88.初めて殿下とお話出来た気がします
レティシアはその言葉の後、また直ぐに続ける。ジルベールに伝えたい言葉はそれだけではないから。誤解されないように。
「そう思う自分がいるのも確かですわ。けれどわたくし自身も、殿下を理解することを諦めていました。だから殿下だけを責めるのはお門違いです。……殿下に対する気持ちは、一言で表せられるものではありません」
嫌な気持ちも、尊敬する気持ちも、人としての好意も。どれもレティシアの中にある、嘘偽りない気持ちだ。
「だからあの時も申し上げたように、これから、もっとこのような話をしていきたいですわ。今の殿下を知りたいのです」
2人に足りなかったのは、素直に話せる心。
お互いに距離があったから、話せなかったことを話していきたいとレティシアは思った。
ジルベールはレティシアの言葉に、表情を柔らかくした。その表情だって、昔は見られなかったのだ。お互いに進歩している証である。
「……ありがとう、話してくれて。もう一つ、聞いても良いかな?」
「はい、何でしょう?」
「その、どうしてレティシアは、私をそこまで評価してくれるのかなって。レティシアから見た私は、嫌な部分もあっただろう? それなのに尊敬できる部分もあるのが、何というか不思議で」
その疑問にレティシアは澱みなく答える。ルネ達にも即答できた時と全く同じだ。
「それは殿下が努力する姿を見てきたからですわ。お互い教育が厳しく、わたくしも辛いことがありました。心が折れそうになったことも。それほど厳しい中でも殿下は第一王子だからと胡座をかかず、ひたむきに努力されていました」
「それは……私にとっては当然のことだったから。幼い頃から、第一王子だからといって王になれると思うなと言われていたからね」
場違いにもその言葉に、レティシアは笑ってしまう。何故ならジルベールの顔が、その時の陛下を思い出したのか苦虫を噛み潰したようだったから。
言い合いしていた頃はお互い無表情で、ただただ冷たい空気に満ちていたのだ。
「それから殿下のその人柄が、国を背負って立つに相応しいと思ったのです。きっとこの方の治世ならば、もっと良いものになるだろうと思ったのです。……どこかでわたくしにそれを向けてくれないのは、不満に感じていたと思いますが」
最後の言葉は、レティシアの奥の奥に仕舞っていた感情。話しているうちに思い出したことで、あまり強いものではない。だからどこか他人事になってしまった。
「……そうか。ありがとう。そしてすまない」
きっとジルベールもレティシアが謝罪を望んでいないと分かっているだろう。けれど他に言葉が見つからず、結局謝罪に落ち着いてしまう。
「さあ、今度は殿下の出番ですわ。わたくしのこと、どう思っていらっしゃたのですか?」
こういう時は話題を変えるのが良いだろう。レティシアは今度はジルベールの気持ちを聞きたいと思った。
「……ええっと、会った時はその、レティシアが随分他の令嬢と変わって見えたよ。笑わないし、表情が動かないのがどうしても気になった」
そういえばバンジャマン達から冷遇されたせいで、表情の動かし方を知らなかったな、と内心で思った。
「婚約者に決まった時、レティシアの笑顔が見たいと思った。だから近づこうとしたんだけれど、レティシアから壁を感じて上手くいかない。今までそんなことなかったから、余計にどうすれば良いか分からなかった。教育が始まったら、逆に常に微笑むようになったけれど、距離は開いていくばかりに感じた。……その頃から段々、なんでレティシアは心を開いてくれないんだって思うようになってしまって、私も距離を取るようになった」
今まで知らなかった、ジルベールの本音。“イーリスの祝福”でも詳しく語られなかった、ジルベールの思い。
「けれど時々ドミニクやマルセルから、レティシアのことを言われて。ハッとして改善しようとするんだけど、レティシアを前にすると結局事務的なことしか言えない。そんな自分にも苛立って、結局レティシアに責任転嫁していたんだ。……けれど、私もレティシアは王妃になるに相応しい人物だと思っていた。フォール嬢のこと然り、手を差し伸べられる人だったから」
「……」
ジルベールに評価されていたことも知らなかったので、驚いてしまう。
「レティシアの現状を知った今は、むしろそう思っていた自分が腹立たしいよ。その状態でレティシアが、私を信頼出来るはずがない。……信頼が何か、分からなかっただろう?」
「そうですね。信頼を本当の意味で知ったのは、最近ですから。ルネもジョゼフも昔から信頼していたつもりでしたが、線を引いていましたから」
周りにいる全員が敵に見えたこともあった。ルネ達も雇用主がバンジャマンだから、絶対的な味方にはなれないと思っていた。
それを全て捨てて味方になってくれて、ようやく信頼出来るようになったのだ。
「私は思うんだ。レティシアは私を王に相応しい器だと言ってくれているけれど、そうではないと。だって……私は婚約者の君ですら、信頼を勝ち取れなかった。目の前の、それも婚約者というこれからの人生を共にする人にすら、信頼されない人間など王の器ではない……と」
「それは」
思わず反論しそうになったが、ジルベールはそれを望んでいないだろうと言葉を飲み込む。
「わたくし達は幼すぎたのですわ」
「そうだね。その通りだと思う」
もし、もう少し遅い年齢で婚約を結んだら、また違う結果になったかもしれない。
少し成長した今だから、こうして語り合えるのだ。
「けれど。以前も話したように、未来を見ていきたいですわ。過去はもう変えられない。けれど未来はいくらでも変えられるのですから、変えるようにしていきましょう」
「レティシア……ありがとう」
お互い、心の中を吐き出したことで、今までで1番穏やかな表情をしていた。
いつも読んでくださりありがとうございます
作者は豆腐メンタルなので、過度な批判や中傷は御遠慮いただけると幸いです。




