42.この手の冗談は良くありませんでした
着々と外堀を埋められている事に気がつかないレティシア。
家で振り回され、疲弊する毎日でジルベール達の変化に気づけるほどの余裕がないのは、仕方ないことかもしれない。
そんなピンチが迫っていることに気がつかないレティシアは、亡命先の国の最終選定をしていた。今いる場所はロチルド商会だ。
久しぶりに外出できるタイミングを見つけて、ルネと共にやって来た。ジョゼフにも言ってあるので、何かあれば誤魔化してくれる手筈になっている。
初めの頃に、レティシアは亡命先をある程度リストアップしていた。その時は自分の都合ばかりだったが、ロチルド商会の協力もできたので、少し条件が加わった。
ロチルド商会でもパイプがあり、かつ、追っ手が来れない。そして何より、平民になっても暮らしていけるような国が理想だ。
レティシア、ルネ、クロード、セシルで地図と睨めっこしながら議論を交わす。
「この条件に当てはまるのは、3カ国ありますね」
「意外と多いんですね」
クロードがつい、と指を滑らせ、3つの箇所を指す。どこもアヴリルプランタン王国から離れており、尚且つ治安のいい国だった。レティシアにとってはどこも良さそうなところである。
ルネはあまり国外に詳しくないので、驚いたように声を上げている。
「この3カ国はわたくしも、検討していたところですわ。ちなみにクロードさんのおすすめはどこでしょうか?」
レティシアにとって都合が良いが、いかんせん遠いため国交は殆どない。実際に見たことがあるであろうクロードに意見を求める。
クロードは顎に手を当てて、考え込んでいる。
「そうですね。どこも良い国ですが……ここはどうでしょうか?」
「ここはルシエル国ですわね」
「ええ。アヴリルプランタン王国と気候が似ていて過ごしやすいかと。比較的新しい国で、移民も多い。他所から来た人に対しても受け入れてくれやすいですし、雇用制度もしっかりしています」
クロードの後に、セシルが情報を補足する。
「この国の商会と我が商会は、初期の頃より仲良くさせていただいています。お互いに人材を紹介しあったりすることもあるので、レティシア様を紹介しやすいですね」
「それは良いですわね。気になるところなのですが、亡命後、すぐに働けるのでしょうか? 国によっては、滞在期間や身元を証明するものが必要な場合がありますが」
「手続きがあるので少し時間はかかりますが、我が商会の紹介となれば普通より早く働けるようになります。ただ、レティシア様。少し休んでから働く方が良いのではないですか?」
「魅力的なお話ではありますが、働かないとお金が無くなりますわ。今も皆様のおかげで資金を貯めることが出来ていますが、早めに働き始めるのに越したことはありませんわよ」
のんびりスローライフもレティシアにとって魅力的ではあるが、世の中お金がないと生活が出来ないのは真理だ。
旅のための辻馬車代、宿泊代だけでも遠くにいくのであれば、予算は嵩んでいく。
レティシアの言葉に、セシルはすうっと目を細めた。その変わりように、レティシアの背中に冷たい汗が流れる。
「……レティシア様。私達に隠し事をしている時点で、実力行使に出たいんですよ?」
「え?」
「明らかに前より悪くなっているでしょう? 私の目は誤魔化せませんよ。痩せていますし、顔色も悪いです」
「……ウフフ。いやですわ。こんなにすぐ見破られてしまうなんて」
「レティシア様? それ以上誤魔化すなら総力を挙げてリュシリュー公爵家に乗り込みますよ?」
「冗談ですわ。話すタイミングを窺っていたのです。本当ですわ」
危ないオーラを出し始めたセシルに落ち着いてもらおうと、おちゃらけてみせたが逆効果になってしまった。
瞳孔を開いてとんでもない事を言い始めるセシルに、慌てて謝罪する。
「では一旦この話は置いておいて、何があったかお聞かせください」
「はい。分かりましたわ。……公爵達がわたくしとの関係を改善したいらしく、色々的外れな事をされてストレスが溜まりました」
「「え?」」
これにはセシルもクロードも驚いたらしい。2人揃って声を上げた。
「レティシア様やルネさんの話を聞いている限り、そんな、心変わりするなんてしなさそうでしたが、一体どんな風の吹き回しでしょうか?」
「それはわたくしが言いたいですわ。……発端はわたくしのドレスが使用人によって、勝手に売られていたことです。わたくしは公爵の指示で処分していたのだろうと思っていたのですが、そのことですれ違いがあったと気がついたらしいですわ」
「え? ドレスが売られていたのに気が付かなったのですか?」
「ええ。幼少からですから、どれだけわたくしのことを気にしていなかったか、露呈させていることすら自覚がなかったようです」
セシルの顔がヒクッと引き攣った。クロードも眉を顰めている。
「なんというか、危機管理甘すぎますね。他のことでも横領なりなんなりされていそうです」
