シドニーステップ
『無念の灰の降る轍』グレマディーザ。
それはとある狭き地に与えられた名前である。
まるで灰のような重い雪が絶えないこの地は、生物が住まうことを許さない。過酷な常冬は温かいはずの火をもかき消すほどで、現在、この世界の技術力では人間が過ごせるのもせいぜい数日。
そしてグレマディーザから繋がる地もまた、すべて放棄されている。
この地に足を踏み入れる人間はいない――はずだ。少なくとも、常識的に考えれば。
「……落ちんじゃねェぞ。ったく、こっちがヒヤヒヤすンだよ……」
ろくに整備されていない、岩石の露出した地面を、一台の魔導双輪車が駆け抜けていく。
運転席には長いマフラーを巻いた少年が、そして後ろには長い青髪の獣人の少女が座っている。バイクに二人乗りしているのだが、少女はまるでベンチに座っているかのように、横を向きながらのんびりした様子だ。
「ダイジョウブさ。それよりもきみの運転技術の方がシンパイだな――無免許だろう? ふふ」
「チッ……コイツは別に法に引っかかる代物じゃねェ。ギリギリ引っ掛からねェように改造してある」
「おや? そうなんだ。きみがキカイ方面の才能もあるとはね」
少女は笑った。
「……本見ながらやっただけだ」
「照れちゃったかな? 悪いね、ふふ」
「チッ……」
一定のスピードを維持しながら、バイクは雪の積もった地面を駆けていく。
吹雪のせいで視界はあまり良好ではない。少年は定期的に手元のコンパスを確認しながら車体を走らせていく。
「そろそろ街を出てから千キロだ」
「……」
グレマディーザは、みっつの土地と隣接している。
ひとつは『時針のない時計台』エレンデロ。彼らが最後に立ち寄った街だが、とうの昔に住民はすべて去ったようだ。今は、無人でも当時の美しい姿を残した『ドールハウス』と化している。
ひとつは『順風満帆の赤い海』ハリゲンデイア・ポスロン。あまりに穏やかな海の底には、波ひとつさえも起こさずに沈んだ無数の船の残骸が横たわっている。
そして最後に――『罪の流れ着く終着地』アルドヴァノン。昔は工業で発展した街だったが、今はとある『呪い』がある。
アルドヴァノンはそこに足を踏み入れた者に、世界で最も穏やかな『死』を以て歓迎する……。
「チッ。言ったろ。俺は戻るつもりはねェ」
「そうかい……。ふふ」
「そっちこそ引き返さなくていいのか」
「いずれにしろ……きみの墓を立てる人物がヒツヨウだろう?」
「……」
彼らは、そのアルドヴァノンで命を終えるためにここにいる。
* * *
青髪の少女――エクセプショナルは、別にアルドヴァノンに行って死ぬつもりではないらしい。
動作を止めたバイクのメンテナンスを少年がしている間、エクセプショナルはどこからか持ってきたハンバーガーを食べている。
「きみもいるかい? ファイくん」
「いらねェ」
少年――ファイジェオ・アロードカスターはそう言って首を振った。
このバイクが動作を止めるのは別に珍しいことではない。魔法で動いている都合上、内部に蓄積された魔力がなくなれば動きを止めるのは当然だ。
ファイジェオはバイク用の魔石――魔物のコアで、魔力が豊富に蓄積されている――をたくさん持ってきたから、道中ですべて落としたりしない限りはアルドヴァノンまで辿り着けるだろう。
「まったく、きみはなにが食べれるんだい? ワタシの趣味とまったく合わないじゃないか……ハンバーガー、パスタ、ジャムトースト」
「……アレルギーなンだよ」
「あ、そうなんだね。それはシツレイ」
