79.王家の謝罪
もうレティシアは認めるしかない。この人達の手によってレティシアの亡命計画は頓挫してしまったのだろう。
やはり記憶が戻ってからというもの、思うような反応が無かったのはレティシアの狙いを知っていたからということだ。そうなれば数々の違和感に納得がいく。
陛下はレティシアの目を見て、大丈夫だと思ったのだろう。
しかし陛下そして王妃が、レティシアに向かって頭を下げたのだ。
驚きとともに、背筋が凍る心地になる。
王族に頭を下げられるのは、染みついた感覚から恐怖に近い感情が込み上げる。
「な、何を⁉︎ 頭をあげてください!」
「いいや、まずは謝らせてほしい。リュシリュー公爵家の不祥事、国王たる私が気がつかなくて申し訳なかった」
「そ、そんな……」
まさか一国の王に謝罪されるとは思わなかった。
たしかに陛下は、バンジャマンのことをよく知っているだろう。
仕事仲間とも言える相手が、まさかそんなことをするとは思わなかったのも無理はない。宰相としての仕事はきちんとしていたそうだから。
それにこれは家族間のことだ。それが逸脱したこととは言え、陛下に家族としての姿を見せていないのに気がつくことは難しいだろう。
きっと陛下とバンジャマンは、あまり家族の話をしなかっただろうから。
「わたくしからも謝罪するわ。貴女のその体も女同士から見ても異常だったのに、疑問にすら思えなかったの」
「そんな、王妃様まで……」
レティシアは何故だか目頭が熱くなる。嬉しいとかではなく、混乱と申し訳なさからからだった。
仕方ないことではあると、レティシアは思う。
何故ならレティシアにされていたことは、屋敷の中での出来事ばかりだ。
分かりやすく殴られたなどで怪我が絶えないというのならまだ分かる。
言ってしまえば1番タチの悪いことではあるのだ。
「そういうことに気がつくのが、わたくし達の役目でもあるわ。民はわたくし達が責任を持って、導かなくてはいけないわ。綺麗事と言われようと、その気持ちがなければ何もできないもの」
「……」
レティシアはもう何も言えない。なんと言えばいいか分からない。
この間から分からないことばかりだ。
「陛下、王妃。その言葉を最初に言わなくてはいけないのはこの私です」
その言葉が聞こえると、陛下と王妃はレティシアの前から動く。
「ああ。ただ大分強打していたようだからな。時間がかかると思った」
「そこはそれでも待ってほしかったです」
そう少し不満そうな表情を2人にしたジルベール。けれどレティシアに目線を合わせれば、その表情は沈痛な面持ちに変化した。
「レティシア……。1番悪かったのは、この私だ。何年も婚約者だったのに、レティシアの悲鳴に気づけなかった……」
「で、殿下だけが悪いわけではありませんわ」
「いや、私がもっとレティシアに寄り添わなければならなかったんだ。昔、ドミニクにも注意されていたんだ。それなのに、いざレティシアの前に立つと上手くできなくて……。レティシアの境遇を考えれば、私に助けを求めることすら困難だろう。それなのに、私に心を開いてくれないなんて見当違いな思い込みをして、レティシアを苦しめた。公爵は関係ない。これは私の罪だ」
「そんな……」
それはレティシアもだ。今は前世の記憶があるからバンジャマン達にも反抗できた。けれどその前まではレティシア以外の全員が敵だったのだ。
だからジルベールにも、真に心を開けなかった。
「レティシア……。君は……この国から出て行きたいかい?」
「っ……」
言葉に詰まったレティシアに、ジルベールは自嘲を含んだ笑みを浮かべる。
「いや、この聞き方は狡いよね。亡命計画を立てていたと、彼らから話を聞いている」
そうだ。ここには今は成り行きを見守っていて、何も話していないけれどクロードもセシルもいる。
どうやって彼らとの繋がりを知ったのだろう。
「彼らはレティシアを裏切っていない。私が調べて、ジョゼフ、ルネに辿り着いた。そこからさらに調べてロチルド商会との繋がりも知ったんだ」
ちら、とジルベールはクロード達に視線を送る。
クロードが前に一歩進んで、言った。
「初めて我が商会に殿下が来たときは、影武者を疑いました。最初は知らぬ存ぜぬを突き通そうとしました。何せ、本当に殿下であるかも疑わしい。それにレティシア様は庇っていましたが、先ほど殿下が仰っていたことを私達も思っていたので」
「ク、クロードさん……」
「だから絶対に、レティシア様の情報は漏らすつもりはなかったんですが……王家の紋章を見せるだけではなく、まさか土下座されるとは思わず」
「は⁉︎」
信じられない言葉に、レティシアはばっとジルベールを見る。
王家の者が他者に頭を下げるなんて、あり得ない。レティシアはたしかにジルベールの、自分の非を素直に認めることには好感を抱いていたが、土下座はさすがに驚きである。
そんな風に驚いているレティシアだが、ジルベールはなんてことないように言う。
「私も最初は怒っていたんだ。まさかレティシアが私を捨てて、国を出るという判断をしたことに、そこまで嫌われていたのかってショックを受けていた」
「は?」
ショック? ジルベールが? レティシアに捨てられると?
そこまでの心がレティシアにあったのか。
「だから最初は何がなんでも捕まえて逃さない……つもりだったんだ」
「ひぇ……」
王家の者が言えば、その言葉はどんな意味にも捉えられる。監禁されても不思議ではない。
けれどジルベールの表情は、その苛烈さなんて微塵も感じない。
「でも、レティシアと向き合ってこなかったのは誰だって振り返れば、結局私の身から出た錆だ。こんな人間がレティシアを縛る権利はない」
「それは、殿下だけのせいではありませんわ!」
居た堪れなくて、レティシアは叫ぶ。
レティシアは分かっている。自分にも、悪いところはあった。だからここまでジルベールとの関係が拗れてしまった。
ジルベールが悪いと、責任転嫁するのは簡単だ。けれどレティシアはそれをしたくなかった。
レティシアだって、ジルベールの努力する姿を見てきたから。
レティシアではない記憶でも、レティシアとしても見てきた。
責任転嫁してしまえば、ジルベールの努力を踏み躙る気がしてしまう。
今度こそ、潤んだ瞳から涙が溢れ出す。上手く話せないそれを、涙として出しているようだった。




