62.久しぶりの学園です
そして久しぶりの登校日。
レティシアは制服に身を包み、クラリスとルネに見送られながら登校した。
ジョゼフの家はリュシリュー公爵家より学園に近い位置にあるので、むしろ登校時間が短くなる。
ジョゼフの家には御者がいない。その代わりに、ジョゼフの息子のマルクが馬車を動かしてくれることになった。
体力作りの意味も込めて徒歩でも良かったのだが、周りに反対されたので甘えさせてもらう事にした。
普通に考えれば、まだ公爵令嬢のレティシアを1人で歩かせるわけにはいかない。勝手に抜け出して、ロチルド商会に行っていたのは置いといて。
「レティシア様、どうしても揺れが強いと思いますので、辛かったらおっしゃってくださいね」
「はい。よろしくお願いしますわ」
今乗っている馬車は、確かに揺れる。というより公爵家の馬車が高性能だ。ほとんど揺れなくて、長距離の移動には重宝するだろう。遠出する機会がないけれど。
それでも今の馬車だって、普通の辻馬車よりも揺れは少ないだろう。
いつもと違う道を通り、学園に到着する。それだけで新鮮な気分だった。
マルクの手を借りて馬車から降りれば、想像通り視線が集まるのを感じた。
「気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ありがとうございました。行ってきますわ」
そんな視線を意に介さず、レティシアはマルクにお礼を言った後、教室に足を進める。
すれ違うとヒソヒソと内緒話をしているのが聞こえる。
「リュシリュー公爵令嬢、ご病気だって聞きましたわ」
「何ヶ月もお休みになられて……。今の馬車も公爵家のものではありませんわ」
「何かあったのではないか? だってあの暴行未遂事件から来なくなっただろ?」
「首謀者の令嬢がリュシリュー公爵令嬢が黒幕だと騒いでいたそうだ。無関係とも思えないな」
ヒソヒソ話しているつもりなのだろうが、ほぼレティシアに聞こえているのは、もはやわざとに感じてしまう。
けれどここで噂を放置しておけば、レティシアの評価が上がることはない。
だからレティシアは聞こえないフリをするのだ。
主治医には、何か少しでも体に異変があれば帰りなさいと言われているが、今の所そんな兆候はない。
レティシアは周りを気にする事なく、足を進めていた。
少し歩くと、目の前に見覚えのある男性が立っていた。白銀の髪が朝日に反射してキラキラと幻想的な姿。ジルベールだった。
「おはよう、レティシア。久しぶりだね」
「ごきげんよう、殿下」
レティシアはなんとなく身構えながら、ジルベールに挨拶を返す。
身構えてしまう理由はこの数ヶ月間、なんの音沙汰もなかったからだ。
さすがに婚約者が倒れたとなれば、当主のほうから連絡が行くはず。
それなのに、手紙の一つ、お見舞いの一つすらなかった。
レティシアは関係が冷めているとはいえ、婚約者の義務を果たさないジルベールに疑問を持っていた。
単純にそれほどまでにレティシアを嫌いになったというのなら、諸手をあげて喜ぶところではあるが。
それならば、このようにレティシアの前に現れないと思う。何か企んでいるのでは、と思うのは当然のことだ。
そんな警戒心を抱くレティシアに気がついていないのか、ジルベールはレティシアに手を差し伸べる。
「体調はどうだい? 良ければ手を貸そう」
つまりエスコートすると。ジルベールの行動に矛盾を感じ、さらに警戒する。
そんなレティシアに、ジルベールは言う。少し眉を下げて申し訳なさそうな表情付きで。
「すまないね。辛い時だと言うのに手紙も出せずに。ブローニュ元伯爵令嬢の件で時間がかかってしまって、気がついたらこんなに時間が経ってしまったんだよ」
「……まあ、殿下自ら動かれたのですか?」
「そうなんだ。何せ学園を中心に起きたことだ。生徒会長として、できる限り協力したかったからね」
「それは大変でしたわね。わたくしのことはお気になさらず」
「いや、本当にすまなかった。……ところでいつまで私はこの体勢でいれば良いかな?」
ジルベールは話している間も、ずっとレティシアに手を差し伸べていた。これ以上長引かせても、ジルベールは手を引かないと判断したレティシアは、一言詫びをいれてその手を重ねる。
嬉しそうに微笑んだジルベールに、周りから悲鳴があがる。
至近距離でその笑顔を受けたレティシアも、その美しさの暴力に目が眩んだ。
(え? 殿下、こんなに生き生きとした表情を浮かべる方でしたっけ? こうもっと、わたくしと同じように作られた表情だったと思うのですが)
混乱しながらも、思わずその美貌に魅入ってしまう。
(本当、美しいですわ。シミもなく、髭もなく、まるで陶器のようなお肌。けれど鍛えていないわけではないのが、掌の胼胝が物語っています。紫の瞳も気を許したら吸い込まれそうな、神秘的な輝きを――)
「レティシア? やはりまだ本調子ではないのかな?」
「っええ。申し訳ありません」
見惚れていたのをジルベールに声をかけられ、我に帰る。危ない。
「いや、謝らなくていい。無理せず、保健室に行くかい?」
「大丈夫ですわ。申しわけありません」
「そういうなら分かったよ。けれど、無理はしないように」
「はい」
レティシアを気遣ってか、早くないスピードで歩くジルベール。
その間、すれ違う人達の注目を浴びながら、レティシアは考える。
(それにしても、学園の者が首謀者とはいえ、殿下が動かれるなんて。公務もしているのに、いつ休んでいるのかしら。ストレスも相当なものだと思うのだけど。その精神の強さ、尊敬しますわ。むしろ秘訣を知りたいです)
自分が一度倒れてしまったからか、そのことばかり考えてしまった。
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