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悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜  作者: 水月華
第一章

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27.【幕間】リュシリュー公爵家の歪み①


 時は戻り――


 ジルベール、コレット、ドミニク、マルセルはレティシアの真意を探るため、行動を開始した。

 ジルベールはジュスタンと話したいことある、と休みの日に王城へ呼び出した。

 学年が違う上に、レティシアにジルベールの動きがバレないようにと考えると、王城の方が都合が良い。

 ジュスタンにも、内密にと言いふくめている。


 用意された客室で、2人は向かい合っていた。

 先に口を開いたのは、ジルベールだ。


「急な呼び出しに応じてくれて、ありがとう」

「いえ、それで、内密なお話というのは何でしょうか?」


 人好きのする笑顔を浮かべているジュスタンに、この時まで確かにジルベールは騙されていた。


「実はレティシアのことでね。最近――」

「この度は殿下に、我が愚妹が多大なるご迷惑をおかけしたこと、心から謝罪します」

「は?」

「レティシアには重く受け止めるように教育しましたが……もし、殿下が相応しくないというのでしたら、婚約破棄をしていただいても構いません。兄として、本当に申し訳なく思っています」

「……」


 ジルベールが言い終わらぬうちに、ジュスタンは話を遮り、まるで用意された言葉のようにつらつらと述べる。

 その常識から外れた行動と、レティシアを貶める発言に、ジルベールは顔を顰めそうになる。

 ジュスタンは、そんなジルベールを気にした様子もない。


(彼は、こんな人だっただろうか? ……いや、確かにあまり接点はないが……本題に入る前にもう少し探る必要がありそうだね)


「婚約破棄、かい?」


 まずは一番問題になるであろう、婚約破棄なんて言い出したことだ。

 大前提として、婚約破棄となった令嬢は傷物扱いされる。次の婚約も、まず真っ当なものは出来ないだろう。

 良くて老後の介護要員として、後妻に入るかといったところか。

 愛人がいるところに嫁ぎ、酷い目に遭う可能性も捨てきれない。

 それをジュスタンも分かっている筈だ。それを血の繋がった妹に、容赦なく押し付けようとしている。

 それも、どこか嬉しそうに。謝罪はしているが、雰囲気が合っていない。


「ええ。ある令嬢から聞きましたが、日常的に虐げられていたそうですよ。周囲には仲良く見えるようにしていたそうですが、影では随分陰湿なことをしていたようで」

「その令嬢はどこの令嬢かな?」

「ブローニュ伯爵家の令嬢ですよ。可哀想に……本当、レティシアは昔から人を見下して……」


 悲痛な面持ちで、何処かわざとらしく喋るジュスタン。


(どう考えても、ジュスタンの言っていることはおかしい。そもそもブローニュ嬢をレティシアは確実に遠ざけていた。それがどういう訳か、最近一緒にいるが。前提がおかしいのもそうだが、あの時レティシアは人を貶めることはしていない。どちらかと言うと、売られた喧嘩を買っただけだ。話が噛み合っていない……まさか)


 ジルベールは一つの過程にたどり着き、口を開いた。


「レティシアは、何と言っていたんだ?」

「殿下はお優しいですね。あんな愚昧の言うことなんて、信用できませんよ。自分を守るための言い訳しか、しないでしょう。聞くだけ時間の無駄ですよ」

「そうか」


(……今まで、私は何も見ていなかったんだな。まさかジュスタンがこんな人間だったとは)


