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悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜  作者: 水月華
第2章

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35.公爵達が気持ち悪いです


 ジルベールが帰った後。


 レティシアはこれからはしっかり警戒しなければと、ジルベールの厄介さに恐ろしさを感じていた。


 まだ完全にバレてはいないようだが、レティシアの心変わりには気がついているのかもしれない。


 パーティーではあんなに楽しんでいたのに、今はその余韻も消え去ってしまった。


 ジルベールが帰れば、バンジャマンとジュスタンがここぞとばかりにレティシアに突っかかってくるかと思ったのだが、そんなことはなかった。


 いや、厚かましくも食事に呼ばれたが、体調が優れない事にして断った。それに対しても何か文句を言われるということはなかった。

 

 気味の悪さを感じつつも、レティシアは自分に何か害が無いのならそれで良いとして、踏み込むことはしないようにした。



 ◇◇◇

 


 その日から、レティシアは屋敷の中の空気が変わったことに気がついた。今まで無視していたレティシアに、視線が送られてくるのだ。


 今は進級の前の束の間の休みである。時間が余っているのでロチルド商会に入り浸りになりたいところだが、妙に視線を感じているので出掛けることができない。


 出掛けられないとなると、レティシアは暇になってしまう。そこで貰った魔道具でロチルド商会にコンタクトを取っていた。


 クロードが言っていた、相談したいといっていた事を改めて聞いてみる。とはいえ、すぐに返信が来るわけではないので結局暇である事に変わり無い。


「何かしようかしら……。でも部屋の外に出ると、うるさくって敵わないわ。話しかけては来ないけれど、視線がビシバシ来るんだもの」


 当然、今までと違うのでレティシアも気にしてはいる。ただ、この屋敷の人間に興味は無いし、話すこともないので関わりたく無いのだ。


 それは使用人だけでなく、バンジャマンやジュスタンもだった。この2人が一番面倒くさい。


「以前なら無視一択でしたのに、何なのでしょうか。それか罵声を浴びせてくるのに。どちらもせずに、ただこちらを見てくるなんて気持ち悪いわ」


 そうブツブツ言っていると、扉がノックされる。このノックの仕方はルネだろう。


「お嬢様、ルネです」

「どうぞ」


 入ってきたルネはいつもと様子が違い、不安げにしている。


「まあ、どうしたの?」

「……お嬢様、旦那様がお呼びです」


 珍しい。バンジャマン達から呼び出しを受ける時は、名前も知らない者達ばかりだ。


 おそらく、バンジャマン達の思い通りにならないルネだと面倒だと、従順な者達に命令しているのだろうと思っていたのだが。


 なんの風の吹き回しだろうか。


「いえ、やっぱり聞かなかったことにしてください」

「あら? けれど公爵の命令でしょう? わたくしが行かないと、ルネの評価が落ちるのでは?」

「私の評価など、既に地に落ちているので問題ありません。私はお嬢様のために行動します」


 そう言うルネは、きっとなぜバンジャマンがレティシアを呼んでいるのか、知っているのだろう。


「それは嬉しいけれど、わたくしだってルネのために動きたいわ。それに公爵達がわたくしに難癖つけるのはいつものことだもの。少し聞き流すくらい、どうってことないわ」

「いえ、あれは、何というか……」


 言いづらそうに、口をモゴモゴさせるルネ。


 その様子に、レティシアは首を傾げていると、意を決したように言われた。


「気持ち悪いです」

「まあ……」


 確かにそれは行きたくない。

 

 今でさえ、この状態に嫌悪感を抱いているのだ。それに輪をかけて気持ち悪さに拍車をかけているなんて、行きたくないに決まっている。


「よし、今から逃げましょう。私がお嬢様を守ります」

「落ち着いて、ルネ。それは現実的ではないわ。……わたくし、行きます」

「でもっ」

「この状態の原因を知っておいて損はないでしょう。嫌ですが今後のことを考えると、知っておいた方が良いですわ」

「うう……分かりました」


 バンジャマン達の奇行の原因を知っておけば、これからの対処法も見えてくる。

 

