96.帰ります
孤児院ではとても貴重な時間を過ごすことができた。
子供達も明るく、孤児院の雰囲気が良いことが見て取れた。
レティシアが持ち込んだお菓子も、とても喜んで美味しそうに食べていたので持ってきて良かったと心から思った。
成人すると皆、孤児院から出て独り立ちをする。だから今いる子たちはレティシア達より幼い子たちだ。ある程度年齢が行くと、貴族であるレティシアに気が引けて距離をとっているが、幼い子たちは屈託なくレティシアに話しかけてくれるのが楽しかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、気が付いたら日が暮れていた。
一度宿に戻り、また明日出発する前に挨拶に行くことする。
宿では食事をして、ゆっくり過ごす。何せ一日中馬車で移動したり、孤児院で戯れたりしていたのだ。
力を抜けば、一気に疲れを自覚した。
少し早い時間だけれど、2人ともベッドに横になる。
「レティシア様、いかがでしたか?」
「とても楽しかったですわ。子供たちってあんなにかわいいんですね」
「たまに生意気なこともありますけれどね」
「ふふ」
取り留めのない会話をしながら、レティシアは思う。
「綺麗事かもしれませんが、わたくしも院長のように子供達が健やかに育つような行動をしたいと思いましたわ」
「そう言っていただけると嬉しいです。大変なことも多いですが、団結力はどこよりも強いと思います」
コレットの声は誇らしげな色が乗っている。
レティシアはくすりと笑った。
「レティシア様、もっと出かけましょう。きっと、外の世界を見ればどうしたいか、わかるようになるかもしれないです」
「そうですね。今日だけでも、新鮮なことばかりでした。わたくしは知識として知っていても、実感としてはほとんどなかったのですね」
あまりジルベールを待たせるのも申し訳ない。特に立太子も出来ていない今は。
ジルベールは気にするなというけれど、それでも気にしてしまうのだ。気持ちに焦りが混じってしまうのはどうしようもない。
そんなレティシアの内心を見透かしたように、コレットは言う。少し眠気の混じった声になりながら。
「レティシア様、焦ってはだめですよ。しっかり自分自身と向き合わないと。殿下だって、中途半端に決めたほうが辛くなると思います」
「分かってはいるのだけれど……」
「今、レティシア様は殿下のことをどう思っているのですか?」
「……」
「それがはっきり言えるようになるまでは、焦る必要ないです」
だんだんコレットの声が間延びしていく。きっとそろそろ夢の世界へ旅立つだろう。
「そうね……ありがとう、コレット様」
「すぅ……」
寝息が聞こえて、コレットが寝たのだと知る。
「わたくしの気持ち……複雑なこの気持ちがうまく纏まる日は来るのかしら」
そう呟いて、レティシアも夢の世界へと旅立ったのだった。
◇◇◇
次の日。本当はもう少しゆっくりしたいところではあるが、帰りの時間を考えて早めに出ることになった。
最後に孤児院に挨拶へ行く。あの数時間で子供たちはレティシアに心を開いてくれたらしく、名残惜しそうにしてくれた。
「レティシアおねぇちゃんも、また来てね」
「ええ。また来たいわ」
「コレットねぇちゃんをよろしくね」
「ふふ。ええ」
コレットは院長と話をしていて、少し離れていたが戻ってきた。
「コレットおねぇちゃんももう帰っちゃうの?」
「うん、ごめんね。また来るよ」
「絶対だよ!」
子供達は寂しそうにしながら、コレットとレティシアを見送る。
レティシアも名残惜しさを感じながら、馬車に乗り込んだ。
「あんなに好かれるなんて、思っていませんでしたわ」
「レティシア様の人柄を考えれば当然ですよ」
「そうでしょうか? それにしても、コレット様が本当に頼られているのが分かりましたわ。皆様のお姉様でしたわね」
「今いる子達の中では年長者でしたからね」
「じゃあこれからコレット様のようになる子達もいるのでしょうね」
「そうですね。何人か不安な子もいますが、大丈夫でしょう」
そんな話をしながら、馬車は予定通りに進む。
「そういえば、本当に護衛を見ませんね」
「王家の騎士団は目立つことも多いですが、ちゃんと気配を消すことも出来るそうですよ。探知魔法にかからないようにも出来るそうです。ちなみにマルセル様も得意のはずです」
「マルセル様の騎士の姿ってあまり見たことないんですよね。ああ、だから見つからないんですね」
「探知魔法使ったのですか?」
「私はさておき、レティシア様のためにも確認したくなって。いえ、殿下を疑っているとかではなく、ちゃんとついてきているのかなって」
だんだん声が小さくなるコレットに、レティシアは笑った。
「いえ、ちゃんと自分自身で確認することは素晴らしいことだと思いますわ。……話は変わるのですが、気になっていることがあって。聞いてもいいですか?」
「もちろんです」
「マルセル様やドミニク様……彼らと良い関係にはなっていないのですか?」
レティシアの言葉に大きく目を開いたコレット。
「……えっと、ただの学生時代の友人です。ドミニク様とは仕事上たまにお話はしますが、忙しそうなので殿下よりむしろ頻度は少ないくらいです」
「そうなのですか? 二人とも良い人たちだと思うのですが」
「なんというか、友人の域を出ませんね」
コレットはその顔に苦笑を浮かべて言ったのだった。
いつも読んでくださりありがとうございます
作者は豆腐メンタルなので、過度な批判や中傷は御遠慮いただけると幸いです。




