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悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜  作者: 水月華
第一章

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⒏レティシアの味方

 なぜかあの後、父親であるバンジャマンにも怒られた。

 きっとジュスタンが伝えたのだろう。本当にうざったいことこの上ない。レティシアは顔を顰めそうになるのを堪えながら、ただこの時間が終わるのを待つ。

 しかも食事中なので、食事がいつも以上に飲み込むのが辛い。


「とにかくジュスタンに合わせろ。お前如きが余計な手間をかけさせるな」

「申し訳ありません」


 淡々と答える。ジュスタンは優越感に浸るように、レティシアをニヤニヤしながら見ている。


(くだらない……)


 そう考えながら、生臭く感じるステーキを咀嚼していると、バンジャマンのそばにいた執事が声をあげた。


「旦那様、少しよろしいでしょうか?」

「なんだ」

「お嬢様は現在、ジルベール殿下の婚約者であります。勤勉であるところを周囲にアピールできれば、リュシリュー公爵家の株もあがることでしょう」

「ほう」

「お嬢様が優秀であればあるほど、旦那様の評価も上がるのです。それにぼっちゃまも、その時間に普段関わらない人と接すれば、人脈を広げるチャンスが増えることとなりましょう」

「人脈か……確かにそろそろジュスタンも、婚約者を見繕わねばならん。ジュスタン、良さそうな令嬢はいないのか」


 執事のお陰で、話の矛先がレティシアから外れた。

 普通に考えれば妹であるレティシアには婚約者がいるのに、兄であり将来の公爵にこの年齢まで婚約者がいないのはおかしい。


(まあ、顔は良いですからね。とはいえ、自分より下の令嬢じゃないと受け入れないでしょう。わたくしを毛嫌いするのも、わたくしの方が優秀だからですし。前世だったら、結婚したらモラハラ夫と呼ばれることでしょう。この世界ではあまりそう言ったことが浸透していないのが残念ですわ)


「まあ、家柄だけでみればそれなりにいますよ」

「そうか、お前のお眼鏡に適う者がいれば良いな」


(お眼鏡に適う令嬢が可哀想ですわ。……あ、そうでした。コイツ、ゲームでは隠しキャラでした。コレット様には勿体無いですわ)


 前世で一番物議を醸した、ジュスタンルート。全員のルートをクリアすることで解放されるルートであったが、一番胸糞悪いと炎上していたのだ。

 何を隠そう、レティシアが最終的に自死するルートこそ、このジュスタンルートなのだから。

 このルートは悪役令嬢であるレティシアの家族についての掘り下げだ。

 だからレティシアの今まで受けてきた仕打ちがどのルートより、克明に描かれている。他のルートでも冷遇されていることは理解出来ていたが、まさか隠しルートが一番悲惨なルートだと誰が想像出来るだろう。

 余談だが、このルートのせいでジュスタンアンチが前世では大量に発生したことは言うまでもない。

 ジュスタンは最後、後悔して生きていく事になるのだが、その程度の罰で良いのかという批判。そしてコレットがジュスタンを叱咤しながらも、最終的に結ばれているのが気に食わないという意見が多かった。

 正直に言えば、前世のレティシアも同じ意見であった。もっと罰を受けた方が良いと思っている。

 ついでに、公爵が不正をするルートもこのジュスタンルートである。胸糞悪さが全面に、これでもかと出ている。それでも不正のせいで家格が落ち、権力は削がれするのだが。

 あまりにも救いのない展開に、担当者に心はあるんかと言いたいくらいだった。


(本当に前世の記憶ある無しに関係なく、コイツらには一片の同情も湧きませんわ。……ジョゼフには感謝しますけれども)


 執事――ジョゼフ――は長年、それこそ先代の当主の時からこのリュシリュー公爵家に仕えている。

 バンジャマンが子供の時から見ているので、彼に意見できる数少ない存在なのだ。

 昔から、レティシアを目立たない範囲で気遣い、今のように公爵家を建前に守ってくれている。

 そっと執事を見ると、バンジャマン達から見えないようにそっと微笑んでくれる。

 レティシアもバレないように口角を上げて応えた。


(この執事ともう1人、わたくしに良くしてくれる使用人がいますわ。そのおかげでわたくしは今日まで生きてこられたと言っても過言ではないですわ)


 それがなかったらきっと栄養失調で死んでいたに違いない。

 昔からの側近とはいえ、公爵家を敵に出来るわけではない。物理的に首が飛んでもおかしくないのだ。それでもレティシアのことを気にかけてくれる2人は、数少ない信用出来る人間だ。


(たとえ公爵家を道連れに破滅したとしても、2人だけは巻き込みたくないですわ。中々難しいですが)


