92.引きこもりだったようです
「わ、わたくしもですか? それは……」
「お世話になりっぱなしで1人で行くのは、居心地が悪いですっ。そ、それに、皆にお友達として紹介したいです! ……あっもしかして外出は禁じられていたりするんですか?」
「いいえ、そういうわけではありませんわ。というより外に出かけるという発想が無くて」
勝手に抜け出してロチルド商会にきたこともあるレティシアだが、それ以外で外出することは全くと言って良いほどなかった。
曲がりにもなにも公爵令嬢なので、1人で出かけるのにリスクがある。今も籍だけととはいえ、公爵家の身。おいそれと出かけることすら頭になかったのである。
「確かに外出はしていません。それに泊まりとなると、セシルさんが許可するとも思えませんわ」
「ああ」
コレットもセシルの過保護を知っている。遠い目になった。
セシルはかなりレティシアに対して過保護だ。特にロチルド商会に来てから顕著になっている。
忙しい中でも、レティシアのことを気にしている。嫌ではないのだ、その勢いに押されてしまうこともしばしばだけれど。
別に外出自体を反対するということではなく、泊まりになるとさすがに難色を示しそうだなと思っただけだ。
きっと喜んでくれるとは思うけれど、同時に心配もするだろう。少し申し訳ない。
「いえ! 副会長さんなら反対しませんよ! むしろ喜んで……喜んで色々準備を積極的にやってくれそうです」
「確かにその確率の方が高そうですわ」
見たことないのに、簡単に目に浮かぶ。
「けれど……本当によろしいのでしょうか? わたくし、慣れていないので迷惑をかけることになりますわ」
「はい! というより、私を手伝いたいなら、来てください! じゃないとまだ里帰りしませんから」
「そこまで言われたら断れませんわね」
レティシアの手法を乗っ取られた感じだ。さすがに頭の回転が早い。
孤児院の場所を聞いて、話はひと段落した。
「それでは、セシルさん達に確認してみますわね。決まったらまたお手紙でお知らせしますわ」
「一緒に行けたら嬉しいです! 何から何までありがとうございます! あっもうこんな時間になってしまいました」
「本当ですわね。コレット様と話していると、時間があっという間に過ぎてしまいますわ」
もう少しで日没だ。コレットは寮に住んでいるので門限もある。そろそろ帰らないと行けない。
「ふふ、殿下といてもそんなに短く感じないのですか?」
「そうですわね」
「ふふふっ。きっと殿下に話たら悔しがるでしょうね!」
「……悔しがる殿下の姿も気になりますわ」
「今度お話しして、その時の反応を教えます! きっと良い反応ですよ」
コレットは嬉しそうだ。
ジルベールといるときは、確かにまだ緊張しているかもしれない。
コレットとはぎこちなさはあれど、緊張はそんなにしているかといったら曖昧なところだ。
「是非聞かせてください。楽しみにしていますわ」
「はい! レティシア様、本当にありがとうございます! それではまた」
「ええ。お気をつけてお帰りください」
コレットは笑顔で、ロチルド商会を後にした。
◇◇◇
その日の夜。クロードとセシルに時間を作ってもらうように頼むと、すぐに時間を作ってくれた。
仕事を優先していいと言ったのだが、2人も大丈夫だと言う。
本当に過保護というかなんというか。
「忙しいところ申し訳ありませんわ」
「いいえ。仕事も今日までに終わらせなければいけない、ということではないので問題ありませんよ」
「ええ。むしろレティシア様がご自分から相談されるなら、それが最優先です」
「それは違うと思いますわ」
苦笑しながら反論するけれど、嬉しい気持ちもあるので複雑だ。
「まあまあ。それで、コレットさんのことですか?」
「ええ。コレット様、就職してからまだ孤児院に行っていないんですって。本人も行きたいけれど、お金や休みを考えて難しいと仰っていて。だからわたくし出来る限り協力したいのです」
そのほか、宿と馬車の確保に加えて一緒に帰省して欲しいと言われたことを伝えると、2人はとても嬉しそうに笑った。
「まあ、とても良いことです。レティシア様、中々外出しようとしないので少し心配していました」
「どうもあまり外に出る習慣がなくて。コレット様に言われて初めて気がつきました」
「そういうことでしたら、準備しましょう。馬車もうちの者に頼めば喜んで走らせるでしょう」
「むしろ争奪戦になりそうですね」
クロードとセシルから色良い返事を貰えて、ほっと息を吐くレティシア。
そして2人のことだから、お金はきちんと払う意志を伝えないと払わせてくれないだろう。
「では宿代と馬車代はわたくしが出しますので。コレット様にも伝えているので、よろしくお願いします」
「宿代はともかく、馬車代は――」
「わたくしが出しますので、よ・ろ・し・く・お願いしますね?」
案の定セシルが過保護を発動したので、強めに圧をかけるレティシア。
その一言にセシルは驚いたような顔をした後、ゆっくり微笑んだ。
「レティシア様、いつの間にかそんなにお強くなられたのですね」
「今の流れだと褒められている気がしないのですが?」
「そんなことありません。逆ですよ。以前でしたら私達に押し切られていたでしょうから。それをちゃんと自分の意見を言うことが出来るのは強くなったということです」
セシルに言われて、確かに勢いに押されることが多かったなと思い出す。
「きっとセシルさんの押しの強さを体感したから、ですね」
「おっと、それは困るなあ。私が止められなくなりますよ」
レティシアの言葉に、クロードが言葉と裏腹に嬉しそうに言う。けれど、その言葉をセシルは聞き逃さなかった。
「会長? それはどういうことでしょうか?」
「さあ! 早速馬車と宿の選定をしなくては」
「そんな誤魔化しが私に効くとお思いですか!」
そんな2人のやり取りに、耐えられないとレティシアは声を上げて笑ったのだった。
いつも読んでくださりありがとうございます
作者は豆腐メンタルなので、過度な批判や中傷は御遠慮いただけると幸いです。




