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悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜  作者: 水月華
第一章

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⒎チュートリアル、完了ですわ

 流石に不味いと思い、話題を変えるレティシア。


「失礼しました。あまりにも勉強熱心なのだなと思っていたのです」


 持っていた本は10冊は超えない程度。それも一つ一つがかなり分厚いので、余計に周囲を確認しづらかったであろう。

 コレットは恥ずかしそうに頬を染める。


「そんな、ここの図書室は噂の通りたくさんの魔法書があって、つい色々気になってしまったんです」

「そうですか。けれどあまり占領するのも良くありませんわ。他にも読みたい方がいるかも知れませんし」

「そ、そうですね。配慮が足りませんでした」


 これ以上長居すると心の声が漏れそうだと思ったレティシアは、今日は本を諦めることにした。


「ではわたくしはこれで」

「あ、あの!」


 ほぼ同時に声が出る。

 まだ何か話したいことがあるのかと、レティシアは怪訝な顔を作る。


(落ち着きなさい、レティシア。ここで喜んだ顔をしてしまうと、コレット様をいじめるという計画がうまくいかなくなる可能性がありますわ。素っ気なくするのよ)


 内心はドキドキしっぱなしだ。何せ大好きなコレット(推し)から話しかけられて舞い上がらないはずがない。

 コレットは少しモジモジした後、スカートの裾を握って意を決したように言った。


「な、何か本をお探しでしたらお手伝いします!」

「…………」

「あの、えっと」


 無言のレティシアに恐る恐るといった感じで覗くコレット。

 一方、レティシアは淑女教育の全てを総動員して、叫びそうな心を抑えていた。


(はあああああっ! そんな頬を染めて、しかも羞恥のせいか目が潤んでらっしゃるわっ! これで堕ちない人間がいますの⁉︎ いいえ、いるはずがありませんわ! 落ち着くのよ、レティシア。ここで頷いては仲良くなるフラグが立ってしまうわ。ダメよ、断らないと。ううっこんな表情で誘ってくるなんて、なんて小悪魔なのかしら! いいえ、コレット様はこれは計算でやっていない。天然でこれですわ。なんということなの。天使だわ。こんな天使がここにいていいのかしら)


「リュ、リュシリュー公爵令嬢……」

「はっ……。コホン。申し出は嬉しいですが、貴女の手を借りる必要は――」

「わ、私、結構この図書室通っていて、大体の本の位置は分かるんです! きっとお役に立てると思います!」

「……お願いしますわ」


 負けた。レティシアはこの膨大な本の中から、目当ての本を探すのがどれほど大変か実感してしまったが故に、断れなかった。


(これは合理的判断よ。これからやることはたくさんあるのですから、無駄な時間は無くした方が良いのです。決して下心ではないですわ)


 心の中で呪文のように下心はないと繰り返す。そうでもしないと、レティシア自身の欲が漏れ出てしまいそうだからだ。

 そんなレティシアに、コレットはまだ緊張したままの様子で話しかけた。


「はい! リュシリュー公爵令嬢はどのような本をお探しなのですか?」

「……探知系の魔法を」

「本当ですか⁉︎ ちょうど良かったです! 私以前に読んだことがあるんです! こちらです」


 ぱああっと花が咲くような笑みに、目を灼かれたような錯覚を受けるレティシア。


(ま、眩しいっ……これがヒロイン……っ流石ですわ)


 コレットが案内したのは、レティシアが探していた棚から2列程ずれた所だった。

 本当に教えてもらって良かった。2列だけの誤差だが、探すことを考えると結構な時間を消費する所だった。


「これです。リュシリュー公爵令嬢の探している魔法があれば良いんですけれど」

「ありがとうございます。内容は、自分で見てみますわ」

「お役に立てたなら嬉しいです!」


 駄目だ。これ以上一緒にいると眩しさで妬かれる。本気でそう思ったレティシアは、心を鬼にして言った。


「フォールさんもお勉強があるのでしょう? わたくしはこれで失礼させていただきますわ」

「あ、はい! また何かお探しでしたら、ぜひ声をかけてください!」

「ええ。それでは、ごきげんよう」


 居心地の悪さを感じながら、そそくさと離れるレティシア。

 少し離れたところにあるテーブルに移動して、本を開く。ちなみに机は至る所に設置されている。敢えて離れた場所にしたのは、コレットと同じテーブルに着くことを避けたためだ。

