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立体的な楽しみ


鳴り響くケータイのアラーム

止めても止めても鳴り止まない…これがスヌーズ機能だ


ぬくぬくぬくぬくした僕の羽根布団…結構いい値がしたらしいこの羽根布団…

嗚呼…今日も朝が来てしまった。


そして今日もまた学校に行かなければならぬ。





カエデ~!朝だよー!!)


・・・!?


今、お姉ちゃんの声がッ!!! 

聞こえたような気がした…聞こえたような気がした……





「楓おにいちゃーん・・・なんでこんな時間に目覚まし鳴らすのー・・・・」


僕の領域を侵して…ドアを開けて入ってきた中学校1年生の妹の声

嗚呼…姉がよかったよ…楓お兄ちゃんは妹じゃなくて姉が欲しかったよ…


「おにいちゃーん・・・」


・・・?

まだ5時…だと?!

時間間違えたーッ!!!



「ご、悪い アラームの時間間違えたわ…」


「も~、、じゃああと1時間したら起こしてね!」



そんな朝のイベント…姉だったら、お姉ちゃんだったら!!




・・・しかし、後1時間…父と母は昨日今日と出かけていていない…

後1時間、6時か

俺の起床時間は7時半…5時に起こさなければならぬ

流石妹…規則正しい生活なことこの上ない


だが、俺は6時に起きれるという自信などない!!


・・・悪いが、妹… お兄ちゃんは、



寝る!




また会ったね俺のぬくぬく羽根布団

ああ、、寝るのがこんなに楽しいだなんて…

小学生の頃は全く感じなかったのに…


小学校4年生の給食時間、先生がこんな事を言った

「でもさぁ~、寝てる時間って一番楽だし重要じゃない?」

その問に、俺は間髪入れずにこう言ったんだ

「え~?寝てる時間ってもったいない!なんか損してる気がする…!」


今ならあの時の先生の気持ち…ああわかる、わかるよ

寝る、それは素晴らしい 一番楽な時間…心が落ち着く時間…


何も考えなくていい…学校のことも、友達のことも…

どんなことだってあり得る夢の世界…ずっとあの蜜に浸っていたかったのに…浸っていたいと思っていたのに浸りたいのに浸りたいのに浸りたいのに・・・




・・・寝れない




時刻は既に5時半 俺は一度起きてしまうともう眠れない体質…

後30分で6時…そうだ俺には妹を起こす使命がある!


一度は裏切ってしまったが…済まなかった妹よ


俺はちゃんと起こす!!

良いお兄ちゃんになる機会じゃないか!ただ自分が寝れなくなっただけだけど




5時50分…あと10分だな

6時と言われたからにはきっかり6時に起こす!

兄としてな!そこはしっかりしないとな!!






「あ、おにいちゃんおはよ~」


 

ドアの隙間から声が聞こえたような…きこえた



「たぶんおにいちゃん起こしてくれなさそうだって思ったからさ~、自分でめざましかけたんだー」





10分前に目覚ましをセットだと……?!ニコニコしてなんて鬼畜な妹だ



「お、お兄ちゃん、、ちゃんと起こそうと思って起きてたんだぞ?いままで」


「おにいちゃん…自分でお兄ちゃんって……てかただ眠れなかっただけでしょ?」


「・・・・」






嗚呼、もう完全に眠れないな、起きよう

しかし、こんなに早くと言っても6時ではあるが…俺にとってはこの時間というのは早起きの早起きだ

朝というのは気持ちいいな!気持ち…いいな……


レンジでチンの朝食、歯磨き、制服に着替えて俺の用意は終わり


対して妹、朝食は食べず、お風呂…お風呂…お風呂……ドライヤー

ここまでに1時間10分…既に7時10分だ



何だろう…両親の居ない家の中、良心に従えというのか

いやいや…高望みしては駄目だ


まて、妹が家を出る時間は7時40分、俺が普段出る時間は8時。

今日は時間に余裕がある…!



カナデ~、今日お兄ちゃ…お、俺と学校行かない?」


「え?彼女と毎朝らぶらぶちゅっちゅで登校してるんじゃないの?」


「え、まぁうん」


「じゃあそれでいいじゃん」


「いや、今日はな、さっき結衣ユイ…いや彼女から、

『風邪引いちゃった><今日学校休むねーごめんっ!』…っていう可愛いメールがあったんだよ」


「ふーん・・・じゃあ奏と学校に行ったら浮気してるー!って思われるんじゃないの?」


「・・・そ、まぁ大丈夫だろう」


「うーん、、、でも…奏、彼氏と学校行ってるからごめん!」


「え・・・・」


「あ~おにいちゃんに彼氏いるってこと言っちゃったよぉ~!それじゃー行ってくるね!!」


「お、おう、頑張れよー・・・」





その頑張れは、自分に言っている頑張れなんだ、と感じた


嗚呼……娘を送り出す父の気持ちとは…おそらくこれに近いのだろう

それと、彼女いるって言う嘘を付くのもやめたほうが良いなマジで…






枯葉の多く飛び違いたる肌寒い朝。10月の雰囲気が辺りに充満して…それが今にも自分の中に入り込んできそうで、何とかそれを遮ろうと、不安定に今にも枝から落ちてしまいそうな枯れかかった紅葉を見つけては握りつぶした。

一人陰鬱なこの気持ちをどうにかして欲しい

でも、今日は走らなくてもよさそうだ…ゆっくり行こう、一人で


そういえば、淡崎は毎朝どうしているのだろう

いままで帰りが一緒になることは何度も何度もあったが…朝一緒に行ったことは一度もないのだ

気になる…あいつ、友達とか他にいる気配は無いように思えるが、1人で登校しているのだろうか。

どうせ俺も一人ぼっち登校だ。できる事なら、この気持ちを分け合いたい。


そう思い僕は、淡崎が来るであろう道で待ち伏せすることにしたのだが。

逆に心が冷たくなるこの待ち時間…その先にあったのは、氷だった


「・・・・?」


状況が飲み込めない…飲み込んだ…

なんで?なぜ?


