⒋虐める為に虐めをやめさせます
まず、第一段階として、コレットが虐められることを止めさせなければ。
コレットとはクラスが違うが、幸いさほど遠いわけではない。この学園、とても広いのでクラスが離れていると探し出すのは困難だ。その事を考えれば、これは運がいいと言えよう。
そしていじめっ子の下位貴族の子女達と、コレットは同じクラス。今のうちはまだ良い。虐めはクラス内の一部だけで、被害は大きくない。
この後、攻略対象者、ひいてはレティシアと関わることで虐めも悪化していくのだ。
だからこそ今のうちに手を打てれば、被害は最小限になる筈……。元凶となる者が何を言っているのか、と言う話だが。
レティシアは妃教育で学んだマナーを生かし、完璧な淑女の仮面を被る。そこには人間味を感じさせない、冷たい美貌があった。
コレットの教室に向かったところで意味はない。流石に周りの目を気にしているのか、人気のないところで虐めているからだ。
そして何度もゲームをやった身として、虐められる場所は覚えている。日によって違うので、こればっかりは行き当たりばったりになってしまうが仕方ない。
とりあえず一番近いところから確認してみることにした。
◇◇◇
まず向かったのは空き教室だ。この辺りは特別授業で使う教室が多く、人通りが少ないので虐めの格好の場所だ。
流石にゲームでは詳しい教室の位置まではわからないので、一つ一つ確認するしかない。
まあ、予想はおそらく奥の教室だろう、とレティシアは推測している。
周りの目を気にするほどみみっち……小賢しい者であれば、余計にその場面を見られたくないだろう。
奥の教室であればあるほど、声も届きづらく見つかりにくい事を考えれば、自然と場所は限定される。
(まあ……見つかった時に言い訳が苦しくなることは考えていないのでしょうね……)
見つかりにくいからと暴走している可能性もある。そんな時に第三者が現れれば、どんな反応をするのか。
現実逃避に、様々なパターンを考えながら歩き続ける。
「わたくしだって、やりたくてやっているのではありませんわ。これは必要なことだからです。……虐めが必要ってなんでしょう。絶対駆逐すべきものですわ。ああ、近い将来、国外追放なりなんなりで処罰を受けるんでした。その罰を受けるために虐めをする……。あ、こんがらがってきましたわ。これ以上考えるはやめましょう。不毛ですわ」
卵が先か鶏が先か論争のようになっている。
ブツブツ独り言を呟きながらも足を動かしていたおかげで、気がついたらだいぶ奥まできていた。
そしてなにやらヒステリックな声も聞こえ始めている。
どうやらビンゴのようだ。
先日のジルベールとのイベントと言い、タイミングが良くて少し驚いてしまう。
「こんなにあっさり見つけてしまうなんて……。まあ、好都合ですわね」
レティシアは息を吐き、気配を消しながら扉に近づく。
中の様子は確認できないが、盗み聞きよろしく扉に耳を付けなくても、声はバッチリ聞こえている。
下位貴族でも大声を出すことは端ないと教わるはずなのに、とその貴族のレベルの低さを見せられている気分だ。
「平民はこれだから。私たちに対するマナーも何も知らないのね!」
「そうよ。ここは平民、しかも孤児院出身の貧乏人がいて良い場所ではないわ! さっさとこの学園から立ち去りなさいと言ったでしょう!」
「平民如きの汚れた血が、私たちに近寄らないでちょうだい!」
散々な言いようだ。というか、まだこんな思想の人がいたのか、とレティシアは素直に驚いてしまった。
このアヴリルプランタン王国は王政となっているが、現在はその壁も絶対的なものではなくなりつつある。
それこそ、コレットが第一王子であるジルベールと最終的に結ばれることが出来てしまう面からも、理解できる。
重要なのはその才覚。無能なものは淘汰される時代だ。とはいえ、平民から妃になるのは血反吐を吐くような努力が必要なのだが、それはさておき。