吹雪の中、ガチャガチャとバイクの部品を操作する無機質な音は、激しい風の音にかき消されていく。
「そろそろ『春の箱』の魔石もコウカンした方がいいんじゃないかな。かれこれ、七時間は使いっぱなしだ」
「そうだな……」
『春の箱』はこの極寒の中でもある程度の活動を可能にする魔道具だ。
とはいえ、この極寒を打ち消すには相当な熱量が要求される。二人が一日や二日過ごせる程度でさえ、数年働いて稼げるような額が魔石へ消し飛ぶ。
「……チッ、ネジが硬ェ」
もともとファイジェオは貴族出身である。
現在はその立場を勘当された身――正確には紆余曲折あって、勘当の取り消しとはなったが、今度は逆にファイジェオが家出した形になる。
むしろ今では、家としてはファイジェオに戻ってもらいたいようだ。
まあそんなこんなで燃料となる魔石を仕入れることはできた。アロードカスター家は侯爵家で、かなりの権力を誇る。この程度の魔石数十個、痛い出費でもないだろう。
ガコン。乱暴にバイクの中の魔石ストレージを取り出し、魔力を使い切った魔石を交換する。
「あー、小麦がアレルギーなのかな?」
「ああ」
「おにぎりはいる? シャケでもなんでも」
「……なんだそりゃ」
「ほらこれ。はい」
ぽん、とエクセプショナルから手渡された『おにぎり』を見て、首をかしげるファイジェオ。その姿が妙に子供っぽく映り、エクセプショナルはまた少し笑った。
「ちょっと遠い国のデントウ的な食べ物さ。おいしいよ」
「もぐ……」
ファイジェオはじっくり咀嚼した後、そっぽを向いて「悪かねェ」とだけ呟く。
どうやらお気に召したらしい。しゃけおにぎりはすぐに無くなってしまった。
「そろそろ出発すンぞ。乗れ」
「りょうかい」
再びバイクに乗り込む二人。僅かこの短期間で車体に霜がついていた。エクセプショナルはさっさと火魔法で霜を溶かす。ここではそれさえかなり面倒だ。
ブゥン――鈍い駆動音が僅かに吹雪の喧騒を切り裂き、またアルドヴァノンへと近づいていく。
* * *
「チッ……コンパスが歪んできたな。クソ」
そこからしばらく走っていると、ファイジェオはそう苦々しく呟いた。
彼の手元のコンパスが不安定に針を揺らしている。アルドヴァノンに近づきつつある証拠ではあるが、この吹雪の中で方向を見失うのは致命的だ。
「アルドヴァノン……ワタシが思っていたよりもなかなかカコクな地だね。立ち入ることもままならないなんて」
「おい喋んじゃねェ、舌噛むぞ――」
――バンッ!
一気にバイクが加速する!
急激な過負荷にエンジンは爆発じみた異音を吐き、これまでの数倍のスピードを出して一気に駆け抜ける。エクセプショナルは転げ落ちそうになったが、しっかり車体を掴んでやり過ごした。
「まったく、ビックリするじゃないか。ふふ」
「そんな姿勢で座ってンのが悪ィ」
「確かにそれはそうだ」
軽快に笑うエクセプショナル。
ばちばちと頬を霜が掠めるのさえ、この猛スピードの中ではかなりの痛みを伴う。ファイジェオは舌打ちしてマフラーを上げた。
「イライラすんなァ……」
メーターによれば時速ですでに二百キロは出ている。荒い道の上で車体はガタンガタンと揺れ、その度にファイジェオの赤いマフラーも上下にたなびいた。
「もう少しセイノウのいいバイクを持ってくるべきだったかもね」
「うるせェ」
空気が薄い……。
緩やかな斜面でも、千キロ登れば相当な高度になる。ファイジェオが少し深く呼吸するためにマフラーを上げ――
「ッ!?」
バイクが吹き飛ばされた!