 本を捲り、目当ての魔法がないかと、目次を確認する。そこではたと気がついた。


「そうですわ。コレット様は勉強熱心で、結構図書室にいるのですわ。そして図書室でもイベントが……でもそれはもう少し後のような」


 本も気になるが、こちらは借りて屋敷で読んでしまえば良いと、開いたばかりの本を閉じる。

 怪しまれないようにしつつ、そっと先ほどの棚のところに戻る。

 静かな空間に微かに人の声が聞こえる。


「フォール嬢、こんなところで奇遇だね」

「ジルベール殿下も本をお探しですか?」


(殿下ですわ! ということはコレット様はジルベール殿下のルートに入ったのかしら? わたくしが知らないところでイベントが進んでいたのでしょうか)


 物陰に隠れつつ、2人の会話に耳を澄ませる。完全に盗聴状態だが、今の二人の親密具合を確認しないと今後の動きがわかりづらいので、致し方ない。


「いや、人を探しているんだ。図書室に入っていくのが見えたから来たんだけれど、いかんせん広いから見失ってしまってね。フォール嬢がいたから声をかけてしまったんだ」

「そうなのですね。ここで探し人を見つけるのは大変ですね。……それで、私にも何か御用でしょうか?」


(コレット様、わたくしに話しかけた時より態度が固くなっていますわ。ということはあまり親密度は高くない……。この時期、殿下との親密度は最大どのくらい高くなったかしら。終盤だとコレット様も柔らかい態度になるのですが、最初は攻略対象者の誰にでも、あんな感じなのですよね。……あら? わたくしには、態度がだいぶ柔らかかったような……)


 思考の海に入りかけたところで、聞き覚えのあるセリフが聞こえてくる。


「いや、この間は軽率な行動を取ってしまったからね。フォール嬢にはお礼と謝罪をと思っていたから」

「あ、いえ。それは」

「改めて自身の軽率な行動を反省したよ。巻き込んでしまってすまなかった」

「そんな、殿下、顔を上げてください。私もいきなりあのような物言いをしてしまい、無礼だと思っていたのです」


(さすが殿下ですわ。国の頂に立つ者としては軽率に頭を下げるのはよくありませんが、こういった誠実な行動で人気を得ていたのですわ。……というか待って。これはチュートリアルの2つ目のイベントですわ。この場所ではなかったはずですが、何故ここで?)


 記憶が確かならば、このイベントは人気のない中庭だったはず。

 場所も変わっているせいか、セリフも少し違う。この時ジルベールは、コレットに会うことが目的だったはずだ。なのに今の話からは、コレットに会った事は偶然であり、ついでのような言い方をしていた。


 (……ゲームと少し違うとは言え、概ねイベントの通り……。まあ、ゲームと違ってここにわたくしたちはしっかり生きているのですから、全く同じ話になるというのも気持ち悪いですわね)


 完全にゲームの通りであれば、彼らは生きているのかという思考になる。

 あまり深く考えては疑心暗鬼になりそうだと、レティシアは概ねイベントが発生していれば良いかと考える。

 レティシアが考えている間に、イベントは終わっていたようだ。2人は別の会話をしている。


「そ、そう言えば殿下は、誰かお探しだったのではないですか?」

「ああ、そうなんだ。先ほどレティシアを見かけたんだが、どこにいるか知らないかい?」

「リュシリュー公爵令嬢ですか? ええ、居ましたよ」


 その言葉にレティシアは心臓がうるさいほどに動き出すのを感じる。


(ええ⁉︎ 何故殿下はわたくしを探しているのですか⁉︎ ここ最近会話もないはずなのですが?)


 どうせこれから仲良くなることはないのだからと、不必要な接触は避けていた。元々お互い仲は冷え切っているのだ。向こうも好都合だろうと思っていたのだが。


「良かった。見間違いじゃなくて。どのあたりにいたか教えてもらっていいかい?」

「先ほど本を持って、テーブルのある方に向かいました。あちらの方です」

「ありがとう。それじゃあ」


 ジルベールはそのままコレットと別れる。


(ま、まずいですわ! こっちに来られたら盗み聞きがバレます! 殿下がどうしてわたくしを探してたかは今は置いておいて、逃げないと)