 ルネは腕をこすりながら、レティシアに同意した。


 鳥肌が立つくらい気持ち悪いって、バンジャマン達は何をしているのか、考えたくないレティシア。どうせ行けば、原因は分かってしまう。


「どこにいけば良いのかしら?」

「なぜか、玄関ホールでしたよ」

「え? 追い出されるのかしら?」

「詳しいことは聞いておりませんが、少なくとも、お嬢様を追い出す雰囲気ではありませんでした」


 場所が場所だけに一気に不安になるが、ルネはそう思わないらしい。

 考えていても仕方ないと、レティシアは重い腰を上げた。



 玄関ホールに着くと、バンジャマンやジュスタン、そして使用人が集まっていた。

 

 バンジャマン達と使用人は向かい合わせのように立っていて、恐らく何かしらの発表の前だと思われる。

 

 さらに、その間に数名、使用人が区別されるように立っている。

 

 何か、褒美があると思っているのか、期待するような表情だ。

 

 バンジャマンの隣には、ジョゼフも立っている。

 

 レティシアと目が合うと、眉を寄せて顰めっ面になった。その表情からして、既に面倒くさい。


(ジョゼフの表情からすると、公爵達がなにか暴走しそうなのね。……やっぱり帰りたい。いえ、ロチルド商会に逃げたいですわ)


 今からでも逃げられないかと、思わず周囲を見渡すがその間にジュスタンに気づかれてしまった。


「……こっちだ」

「……レティシア、来なさい」


 手招きするジュスタンに、全力で回れ右をしたくなるレティシア。

 

 けれどバンジャマンにも見つかってしまっては、逃げ場などない。

 

 レティシアは諦めて、2人に挨拶をする。


「お呼びに応じて馳せ参じましたわ。此度はどのような用件でしょうか?」

「……ああ。レティシアよ。ジュスタンから聞いた。ドレスの件だ」

「ドレスですか?」


 ジュスタンに何か話しただろうか、とレティシアは記憶を掘り起こす。

 

 そういえば、卒業式の日にドレスはすぐに売られるから、持っていないという話をしたなと思い出す。


「ああ。この前に立っているのは、お前のドレスを当主である私にすら無断で売った者達だ」


 その言葉がバンジャマンから発せられた瞬間、ホールの空気がザワッと揺れる。

 

 先ほどまで、期待に満ちていた表情をしていた者達は、一転して青ざめている。


「公爵家として、これは許されることではない。ドレスは公爵家が与えたもの。そして社交界では、大事な武器となる。それを売ったなど、看過出来ない」

「はあ」


 レティシアは何が言いたいのか分からず、中途半端な返事をする。ドレスが売られていたのはバンジャマンの指示だと思っていたので、そこから拍子抜けだ。

 

 そんなレティシアを置いて、前に集められた使用人達が口々に言い訳を始めた。


「旦那様! 何かの間違いでございます! 誓って、旦那様を裏切ろうとは!」

「そう、お嬢様が下賜したのです!」

「信じてください!」


 見苦しい言い訳をする使用人達に、バンジャマンは冷酷に言う。


「私が証拠も無しに言っていると思うか? ちゃんと買い取った店主に話を聞いた。どうやらその金で、賭博や娼館に行ったらしいな?」


 どうやって調べたのだろう。レティシアのドレスは、既製品が殆どだ。だからこそ足が付きにくく、売却が簡単に出来たのだろうと思うが。

 

 自分のことであるが現実感が無く、目の前のやり取りをまるで窓ガラス一枚隔てた遠い話のように聞いていた。


「そ、それは……!」

「よもやリュシリュー公爵家に、このようなネズミがいるとは。早急に駆除した方がいいと考えた」


 バンジャマンの言葉に、彼らはこの世の終わりのような表情になる。


「そ、そんな! お、お嬢様! お嬢様からも何か言ってください!」

「私たちにドレスをくれたんですよね⁉︎ そうですよね⁉︎」


 矛先をレティシアに向け、必死に追い縋る彼らにデジャヴを感じる。


(ああ、そういえば急に公爵達に食事に呼ばれた時。メイドが同じようなことを宣っていましたわね。わたくしを懐柔すれば、自分は助かるなんて考えが見え見えですわ。いえ、なぜ彼らはわたくしを懐柔できると思っているのかしら。その思考回路が理解出来ませんわ)


 レティシアは、何も言わない。

 

 どうでもいいからだ。

 

 彼らがどうなろうが、知ったことではない。


「やめろ。みっともなく縋るな。意地汚い」


 そう言ったのはジュスタン。

 

 内心、お前も意地汚いだろうが、とレティシアは思ったが黙っておく。

 

