ドキュメンタリー『素肌にも貼れる本格焼き餃子(冷凍・十二個入)はいかにして国境を越えたか』
「先生がたはね、食品と下着を分けたがる。でも考えてみてください。どちらも円くて、薄くて、肌か舌のどちらかに触れるためにある。境界なんて、最初から無いんですよ。私はただ、無かった境界を、商品として証明しただけです。」
# ドキュメンタリー『乳首にも貼れる本格焼き餃子(冷凍・十二個入)はいかにして国境を越えたか』
(ナレーション)西暦二〇二六年、栃木県宇都宮市。ひとつの冷凍食品が、日本の食卓と下着売り場のあいだに引かれていた境界線を、静かに溶かそうとしていた。商品名、「乳首にも貼れる本格焼き餃子(冷凍・十二個入)」。本日は、その誕生の軌跡を追う。
まず技術的な前提を整理しておきたい。餃子の皮は薄力粉と水と塩から成り、加熱前は適度な粘着性をもつ。直径はおよそ八センチ、厚みは〇・八ミリ。一方ニップレスもまた円形で、薄く、片面に粘着層をもち、二枚で一組として流通する。両者を隔てていたのは、ただ「これは口に運ぶもの」「これは肌に貼るもの」という、人間の脳の側のタグ付けだけであった。開発者は、そのタグを外した。皮の縁を薄く伸ばして羽根を作り、中火で蒸し焼きにすれば食品として完成し、はくり紙を残したまま冷凍すれば装着具として完成する。円くて、薄くて、二枚一組なら、それはもう餃子なのだから、仕方がない。
開発者は、かつて同じ工場の検品ラインに立っていた男である。流れてくる円盤を、餃子か下着か、毎秒一枚ずつ判定し続けるうちに、彼はある日、その判定そのものが無意味であることに気づいた。番組のインタビューに、彼はこう答えている。
> 「先生がたはね、食品と下着を分けたがる。でも考えてみてください。どちらも円くて、薄くて、肌か舌のどちらかに触れるためにある。境界なんて、最初から無いんですよ。私はただ、無かった境界を、商品として証明しただけです。盗みばかりしている人間ほど放火に敏感だというでしょう。検品ばかりしていた私だからこそ、検品が無意味だとわかったんです。私、何かおかしなこと言ってますかね?」
商品パッケージの裏面には、調理法と使用法が併記されている。本来は事務的であるべきその表記の末尾に、次の一文が混入している。
> 【お召し上がり方】フライパンに油をひき、凍ったまま並べて中火。水を加え蓋をして三分。/【お貼り付け方】はくり紙を外し、乳首の中心に合わせて軽く押さえる。/【ご注意】食用と装着用の区別はありません。あったためしがありません。どうか、どうか、ひとつでいい、これは確かに食べ物だと言い切れる夜を、私にください。/製造 第三ライン
発売後、通販サイトのレビュー欄には、用途の報告が殺到した。
- 「焼いて食べた。普通にうまい」星五つ
- 「胸に貼って海に行った。剥がれなかった」星五つ
- 「弔事に持参したら親戚に好評」星四つ
- 「コンタクトレンズの代わりに使用。視界が餡の味」星二つ
- 「曼荼羅を組んだ。悟りに近づいた」星五つ
- 「このレビュー欄そのものが、薄くて円い気がしてきた」星不明
- 「母の遺影に供えたら、遺影が焼き餃子になって出てきた」星五つ
- 「太陽に貼ろうとして転落」星なし・故人
- 「気づいたら世界が全部、円くて薄くて二枚一組だった」分類不能
番組は、ある脳科学者を訪ねている。彼が再生した一本の録音には、低く、疲れた、関西訛りの声が記録されていた。本人いわく、ヒトの紡錘状回から採取したものだという。
> 「もう、ええんちゃいますか。ワシら長いこと『これは食いもん』『これは下着』て仕分けしてきましたけど、そもそも誰が決めたんやと。円くて薄けりゃ餃子でええやないですか。おかげで楽になりましたわ。仕方ない、て、ええ言葉ですな」
商品は初年度に一二八〇〇〇〇〇個を出荷した。二年目には、国民一人あたりの胸部に平均三・二枚が貼付されている計算になった。円くて、薄くて、二枚一組なのだから、仕方がない。
その後の経過を、後日談として記す。
後日談① 全国のスーパーから下着売り場が消え、冷凍食品コーナーに統合された。
後日談② 厚生労働省が「食品」と「衣料」の法的区分を撤廃した。区別する根拠を、誰一人として提出できなかったためである。
後日談③ 隣国がこれを文化的脅威とみなし、国連安全保障理事会に緊急動議を提出した。議場では、各国代表が、議論の最中に無意識に自分の胸へ手をやっていた。
後日談④ 西暦二〇〇二六年、考古学者が地層から大量の円い炭化物を発掘し、「この文明は、食と肌の境界を持たなかった」と結論づけた。
そして第三ラインだけが、今も回り続けている。誰もいない工場で、直径八センチの、薄い、丸いものが、一秒に一枚ずつ流れてくる。それが餃子なのか下着なのか、判定する者は、もういない。
ナレーションは、最後にこう告げて終わる。──「いつか必ず、宇宙そのものを十二個入りにしてみせます」と。