 レティシアはできる限り気配を消して離れる。幸い、床にはカーペットが敷き詰められているので、足音を立てずに歩くのは簡単だった。

 敢えて棚の間を縫うようにして歩き、そのまま何食わぬ顔で本を借りて図書室から脱出した。

 幸いにも、ジルベールに捕まることはなかった。

 ホッとしたけれど、なんだか妙に疲れてしまった。もうそのままの勢いで帰ってしまおうと、一度教室に荷物を取りに帰る。

 教室の中に入ろうとした時、中が騒がしいことに気が付く。

 基本的に貴族の子息子女は忙しいので、皆授業が終わると各々教室に残ることはあまり無い。この時間に教室が騒がしいのは珍しいなと思いつつ、扉を開けると騒がしい原因をすぐに理解した。


「やあ、レティシア遅かったね」

「お兄様……今日はわたくし、図書室に行きますので先にお帰りくださいとお伝えしたはずですが」


 主に令嬢に囲まれた中心にいたのは、兄のジュスタンだった。

 ニコニコ人の良い顔で笑っているジュスタンに、顔が引き攣りそうになるのを堪えた。

  

「良いじゃないか。待つのは別に苦じゃないし」


 嘘つけ。と心の中でレティシアは吐き捨てる。

 どうせ何だかんだ理由をつけて、馬車の中でグダグダ言うに違いない。

 どんな理不尽な理由だろうが、ジュスタンにとってレティシアを責める材料が出来れば、見逃さないのだ。


「それじゃあ、俺たちは帰るよ」

「残念ですわあ」

「また来てくださいませ」

「ああ、大切な妹の級友だからね。さあ、帰ろう」


 レティシアのクラスメイトは、揃って残念そうな声を上げる。

 ジュスタンは、その気持ち悪い笑みをレティシアに向けた。


(ひいぃぃぃ‼︎ 気持ち悪い‼︎ 誰だコイツ!)


 それでも、差し出された手を叩き落とすことは出来ない。レティシアは制服の下に鳥肌を立たせながらも、表情は変えずにジュスタンの手をとる。

 その温もりすら気持ち悪くて、吐きそうになるのを堪えながら共に帰る。

 後ろの令嬢たちの黄色い悲鳴を背に受けて、立場を替わってほしいと心の底から思うのだった。

 誰もいなくなると、途端に無言になる。雰囲気も氷を纏ったかのようだ。それでもエスコートを続けるのだから、呆れるしかない。


(世間体ばかり気にして……馬鹿らしい。公爵は完全にこちらを無視しているから逆に楽で良いのですが、コイツは絡んでくるから面倒臭い)


 最早令嬢の言葉遣いではないが、心の中だけなので問題ない。こうでもしないとやっていられない。

 馬車に乗り込んで出発すると、案の定ジュスタンは文句を言い始める。


「ふん。お前のせいで帰りが遅くなったではないか。こちらを巻き込むな」

「あら、わたくしはお帰りくださいと言ったはずですが」

「何故俺がお前如きの命令を聞かねばならない? 女というのは、男に合わせるものだ。お前が俺に合わせろ。その無駄な頭に知識を入れたところで、活用の場などないだろう」


(駄目だこりゃ。話すのも時間の無駄だ)


「申し訳ありません」


 心のこもっていない謝罪をする。

 そんな謝罪でも満足したのか、ジュスタンはそれ以上は何も言ってこない。

 明らかな棒読みで言ったのに、それにすら気が付かない無関心さにバレないようにため息を吐いたのだった。


(本当……この間まで期待していたわたくしが、どれだけ現実を見ていなかったのか分かりますわね。あと1年半も一緒にいなければならないなんて、地獄というほかありません……)


 学園では仲のいいふり。過去のレティシアは、その姿に僅かな希望を抱いていたのだ。もしかしたら学園でのジュスタンが、本当のジュスタンなのかもしれないと。

 その希望が、ゲームでのメリーバッドエンドを呼んでしまうことになるのだ。

 馬車が屋敷に到着するとレティシアを待つことなく、ジュスタンは屋敷へ入っていく。

 使用人たちは我先にとジュスタンの出迎えをする。しかしレティシアには誰も寄ってこない。

 目を向けてきたかと思えば、出るのは嘲笑。本当、雇い主の娘にこの態度はあり得ない。


(それでも、もうどうでも良いわ。わたくしは1年半後には国外に逃げる。その時に、多少傷が残るようなやり方をしても、コイツらの自業自得だわ)


 それでも、この胸の疼きは。

 きっと前世の記憶が戻る前のレティシアが泣いている。自分も愛してほしいと、家族として接してほしいと泣いている。


(大丈夫。これからは、わたくしはわたくしのために行動する)


 自分に言い聞かせるように、決意を新たにするのだった。

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