結衣、だった

結衣…と、淡崎…



僕は道を曲がり、学校まで遠回りのルート。砕かれた氷など、既に溶けていた


結局、今日も急ぐはめになった。遅刻してもいいのだが…自分以外が皆着席した教室、ドアを開くとまるで異物が混入したかのような雰囲気……なんとなくで済むが、なんとなく嫌で…



奏…淡崎、結衣


嗚呼、独り陰鬱なこの気持ちを晴らしてくれる相手など居なかった。


しかし、淡崎と結衣はつ、、付き合っているのだろうか…淡崎には僕以外これといった友達は居ないと思っていたのだが、それは同姓に限ったことだったのか。

「ケータイ、同姓より異性のアドレスの方が登録多いんだけどー!」などという奴が居る。

同性の友達の方が多い、というのが一般的。しかし異性の友達の方が多いというなんともうらやましいような奴を俺は知っている…が

果たして淡崎、お前もそんな奴らの一人だったのか…

いや!そんなはずはない!!俺と結衣は同じクラス!淡崎は違うクラスだが、それでも1日に5回以上は顔を合わす機会がある…

もし彼がそんな人間関係を築き上げているとしたら、さすがの俺だってわかるだろう!

・・・いや、もしかしたら、学校では仲いい素振りは見せないけど…いざ土曜、日曜などの休日になると一緒に遊んじゃったり…そんなことは考えられないだろうか

いやまさか。しかし、それではさっきの件に説明がつかないが……。



とにかく、朝から陰鬱なことには変わりがない。


人生の醍醐味は『人間との関わり合い』なのだという

つまり、人間関係…


「・・・・・


今日1日…この地に沈んだ感じ…

「早起きは三文の徳」ということわざがあるが、これは何かしらよいことがあるという意味で良いのだろうか。

しかし今の自分には「早起きは三つの損」というのが正しいだろう…



「・・・?」

靴箱に手をかけたその時、靴よりも先に手に触れたそれは手紙だった


「・・・・・・」


外が寒かったからだろう。感覚が薄れ、僅かながら震えた指先で封筒から便箋を取り出した。








『放課後に、司書室で待ってます 

             柊 結衣』







瞬間、自分が五分遅刻したことや、妹に彼氏が出来たこと、淡崎が結衣と一緒に歩いていたことなんて全くもってかき消された

ま、待て、喜ぶな!此処で悦んでは駄目だ

これはいわゆる質のいい悪戯かもしれない、今必要以上に期待してはもし悪戯だったと気づいたときに相当なダメージになる…!


そっと開けた教室の扉、突き刺さる視線はもはや快感と言っても良いレベルだろう。。

・・・いや、僕がそういう趣味に目覚めたわけではなく、これは…なんなんだこの気持ちは




その日は、

理科、国語、体育、体育、社会、数学・・・という鬼畜6時間授業だったが、一時も『放課後』『司書室』の単語を忘れることはなかった。

決して期待などではないが……期待である。


その日のうちに起こるであろう『楽しみ』は限界を知らない。

遠い将来、大人になってからの楽しみはいくらでもある。しかしそれは所詮未来の楽しみでしかないのだ。いくら未来に楽しみがあるからとはいえ、その日の活力になる、といえば殆どならないといっていい。


でも今日は違う!!

放課後の楽しみ、それはまさに現在進行形の立体的な『楽しみ』だった。

いつも倦怠感を感じる憂鬱な授業も、つまらない会話をするだけの昼休みも活力に満ちていた。

いや、活力というのは微妙に違う…なんだろうか、言葉には出来ない何かが取り憑いている気さえした。


そうだ!遠い未来の楽しみよりもその日の楽しみの方が楽しみに決まっている!!

『楽しみ』がここまで人のエネルギーになるんだ!!

一体最後に身を持って感じたのは何歳の時だっただろうか




「なに、ニヤニヤしてんだ??」


「えっ・・・いや別に」


「まぁいいか」




淡崎だった。

5時間目と6時間目の間の休憩時間

何よりも刺さったのは、僕自身がその『楽しみ』を、表面に出してしまっていたことである。

自分自身のミスだが、これは後味が悪い……誰かに自分の心を読まれる。それは言葉にはしがたい、どの味にも属さないような不味さがあるものだ。


・・・しかし

しかし、そんなことですら楽しみの渦にかき消され

もう少しで放課後・・・



放課後までの時間は、長く、それでいて短いようにも感じた

今日起きた様々なマイナスな事はすべてこの瞬間への充電だったのだ

教室の掃除当番を過去最高に迅速にこなした僕は、走ることもなく、慌てることもなく、あくまで期待は持たずに図書室へと……




僕は、楽しみに期待を乗せて、司書室の扉に手をかけた








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