「ファイくん!」
エクセプショナルが素早い反射でファイジェオをバイクから引きはがし、なんとか自分の足で立てた。ギリギリセーフ……。
もとより二百キロで爆走していたバイクだ。車体が地面に着くと同時に、猛烈な勢いで回転しながらそれは霧の向こうへ消えた――多分探さない方が良いだろう。
というよりも。
「ふふ。来たね――最後の灰塵の守り手」
アルドヴァノンの――いわゆる『番人』。
ガガン……と、重く岩石の地面を削りながら、純白の氷像が姿を現した。無作為に氷塊を繋ぎ合わせただけにも見えるその無骨な姿はむしろ、大自然の力強さと無慈悲さを想起させる――。
「チィ!」
余りにも重い一撃が振り下ろされた!
ファイジェオは軽い身のこなしですぐ回避、直前までいたところがまるで隕石が落ちたように砕け散る。
「……聞いてねェぞ、クソッタレ」
鋭く鋼鉄が擦れる音とともに、ファイジェオの右手に一振りの大剣が出現する。
「おや? ベンキョウが足りなかったようだね――いや」
キュルルルル――
どこからともなく赤熱した円盤が飛来し、守り手の拳を火花を散らしてはじいていく。持ち主であるエクセプショナルがわざわざ操作せずとも、ハイテンポな連撃で攪乱する魔道具だ。
「きみの出身地から言うと……情報がズイブン古い可能性もありそうだ」
「チッ……」
円盤は目にも負えないほど猛烈なスピードで守り手に傷をつけ、翻弄する――。
「これが最後の灰塵の守り手と呼ばれるソンザイだ。詳しい由来はワタシも知らないけど、なにかの強い『想い』がこのグレマディーザの氷雪と強く結びついた、一種のオンリョウともいえるもの……だね」
「面倒くせェな……。フン、こんなとこで邪魔されてたまるかよッ」
ファイジェオが剣を握りしめ、深い雪を蹴飛ばして斬りかかる!
タイミングよく円盤は退き、大剣の重い一撃が守り手へ襲い掛かった。
「ほう」
感心したように声を漏らすエクセプショナル。
ファイジェオの大剣が瞬時に刀身を赤く染め、朧のように美しく炎の痕を空へ残す! その姿はまるで――
「『数百万天の赤紫陽花』!!」
「舞い散るアジサイもまた、フゼイがある……」
――バァン!!
大剣が的確に守り手の胴体へ食い込み、熾烈な赫熱がそれを力強く切り裂く。
斬り裂けた。これで致命傷を……。
「なァ!?」
「危ない、ファイくん!」
融解した氷は、再び凝結する。
鋼鉄が赤くなるほどの熱で以てしても、この狂うような極寒の中では赤子が手を擦り合わせるのに等しい。
お返しとばかりに振り下ろされた腕の下、エクセプショナルが飛び込んでファイジェオを救い出す。
「ワタシは……うん、そうだね。これはきみの戦いだ」
「チッ……どうしろってンだよ……」
乱雑に振るわれた大剣が、周囲の雪を軽く融かす。美しい赤紫陽花の炎はもう消えたが、まだ熱は残っていた。
『――汝――』
「……!?」
唐突に、この吹雪の中に低い声が響き渡る。
錆びた鉄塊を引きずるような、体の底に響く重い重い声だ。目の前の氷塊が口を動かした様子はないが……ファイジェオには、ソレが声を発したのだとすぐに分かった。
『――アロードカスターの忘れ子よ。汝は、何故この地へ渡ることを求める――?』
「なんだてめェ……!? 俺の事知ってンのかよ……?」
『――……』
エクセプショナルの声は聞こえない。大剣を握りしめるが、もう返ってくる熱はなくなっている。
「……俺は……この世界に嫌気が刺したんだよ。そんなら死んでやろうじゃねェか! 俺は絶望したんだよ――!」
『――汝――』
バキンッ。一瞬にして温度が下がる――『春の箱』が機能していない!
そして同時に、守り手も再び動きを再開する。
『――未だ、夢を望む資格は無し――』
「……!」
速い!
