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悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜  作者: 水月華
第2章

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36.謝罪なんていらない


 謎の解雇劇が繰り広げられた翌日。

 

 ルネはストレスのせいか、全く食欲の湧かないレティシアを甲斐甲斐しく看護していた。


「ルネ……嬉しいのだけれど、自分の仕事は大丈夫なの?」

「昨日の件で皆、解雇されないように必死こいて仕事しています。なので1人くらい減ったところで問題ありません」

「本当、何だったのかしら? ルネは何も聞いていないの?」

「……もう少し、お嬢様の体調が良くなったら話しますね」


 どうやら何かしら知っているらしいが、今のレティシアにとっては毒になりうるようだ。


 それは即ち、レティシアにとって好ましくない状況になっていると言うこと。


 察してしまうと、より気分が重くなる。


「はあ……。もう余計なことを考えてしまうし、クロードさんからの返信を確認しましょうか。そのほうが気が紛れるわ」

「そうですね。外出もできませんし、別のことに没頭しましょう。でも辛かったら無理せず、休んでくださいね」

「ええ。ありがとう」


 ルネはお茶なら飲めるというレティシアに、用意してくると一度退室した。


 レティシアは、魔道具を確認する。


 クロードからはこちらを気遣う言葉と共に、どうやら他の従業員の行っている取引が上手く行かなくなってきたので、何か良い案はないかという相談だった。


「あら、今度は他国との取引なのね。ふむふむ……今までは上手くいっていたけれど、最近になって相手が難色を示すようになってきたと。この国……結構盛えているところね」


 確かこの国は農業が盛んだった。

 

 肥料作りにも造詣があり、その知識を他国に売り込んだりもしていた。

 

 アヴリルプランタン王国も、その知識を教えてもらったりしていたのだ。

 

 だからこそ国は盛えているのに、何故とレティシアは考える。

 

「……いえ、待って。確か雨量が少なくて、昨年は不作になっていたわ。農作物の回復はこれから。だから物価が高くなっているのよ。それでロチルド商会との取引も今のままでは難しくなったのかもしれないわ」


 一時的なものだとは思う。今の所、雨量は例年並みに戻っていると聞いた。

 

 けれど、それが国全体に戻るまで、まだ時間はかかるだろう。


 ロチルド商会がとる行動は大きく分けて2つ。

 

 1つは取引そのものをやめるか。これはクロードがこちらに相談していることから、今の状態では選択肢には入らない。

 

 となると取引を継続させるためには、どうするかという2つ目を考える必要がある。


「こう言う時は、言い方は良くないですが、恩を売るように出来るとこちらにとってはいいですわ。けれどクロードさんには、不作で厳しいとは言っていないようですわね。と言うことは、知られたくないのかしら? これだけでは判断するのが難しいですし、クロードさんに色々聞いてみましょう」


 レティシアの見解も入れつつ、クロードに連絡をする。

 

 あと自分ができることは、とレティシアは考える。


「ううん。リュシリュー公爵家にも書庫はありますが、今屋敷の中をうろうろしたくはありませんわ。あ、そういえば教育で使った本があるはず。何処だったかしら?」


 それは淑女教育で使ったものだ。それは捨てられないように、念のためレティシアが隠したのだ。

 

 記憶を頼りに、クローゼットの奥を確認すると、教材の入った箱を見つけた。

 

 少し埃をかぶっているが、蓋をしてあったおかげで教材は無事だ。

 

 とはいえ、国外のことはあまり詳しく載っていない。というのも、淑女教育は国内のことを学ぶことが多いからだ。

 

 掲載されているのは、レティシアが既に覚えていることばかりだ。


「あまり参考にはなりませんわね。王子妃教育の方が国外のことはみっちりやりますもの。ああ、王城の書庫ならそれこそ、よりどりみどりなのですが。一応まだ殿下の婚約者なので、王城の書庫に入るくらいはできますわ。けれど今まで必要以上のことでは行かなかったのに、突然通い始めたら絶対怪しまれます」


 レティシアから見た王妃は、セシルと同じように勘が鋭い。きっとレティシアの変化に気がついてしまうだろう。

 

 そう考えると、王城もホイホイいけるものではない。


「もう、早く学園が始まらないかしら。そうしたらもう少し自由に動けるのに」


 そう独りごちた時、扉がノックされる。

 

 ルネが戻ってきたのか、そういえばお茶を用意するにしては随分時間がかかったなと思いつつ、入室を許可する。

 

 ワゴンを押すルネと、ジョゼフが入室してきた。

 

 2人とも表情が硬い。


「あら、ルネ。それにジョゼフも。何かあったの?」

「お嬢様、これからお嬢様にとって悪い知らせがあります」


 ジョゼフの表情は複雑だった。温和な彼にしては珍しく、怒りが大半を占めているが、悲しみや後悔といったものも感じる。


「ええ、悪いことが起き始めているのは察しているわ。少し体調も良くなったし、聞かせてくれるかしら?」

「……お嬢様、もし、旦那様達がお嬢様と仲直りしたい……と言ったらどうします?」

「殴り飛ばすわ……んん゙っ淑女としてあるまじき行動でした。え? 天地がひっくり返ってもお断りですけれど? ……ああでもそういうことですか。納得したくありませんが、納得しました」


 思わず食い気味で発言してしまったが、慌てて取り繕う。

 

 取り繕えているかはさておき。

 

「ええ、私も耳を疑いました。けれど、ドレスの件といい、どうやらお嬢様への罪滅ぼしのようですね」

「気持ちわるっ! 今更なんなの? あらやだ。わたくしったら」


 あまりにあり得ないことすぎて本音が止められない。

 

