99.ドミニク様は甘え上手のようです
「え、えっとドミニク様、わたくし貴方に何かされた記憶がないのですが……?」
「……そうですね。俺は何もしていない。それが問題なんです」
「それは、どういう意味ですか?」
レティシアはドミニクの言っていることが理解出来ない。
何が問題なのだろう。そう考えていると、ドミニクは口を開いた。
「俺、ずっとあいつと仲が良かったのに、なんにも気が付かなくて……。俺はあいつがレティシア嬢を大切にしていると思い込んでて、早く気が付ければこんなにレティシア嬢が苦しむこともなかったのだと思うと、本当に申し訳なくて」
ドミニクのその言葉に、そういえばジュスタンと仲が良かったなと思いだす。
きっと気を遣って名前は出していないのだろうけれど、少しまどろっこしい。
けれどレティシアもまだ名前を呼びたくないのは事実なので、そのままにすることにした。言葉遣いも変わっているが、それくらい内容のほうに意識がいっているのだろう。
「それは……ドミニク様とわたくしはそこまで仲良くなかったので仕方ない部分もあると思いますわ」
「そうだな。あの時程、レティシア嬢にあまり関わらなかったことを後悔したことはなかった」
「そんな……男女があまり仲良くなると、あらぬ噂に繋がりますし、そのあたりは節度を持っていただけですわ」
レティシアの言うことは事実ではあるが、もちろんドミニクには慰めにならない。
むしろその優しさに、ドミニクは形容しがたい感情に包まれる。
「俺は……俺には良くしていたからこそ、あいつのことは許せない。俺だけでなく、殿下ひいては王家を謀っていたんだから」
「そうですね。学園では仲が良いように見せていました。ただ馬車に乗った瞬間、いつも通りになっていましたが。触れられるたびに鳥肌が止まりませんでした」
「っすまない。思い出させないようにしていたのに、つい」
「いえ。なんというか、思い出してもどこか他人事ですの。まるで離れたところで演劇を見ているような感じで」
もしかしたら防衛本能の一種かもしれない。鮮明に思い出せば、きっとまた不安定になるだろう。
実際、レティシアの心は暗くなり始めている。
「すまない。これが言いたいわけではないんだ。貴女がとても優しいからつい甘えてしまった」
「まあ、ふふ」
ドミニクの言い方はまるで、姉に接しているかのように感じた。
甘えられている。それは孤児院でもあったことと同じで、思わず笑ってしまう。
そのおかげで、心の暗くなった部分が照らされた。
「ドミニク様は三男ですものね。甘え上手ですわ。わたくしも見習わないと」
「……それは褒められているのですか?」
「もちろんです。わたくしは甘え方がわからないので、尊敬しますわ」
クスクス笑うレティシアに、ドミニクも体の力が抜けたらしい。
強張っていた肩が下がるのが分かった。
「レティシア嬢には敵いません。それで、今日は宣言をしに来たんです」
「宣言ですか?」
そのおかげか、ドミニクは先ほどよりすんなりと言葉を紡いでいた。
「俺、宰相になります」
「!」
その一言に、目が零れんばかりに開いた。
「……本気ですか?」
「はい。あいつはきっと、将来父親の跡を継いで宰相になっていたでしょう。それが俺は許せない。実の妹に惨い仕打ちをしておいて、国のために働けるとは思えない」
「それは否定しませんわ」
だからレティシアも、亡命という形でリュシリュー公爵家の評判を落とそうとしたのだ。
「その道を閉ざすために何ができるか考えたら、宰相の地位を奪うことだと思いました」
「それで……。だからずっと忙しそうでしたのね」
「……レティシア嬢がどんな決断をしようとも、俺は宰相になります。遠くの地でも、この国は安泰だとレティシア様に見せ続けますから」
ドミニクの初めて見る、力強いカーキの目に本気なのだと知る。
「きっとドミニク様が本気を出せば、この国はよりよいものになるでしょう。楽しみですわ」
「はい。必ず」
きっとその道は大変だろうけれど、ドミニクならばきっと成し遂げられるだろうと確信を持つレティシア。
ドミニクは話し終えたところで喉の渇きを覚えたのか、一息にお茶を飲んだ。
その様子を見て、レティシアはもう1杯勧める。
「おかわりをどうぞ」
「ありがとうございます」
おかわりしたお茶を飲むドミニクを眺めて、ふとレティシアは疑問が浮かぶ。
「そういえばドミニク様、知っていたら教えていただきたいのですが」
「なんですか?」
「わたくしが殿下のところに戻るとなったら、どこの家の養子になるのでしょう?」
「……まだ知らなくていいと思います」
「けれど、その家にも長引いたら迷惑がかかりますわ」
ドミニクは食い下がるレティシアに、一瞬言葉を飲み込んでから言った。
「俺の家です。ナミュール侯爵家です」
「……へっ?」
「まあ最有力候補なだけで、確定ではありませんが。なにせナミュール侯爵家とリュシリュー公爵家は王家への忠誠度が高い家だったので、混乱が起きにくいだろうとのことです」
「そ、そうなのね」
まさか目の前にいるとは。まったく関係ない家も考えていたので、驚きだ。
「とはいえ、レティシア嬢の気持ちが一番です。父も母もそこは理解しているので、気にしないでください」
「え、ええ」
表情が固くなったレティシアに、ドミニクは笑う。先ほどと立場が逆転しているようだ。
「大丈夫です。きっとレティシア嬢は、どんな道を選んでもやっていけますよ」
「そうでしょうか」
「そうです。今までの努力は、レティシア嬢の糧になっていますから」
「……そうですね。ありがとうございます」
先ほどまで弟のような雰囲気を出していたのに、急に兄のような頼もしい雰囲気になった。
その不思議なほどの安心感に、レティシアも笑ったのだった。
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作者は豆腐メンタルなので、過度な批判や中傷は御遠慮いただけると幸いです。