守り手の攻撃スピードが目に見えて増し、衝撃波だけで遠くの大地をも抉っていく。
こんな攻撃をまともに受ければ即死だ。大剣で受けるのも――ほぼ不可能!
「これは難局になりそうだね」
再び円盤が飛来し、守り手の身体に傷をつけていく。だがそれも微々たる差だ。
奴の動きは確かに速いが、懐に潜ればいける。身体のバランスを鑑みるに、ファイジェオが自分の懐へ潜り込んできたところで咄嗟の反撃はほぼ不可能だ。
隙を探せ。そして再び、眩く燃える赤紫陽花の剣を叩き込む!
「たァッ!」
ほぼスレスレまで迫ってきた拳をスライディングで躱し、足先にあった窪みを蹴って方向を転換。
目指すは奴の足元。
いけた――確実にあの氷を、今度は全力で、断ち切る!!
「もう一回喰らえええッ、『数百万天の赤紫陽花』ァアアアアアア!!」
収束、焔星、決意の遥炎――
「――がはッ……!?」
刹那、息が零れた。
ファイジェオの体を、奇妙な浮遊感が包み込む。
……何が起こっている? あの炎で、氷を……。
『――未だ、夢を望む資格は無し』
ガン、と、守り手は堅牢な氷の拳を振り下ろした。
* * *
ファイジェオはアロードカスター家の長男として生まれた。
アロードカスター侯爵家は非常に古い歴史を持つ家で、同じ国の公爵らよりもずっと昔から王に仕えてきた。
いつまで経っても侯爵にとどまっているのは、家が担う任故のものらしい。
「……」
思えばファイジェオは生まれてから、剣ばかり握ってきた。侯爵家の次期当主と目されていながら、ただひたすらに武の道だけを貫いて生きてきた。
アロードカスター家は――少なくとも表向きは――騎士の名門でもある。ファイジェオが出陣し、輝かしい軍功を上げ、そして家の名をより広く轟かせられるのなら文学ができずとも惜しくない。おそらくそういった方針が家にもあったのだろう。
だが、すべての道がそれに沿って進むとは限らない。
「俺ァ絶望したね。人間ってのがどんだけ醜いか」
「ま、ジンセイなんてそんなものさ」
エクセプショナルはとある酒場で彼の話を聞いて、単にそう言った。
「ファイくんはいくつだい? 歳は」
「十三……いや、こないだ十四になった」
「ふふ。まだ若いのに、この世の苦難をいろいろとケイケンしたみたいだね」
ファイジェオは何か言葉をつづけようとするも、酒場の喧騒にかき消されてしまう。もう空になったカップに替えの冷水を注ぎ、一気に流し込んだ。
「……」
アロードカスター家を含め、彼らのような貴族家にはとある伝統がある。それは『戴冠の祝福』。
貴族として、王や騎士足り得る者たちは、一定の段階でその儀式を受けることになる。そこで神から『祝福』を授かり、それぞれに合った能力を手にするわけだ。
ファイジェオもまた、齢十一を数えた時に弟と共にその儀式を受けたのだが……。
「……その後はお察しだ」
「『お察し』というのはどこからどこまでかな? ……弟とケンカして追放されるまでか、それともその後に復讐を果たすまでか……」
「復讐の方だ。手のひらがタイヤみてェに良く回る奴らは殺した」
「ふうん……」
ファイジェオよりも、彼の弟の方が圧倒的に強力な祝福を授かった。そして彼のまわりの人間は一斉に手のひらを返し、ファイジェオを僻地へと追放する。命を奪われなかっただけマシかもしれない――まあ、貴族としての体裁のために殺すことはほぼできなかったのだろうが。
紆余曲折あり、ファイジェオはそうして自分を見捨てた人間に復讐を果たした。
「俺の手に残ったのは……なんも無ェ。生きる目的が無くなった」
「なるほど……」
聞いているのか聞いていないのか、エクセプショナルは酒場の店員に代わりのトーストを注文する。