 けれどそれまで黙っていたルネが、噴火を起こしたように怒り露わにする。


「本当に今更ですよ! ええ、おかげでわかりましたけどね! 最近旦那様が妙に私に絡んでくるので、何かと思いましたが!」


 がちゃんっと音を立てて、茶器をテーブルに置いている。


「ルネ、茶器が壊れてしまうわ」

「はっ! すいません、つい」


 ルネは我に返り、慌てて少し飛び散った水滴を拭いている。

 

 2人が感情を露にしてくれるおかげで、レティシアは比較的冷静に話を聞くことが出来る。


「それで、どうしてそうなったのかしら? 今までのことを考えれば、わたくしに対する態度がおかしいと気がつくことすら不可能だと思うのだけれど」

「そこに関しては、なんとも……ただ……」

「ただ?」

「……亡くなった奥方にお会いしたと」

「耄碌したのかしら?」


 そんなわけあるか、もっと説得力のある言い訳を探せとレティシアは思う。


「いえ、お嬢様。きっと奥方はお嬢様を心配しています。エリュシオンから、イーリス様にお願いして旦那様にお会いしにきたのかもしれません」

「時折聞きますものね。亡くなった方が何かしら未練があると、イーリス様の力によってこちらの人間と会話したと」

「ああ……」


 レティシアはルネの言葉で思い出した。

 

 エリュシオン――天国すらあまり信じていないレティシアはすっかり忘れていたが、そんな設定もあったなと。


「お母様のことを疑っているわけではありませんが、なぜ今頃? と言いたくなりますわね」

「そうですね。奥様は短い間でも、お嬢様をとても愛しておられました。本当に奥様が思うことがあるのなら、この状態になる前に、もっと早く現れて旦那様を止めると思います」

「なら公爵の幻想かしら」


 それが嘘か本当かはさておき、最近の屋敷の空気の変化はこのせいか、とレティシアは思った。


「ルネも何か言われたの?」

「私だけではありませんでしたよ。ただ、ドレスの件が終わった後に、使用人全員集められて言われました。“これからレティシアは我々と同じように接しろ。それが出来ないなら、厳しい処罰も辞さない”……と」

「あ? お前が首謀者だろうが、何言ってんだ」


 思わずドスの効いた声を出すレティシア。もう取り繕うことなど出来はしない。

 

 冷静さが無くなり今になって、レティシアの心の中に怒りがごうごうと燃え上がった。


「ええ、皆驚いていましたよ。それと共に、やはりドレスを勝手に売却したものは、着の身着のまま追い出されたそうです」

「じゃあ公爵達も同じように爵位を返上して、平民になればいいのに。結局そうしないのは自分たちが可愛いのね。気持ち悪い」


 そもそもバンジャマン達がマトモな態度をとっていれば、使用人達だって表面上だけでも取り繕ったはずだ。

 

 ここまであからさまなのは、バンジャマン達が率先してレティシアを冷遇したのが原因だ。

 

 被害者たるレティシアからすれば、自分達を棚に上げて何言ってんだ、である。


「私も、お嬢様に今までの態度を謝罪したいと言われた時は、もう心底驚きました。長生きしましたが、一番の驚きですよ」

「まあ。謝罪程度で許してもらえるなんて、随分見下されたものですわ」

「私もそう思います。おめでたいですね」


 ジョゼフの言葉に、嘲笑するレティシア。

 

 ルネなんか顔に青筋が浮いている。せっかくの綺麗な顔が台無しだ。


「なるほど、最近の気持ち悪さは納得がいきました。2人とも、教えてくれてありがとうございます。そしてわたくし、これから極力この部屋に引き籠りますので、よろしくお願いしますわ」

「ええ。旦那様には私の方から言いくるめておきましょう」

「大丈夫です! この日当たりの悪い部屋で快適に過ごせるように、私頑張ります! それにいざと言う時はロチルド商会に行きましょう!」


 ああ、味方がいるってこんなに頼もしいのか、とレティシアは改めて思う。

 

 以前のままだったら、引き篭ることなんて出来なかっただろう。


「ええ。ありがとう。なるべくこの屋敷の者とは関わりたくないわ。……そういえば、公子もなのよね?」

「そうです。というより、この発端はジュスタン様ですから」

「はあ? アイツが1番わたくしを冷遇して来たくせに? もう、本当に面倒だわ。そんなこといらないから、ほっといて欲しいわ。……もしかして亡命したら捜索される?」


 ふとそんな考えが頭を過ぎる。今までは、傷物になった娘などさっさと捨てるだろうと踏んでいたのだから考えていなかった。

 

 除籍も喜んでやるだろうと踏んでいたのだが。


「ええ。その可能性も出てきました。いえ、絶対に血眼になって探すと思われます」

「よし、亡命するときは離縁状も準備しておきましょう。それからロチルド商会にも情報共有しておいて、確実に追って来れないようにしないといけませんわ」


 ジョゼフの言葉に、レティシアは計画を書き加える。

 

 先ほどクロードに連絡したばかりだが、また連絡しよう。


 そう考えながら、レティシアは拳を握る。


(謝罪したいなんて……本当自分勝手。ただ自分が楽になりたいだけでしょう。それでわたくしの16年が報われるとでも? 土下座すら安いわ。なぜわたくしが許さないといけないの。だったら謝罪なんていらないわ。ずっと罪悪感を持ったまま生きればいい)


 輝いていた青い瞳は何の光も映さず、暗く濁っていた。

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