 バンジャマンは、レティシアに向きなおった。


「気にするな、レティシア。私も驚いた。まさか、こんな輩がいるとは思わず」


 レティシアの機嫌を伺うかのような態度に、ようやく合点がいった。


(ああ、もしかして、使用人に罪を着せるとでも言うのかしら。自分たちが売ろうとした訳ではない。むしろこちらは被害者とでも言いたいのかしら)


 それは巻き込まれた使用人が可哀想だなぁと思う。

 

 同情ではないが、こんな主人だと見抜けなかったのが運の尽きだ。


 レティシアにとって、真実かどうかなんてどうでもいい。それなのに恩着せがましく言ってくるバンジャマンに、不快感が募る。


「そうですか」

「ああ、しかし、なぜお前も言わなんだ。言っていたらもっと早く対応したものを」


 こんなつまらない茶番に付き合わされ、レティシアは苛立ちを覚える。

 

 最近無駄に感情を乱されるのだ。意趣返ししたっていいのではないかとレティシアは思う。


 だってバンジャマン達の表情がまるで、”許してほしい“と言っているようで腹立たしいのだ。


 なにを許して欲しいのか、理解する気もないが、付き合わされるのは面倒だ。

 

 こちらの都合も考えて欲しい。


(ま、それが出来たら、こうなってはおりませんけれどね)


 とりあえず、レティシアが何か言わないと、この場は収集がつかないだろう。

 

 レティシアは口角を上げて言った。


「いやですわ。公爵。こんな茶番、せずともいいでしょう?」

「は? 茶番?」


 バンジャマンが呆けた声を出す。ジュスタンも、驚いたように目を見開いていた。


「そうでしょう? 公爵がわたくしのドレスを不必要と判断したのではありませんか? まだ社交界にそれほど行く機会も少ないのだから、売っていたのだと思いました」

「っ何を言っている! そんなはずないだろう⁉︎」


 レティシアの言っている意味がわかったのか、怒りの声を上げるバンジャマン。


「まあ。そのために、既製品のドレスを準備していたのではないですか? わたくしのサイズも調べずに購入するので、大きかったり、小さかったり。ああ、デザインもわたくしに似合わないものばかりですから、てっきり、売るためだと思っておりました」

「なっ」


 微笑を浮かべたまま、次々事実という名の毒を吐く。

 

 今までのことを考えれば、バンジャマンのいう事など、信じられるはずもない。


 だってレティシアに興味がないことなど、バレバレだったのだから。


 バンジャマンもジュスタンも、顔色が使用人達に負けないくらいに真っ青だ。


「人員整理のための、体の良い言い訳でしょうか? わたくしには決定権がありませんので、公爵にお任せいたしますわ」

「ち、ちがう。私は」

「大丈夫ですわ。これからも、パーティーに出る予定なんてほとんどありませんから、ドレスなんていりませんもの。殿下からいただいたドレスで十分ですわ」


 ジルベールが義務でくれたドレスは、レティシアのサイズを考え、似合うものを選定されている。好みかどうかはさておき。

 レティシアに似合うドレスもわからない、センスがない人たちから貰ってもタンスの肥やしになるだけだ。


「ま、待ってくれ」


 ジュスタンが、震えた声を出す。

 

 まだ何かあるのかと思うともう取り繕う気も起きず、レティシアは表情を消した。

 

 レティシアの変わりように恐怖を覚えたのか、2人の体がびくりと震える。


「ああ! でも流石にドレスを時折購入しないと、怪しまれてしまいますわね? ええ、そういうことでしたら構いませんわ。適当に購入しておけば、体裁は保てますものね!」

「……」

「わたくしは公爵に従いますので、ご自由にどうぞ。今回の呼び出しはこの件でしょうか? ならば、これで終わりですわね。失礼致します」

「れ、レティシア」


 呼び止める声を無視して、レティシアは立ち去る。

 

 廊下をできる限り早足で進み、自室に飛び込んだ。

 

 ルネもキチンとついてきてくれた。


「はあ……。ルネの言った通り、気持ち悪いですわ」

「本当に。今更なんでしょうね」


 お互い、鳥肌が立った腕を擦る。


「お茶をお持ちします。リラックスできるものがいいですね」

「ありがとう。お願いするわね」


 ルネがせっかく準備してくれたお茶を飲んでも、暫く鳥肌は立ったままだった。

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