「恐らくジョゼフがそこは厳しくチェックしていたかと思いますわ。ただ彼が完全に手を引いたら分かりませんけれど。……ところでセシルさん、震えています。なんとかしてください」
「それが出来たら苦労しないんですよねえ」
プルプル震えているセシルに、暴走を悟るがクロードに止められないもの、レティシアが止められるはずがない。
ルネはセシルが暴れた時に備えて、臨戦態勢なのがせめてもの救いか。
「やっぱりリュシリュー公爵家は潰しましょう。ええ。大丈夫です、レティシア様。レティシア様が亡命した後、責任を持って潰して差し上げます」
「クロードさん、今死ぬ気で止めないとロチルド商会が潰れますわよ」
「大丈夫です、レティシア様、ちゃんと準備は進めてますので、我々が痛手を被ることはありませんよ」
「そうで……え⁉︎ 待って、今聞き間違いかしら? そうよね⁉︎ 本気で潰そうとしていないわよね⁉︎」
クロードまで不穏なことを言い出したのは、レティシアの気のせいだと信じたい。
しかし、無情にも現実だと突きつけられた。
「本気ですよ。レティシア様も、我々の顔の広さをご存知でしょう? 出来ない話ではありません」
「あなた達にそこまでしてもらうわけには――」
「ああ、そうだ、レティシア様。話は元に戻りますが亡命先の生活は、暫く我々が責任を持って保障いたしますので、どうぞ休養に専念していただければ幸いです」
「はい⁉︎」
レティシアの意図しない方向に、話がどんどん進められていく。なぜそんなことになった⁉︎ とレティシアは混乱する。
「ロチルド商会とは、亡命のための資金調達と保管をしてもらうという契約のはずですわ!」
「いえいえ。我々は今後何があっても貴女の味方とも言ったはずですよ」
「それはっ確かにそうですが……っ」
それとこれとは話が別だ。いくらロチルド商会の力が大きくなっているとは言え、相手は王家に次ぐ権力の持ち主。後ろには他の貴族も当然いる。
それを全て敵に回して、無事に済むとは思えない。
「……もしかして、レティシア様は公爵達を守りたいのですか?」
「あり得ないけど⁉︎ アイツら地獄に堕ちろと思ってるわ! いや地獄なんて生ぬるいし、一生苦しめと思ってるわ‼︎ でもあなた達に危険な橋を渡って欲しくはないの!」
「なら良かったです。レティシア様が私達を心配してくれるように、私達もレティシア様が心配なんです」
そのセシルの言葉に、レティシアの動きが止まる。
「安心してください。直接敵対することはありませんよ。そう、外堀を埋めればやりようはいくらでもありますからね。貴族でもあるでしょう? 自分の手を汚さずに、他を排除することなんて」
「え、ええ。まあ……それなら?」
それは貴族の専売特許である。いや、丸め込まれている場合ではない。
「お嬢様、大きな声を出しては体に障ります」
ルネがレティシアを気遣い、ソファに座らせる。興奮のあまり、気がついたら立っていたようだ。
ソファに座り直し、姿勢を正す。セシルの言葉を噛み砕き、冷静になろうと冷静さを取り戻す。
「まあ、何か大きな後ろ盾が出来たら、表立って動いても良いんですけれどね」
「よくないですが……いえ、もう分かりました。潰すときはわたくしが主導するわ。わたくしの手でアイツらを地獄に堕とさないと気が済まないもの!」
クロードの笑みを含んだ言葉に、レティシアは呆れかけ、ハッと気がついて宣言する。まるで天啓でも受けた気分だ。
そうだ、どうしてこんな良い案を思いつかなったのだろう。これならロチルド商会を守れるし、復讐もできるし一石二鳥ではないだろうか。
「そうだわ! 堕としたいとか復讐したいと言っていたのに、なんにも動いてなかったわ!」
「おお! 流石です。歓迎しますよ」
「お嬢様、協力します。私も腹に据えかねるものがありますので」
「ええ。是非我々を利用してください」
レティシアの言葉に、クロード、ルネ、セシルはなぜか嬉しそうだ。
「……なぜ嬉しそうなの?」
思わず疑問が口から溢れる。
「復讐は一般的に推奨されていることではありませんが、それは何も知らない外野が言っていること。本人がしたいと思うことをどうして止められるでしょうか。区切りをつけるためにも、必要なことだと思います」
「それに、レティシア様はまだご自身が耐えれば、と思っておられたので本心が出て良かったです。他人を本当の意味で頼れていなかたので」
セシルとクロードの言葉に、レティシアはポカンと口を開けてしまう。
十分頼りにしているつもりだったのに、そんな風に言われると思っていなかった。
ルネがレティシアの手を取って言う。
「お嬢様、皆お嬢様の味方ですからね。それにお嬢様が一番の後ろ盾になりますよ。実の娘から敵対されれば、今の旦那様達には大ダメージですから」
「ええ。大きく動けるようになりそうです。さあもっと忙しくなりそうですね」
「……はい。頑張りますわ!」
込み上げるものを堪えながら、レティシアは力強く言った。




