80.油断が原因でした
泣き出したレティシアに、今までの冷静さはどこへやら。
ジルベールはオロオロしてしまう。
「れ、レティシア……?」
「ち、違います……っ。目に、ゴミが入っただけですわ……っ」
「そ、そんな古典的な……」
ジルベールはそう言いつつ、胸元にハンカチを入れているのを思い出した。取り出したハンカチで、レティシアの涙を拭う。
「すまない……。私はやはりレティシアを傷つけてしまうね」
「だがら゙ちかい゙ま゙すうううう」
「な、その、すまない」
ジルベールが自分自身を責めると、レティシアは余計に泣いてしまう。
こんな姿をジルベールに見せるのは初めてだ。それもあり、ジルベールはどうしたらいいのか分からないのだろう。
ハンカチで涙を拭うだけで、それ以上なにをすれば良いのかオロオロしている。
レティシア自身、涙の止め方が分からなくなり、ぐずぐず泣いているとふわっと温かいものに包まれた。
何だろうと思い、滲む視界をパチパチ瞬きして把握しようとする。
少しクリアになった視界。目の前には、白い服。
視線を上げれば、心配そうな紫の瞳がレティシアを覗き込んでいる。
ジルベールがレティシアを抱きしめていると言う状況に、驚きのあまり涙が止まった。
「こ、これは……」
「ち、違っただろうか……」
どうにかしてレティシアを慰めようとした結果、抱きしめるという答えに辿り着いたらしい。
けれどあまりにもレティシアが驚いているので、ジルベールも自信がなくなったようだ。
(そう言えばエスコート以外で殿下に触れるのって初めてだわ……)
あまり思い出したくないが、ふと思い出す。
ジュスタンに触れられた時は、ただのエスコートですら鳥肌が立っていたのだ。
けれど、ジルベールに抱きしめられても鳥肌は立っていない。
そのことに気がつくが、ジルベールの様子を見て慌てる。
「あ、いえ……と、とまりましたわ……すいません」
「いや、それなら……うん、良かった」
コホンと誤魔化すように咳払いをしたレティシアは、本題に入るよう促す。
「お見苦しいところをお見せしました。……謝罪の件については一度やめましょう」
「しかし……」
「そうだな、話が進まない。一旦この状況について話した方が良い」
レティシアの言葉に、陛下が助け舟を出してくれてジルベールも引き下がった。
「分かった。まずどこから話そうか」
「最初からお願いします。いつから気づいていたのです?」
ここまでくれば、1から10まで知りたい。レティシアは話を促す。
「気がついたのは、そうだね。明確にと言うのは無い。ただ段々と違和感を感じたんだ。決定的なのは、レティシアとブローニュ元伯爵令嬢が言い争いを始めた後だね。皆でレティシアを追いかけたら、乱心してたから」
「み、皆というのは」
「もちろん、フォール嬢、ドミニクとマルセルだよ」
「ですよね……」
割と初期の頃から疑われていたのか。一応人目のないところを選んでいたつもりなのに、全く警戒心がなかったということだったのだろう。
いや、そもそもレティシアを追いかける者がいると思っていなかったのも良くなかった。
油断していたという他ない。
「とはいえ、レティシアが令嬢らしからぬ行動をする理由は分からなかった。だから少し観察させてもらったよ。近づけば、レティシアは距離を取ろうとしていたからね」
「まあ、そうですね」
「明確に理由が分かったのは、リュシリュー公子だ。レティシアの様子は屋敷では変わっていないか、聞いたら見当違いのことをいうものだからね。なにかおかしいと思って、リュシリュー公爵家を調べればレティシアへの冷遇の証拠が出るわ出るわ」
「はは……」
あえてジュスタンと呼ばずに、家名で話しているのはレティシアを気遣ってのことだろう。
たしかに使用人まで嬉々としてレティシアの冷遇をしていたのだ。調べればじゃんじゃん出てきただろう。
「それから公子の卒業式でレティシアの狙いが分かった。あの時は、様々な感情が渦巻いていたからなにもしなくてよかったよ」
「だから卒業パーティーもそこそこに、屋敷に来ていたのですね」
ジルベールは頷く。
今までの違和感が線となって繋がっていく。
ここで再び陛下が口を開く。
「……公爵に調査結果を報告した時、通告したのだ。卒業までにレティシア嬢に赦しを得られるようにしろと。得られなければ、この先はないと思えとな。……それでレティシア嬢に望んでもいない和解をさせようとした。本当にすまなかった」
「……だから、あの謎行動に……」
バンジャマン達は家の為に、レティシアに赦しを乞おうとしたのか。それならばあのうざったさも納得がいく。
「念の為言っておくが、途中からは灸を据えた。まさか贖罪の意味を取り違えているとは思わなんだ。本当に、公爵は父親としては失格だな。それに気付かず、レティシア嬢には余計な心労をかけてしまった。本当にすまない」
ふうとため息を吐く陛下。
まあレティシアの考えを探る経緯は理解できた。
けれど腑に落ちない点が一つ。
「……殿下、一つ聞いておきたいのですが」
「なんだい?」
「何故、わたくしが亡命したがっていると知った時点で、すぐに辞めさせるように動かなかったのですか?」
その質問はジルベールにとって、聞かれたくないことだったのか、眉根が寄る。
「いえ、言いたくなかったら無理に聞きません」
「……いや、すまない。レティシアには知る権利がある。…………その、最初は独占欲だよ。レティシアには私の知らない所に行って欲しくないから、外堀を埋めて亡命を出来なくさせるつもりだった」
「ドクセンヨク?」
ジルベールから信じられない言葉が聞こえた。レティシアが鸚鵡返しに聞くと、ジルベールが頷く。
「そう。レティシアをどこにも行かせたくなかった。だから、公爵にはレティシアと和解できない場合、レティシアは別の家の養子として私と婚約を続行させるつもりだったんだ」
「え」
レティシアの知らないところで、どんどん話が進んでいた。
けれどそんな話はレティシアの元に来ていない。養子は家庭の事情や両家の意向も確認されるが、本人の意思もある程度確認される。
「最初は事後報告みたいにするつもりだった。ただ、セシル殿に引っ叩かれてね。そんなのは私の独りよがりだろうと」
「セシルさん⁉︎」
第一王子を引っ叩いたという言葉に、悲鳴のような声でセシルに詰め寄る。
ところがセシルはどこ吹く風だ。
「いえ、レティシア様。これは仕方ありません。ええ、仕方のないことです」
「何がですか!」
牢に入っていないことから不問とされたのは分かるが、最悪の場合死刑だ。
「ああ。彼女のいう通り仕方のないこと、むしろ当然のことだよ」
ジルベールの言葉に、レティシアは再び固まるのだった。
いつも読んでくださりありがとうございます
作者は豆腐メンタルなので、過度な批判や中傷は御遠慮いただけると幸いです。