この国において『決闘』はひとつの正当な争い方だ。もし話し合いで解決できそうにない揉め事があれば、両者間で――多くの場合金で雇われた代理人が――剣を交えて結果を決めることとなる。
アロードカスター家の半数近くが一日にして命を落としたとはいえ、法律上ファイジェオを罪に問うことはできない。それに、裏で何か動こうものなら次切っ先が向くのは自分だと、秘密裏にファイジェオを処刑することもほぼ不可能。
結果として、侯爵家は半分は悔しさを滲ませ、半分は類を見ない戦力を獲得した喜びから、ファイジェオを次期当主とすることを宣言。
――そんなもの、彼にとってはまっぴらごめんだが。
「……俺ァ近々死ぬつもりだ」
ぽつりとファイジェオが零した。その声は弱々しかったが、エクセプショナルの耳にはやけに重くはっきりと届いた。
「他になにかないのかい。旅に出るのもいいだろうし、名を捨てて遠くに逃げたって――」
「ンな余力があると思うか? ……灰にはどれだけ火を近づけたって、もう料にはならねェんだよ」
面白いことを言うなーとエクセプショナルはトーストを食べながら思う。
「それなら、ワタシからひとつテイアンがあるんだ」
「あん?」
怪訝な目を向けるファイジェオに、エクセプショナルは答えた。
「――ワタシといっしょに、アルドヴァノンに行かないか」
* * *
「ぐッ……!」
骨が随分折れたようだ……。身体が血を転がるたび、胴体の所々が激しく、鈍く痛む。
すぐさま立ち上がったのは流石と言うべきか。
「チッ……俺にここまでイライラさせたのはてめェが久々だぜ……」
ファイジェオのマフラーが、彼の苛立ちに呼応するようにバタバタと揺れ動く。握る剣が再び赤く燃え上がった。
「だけど――頭は冷えた」
『――……』
守り手が、彼を見ている。目は無いかもしれないが、さまざまな視線を向けられていると、ファイジェオはそう感じた。
「頭打ったからかいろいろ思い出させられたぜ。嫌なことばっかだけどな、チクショウ」
予想通り、守り手は追撃をしてこない。ここで殴ればファイジェオを簡単に消し飛ばせるはずだ。
でも、そうしない。守り手には――いや、アルドヴァノンには今のファイジェオを殺すことはできない。
「なんとなく気づいたよ。アルドヴァノンの死は嘘なんだろ?」
『――然り』
「へっ、そうかよ」
ファイジェオとエクセプショナルの視線が交差する。彼女は軽く肩を竦めた。
「てめェには礼が要りそうだな……」
「ふふ、悪かったって。……でもま、これがきみのジンセイの転換点になってくれれば良いんだけど」
ふん、と軽くファイジェオは鼻を鳴らす。クルクルと軽い調子で剣を回し、未だ激しく燃え続ける切っ先を守り手へ向けた。
「だがな、俺はアルドヴァノンに行く。ここまで来たなら引き返す気はねェ。その先で死ねるならそれでいい」
『――今一度問おう』
ガン……と、守り手の重い体が動く。
『――汝は、何故この地へ渡ることを求める?』
「俺は」
収束、焔星。
「新しい『星』を見るために、ここに来た」
『――ならば、越えていくがいい――』
その紫陽花は、静かな涙雨の下で本当の姿を見せなかった。
ファイジェオが剣を勢い良く構える。柄を握る手に力が入る……。
「言われねェでもそのつもりだよ」
廻赫、瑠蓮、新生の炬火――
「俺はファイジェオ・アロードカスター!! てめェはここで焼き尽くす!!」
赤紫陽花は銀世界の中で、目前の新春を夢見て芽吹く――。
「『数百万天の赤紫陽花』――!!」
ファイジェオの剣は、今度こそ守り手の身体を燃やし尽くしたのだった!!
