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悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜  作者: 水月華
第2章

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53.事件は起こさせません!


 1週間後。


 この日の前日まで、レティシアにとってあっという間に感じた。それなのに前日から全然時が進まないような感覚がして、自身が緊張していることを悟る。


 変な緊張がレティシアを包み、前日の夜はほとんど寝れなかった。何度も寝返りを打っているうちに、朝日が昇っているのを見た時は自分自身に笑ってしまった。


 それでもレティシアはいつも通りを装い、授業を受ける。そう、レティシアはいつも通りだ。


 むしろオデットの様子がいつもと違いすぎて、バレるのではないかと勝手にヒヤヒヤしてしまう始末。これで良く人を貶めようとしているな、とレティシアは呆れた。


 これから何か起こりますと言わんばかりに、ソワソワしている。嗜虐的な笑みも時折浮かべているので、周りの生徒は素直に引いている。


 オデットはもう、コレットを貶められる喜びでいっぱいなのか、周囲の視線に気がつく様子はない。


(オデット様、演技できる時はできているのに、どうしてこんなに分かりやすいのでしょう。ああ、自分の感情に素直ですからね。これで先にコレット様が気がついて対処するでも良いのですが、幾らなんでも自分が被害を受けるなんて考えにあまりならないでしょう)


 放課後までの時間が、1週間より長く感じる。王子妃教育で培った仮面を、外さないように細心の注意を払う。


 いつもの日常であるはずなのに、普段の倍くらい疲れた。ようやく放課後になったが、コレットは生徒会室に向かうようだった。


 いつもの流れなので、それは仕方ない。けれどレティシアの緊張は高まっていくばかりだ。


 生徒会室の周りで張り込む訳にもいかないので、校舎から出てきた時にすぐ確認できる空き教室に身を潜める。


 何時間経っただろうか。まんじりともせず過ごしていると、コレットが校舎から出て来たのが見えた。


(来たっ! 追いかけましょう!)

 

 時刻は下校時間の少し前。生徒会の活動をしていれば、こんなものである。コレットのいつも通りだろう。


 レティシアは怪しまれない程度の早足で、コレットを追いかける。


 わりかしすぐにその背中を視界に収めると、レティシアは物陰に隠れながらこっそり追いかける。


 学園の門を潜り、少ししたところで平民に扮したルネがいた。手招きされたので、ルネの元に急ぐ。


「お嬢様」

「ルネ、周りに怪しい人はいた?」

「いいえ。今のところは。ロチルド商会の人はもう少し先にいます」

「ではバレないように行きましょう」


 ルネと合流し、少し緊張が解れる。


(コレット様、大丈夫でしょうか……。ロチルド商会が間に合わなかった時のことも考えて、もう少し距離を縮めたほうが……でもこの先あまり隠れる場所がありませんし、近づきすぎるとコレット様にバレてしまう可能性もありますわ。ううっもどかしい)


 そう思いながら距離を空けて尾行していると、後ろのほうから馬車の走る音が聞こえてくる。


 かなりの勢いに感じ、振り返ると同時にレティシアはルネに庇われる。その勇ましさに見惚れそうになるが、それどころではないと首を振った。


 その馬車の小汚さ、隙間から見えた顔にオデットが依頼した暴漢であると分かった。


(まさかあの勢いのまま連れ去るつもり⁉︎)


 それでは助けを呼ぶ暇がない。コレットも悲鳴を上げる間もなく連れ去られてしまうだろう。


 レティシアは冷静に、ロチルド商会の人が助けを呼ぶまでの時間稼ぎをどうするか考える。


 とにかく飛び出そうとしたレティシアに、ルネが静止して言った。


「お嬢様、大丈夫です」

「え? でも」

「ほら」


 ルネの指した先を見ると同時に、馬のいななきが聞こえ、馬車が急停車していた。


 何が起こったのかと目を白黒させていると、警備隊が馬車に乗り込んでいくのが見えた。


「え? もう呼んだの?」

「いいえ、お嬢様。先に待機してもらってました。情報提供でアヴリル魔法学園の生徒を害そうとしていると言ったら動いてくれましたよ」

「あ、そうよね。その手があったわよね」


 全く頭に無かった。コレットも無事なのが確認できる。


 これでレティシアの役目は終わりだ。コレットが何ともなくて、本当に良かった。


「コレット様の無事も確認できたことですし、戻りましょう」

「はい」


 ルネと共に、警備隊がいる方とは逆方向に歩き出す。歩きながら、レティシアは反省会を始めた。


「どうして警備隊に先に伝えておくと言うことが思いつかなかったのかしら? わたくしもまだまだだわ」

「それはお嬢様の境遇上、ある程度は仕方ないことかと。まだ人に頼る癖がありませんから」


 ルネに言われて、レティシアは納得する。


 けれど専門の人にも頼ることが出来ないと、今後良くないだろう。直さないといけないわとレティシアは思った。


「これから取り調べをするとして、オデット様に辿り着くでしょう。どのように事を運ぶのでしょうか?」

「貴族の令嬢ということで、場合によっては家がもみ消す可能性もありますね」

「そのための司法機関があるのだから、頑張って欲しいですわ」


 指示しただけで直接関わっていないとはいえ、なんの罪に問われないのは許し難い。


「けれど噂が流れれば、揉み消しは困難になるでしょう。オデット様のブローニュ伯爵家は、伯爵家の中でもそれほど強い立ち位置にはおりません。地位を考えれば、もっと権力を持っている家もあるのですからね」

「そうですね。それに多くの貴族は権力でもみ消すことを良しとしていません。大丈夫だと思います」


 明日、オデットは学園に来るのだろうか。どちらにしても、学園は今日のことで持ちきりになるだろう。


 警備隊の仕事が早ければ、オデットは今日にでも捕まるだろう。


 オデットがレティシアを隠れ蓑にするとして、さすがに今日はレティシアが捕まることはないと思う。


 早くて明日か。


「ルネ。わたくし、早くて明日には事情聴取の為に連行されるでしょうね」

「……私は、可能なら、すっごく、すっごく抵抗したいんですけれど」

「大丈夫よ。状況証拠すらないもの。わたくしが首謀者と疑われても、罰せられることはないわ」

「それでも、です。レティシア様の名誉が……」

「これが目的なのだし」

「ううっ」


 さめざめ泣いてしまうルネを宥めながら、レティシア達は屋敷に戻った。


 ルネだって、亡命計画のための一部だと知っている。知っていても、感情が追いつかないのだろう。


 最初の頃から、ずっと言っていたことなのだから。それでも、ルネだけでなく、セシルやクロード、ジョゼフも眉を寄せていた。


 その事実だけで、レティシアは救われるのだ。


 だから。


(後はオデット様、よろしくお願いしますね。しっかり、わたくしを利用してください)


 レティシアの計画通りに進むことを願った。

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