81.レティシアの気持ち
仕方ないこととは。レティシアが固まってしまうと、セシルが話し始める。
「レティシア様、私達は貴女のことを第一に考えてきました。それなのに何年も婚約者だったにも関わらず、関係改善されない。その溝の深さも相当なものだとは察しますが、レティシア様が決断された後で引き留めたいなんて厚かましいにも程があります」
「せ、セシルさん……」
セシルの言葉には棘しかない。
「ええ、殿下が来たとしても、私達はレティシア様を預けるに足る人物だと思っていませんでした。……根本はリュシリュー公爵家ではありましょうが、助長させたのは殿下でもあります」
「そ、そんな」
どうしよう、とレティシアは思う。
ジルベールがどんどん悪者になっている。
本当にレティシアは、ジルベールだけが悪いと思っていない。
ジュスタンの卒業パーティーの時に屋敷に来た時、確かにレティシアは黒い気持ちが噴き上がってきたことは認める。
きっとレティシアが変わらなかったら、今もこうなってはいないだろう。
ジルベールに思うところが無いわけではない。
けれど、それだけではないのだ。レティシアだって、諦めて突き放すような言葉を言ったこともある。
レティシアだって悪いところがあるのだ。
そんな考えがセシルに通じたのか、フッと表情を和らげた。
「……まあ、レティシア様が殿下に対する気持ちが、嫌悪一色では無かったので、今ここにいるのですが」
「あ……」
「レティシア様は殿下のことを憎からず思っている。もちろん、それだけではないでしょう。それでも貴女は言いました。"殿下の瑕になることはしたくない”と。公爵達と違って気遣いを見せたその気持ちは、嘘ではないと思ったのです」
その言葉は、慈しみに満ちていた。
「殿下があまりにもしつこ……熱心なのと、レティシア様の気持ちを考えて勝手に行動しました。それに関しては、私達の独断専行です。申し訳ありません。4人を代表して、心からお詫び申し上げます」
セシルの言葉と共に、ジョゼフ、ルネ、それからクロードが頭を下げる。
人に頭を下げられることに慣れていないレティシアは、目を白黒させてしまう。
それでも、真摯に謝罪してくる彼らに何とか応えないといけないと言葉を選びながら、話す。
「その、わたくし、確かに驚きましたわ。まさか殿下が皆を見つけるとは思っていませんでしたし……。パーティーにも現れた時は、現実かわからなくなりました。けれど、その……皆がわたくしを裏切らないと信じていて、今回のことも、理由があってのことというのは察しました……」
一旦息を吸って、一休みする。
「それに、振り返れば皆それとなく知らせようとしてくれていたので……気付かなかったわたくしが間抜けというか……」
駄目だ、言葉がまとまらない。
レティシアは何を伝えたいのか、自分自身でも分からなくなってしまう。
「で、でもやっぱり……寂しかったですわ」
最後に出たのは子供のような言葉。
けれど、その言葉にレティシアの思いが詰まっている。
それに呼応したのはルネだ。
「お、お嬢様、本当にごめんなさい。旦那様達の件で、隠すことは良くないと思ったのです。でもお嬢様の体調が心配で、言い出せなくて……」
「ええ、わたくしこそごめんなさい。わたくしがもっと強かったら良かったの」
「違いますっ。お嬢様のお姉様になると言ったのに、私がダメダメでぇっ」
2人して涙を流しながら謝罪し合う。
けれどこのままでは何も進まないので、レティシアは少し気持ちを落ち着かせようと深呼吸する。
ここまで黙っているジョゼフに、レティシアは確認する。
「きっと最後に決めたのはジョゼフでしょう?」
「その通りでございます」
その表情は、レティシアから軽蔑されることを受け入れているように見える。
けれど、レティシアは寂しい以上に、ある気持ちの方が大きかった。
「わたくし、確かに寂しかったわ。けれど、あの人達のように怒りや憎しみは湧いてこないの」
「それは……」
「ジョゼフ達は本当に嫌なことはしない。それが分かっているからだと思うの。セシルさんも言っていたように、わたくしが心から殿下を好きではないと言えば、どんな手段をとっても亡命させてくれた。違う?」
「……お嬢様、私が言うのも変ですが、人が良すぎます」
特にこの1年半。皆は本当にレティシアのために動いてくれていた。それをレティシアはキチンと理解している。
だから、レティシアに隠れて王家と連絡をとっていたということも、寂しさはあれど、恨む気持ちにはならなかった。
そもそも王家の見えない圧力もあっただろう。ジルベール達にその気が無くても、王家からの話は聞かないといけないという圧力を感じるだろう。
大前提としてあるのは、ジョゼフ達への信頼。バンジャマン達とは、信頼がなかったからあそこまで嫌悪したのだと思う。
けれど、4人の心の中にはレティシアを裏切ったという罪の意識があるだろう。
ならば、とレティシアは流されかけていた思考の中で思う。
段々と自分がどうしたいか、見えてきた気がした。
「そうかもしれないわ。けれどジョゼフ達がいなければ、今のわたくしがいないのも事実よ。……クロードさんの言う通りですね。今、自分がどうしたいか、分かりました」
4人に視線を向けて、レティシアは改めて聞く。
「確認ですが、皆わたくしの為に行動していたのですよね? そして、以前言っていた、何があっても味方ということに間違いはないでしょうか?」
「「ありません」」
4人が異口同音にレティシアの言葉に同意する。
その言葉は本心だ。先ほどまでの罪悪感に塗れた表情ではない。
その言葉に安心して、レティシアはジルベールに向き直る。
「殿下、確認なのですが、わたくしと婚約を続けたいのでしょうか? 貴方様の本心をお聞かせください」
「……ああ。私の気持ちは、これからもレティシアと共にいたい」
「分かりました」
独占欲云々があったために、予想はしていた。その言葉を聞いて、レティシアは決意を固める。
「ジルベール殿下、貴方様のお気持ちは嫌なものではありませんわ。けれどわたくしは貴方様と共に生きる未来を、上手く想像できません」
「……」
レティシアの言葉に、ジルベールは苦しそうな表情を見せる。それだけの溝が2人にはあった。何年もかけて作られた溝だ。すぐに埋まる訳がない。
同じ期間、いやそれ以上の時間が必要なのだ。
それでも王家が、ジルベールがレティシアを必要だと言ってくれるなら。
「けれど」
その言葉と共に臣下の礼をとり、レティシアは言った。
「もしジルベール殿下が本当にわたくしと共にいきたいと思うなら……それ相応の熱量を見せていただきたいのです」
「熱量?」
「はい。王家としては受けることが難しいでしょう。それを知りながら、敢えて提案させていただきます」
「聞かせて欲しい」
レティシアの提案とは――
「わたくしはしばらく、ロチルド商会に身を寄せます。ジルベール殿下、その間貴方様はわたくしとの関係を改善するよう努めてくださいますか?」
いつも読んでくださりありがとうございます
作者は豆腐メンタルなので、過度な批判や中傷は御遠慮いただけると幸いです。




