78.全て知られていた⁉︎
レティシアの言葉に柔らかな空間であった会場が、一気に凍り付いた。
大丈夫だ。このくらいは慣れている。
「……レティシア」
ジルベールがレティシアの名前を呼ぶ。止めるつもりだろうか。けれど、レティシアは止まるつもりはない。
「ここまで知られてしまったのなら、仕方ありませんわ。そうです。わたくし、リュシリュー公爵と公子のことを地獄に堕としたかったのです。だから手っ取り早く、わたくしが犯罪を犯せばリュシリュー公爵家は地に落とせると思いましたの」
一旦言葉を区切り、大きく息を吸う。
「ブローニュ元伯爵令嬢も、わたくしにずっと引っ付いてきたので煩わしかったのですわ。単純なお方なので、わたくしが誘導すれば簡単に動いてくれましたの。ええ。ですから、わたくしが首謀者で間違いありませんわ」
しん……と先ほどまで賑やかだった会場が、息遣いも聞こえぬ程に静まり返っている。
これでレティシアは、完全に見限られるだろう。この国での自白は何よりの証拠。特に貴族は自分の名誉のためにも、本当に冤罪ならば断固として戦うのだ。
それと真反対のことをしたのだ。レティシアの言葉を信じる者も多いだろう。
しかし、陛下は全く動じていなかった。いや、陛下だけではない。王妃も、ジルベールも、コレット達も。
そのことを疑問に思った時、陛下が口を開く。
「……知っている」
その言葉で、再び会場は喧騒に包まれる。
ほっと一息吐こうとした、まさにその時だ。
「そのように自白するように、リュシリュー公爵から言われていたのであろう? 公爵の方から既にそのことは聞いておる」
「……は⁉︎」
思いもよらない言葉に、レティシアは思わず大きな声を上げる。
「公爵が罪を認めた時、きっとこうなるであろうことも予想しておった。まあそれは当然であるが。ともかく、レティシア嬢のその自白は、嘘であることの調べはついておる。こんな時まで、公爵の命令に従うなど……どれほど辛い目に遭ってきたのか」
「いや、ちょっと……」
陛下のあらぬ方向への話の持っていき方に、レティシアは言葉がまとまらない。
それどころかコレットが近寄ってきたかと思えば、レティシアの手を取る。
慈しみに溢れた目で、レティシアに言う。
「リュシリュー公爵令嬢、もう大丈夫です。皆さん、もう分かってます」
「ち、ちが……」
(いや何も分かってないです。というかこれ、わざとですね⁉︎)
丸め込まれそうになっていることを自覚しているが、レティシアはまだ諦めない。だって、ここで諦めたら今までの努力が水の泡である。
けれどその様子を見たコレットは、いつぞやにレティシアがオデットに詰め寄ったように、レティシアの耳元で言った。
「私達、実は皆見ていたんです。そう、人気のない中庭の奥。木々が生い茂っているところで、貴女様が乱心しているところを」
「なっ!」
「私への……想いを叫ぶ貴女様を何度か見ました。私のこと、大好きですよね? この亡命計画、皆さんが知っていますよ」
「う、うそ……!」
コレットの言葉を信じたくない。レティシアだって、その時のことをしっかり覚えている。
我ながら大分頭のおかしい人間に見えたことだろう。あれを見られていた……?
その考えに至った瞬間、レティシアは羞恥心やら悔しさやら絶望感やら――とにかく色んな感情が込み上げた。
「ぴぎゃああああああああ‼︎」
そして体の内に留めることなど到底出来ず、貴族令嬢らしからぬ奇声を上げた。
レティシアが覚えているのは、そこまでだ。
◇◇◇
「ん……?」
ここはどこだろう。
レティシアは状況が分からず、ぼんやりと振り返る。
(そうだ、卒業パーティーに出ていて……。ってあれは夢⁉︎ 夢よね⁉︎)
「レティシア、目が覚めたかい?」
「へ」
その声が思いの外近い距離で聞こえて驚く。
そう言えば、枕がなんだか硬くて頭の位置が定まらない。
ギギギと音が鳴りそうなくらい、ぎこちなく首を上に向けると。
「気分はどうかな? さすがに刺激が強かったようですまない」
真上にジルベールがいる。つまり、この体勢は、ジルベールの膝を枕にしている状態で――
「ほあああああああ⁉︎ いたあっ!」
「うぐっ⁉︎」
驚きのあまり、飛び起きたのが良くなかった。
起きればその先にはジルベールの顔、詳しく言えば顎があるわけで。
ゴチンっという音共に、レティシアの額とジルベールの顎がぶつかった。
レティシアはその衝撃でソファから転げ落ちて、ジルベールも体を丸めている。
お互い痛みに悶絶していると、物音に響いたのか、扉が開いた。
「お嬢様⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎ もしや殿下に襲われてます⁉︎」
どちらかというと襲ったのはレティシアである。
痛みのあまり涙目になりながら、声の主の方を見るとルネを筆頭に陛下を含んだ全員が集合していた。
「お嬢様、申し訳ございません! やはり私が命に替えてもお嬢様を亡命させていれば!」
「落ち着きなさい、ルネ。服の乱れがないので大丈夫です」
「ジョゼフさん! そういうことではありません!」
赤くなった額を見たルネは、慌ててレティシアを介抱する。
「うぐぐ……。レティシアって意外と石頭なんだね……」
「そもそもレディに膝枕をしたら、お嬢様の反応が普通です。護身術を習っていなくて良かったですね。最悪の場合、刺されていましたよ」
「手厳しいな……」
「私達はお嬢様を最優先にしたかったのです。それを殿下が頭を下げてきたので、仕方なくですよ。まあ、お嬢様が殿下を嫌っていたらあり得ませんでしたが」
悶絶しているジルベールには、ジョゼフが介抱している。しかし、ジョゼフは刺々しい態度だ。
その態度は大丈夫だろうか。いや、ジルベールがその程度で不敬罪だと叫ぶような人間ではないと分かっているが。
そんな中、陛下がレティシアに話しかける。
「レティシア嬢、大丈夫か?」
「は、はい」
多分ジルベールの方が、ダメージが大きいと思う。
「まあジルベールは放っておけば良い。それより、先ほどの話の続きをしたくてな」
「……」
ここまでくれば、レティシアは外堀を埋められていたのだろうと分かる。
このまま解散するなんて、気持ちが悪くて仕方がない。
「……問題ありませんわ。全て、教えてください」




