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第二節 9to12

 昼下がり、鬱葱と生い茂る森の中を、木箱を担いだ男が歩いていた。何かを探しているらしく、時折辺りを見渡す。都市は若い。二十代後半、といったところだろう。紺色のつなぎを纏い、額からは随分汗が流れている。 

 彼はヴーニーといった。各都市を回り、珍しいものを仕入れてはまた別の都市で売りさばく、行商人であった。

 この日はもう、商品を全て売りさばいて自分の故郷の都市に戻る予定であったが、少しばかりの好奇心によって、ある所へ向かっているところだ。

 足元に鬱陶しく繁る雑草を踏み分けて進む。道中、彼はその好奇心を揺さぶらせた人物の事を思い出した。今思い起こせば随分奇怪な人間であった。全身を黒いマントで覆い、顔は黒いヴェールのようなもので隠されていた。喋り方は細々しており、よく聞き取れずじまいだった。

 その男曰く、森林の奥に巨大な鏡があるのだという。もしそうなら良い土産話になる。都市にいる、恋人への。もし無かったとしても、それはそれだ。適当に話を作ってしまえばいい。

 不意に車のエンジン音が聞こえた。音のしたほうに視線をやると、蒼いクラシックカーが一台見えた。側に人が二人立っている。一人は男で黒いスーツ、もう一人は赤いマントで身を包んでいるが、その為に男かどうかははっきりと分らない。何か話し込んでいるようだ。

 だが、ヴーニーにはその話の内容よりも、赤いマントを着た人の方に注目がいっていた。一瞬、情報を提供してくれた黒マントの男と姿が重なった。様子から、別人だとは直ぐにわかったが、もしかしたら何かしら繋がりのある人なのだろうか。

 話し掛けようとしたが、険悪な雰囲気を放っていたために近づけない。手を拱いている内に二人ともクラシックカーに乗り込んでしまった。やがてその車は走り出し、森林の奥へと姿を消す。その方向は、ヴーニーが向かおうとしていた方向と一致していた。

 やや急ぎ足で彼も車の後を追う。悪事の為か、クラシックカーが減速しながら走行していた事が幸いした。数分も追いかけると森林を抜けて、開けた場所に出た。太陽の光が直接さして、眩しい。

 そしてヴーニーは、クラシックカーの奥にあるものを見て、目を丸くした。其処にあったのは、巨大な、赤い鏡。黒いマントの男の言ったとおりであった。

 クラシックカーは鏡から数メートル離れた茂みに、まるで隠れるように停車した。搭乗者達が降りてくる様子は、まだ無い。

 ヴーニーは恐る恐る鏡に近づいていく。一体これはなんだろうか。何故こんな巨大なものが、森の奥に。

 鏡の正面に立つ。赤い鏡面に、自分の姿が映った。鏡は少し上を向いている為に、身体が歪んで見える。

 背後からヴーニーを呼ぶ誰かの叫ぶ声がした。驚いて振り向こうとした瞬間、彼は赤い光に包まれた。余りの眩しさに、両腕で身体を覆う。直後に意識が飛んだ。

 気がつくと、ヴーニーは仰向けになっていた。どれほど時間がたったのだろう。周囲の様子をうかがおうとしたが、視界がはっきりしない。やたらぼんやりとしている。今度は身体を動かそうとしたが、金縛りにあったようにピクリともしない。

「先生。どうしますか。」

「まさかこんなところまで来る阿呆がいるなんて思わなかったからな。」

 しかし聴覚だけは機能していた。側で男の声がする。

「赤の異能か、どうせなら調査した後にしてほしかったぜ。」

「文句を言っても仕方がないです。」

「分ってるよ。とりあえずコイツは死んでないみたいだし。暫らく様子を見よう。まあ議長には一言連絡入れとけ。」

「はい。」

 一体何を言っているのだろうか。赤の異能、議長。ヴーニーには到底理解できない内容だった。続いて足音がした。次第にその音が遠ざかっていく。

 結局身体や視界が自由になったのは、それから数時間も後の事だった。既に夜はふけていた。クラシックカーの姿は無い。

 夢を見ていたのか、と思っていたが、やはり正面には赤い鏡があった。そうなると、謎の光を浴びて気絶した事も、側で男が二人、何かについて話をしていた事も事実なのだろう。

 この事を、日ごろ記している日記帳に書き残すべきだと、彼は直ぐに考えた。幸いな事に、木箱は近くに転がっていて、損傷も無かった。蓋を開け、中から携帯用のランプと、分厚い日記を取り出す。そしてランプに明かりを灯すと、ページをめくると今あった事を、早くも書き始めた。

 興奮冷めぬ内に描き始めたため、随分乱雑な字になってしまった。その上、感情的で何が言いたいのかよくわからない。しかしこれで良いのだと、ヴーニーは笑みを浮かべた。

 そもそも、この日記帳も見せるのはたったの一人だけ、彼の恋人にしか見せる必要が無いものであった。行商人として、殆ど都市に戻らなくても市民としていられるのは、その恋人と、この日記帳あってこそだ。

 と言うのも都市には、それぞれ特有のルールが存在した。それを守らぬものは、その都市に破綻をきたす者として、異能者という括りに混ぜられて処分される。

 彼の都市に設けられたルール、それは一定年齢になったものは必ず誰か恋人となる存在を見つけなければならない。というものであった。裏を返せば、都市内で恋人さえ見つけてしまえば、後は好きなように出きるという事をも示していた。ヴーニーは、それを上手く利用していたのである。

 幸いな事にその恋人は、ヴーニーに本気で惚れているようなのである。その上見上げ話としてこの日記を行商から帰る度に渡せばまず険悪となることは無い。後は十分に金を稼いで旅人となるだけだった。そう、彼の中に、故郷への愛着は全く無いのである。恋人も、この日記帳にも。

 日記帳を描き終えると、ヴーニーはテントを取り出そうと木箱の中に手を突っ込んだ。

 その時、彼は妙な違和感を覚えた。辺りが暗くてよく分らないが、やたら足が重たい。不思議に思ったヴーニーは、足元をランプで照らし、奇声を上げた。己の両足が肥大化し、緑色っぽくなっていたのである。異変はそれだけに留まらず、脚から腰へと進んでいく。

 何が起こっているのか、全く状況のつかめないヴーニーは腰を抜かしてその場に倒れた。

 途端に意識が朦朧としてくる。気がつけば、ランプを掴んでいた手にも異変がおきていた。まるで魔法をかけられたように次々と腕が肥大化していく。同時に、彼の中にある感情が生まれてきた。

 目に映る全てのものへの憎悪、今までこんな感情を抱いた事は無かった。全身が熱くなる。肉体そのものが、まるでその感情を助長しているように思えた。

 訳がわからない。しかし荷物だけは持っていかなくては。消え行く意識の中で、ヴーニーは日記帳を手にとった。しかし、次の瞬間には、ヴーニーという人格はその化け物の中から消滅していた。

「きちゃったね。あれは暴走の異能、か。」

「この段階で何の異能かは判断できません。でも……危険ですね。」

 その様子を遠巻きに見ていた男が二人居た。クラシックカーに乗っていたあの二人だ。赤マントの方は他人事のように見ていて、スーツの男は侮蔑を含んだ眼差しを、かつて人間だった化け物を送っていた。

「大議会やCOSはあの力を扱えると思っているのでしょうか。」

「さあ。そこまでは面倒見切れないね。さ、俺達には俺達の仕事がある。行くぜ。」



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