 雇い主が落ちぶれれば、諸共になってしまうのが使用人だ。

 途中からバンジャマンとジュスタンは、レティシアのことなど忘れたかのように未来の婚約者の話をしていた。

 そのおかげで多少は食が進んだので、ありがたかった。



 ◇◇◇



 その後食事を終えて、夜も更けてきた頃。

 レティシアは湯浴みのために、廊下を歩いていた。ちなみに遅めに入るのも、バンジャマンとジュスタンがうるさいからだ。

 そしてこんなに遅いと、使用人たちは湯浴みを手伝わない。今更どうでもいいし、1人でゆっくり出来るのでむしろありがたい。

 昔は温くなった湯に浸かるのは嫌だったが、魔法のおかげで温度調整も御茶の子さいさいだ。

 そんな事を考えていると、浴室の前に誰かいるのに気がつく。


「あら、貴女は……」

「お嬢様、お手伝い致します」


 そこには食事の際に思い浮かべていた、レティシアを守ってくれる使用人が立っていた。名前はルネ。

 もしかしなくても、ジョゼフから話を聞いていたのだろう。

 彼女はメイドであるが、現在かなり冷遇されている。それも、レティシアの扱いに苦言を呈したことがきっかけだ。

 解雇に至らなかったのはそれこそジョゼフが動いたおかげだ。

 解雇は回避出来たが、それが原因で冷遇され、他の使用人に仕事を押し付けられてしまっている。そのせいで毎日忙しいはずだが、このように隙間を見つけてはレティシアの世話を焼いてくれる。


「……無理しなくて良いですわ。貴女も忙しいでしょう。休んだ方がよろしいのではなくて?」

「でしたら尚の事、お手伝いさせてください。もう、お嬢様のお世話をしないと死んでしまいそうです」

「もう……仕方ないですわね」


 どういう原理だ。と言いたくなるが、ルネ曰くメイドとして生きてきたから、たまにお世話をしないと落ち着かないという。本当は毎日したいくらいだがと付け加えることも忘れずに。

 レティシアを気遣わせないためか、それでもこうして来てくれるのは心があったかくなる。

 あ、そうだとルネは懐から、何かを取り出した。


「お嬢様、良ければこれもお食べください。色々探して、やっと見つけたんです。栄養価がとても高いそうですよ」

「これは?」

「メヤの実と言います」

「へぇ。じゃあ一緒に食べましょう」


 レティシアはそう言うと、何個かあるメヤの実を一つ摘んで食べる。

 そのままもう一つ摘むとルネの口元に差し出した。

 一瞬ルネは躊躇ったが、レティシアが引かないと分かると軽く息を吐いてから、意を決したように食べた。


「私はお嬢様のために買ってきたのですが」

「だって1人でなんて寂しいもの。それに、貴女だってちゃんと食べないと。食事、減らされているのでしょう?」


 そう言うと居心地悪そうに目線を逸らした。

 本来であればこの公爵家から去った方が、色々な苦労も減るだろう。

 それでもここに居続ける理由は、偏にレティシアを気にしての事。

 レティシアは嬉しさと罪悪感も感じつつも、ルネがここから離れない事を分かっている。なので、それ以上は追求せずに話しかけた。


「さて、あまり遅くなると良くないわ。行きましょう」

「はい」


 その日はルネにマッサージもしてもらったおかげか、久しぶりにぐっすり眠れた。

 

 次の日。レティシアは起床してから、いつもより体が軽いのを感じて頬が緩む。

 ルネにマッサージをしてもらうと、次の日体が楽なのだ。この瞬間が割と好きだったりする。

 パパッと制服に着替えて、いつも通りに準備をする。

 バンジャマンやジュスタンの嫌味も、ルネのお陰でいつも以上に受け流せていた。

 適当に相槌を打ちながら学園に向かい、馬車を降りる。

 いつものようにジュスタンが仲良しごっこをしようとしたその時。


「おはよう、ジュスタン、レティシア」


 待っていたかのように、声をかけてくる人物がいた。いや、公爵家の人間を呼び捨てにできる人間は限られている。


「おはようございます、殿下」

「……ごきげんよう、殿下」


 話しかけてきたのはジルベールだった。

 珍しいこともあるな、と言葉を交わす2人を見ながら思う。

 いつもジルベールは朝、学園に割とギリギリに来る。それは決して朝が苦手とかいう理由ではない。

 朝から政務を国王とこなしているのだ。これも王太子教育の一環だと以前に言っていた。

 まだ立太子はしていないので、本格的なことはしていないそうだが多忙にも程がある。


(そんな多忙さを全く感じさせない、この余裕さ。さらには他の人を気にする余裕があるなんて、本当に凄い方ですわ。それなのにそんなに艶々なお肌は何をしてるのかしら。わたくしはルネが用意してくれた化粧道具で、隈を隠しているのに)


 正直女性としてはその肌が羨ましい。レティシアの場合、ストレスと栄養不足で致し方ないこともあるのだが。

 