* * *
「……」
アルドヴァノンは、ファイジェオの知っている記録とはずいぶん異なった姿を見せてくれた。
伝わっている話では、永遠の常夜に覆われた、どこか物寂し気で無機質な廃ビルが延々と立ち並ぶ土地だったはずだ。
それが、辺り一面に広がる青々とした草原に取って代わられている。唯一の名残は、相変わらず見上げれば満天の星空が広がっていることくらいだろうか。かつてのアルドヴァノンは、もっとも美しく明るい星空を見られる地とも言われていた。
もしや変な異世界に来てしまったのか――とも思ったが、これらの異空間を隔てる淡いベールの向こうには、やはりグレマディーザの吹雪が映っていた。ここはアルドヴァノンで間違いない、はずだ。
「きみたちがここを放棄してから、いろいろなコトが起きたんだ」
エクセプショナルは少し懐かしむような感じで空に目を向ける。口ぶりからして、どうやらここを訪れたことがあるらしい。
「……それは?」
「『ハンドラ・ベルディヤの終焉時計』は知ってるかい」
「ああ、知ってる。アルドヴァノンがいつ完全に崩壊するか、を示す魔道具だろ。二十四時になったら、アルドヴァノンは崩壊するってヤツ」
「その通り、ハクシキだね」
そしてエクセプショナルが指さして見せたのは、ひとつの大きな木。それはこの草原のど真ん中にぽつんと位置するような形でそびえ立っていた。
「あれが『終焉時計』だ」
「は?」
思わず間抜けな声が漏れるファイジェオ。
どう見てもあの巨木は時計ではない。いや、記録には確かに外見などは書かれていなかったが……。
「セイカクには、あの時計の子ともいえるかな。ともかく、アルドヴァノンは放棄されている間に、二十四時が過ぎて一度カイメツしたんだ」
「……そんなら、なんでこんな草原があるンだよ」
ふふ、と笑うエクセプショナル。
「ハカイの後にはシンセイが待ってるんだ。ここには……新しい生命が芽吹き、とても穏やかな秩序が生まれた」
「……んみゅ?」
ぽんぽん、と軽い調子でグレーのなにかが飛び跳ねながらやって来て、エクセプショナルの頭に飛び乗る。
「そいつァ……妖精か?」
「さあ?」
その不思議な生き物は、ふさふさの毛並みを持つとても可愛らしい何か――リスやモモンガがだいぶデフォルメされたらこうなるだろうか? 長い尻尾にまんまるな目で、興味深々な視線を二人に向けている。
それだけではない。ふと視線を感じたファイジェオがそばの茂みに目を向けると、どうやらそこにも仲間が数匹いるようだ。
「どうだい、ここは楽しそうだろう? 文明の利器なんてのはないけどね」
「……俺は戻るつもりはねェし、考えを変える気もねェよ。……今はな、とりあえず」
クルリとファイジェオは背を向け、茂みの方へ向かった。
やがてその茂みの中にファイジェオが潜り込んでいくのを見て、エクセプショナルは優しく微笑む――。
「まったく、最初からスナオじゃないな。ファイくんは……」
「みゅうーにゃー」
「……ふふっ」
ありがとうございました。久々の短編です!
今回はアルドヴァノン及びエクセプショナルについて設定をまとめておきたいがための短編でした。崩壊前のアルドヴァノンとか、アルドヴァノンがなんで崩壊したのかというのもどこかで書くつもりはあります。
また、アルドヴァノンやグレマディーザ、そのた諸々の変な土地については、どこかで設定が固まってから解説します……めいびー。
ファイジェオくんのその後はまた別の作品で言及されると思います。たぶん。
あとはねじ込みにくそうだった裏設定、ファイジェオくんの大剣の銘は『揺心熔結』。
まあ、どこかでまたお会いできれば、その時はよろしくお願いします。ではまた!