 ジルベールはジュスタンに失望した。

 ジルベールには弟が2人いる。王族の兄弟というのは、王位を争うと言う意味では敵に近い。

 アヴリルプランタン王国の歴史の中でも、残酷な争いがあった。

 基本的に長兄が王位を継ぐことにはなっているが、能力や体の問題がある時は弟が王位に就くこともある。

 現在、ジルベールが立太子する確率が高いが、弟の出来次第ではその地位がなくなることもある。

 それでも、ジルベールは弟達が大好きだった。大切な存在で、守るべき対象だった。

 幼い頃は、愚かな貴族が弟達につけ入ろうとして、溝が出来たこともある。

 けれどジルベールは、2人が大切だから諦めずに仲良くなろうと奮闘した。

 そんな紆余曲折があり、今ではお互い心から信頼しており、ライバル兼親友として日々切磋琢磨している。


 それがジュスタンからは、レティシアを大切にしているというのを全く感じない。

 それどころか、嬉々として貶めようとしている。

 ジルベールからしたら、あり得ない事だ。

 レティシアは表情に出ないだけで、王子妃教育も学園でも必死に努力していることを知っている。

 だからこそ、距離が離れている現状がもどかしいのだ。


「公爵はどう考えているんだい?」

「父上も俺と同じ考えですよ」

「……そうか」


 その言葉に、ジルベールは手先から急速に温度が失われて行くのを感じた。

 何か、取り返しのつかないことになっているのでないだろうか。そんな考えが、頭をチラつく。


(いや、ダメだ。これだけで判断するのは、早計だ。ジュスタン達と同じになってしまう。一旦持ち帰るか。陛下にも場合によっては相談が必要だ。私1人では判断出来ない)


 ドクドクと嫌な音を立てる心臓を、落ち着かせるようにゆっくり息を吐く。

 仮面を被り、ゆっくりと口角を上げた。


「リュシリュー公爵家の考えは、よく分かったよ」

「レティシアを罰する時は、我々もお呼びください。家族として、最後まで責任を取らせますので」

「……ああ」


(ああ、この顔は知っている。幼い頃から、何度も見てきた。愉悦を隠しきれないその歪んだ顔。……私はレティシアを全く理解していないのか。……今からでも間に合うだろうか)


 とにかく、父親でもある陛下にも相談したい。謁見の時間を取ってもらわなくては。

 それから、ドミニクはジュスタンと仲が良かったはず。彼にも話を聞いて、整理しなければ。ジルベールは想定外の事態に、拳を握りしめた。



 ◇◇◇



 ジルベールは謁見の許可が出たので、事態のあらましを説明。陛下も難しい顔をしていたが、調べてくれると言ってくれた。

 まだ証拠がないため、陛下は右腕でもあったバンジャマンを信じたいのだろう。

 一緒に王妃も聞いていたのだが、怒りを露わにしていた。

 同じ母として、許せないものがあるだろう。直ぐにでも調べろと陛下をせっついている。

 お礼を言って、謁見の間から退室する。

 

 王家の影を使って調べてくれたおかげで、1週間も掛からずに、直ぐに結果が出た。いや、それほど、リュシリュー公爵家が腐っていただけだ。

 あっさりと出た調査結果に、陛下は絶望感を隠せなかった。

 王妃は今にもリュシリュー公爵家に殴り込みに行きそうだ。

 それをジルベールは必死で止めて、レティシアも最近どこか変わったようだから、もう少し待って欲しいと懇願した。

 王妃の怒りは、気づけなかったジルベールや自分自身にも向いている。その気持ちは痛いほどよく分かったので、ジルベールも辛かった。

 

 学園では速やかに、ドミニク、マルセル、コレットをサロンに集める。

 ジュスタンの話をすれば、特にドミニクがショックを受けていた。


「……殿下、さすがに冗談が過ぎるのではないですか?」


 込み上げる衝動に耐えながら、ドミニクは問う。冗談で欲しいと思っていたのは、ジルベールも同じだ。


「いや、残念ながら事実だ。王家の影を使ってまで調べたことに、間違いはない。……レティシアは日常的に冷遇されていた。使用人すら、彼女に冷たく接する。……きっと、私との距離が空いたままなのも、これが原因なんだ。今まで、レティシアのことを何も見ていなかった」

