異世界サランラップマイスター物語
遊森謡子様企画の、春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)が楽しそうなので勝手にのっかってみました。
お題とか:
●短編であること
●ジャンル『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』
詳細は遊森謡子様の3/20の活動報告を。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/126804/blogkey/396763/
まとめサイトはこちら。作品一覧とかもあります。
http://shinabitalettuce.xxxxxxxx.jp/buki/index.html
「マイスターさんお仕事お疲れ様!」
「マイスターのお姉ちゃん、またあとで遊んでねー!」
私はちょっと前までただの女子高生。19歳になった今は……異世界で衛士のお仕事をしております。うちの学校の旧校舎の怪談、「夜になるとどこかに増えている扉は異世界に繋がっている」を冷やかすために、友人たちとこっそり旧校舎に忍び込んだら……ね。なんでみんなばらばらに分かれて探そうとか言ってしまったんだろう。私一人こうして異世界に飛ばされてしまいました。
「お、マイスター、見回りかい?これ差し入れだ、食ってくれ!」
「ちょっとちょっとマイスターさん、今焼きたてのパンあるからおやつ用にもってきなっ!」
この街の衛士は住民には人気があるらしく、よくこうして差し入れをもらっている。ところでなんでさっきからマイスターと呼ばれているかというと、私の持つ特殊な能力に関係がある。
「スリだっ!誰かそいつを捕まえてくれっ!!」
衛士の仕事として街を巡回していた私の耳に、聞き逃せないワードが届く。声のした方を振り向くと、そこには道の真ん中で尻餅をついている貴族の男と、全力で走り去る男……かな?後姿だけだから女の子かもしれないけど。全く、衛士である私の近くで盗みを働くとはいい度胸だ。……とはいえあの貴族、普段から態度が悪くて町中から嫌われてるんだよなぁ。私もこの前しつこく言い寄られたし。やだやだ、権力で口説こうとするなんて。貴族ってどうしてあぁいうのばっかりなんだろ。
「おいっ、そこのお前何を呆けている!」
思考の海でのんびり海水浴と洒落込もうかと思っていた所を、忌々しい声で現実に戻される。見るとスリの犯人は細い路地に逃げ込もうとしている。あの貴族は気に入らないがこれも仕事だ。さっさととっ捕まえて詰め所で事情聴取という名目のおやつタイムにしよう。差し入れにベーグルと鶏のから揚げが、さっきから食べてほしそうに私をみている。……それにしても私の目の前で細道に逃げ込むなんて運のない人ね。走ってるから足元に展開して転ばそう。
「止まらないと後悔するわよっ!」
「そう言われて誰が止まるかよっ!」
まぁ当たり前か。ってか男か。じゃぁ遠慮はいらないわね。警告もしたし。右手を前に突き出し、イメージ……位置、路地入り口から1m先……高さ、地面から50cm……強度、5枚分……展開っ!
「げぇっ」
犯人が路地を曲がってすぐ、そいつと思わしき声と、盛大に転倒したであろう音がする。さっきそこの路地の先には私の唯一の能力、「サランラップの具現化」を行っていたのだ。後は確保か。まぁ逃げられてもまた展開すればいいし、のんびり歩いていこう。……私がこの異世界に迷い込んだとき、迷い込んだ先に食べかけのご飯が放置されていて、つい癖でサランラップかけないととか思ったら具現化できちゃったんだよね。どうやらこの世界の人はみんな何かしらを具現化できるらしいんだけど、12歳の誕生日以降に選んだ物1つしか具現化できないらしく、16歳にしてここに迷い込んだ私は「サランラップかけたい」という思いが選択になってしまったみたい。当時はかなり後悔したし、その後通わせてもらった学校でもだいぶ馬鹿にされたけど、今となってはむしろ選んでよかったとすら思っている。……っと犯人発見。全力で走ってるところをこけたわけだからすごい痛そうだなぁ……サランラップトラップの動画を元の世界でみたときはあまりのえげつなさに絶対に使うまいと思っていたのだが、まさかこうして使うことが仕事になろうとは。この世界で唯一のサランラップという謎の物体の使い手として、誰が呼び始めたのか、気づいたら「サランラップマイスター」というのが私に二つ名としてついていた。
「さぁ、おとなしくお縄につきなさい!」
続いて具現化したサランラップで犯人の手足を縛る。ほんと、まさかこんな使い方をする日がこようとは。学校時代に喧嘩の仲裁に当事者の手足と口をサランラップでぐるぐる巻きにしてやったら、それがたまたま来ていた衛士の隊長さんの目にとまり、無性に感動され、これはお前の天職なのだと顔を合わせるたびに……最終的に卒業式の祝辞で泣きながら入隊してくれと(何故か隊員勢揃いで)言われてしまったので、ついに折れてこうしてお仕事をしているわけなのだ。あの人筋肉の塊で暑苦しいけど、すごいいい人なんだよなぁ。暑苦しいけど。隊も影響受けて熱血!って感じなんだよね。いい人ばっかりなんだけど。でも卒業式にいきなり乱入してきて、男共が泣きながら懇願するとか……あれ、断ったら私が悪い雰囲気だったよ……ともあれ給料も待遇もいいからこれも今となっては選んでよかったかなとは思っている。とりあえずいつの間にやら騒ぎを聞きつけてやってきた隊員13号君が暑苦しいから、詰め所まで犯人を運ぶというお仕事を与えて離れてもらおう。頼んだよ君。
「はっ、全身全霊をかけて運ばせていただきますっ!!」
はいはいお願いねー。っと、まぁみんなこんなノリなのだ。ふぅ、とりあえずお菓子でも買いながら私も戻りますかね。っとその前に、気はのらないが盗まれたものを返さねば。
「はい、もう盗まれないで下さいね」
「そもそもスリが街中を歩いているとはどういうことだね!我々貴族が安全に暮らせる街をつくるのが君たち衛士の役目なのではうー!?むー!?」
うるさいから口にラップを張ってやった。野次馬の皆さんからざまあ見ろとか、よくやった譲ちゃんとか、口にはだしてないけどそういう空気が伝わってくる。けっこうみんな貴族には色々といやな目にあわされてるんだよね。
「私たち衛士は、街のみんなが安全に暮らせる街をつくるのがお仕事です。と、いうことで私はそんな街をつくるためにお仕事に戻らせていただきますねー。」
まだむーむー言ってる貴族をおきざりに詰め所へ向かい歩き出す。離れたら解除してやろう。冷めたらあれだし、唐揚げ食べながら帰ろっかな。
お父さん、お母さん、一緒にバカやった友人たち。いきなりいなくなってゴメンなさい。異世界に迷い込んだときはどうなるかと思ったけど、私はなんだかんだで楽しい人生を送っています。戻れるかどうかはわからないので、当面はマイスターとしてサランラップを布教する活動に邁進したいと思います。現在の布教率としましては、将来衛士につきたいという男の子から、護身に加えて日常生活への応用も聞く……という通常と逆の発想で女の子からも、12歳になったら具現化するんだと多くの声をいただいております。うん、なんか弟子がいっぱい増えそうで楽しみです。
短いですがこんなところで。
サランラップって便利ですよね。