(そもそもわたくし、16歳ですわよ? 華の10代がこんな消えない隈を作ってしまうなんて……。本当にこの兄たちのせいですわ。いえ、それでもレティシアは美しいですわ。きっと健康になったらもっと綺麗に……なんだかナルシストになってますわ)


 最早2人の会話を無視して、自分の世界に入り込む。レティシアはレティシアとして生きていた記憶ももちろんあるが、前世の記憶にも引っ張られているので自分は美しいことを理解している。

 ゲームでのレティシアは、そんな身の内とは思えないほど常に凛としていた。

 常に仮面を被っていなければならない程、レティシアは誰にも心を開けなかったのだ。


「それじゃあ、レティシア。行こう」


 その言葉と共に手を差し伸ばされ、レティシアの意識は浮上した。


「はい。……っ」


 ほぼ無意識で手を取る。そしてその手の主を見て、レティシアはとても驚いた。

 てっきり差し出した手の主はジュスタンだと思っていたが、目の前にいたのはジルベールだったのだ。

 表情にもなんとか出ずに済んでよかった。若干息を呑んだ音が漏れたかもしれないが、ジルベールに特に気にした様子はなくて安心する。

 どうやらレティシアが知らないうちに、ジルベールと共に教室へ行くことになったらしい。


「それでは、殿下。よろしくお願いします。レティシア、また」

「はい、お兄様」


 そのままジュスタンとは別れた。流石にジルベールがレティシアをエスコートするのに、付いてくる気はないらしい。それだけで、レティシアの気が軽くなった。

 ジルベールのエスコートはジュスタンと違い、ちゃんとこちらのペースに合わせてくれる。

 ジュスタンだとあちらが引っ張るようにして連れて行かれるのだから、いかに下手……いやレティシアを気にしていないか分かる。


「レティシア、昨日は図書室にいなかったか?」

「はい、おりましたわ。少し調べたいことがあったものですから」


 そこで思い出す。ジュスタンのせいですっかり忘れていたが、そういえば昨日は何故かジルベールがレティシアを探していたのだ。


「そうか。探したが見当たらなくてね」

「あそこは広いですから、すれ違ったのでしょう。それでなにかご用でしょうか? いつも連絡は手紙ですのに」


 レティシアは努めて淡々と言葉を返す。

 今日はジルベールがエスコートしているが、これはかなり珍しいことだ。

 婚約者同士ではあるが、2人の仲は冷え切っている。会話は最低限、何かあれば手紙でのやりとり、交流のためのお茶会もほとんど意味は無いほどなのに。

 2人が一緒に歩くことで、いつも以上に行く先々で生徒がこちらに視線を向けてくることも、その珍しさを物語っている。


「この間、様子がおかしかったから気になったんだ」


 そのジルベールの言葉は、レティシアにとって意外だった。

 ジルベールがレティシアを心配してくれるなんて、どのくらいぶりだろうか。もう思い出せないくらいに昔のことだ。


「それはご心配をおかけ致しましたわ。今は特に問題ありませんわ」

「……そうか」


(まさかその確認のためだけに昨日探していたのでしょうか? 確かに殿下に2人きりであったのは前世の記憶が戻った時以来ですが、結構時間が経っていると思うのですが)


 とはいえ、ジルベールの性格を考えれば、不思議なことではない。

 イーリスの祝福の彼は、思いやりのある人物だ。ただ難点を言えば、レティシアにも言えることだが感情が表に出ないため、一見冷たく見えることだ。

 お互い王太子・妃教育を受けているため、感情を表に出さないよう叩き込まれる。その結果、お互いに壁を感じ距離が縮まらないのだ。

 本当はお互いに、手を取り合いたいと願っていたのに。

 イーリスの祝福ではそのせいで、最期までわかりあうことは出来なかった。

 もう引き返せないところでようやくジルベールはレティシアの思いを知り、後悔するのだ。


(あれはメインルートなこともあって、とても切なかったですわ)


 今のレティシアは、ジルベールが本当にレティシアを心配していると分かっている。

 嬉しい気持ちもあるが、最終的に亡命を望む身としては積極的に距離を縮めることはしない。

 どのような理由でも、ジルベールは胸を痛めることも分かっているからだ。

 だからせめて、ジルベールが一番胸を痛めずに済むようにしたい。


(これから国を背負っていくお方。不要な荷物は背負わせない方がいいですわ。ここは以前のわたくしと同じようにしなければ)


 元々会話が少ない2人だ。そのあとは特に会話することなく、教室に到着した。

 珍しい組み合わせに、クラスメイトは驚いたようだが注目されることに慣れている2人は特に気にしない。


「ありがとうございますわ。それでは」

「……ああ」


 2人は離れ、自分の席につく。レティシアは周りに干渉されないように、本を開くのだった。

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