「そんな……ジュスタンが……レティシア嬢が何か隠しているとは思っていたけれど、こんな……。っが、学園では一緒にいたのに!」

「それもフェイクということなんだろうね」


 その話を鎮痛な面持ちで聞くコレット。

 どうすればいいか分からず、ただ話を聞いている。

 それまで黙っていたマルセルが急に動き、ジルベールの前に跪いた。


「殿下。レティシア様に仇なす者を、切って捨てる許可をいただきたい」

「……駄目だ」

「もう証拠はあるのでしょう。レティシア様は殿下の婚約者。即ち準王族です。王家に楯突いたという何よりの証拠ではございませんか」

「マルセル、落ち着けって。だからと言って――」


 ドミニクがマルセルを落ち着かせようとするが、マルセルは止まらない。


「俺は殿下とレティシア様を護る剣だ! お2人を傷つける者は何人たりとも許さない!」

「……!」

「俺は……! 俺は殿下とレティシア様を心から尊敬している! お2人の為だったら命だって捧げられる! そんな人達を愚弄されて、黙っていられるか!」


 マルセルの血を吐くような叫びに、全員が黙り込む。

 ジュスタンを庇うような素振りを見せていたドミニクだって、ただ信じられないだけなのだ。幼い頃から兄貴分として、可愛がってくれた。その優しい姿が頭から離れず、レティシアを虐げていたと信じたくないのだ。


「ありがとう。マルセル」


 誰も何も言えない中、口を開いたのはジルベールだ。


「私達をそんな風に思ってくれて、嬉しい。だが、私は王族だ。簡単に人を罰する事が出来るからこそ、慎重に動かなければならない。私も、レティシアがそんな状況だったと知らなかったんだ。ジュスタンの本当の姿を知らなかった。悔しいんだ」

「殿下……」

「だから、まずは落ち着こう。それに……」

「?」

「レティシアは最近変わった。何か彼女も考えていると思うんだ。それも知りたい」


 レティシアは明らかに今までと違う行動を取り始めている。チグハグに見えるそれは、何か理由があるはずだ。

 そう言えば、マルセルは少し不満そうにはしながらも頷いた。


「わかりました。俺も熱くなってしまい、申し訳ありません」

「ああ。それでこれからの事だけど、ジュスタンには私から探りを入れようと思う。皆はレティシアについて調べてくれないだろうか」


 ジルベールの提案に、ドミニクは手を挙げる。


「俺もジュスタンに、直接聞きたいのですが」

「先ほどの様に狼狽えないと、断言出来るなら許可するが?」

「う……」

「そういう訳だ。ドミニクはもう少し冷静になってからだね」


 ドミニクの気持ちはわかるが、万が一こちらの思惑がバレれば被害に遭うのはレティシアだろう。

 それは避けなければならない。


「あのぅ……私の役目は……? リュシリュー公爵令嬢にあまり近づけませんし……」

「フォール嬢は、レティシアとどうなりたい?」

「お友達になりたいです!」


 あまりに子供の様な可愛らしい返答に、思わずジルベールの頬が緩む。

 

「あんなふうに言われたのに?」

「今までの事を考えれば、理由があっての事だと推測出来ます。それにお辛い立場だったのに、私を守るような行動をしてくれました。やっぱりお優しい方だと思うんです!」

「……そうか。なら、これからフォール嬢は少しずつ距離を縮めてみればいい」

「え? でも……」

「それでレティシアが距離を取るようなら、多分気まずさが隠しきれないと思うんだ。フォール嬢はそういう変化を確認して欲しい」

「なるほど! 分かりました!」

「それから、可能なら接触した後、レティシアの後を追って欲しい。……この間のような状態にならないか、と言うのも確認したいね」

「はい!」


 コレットはやる気に満ちている。

 それを見ていたドミニクとマルセルは、ふっと肩の力を抜いた。


「俺たちは遠くから見守るか」

「はい。コレット嬢が上手く立ち回ってくれそうです。……暴走しないようにしましょう」

「お互い、な」

「見張り合いでもしましょうか?」

「勘弁してくれ、そんな趣味はないよ」

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