69.【幕間】バンジャマンの決断①
――時はレティシアが倒れた時に遡る。
目の前で、バンジャマンとジュスタンに呪詛を吐くレティシア。
その光景が目に焼き付いて離れない。ここまで追い詰めたのは間違いなく2人だ。憎まれても仕方ない、それほどの事をしたのは理解していた。
理解していたはずだった。それでもレティシアの苛烈さに言葉が出なかった。それにすら自己嫌悪感が募る。
糸が切れたように倒れるレティシアに、ジュスタンは咄嗟に手を伸ばす。けれど、触れる直前にその手は動かなくなった。
(俺がレティシアに触れたら、死んでしまうんじゃないか……)
そう思ってしまえば、レティシアに触れることなど出来はしない。
ルネとジョゼフが介抱しているのを、何処か遠くの世界のように見ている。それはバンジャマンも同じだった。
ルネが魔法を使い、レティシアを抱える。
「旦那様、お医者様を」
ジョゼフの言葉に、バンジャマンはハッとする。
「あ、ああ。今すぐ呼ぼう。直ぐに来てもらえるように手配する」
「はい」
バンジャマンが指示を出すと、ジョゼフは速やかに医者の手配を始める。
ジョゼフがバンジャマンに指示を仰いだことで、思考が動き始める。
「レティシア……。そうか。私達を巻き込んで破滅したかったのか……。償いの姿勢もいらない……か」
もう和解は無理なのかもしれない。いや、それは分かっていた。和解出来なくても、償いに生きればレティシアの救いになると思っていた。
レティシアはそれすら、拒絶に値する事だった。
償いすら出来ないのであれば、これからどうすれば良いのだろう。
そう考えていると時間が経っていたらしく、医師が到着したと連絡を受ける。
「レティシア……」
その知らせを受けたジュスタンが、足を踏み出し――けれど一歩目が出ることはなかった。
「ジュスタン?」
「……今行ったら、レティシアに毒ですね……」
「そう……だな」
2人とも、ただレティシアが無事であるようにと祈ることしか出来ない。
やがてジョゼフが戻ってきた。
「お医者様からお話があるそうです」
「分かった」
ざわつく胸を抑えながら、3人でレティシアの部屋へ向かう。扉の前で立ち止まる2人を見て、ジョゼフはノックした。
飛んできてくれた医師は、深刻そうな面持ちで出てくる。
「レティシアは……?」
「中にいる女性からある程度お話を伺いました。それを加味すれば、精神的な負担が原因かと思われます」
「……」
「体型からしても、栄養が足りていません。……ここまで酷いのは貴族で初めて見ましたよ。まるでスラムにいる孤児のようです」
その医師の言葉から怒りが垣間見える。
「……あれは一朝一夕になるような状態ではありません。今回のことで臨界点を超えたのでしょう」
公爵家という、王家に次ぐ家の当主に臆することなく事実を述べる。
その強さに、医師としての矜持を見た。
「正直、目が覚めるかは断言出来ません。体が回復出来るほどの体力もあるか怪しい。それに、本人に生きる意志がなければ余計に困難かと」
「っ!」
最悪の場合も考えられると。
その言葉に、2人の血の気が一気に引いていく音が聞こえた気がした。
「そ、そんな……レティシア……俺が、俺の……」
「いや、私のせいだ。ジュスタンは――」
「父上、俺だってもう成人しました。いつまでも何もわからない子供ではありません。そう、もっと早く……気づけたはずだったのに」
「……」
その様子を見ていた医師は、何か感じるものがあったのか、少し怒りを抑える。
「処置として治癒魔法……自然治癒力の強化と栄養補助の魔法をかけておきました。これから1日1度、来させていただきます。ですが最終的には本人の意志次第かと」
治癒魔法は上級魔法に分類される。魔力消費が大きく、しょっちゅう使えるものではない。
それを1日に1度。医師の負担も相当なものになるだろう。
「……よろしく頼みます」
バンジャマンが頭を下げる。そしてジュスタンもそれに続いた。
医師はまた来ます、と言って去っていった。
レティシアの部屋の扉に触れ、バンジャマンは踵を返す。
「仕事をしてくる。……レティシアが目覚めたら報告してくれ」
「旦那様。その前に一つ提案があります。よろしいでしょうか」
「……なんだ」
ジョゼフに呼び止められ、バンジャマンはゆっくり振り返る。色々なことがあり、体が重たくてしょうがなかった。
ジョゼフの目は、力強い。その強さに体の重さが吹っ飛んだ。
「お嬢様が目覚めたら、私の家で療養させていただきたいのです」
「ジョゼフの家?」
「ええ。これから家族にも確認をとりますが。それにお嬢様が望めば、です。……距離を置いた方が良いかと」
ジョゼフの提案に、ジュスタンが息を呑む。
バンジャマンは、目を閉じて言った。
「そうか……そうだな」
「父上⁉︎ そんな、そうなったら」
「分かっているはずだ、ジュスタン。……私達はレティシアにとって毒でしかない」
「……っ!」
バンジャマンの言葉に、ジュスタンは声を詰まらせる。拳を握り、歯を食いしばった。
「ジョゼフ、私が言うのも違うかもしれないが……レティシアを頼む」
「はい。もちろんですとも」
「……レティシアには私達の話はしなくていい。ただ、報告はしてほしい」
「かしこまりました、旦那様」
バンジャマンは今度こそ、歩き出す。けれどまだ動かないジュスタンが気になり、声をかけた。
「ジュスタン、私は仕事がひと段落したらアマンディーヌの墓参りに行こうと思う。お前はどうする?」
「…………母上に合わせる顔がありません。暫く1人で考えます」
「そうか、分かった。……もし気が変わったらいつでも言ってくれ」
きっとアマンディーヌはジュスタンが来たら喜ぶだろう。そして叱咤する。レティシアの為にも、折れることを許さないだろう。
けれどジュスタン自身が、母親と会うことを恐れている。記憶が朧気になっている事が、余計に恐ろしいのだろう。
アマンディーヌが呼べと言えば、ジュスタンを連れてこようと考えた。
本当は今すぐにでも墓参りに行きたいところだが、仕事を片付けないといけない。
宰相の仕事も、公爵家当主としての仕事も放り出しては、それこそレティシアに顔向け出来ないような気がした。
(いや。これも言い訳か。レティシア、私が言える資格が無いと分かっている。けれど生きていてくれ。どんなに憎んでいてもいい。生きてさえくれていれば……)