「上級貴族ですらその思想を受け入れ、努力しているものが殆どですのに……。あ、公爵は確かにそっちの疑いがありますわね。……いえ、逆に下位貴族だから、その思想を捨てられないというのはありそうですわ。だって、暮らしは場合によっては平民より苦しい家門もありますし。それにしか縋るよすががないということかもしれませんわね」
思考の海に入りそうになるのを、ハッとしてレティシアは止めた。
考えるのは後だ。それに今必要なことではない。
仮面をあらためて被り直し、ガラッと音を立てて扉を開けた。
中にいたのは四人。まあ、よってたかって一人を虐めるなんて。とレティシアは眉を顰める。
「れ、レティシアさまっ⁉︎」
「どうしてここに⁉︎」
「どうして、ですか。あまりに大きな声が聞こえたものですから、何かあったのかと思いましたの。皆様はこちらで何をしていらしたのかしら?」
彼女達の質問の真意は“公爵令嬢ともあろう人が、一人でこんなところに来たのか”ということだが、そこに触れずにレティシアは答える。
コレットではなく、三人に視線を合わせて話しかけているので、慌てつつも彼女達はレティシアが味方だと思ったのか、早口で話だした。
「彼女、平民ですから貴族社会のルールを教えてあげていたのですわ」
「貴族として、平民を導くのは当然ですから」
「そうです!」
レティシアは心の中で溜息を吐いた。あまりにも苦しい言い訳だ。
ということで、ここはレティシアも貴族らしい態度を教えてあげようと思った。
「まあ……それは殊勝な心がけですわ」
「光栄です!」
「よっぽど優秀な家庭教師にマナーを教えてもらったのですね。良ければ、その方の名前を教えてくださらない?」
「もちろんで――」
「貴族女性ともあろう人が、甲高い声で相手を罵るなんて、素晴らしい教育ですもの。とても気になりますわ」
現実が見えていない愚か者に、言葉の平手打ちをかます。
レティシアの言っている事が理解出来ないのか、石像のように固まる三人に、レティシアはさらに続ける。
「それに、一言一句聞こえておりましたわ。まさかあなた方に生徒を、それも特待生を退学させる権力があるだなんて驚きましたわ。わたくしは勿論、ジルベール殿下もそんな権限はありませんもの。その権力はどのように手に入れたのでしょうか? とても興味深いですわ。教えていただけますか?」
口をぱくぱくさせている三人に、レティシアはつまらなさを感じた。
(ここで開き直れば、まだ根性がありますのに……。それか拙い言い訳の一つでも聞きたかったですわ)
レティシアの目が冷めていくのを感じたのか、ようやく一人が吃りながらも口を開いた。
「い、いやだ。ちょっと白熱してしまったみたいです」
その言葉に他の令嬢の言葉が続く。
「そ、そうですね。こ、コレットさん、また後で」
「行きましょう」
そう言って、レティシアのそばを通り抜け、立ち去ろうとする。
ただいじめっ子を散らすなら、これで十分だ。
しかし、彼女達には金輪際コレットに近づいてもらっては困る。虐めるのはレティシア以外、許さない。
「あら……。わたくしの質問に何一つ答えてくださらないなんて。随分と偉いのですね、たかが下位貴族の方々が」
「「「っ」」」
その言葉は人間の温かさなど、一欠片も感じさせない。
まるで人形のような令嬢が、そこに居た。
「あなた方の家門は存じ上げていますわ。皆様、貴族とは名ばかりの破産寸前の家門ですわね」
明確な侮蔑を持って、彼女達に言葉の刃を放つ。
その瞬間、三人の顔が怒りのために朱に染まった。
「なっ! 流石にその言葉は――」
「あら、あなた方を参考にしてみたのですが……おかしかったでしょうか?」
わざとらしく頬に手を当てて、首を軽く傾げて見せる。
「わ、私たちと彼女は違いますっ」
「そうですわね。かたや努力の末に、学園入学への切符を勝ち取った特待生。かたやハリボテの貴族の矜持だけを持った、人を貶めることしかしない、怠惰な学園生。ええ、これほど天地の差がありますものね」
怒りのあまり、声が出なくなったらしい。顔を赤くさせ、拳をブルブル震わせているので、怒りの程がわかる。
(わざとですけれど。さて、仕上げですわね)
