67.ドレスのデザインを決めます
採寸が終わると、ジルベールが戻ってきた。
「お疲れ様、レティシア」
「ありがとうございます」
「ジルベール、後で話がありますからね」
「お、王妃様」
「大丈夫よ、レティシア嬢。わたくしがレディの扱いを教えてあげるだけなのだから」
ジルベールはこちらの話の意味が分からないながらも、自分が何か責められている事は把握しているらしい。少し気まずげな表情をしていた。
王妃もそれ以上は今言うつもりはないらしく、ポンと手を叩いた。
「さあ。時間は限られているわ。デザインを考えましょう」
「はい」
王妃はそう言うと、一歩引いた位置に動く。恐らくレティシアとジルベールが主体となって考えやすいようにしてくれたのだろう。
椅子に座り、テーブルを挟んでデザイナーが用意してくれた資料に目を通す。
真剣な表情で、資料を吟味するジルベールを横目に見ながら、レティシアも思考を巡らせる。
「レティシア、ドレスの形やデザインはどのようなものが良いかな?」
「そうですね……」
ジルベールに問われるが、どう答えようか悩む。今までの傾向として、ジルベールは体のラインに沿ったようなスッキリしたデザインを好んでいると思う。
けれどレティシアは自分が華奢な体型であるが故に、ジルベールが選んだドレスは、些か貧相に見えるのを気にしていた。それでもデザインや生地が良いので、そこまで目立っていなかったのだが。
レティシアとしては、ふんわりしたドレスに目を惹かれることが多いので、好みとしては真逆に近いであろう。
それを正直に答えるのも、なんだが気が引けて言葉を選んでしまう。
「もしかして、このようなドレスが好みかな?」
ジルベールが資料を指さす。そこにはAライン調のドレスが並んでいた。
驚いて思わずジルベールを見るレティシア。その反応で察したのだろう、ジルベールは微笑んで言った。
「先ほどからこのタイプのドレスで目が止まっていたから。そうか、私はこちらも似合うと思う」
「そ、そうですか」
だからその笑顔を辞めてほしい。よりジルベールがキラキラしている。その表情はコレットに見せてくれ。
そんな内心はおくびにも出さず、レティシアは咳払いをして気まずい気持ちを誤魔化す。
「どうだろう? 形の基本はこれが良いかい? それとも、他に良いのはあったかな?」
「……いえ、殿下はどうなのですか?」
「私かい? そうだな。どちらかというと、色を拘りたいと思っている。……私の色を入れてほしいなと」
その言葉に、ドキリと大きく胸が高鳴る。それが意味する事を、知らないはずもない。
「……今までそんな素振りはなかったではありませんか」
「そうだね。私の勉強不足というか何と言うか。いまいち婚約者に自分の色を纏わせる意味が分からなくて」
「……」
「いや、すまないと思っている。私はどうもそういうのに疎いから、レティシアに迷惑をかけてしまうね」
思わず睨んでしまったレティシア。それもそうだ。いくら婚約破棄を目指す身とはいえ、今の発言は婚約者が独占欲を持っていない、興味がないと取られてもおかしくない。
ジルベールも理解しているのか、必死に弁明している。ジルベールの後ろにいる王妃も、渋い顔をしているので、きっと後のお小言が増えただろう。
その様子を見て、ふとジョゼフが言っていた事を思い出した。
「殿下は成長されたと言う事でしょうか?」
「ぐっ」
「ふふ!」
思わず口から出てしまった言葉に、ジルベールはダメージを受けて王妃は楽しそうな笑い声を上げた。
「申し訳ありません。失言でした」
「いや、私も失礼なことを言ったから。私の方こそすまない」
言葉だけでなく、頭も下げるジルベール。
こう言うところは、本当に好感が持てる。自分が間違っていた時は素直に謝れるのは、本当にすごい。
王族は簡単に頭を下げるのが好ましく無いとされても、1人の人間としては良い事だとレティシアは思う。
「それで、どうかな? レティシアが嫌でなければ、色は指定しても良いだろうか?」
「……」
本音を言うと断りたい。だってそのドレスを着ればジルベールとレティシアの関係は、多少でも改善していると取られてしまう可能性もある。
その後レティシアが亡命すれば、一体ジルベールにどんな嘲笑が届くことか。それは避けたい。
しかしどう伝えればジルベールが傷つかずに済むか悩んでしまう。
と、視線を感じて顔を上げると、王妃がレティシアを見ていた。
その目は、“無理して了承する必要はない”と言っているようだった。
けれど気のせいかもしれない。レティシアが言葉を探していると、王妃が仕方ないと言わんばかりに声をかけた。
「ジルベール。まだ壁が高いわ。もう少し段階を踏みなさい」
「母上。段階……ですか?」
「ええ。いきなり独占欲丸出しにしたらはしたないわ。こういうのは、少し匂わせるくらいが良いのよ」
「例えばどのような?」
「小物に色を合わせるとか、装飾の一部に使うとか。いきなりドレスにガッツリ入れ込んだらレティシア嬢だって、気まずくなってしまうもの。恥ずかしさだって感じてしまうのよ」
王妃の言葉はレティシアにとって、救いの女神のようだった。
ジルベールと目が合ったので、レティシアは頷いた。
「は、はい、申し訳ありませんが、ちょっと」
「……そうか、じゃあ今回は一部なら良いだろうか?」
「はい、大丈夫です」
完全拒否したら、ジルベールが気の毒だ。ドレスの色を考えたら、あまり目立たなく出来るだろう。そこをレティシアはさりげなく決めればいい。
その後も色々意見を擦り合わせながら、ドレス選びは終わった。
ジルベールとレティシア、双方の希望を取り入れたドレスの案に、デザイナーは素晴らしいものを作りますと気合を入れて持ち帰った。




