
「はい。というかヨランダ様からもリヒャルト様に進言して頂けませんか? リヒャルト様、人の部屋に薔薇を大量に置いていったりするしよくわからない贈り物をしてくるしで正直迷惑なんですけど何度お説教しても聞いて下さりませんし。あと私は本当に使い潰してくださればいいのにいつまでもこんな姫みたいな扱いされて……確かにリヒャルト様に血を捧げるまで私は死にたくないですがリヒャルト様が吸ってくださらないせいで――」
「あ、うん……も、もういいわ。わかったから」
なんだか変なものを見るような目で見られた上に遮られてしまった。
婚約者の方が色々言ってくれればいいのに。
「リヒャルト貴方、この娘のどこがいいのか私にはよくわからないのだけれど」
「ティニアは全部素敵なんだ。君にはわからなくて結構。僕だけがティニアの素晴らしさを知っていれば問題ない」
「リヒャルト様、はっきり言って気持ち悪いです」
思ったことを素直に言ったらこの世の終わりとでもいうような顔をされた。しかしヨランダ様は小さく頷いてくださっている。
「正直今のは気持ち悪いわ、リヒャルト」
「すいませんリヒャルト様。私も今鳥肌立ちそうな気分です」
「申し訳ありませんリヒャルト様……擁護できません」
ヨランダ様に続いてオリバさんとメグも賛同してくれる。よかった、自分だけじゃなかった。
その場にいる全員から気持ち悪いの烙印を押されい沈んだ表情で紅茶のおかわりをわざわざ自分で注いでいる。その情けない姿にヨランダ様は呆れたようにため息をついた。
「ようするに、婚約解消についてはもう撤回もしないってことかしら」
「君と結婚するくらいならティニアに踏まれてるほうが幸せだ」
「いちいち余計なこと言わなくていいでしょうリヒャルト様。あと気持ち悪さが増してるのでしばらく黙っててください」
もう一度はっきりと言うと今度は顔を俯けて無言になった。凹むくらいなら最初から言わなきゃいいのに。
「でも正直、結婚とか両想いとかいう以前にティニアの立場は魔界的には色々まずいのよ。リヒャルトだって理解してるから人間界にいるんだろうし……」
「口を挟むようで申し訳ありませんがヨランダ様。その話はティニア様には――」
「今はっきり言っておかないと後々面倒なのは貴方たちよ。ちょっと積もる話もあるしこの娘借りるわよ」
すると、席を立ったヨランダ様が私の腕を掴んで部屋から出てこうとする。リヒャルトが止めようと立ち上がるがヨランダ様の睨みに怯んだのか何も言わなかった。
「別に取って食おうとかじゃないから。この娘の部屋で話してくるわ。個人的にはっきりさせたいこともあるし」
 