「ちなみに今のことは教師、引いては学園長の方にも報告させていただきますわね。ありもしない権力をかざすなんて、学園長の面子が失われますもの。たかが下位貴族の令嬢……謹慎で済めば良いですわね?」
いじめっ子達にそう言うと、真っ赤になった顔が、ザッと血の気が引いていくのが目に見えて分かった。
そして震えた声で、レティシアに許しを乞う。
「お、お許しください……っ。ここで退学になれば、私は年上の商人の元に嫁がなければならなくなりますっ。ここで結婚相手を見つけないといけないのです!」
「わ、わたしも、このままではっ」
「レティシア様!」
学園長は厳格な人だ。そして学園のことならば、国王に対しても意見することを許されるくらいの権力の持ち主だ。
学園長はこの学園のために、人生を注いでいるような人。そんな人が生やさしい罰を下すとは考えにくい。
それをわかっているからこそ、彼女達は必死になるのだろう。
(わかっているなら、やらなければよろしかったのに……)
レティシアは変わらず冷めた目のまま、言い放った。
「あなた方は、先ほどから公爵令嬢であるこのわたくしに対して、貴族令嬢らしからぬ振る舞いしかしておりませんでした。どうしてそんな方々のために施しをせねばならないのでしょう。わたくしにも面子はありますの。恨むなら、過去のご自分達を恨んでくださいまし」
そう言うと、彼女達は膝から崩れ落ちた。
これでいじめっ子の制裁はほぼ完了したと言っても良いだろう。
彼女たちには、今後コレットが虐められないようにするために人柱になってもらわなくてはならない。
年上の商人に嫁がされるというのは、すこし同情するがこれも自身が蒔いた種である。
「さて、フォールさんでしたね? 貴女も早く教室にお戻りになられた方がよろしいのでは?」
「え? あ、はい……。その、ありが――」
「この程度で萎縮するなんて……この先やっていけませんわ。精々、頑張ってくださいまし」
コレットのお礼を切り捨てるように言葉を重ねる。
ビクリとコレットの身体が震えたのが見て取れた。
それを見届けて、レティシアはその場を立ち去る。
暫く歩き、人の気配が無くなった事を確かめると、レティシアは大きく溜め息を吐いた。近くの壁に額を強目に押し当てる。
「はああああ……心が痛いですわっ。コレット様にあんな態度……お礼を言われようものなら罪悪感で押しつぶされそうになってしまいますもの。申し訳ないですが、苦肉の策でしたわ。いえ、しかし、やはりわたくしを怖がっていましたわ……ああ、つらい」
あの言葉を遮った時のコレットの反応。怖がらせて申し訳ない。きっとコレットは貴族の家をきちんと勉強していて、レティシアの家も理解している。
だからこそ、あんな態度を取れば怖がらせてしまうことはわかっていた。だが、こちらに良い印象を持たれては、今後の計画に差し支えるので致し方なかった。
とはいえ実際に傷ついた表情を確認すれば、謝罪したくなってしまう。だからこそレティシアは、表情は確認せずにそのまま教室から出てきたのだ。
「しっかりしなさい、レティシア。貴女は自分のために動くのでしょう。このくらいでへこたれていては、目的なんて達成できないわ。気合いよ気合い!」
誰も見ていない事をいいことに、握り拳を空に突き上げる。オーっという掛け声も忘れずに。
「さて、いい加減に先ほどの事を報告してきましょう。証拠になるものはありませんが、調査が入れば証拠は出てくるでしょう」
今回は一度で現場を押さえたが、ゲームでは様々なところで虐めがあったのだ。他の目撃者もいれば、それは証拠になる。
「人間性はさておき、今のところ将来の王子妃候補の報告ですもの。公平性を重んじる学園長も無下にはしないでしょう」
そう言いながら教員室へ向かうレティシアは気が付かない。
一連の動きを、お礼を伝えそびれたと慌てて追ってきたコレットが、バッチリ見ていたということを。
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