60.療養生活です
ジョゼフの家族はレティシア達を快く受け入れてくれた。
ジョゼフの妻、クラリス。息子のマルク。マルクの妻、エルザ。
皆レティシアを気遣いつつも、程よい距離感で接してくれた。
精神的にも追い詰められたレティシアは、ただのんびりと過ごしていた。庭に出て花を愛でたり、読書したり。ジョゼフの家族と取り止めのない会話も楽しんだ。
時折ジョゼフが顔を出し、家族との時間を大事にしている様子もあった。またその際に、クロードとセシルにも声を掛けたようで、一緒に来ていたこともあった。
セシルはもちろんのこと、クロードもとてもレティシアを心配していた。けれどレティシアの状態を慮ってか、リュシリュー公爵家の話をすることはなかった。
ルネもレティシアの身の回りのお世話をしながら、クラリス達の手伝いもしていた。
きっと亡命した後暫くは、セシルによってこういった生活を勧められるのだろうと思った。
そうして過ごすことおよそ1ヶ月。段々とレティシアの調子も戻ってきた。
何もしないのも申し訳ないやら暇やらで、レティシアも手伝いを申し出る。初めは遠慮されてしまったけれど、ルネと共に洗濯物を取り込んだり簡単な仕事をさせてもらえた。
前世の記憶もあるので、完全な初心者ということではない。そのため思ったより手際の良いレティシアは皆から驚かれた。
手放しに褒めてくれるその環境に、レティシアの心は癒される。
しかし、その間、学園に行っていない。そろそろ卒業も近づいているので、状況確認のためにも行かないととレティシアは思う。
ちょうどジョゼフが帰ってきた時に、レティシアは聞いてみた。
「ジョゼフ。わたくしそろそろ学園に行かないといけないわ」
「いいえ。まだ駄目です」
「どうして?」
即答されてしまい、レティシアはたたらを踏む。
しかし、次にジョゼフに言われたことが、何も反論出来なかった。
「何故なら、お嬢様は今、“行かないといけない”と仰いました。“行きたい”と言う事であれば、また違います。しかしお嬢様に今あるのは義務感です。回復している途中では、無理をしないことが先決です」
「まあ……」
図星すぎて何も返せない。
「主治医もこのまま卒業まで休んだ方が良いと言っています。お嬢様は優秀なので、卒業の単位まで十分取れているそうですよ」
「え? そんなに?」
「そうです。お嬢様が思っているより、状態が悪いのですよ」
「けれど計画が……」
ジョゼフは真剣な表情で言った。
「お嬢様。今はもう亡命計画云々では無いのです。とにかく、療養が最優先です」
それでもレティシアは、意地で食い下がる。
「……けれど、卒業するまでまだ少し時間があるわ。今決めるのではなくて、仮に体調が良くなれば良いでしょう?」
「それは……」
恐らくジョゼフは、それが無理だと思っている。
だから表情が渋いままなのだ。
レティシアだって分かっている。今現在、レティシアはリュシリュー公爵家のことも、オデットの事もどうなったのか何も知らない。
バンジャマン達が何も関わっていないとは思えない。オデットの事もこれだけ時間があれば、もう断罪まで済んでいる可能性が高い。
それを誰も知らせないのは、レティシアの為だと分かっている。
けれどずっと蚊帳の外なのは嫌だ。だってこの計画の発案は自分自身だ。
小さいプライドかも知れないが、自分だけぬくぬく守られているのは嫌だった。
レティシアの目から、決意の強さを読み取ったのだろう。ジョゼフはため息を吐いた。
「分かりました。けれどそれは医師の判断次第になりますからね」
「ええ。ありがとう。それで学園の様子だけでも――」
「それはまだ駄目です」
「……はい」
取りつく島も無かった。完全に情報が遮断されている。
情報を得たら、レティシアの体調が悪化するからだ。
「……はあ。本当、どうしてこうなったのかしら」
本当なら今頃の予定では、学園のほぼ全員から絶賛疑われているはずだったのに。
けれど言質は取れた。せめて卒業の1ヶ月前には学園に行けるようになりたい。
それまでに体調を良くしようと決意するレティシアだった。
◇◇◇
レティシアは存外頑固だ。決めた事は何が何でもやり遂げたいタイプだ。
そう、まだレティシアは亡命計画を諦めてはいなかった。
それにリュシリュー公爵家から離れたことで、ストレスから解放された。そのおかげで、体調はぐんぐん良くなっていった。
また1ヶ月ほど経って、レティシアは更に回復していた。まだ全快では無いが、順調だ。
ストレスフル環境が変われば、体調が変わるなんて、体は正直である。いや、この場合、体に出るまで耐えてしまったと捉えるべきか。
医師に許可を貰い、オデットの結末だけ教えてもらえることになった。
オデットは暴漢へコレットを襲うよう依頼したとして、学園を退学した。そして修道院に送られる事になった。
のだが、彼女は修道院に行くことを是としなかった。どうにかして逃れようと、なんと警備の男性を懐柔しようとした。
けれど自分の仕事に誇りを持っていた男性。流されることなく、報告してバレてしまった。
これでは修道院すら生ぬるいと考え、国外追放されたそうだ。
生粋の貴族女性が、身一つで野晒しにされればどうなるか、火を見るより明らかだ。
体を売って日銭を稼ぐか、劣悪な環境で直ぐ死ぬか。
どちらにしても、未来はない。
今回のことについて、ブローニュ伯爵家は初めオデットを庇っていたらしい。だから修道院に送るだけに留めようとしていたのに、オデット自身がそれを無に帰してしまったのだ。
レティシアは話を聞いて、ゆっくり息を吐いた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
ルネが心配そうにレティシアの様子を伺う。
「ええ。何と言うか、わたくしはルネ達がいるけれど、行く先が似ているなと思って」
「全く似てませんよ。お嬢様は生き抜く為に準備もしていますが、彼女は無一文で放り出されましたから」
普通断罪される準備をするなど、あり得ないのでどちらかと言うとオデットの方が当然である。
「それで、わたくしを黒幕呼ばわりしましたけれど、その後どうなったのです?」
「そちらは彼女の気が触れたということで、調査は終了したそうですよ」
「あら、そうなの?」
「表向きは、ですけどね。疑っている人は……まあ」
ルネは顔を逸らして言う。
けれどレティシアにとっては計画通りだ。
「まあ、火のないところに煙は立たないと言いますし、わたくしにとっては良いですわね」
「お嬢様、何も良くありません」
ルネは我慢できないとばかりに反論した。
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