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悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜  作者: 水月華
第一章

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24.嵐の前兆でしょうか?


 廊下を歩きながら、レティシアは言った。


「2人とも、ありがとう」

「いえいえ。丁度良い解雇理由があって良かったです」

「私は我慢が効かずに殴ってしまいましたので、むしろ減点ですよ」

「けれど2人がいたから、わたくしは落ち着いて対応が出来ましたもの」


 本当、2人がいなかったらどうなっていたか。怒りに支配されて取り返しのつかないことをしてしまったと思う。


「それにしても、彼女、本当に弟なんているのかしら?」

「本当ですよ」

「じゃあ馬鹿なのね」

「そうです。身の程知らずの馬鹿です」


 ミスして解雇されないように、慎重になるならまだしも、自分から解雇される理由を作ってどうする。

 前世と違い、労働基準法なんてない。加えて、雇用主の機嫌一つで解雇されてもおかしく無いのに。


「そう言えば、彼女の新しい就職先って具体的にはどんな感じなのですか?」

「新しい薬の治験ですよ。敢えて怪我をしてもらって薬の効能を試したり、副作用がないか継続的に服用することで確認するのです」

「あらぁ……だからお給料が良いんですね」

「そういうことです。彼女はとにかく紹介状無しの解雇では先がないと、目の前の餌に飛びついたのでしょうが」


 ルネとジョゼフの会話を聞きながら、レティシアは彼女の行く末はどう足掻いても良いものではないということに、少し罪悪感めいたものを感じた。


「でも良かったんじゃないですか? もしかしたら治験をクリアした薬が弟を救うかもしれませんし」

「はい。ですが、彼女の行く先は本当に開発されたばかりのところ……中々辛い日々が続くのは事実でしょう」


 ルネの言葉に、ジョゼフは現実的に答える。

 彼女がああいう態度だったからこそ、1番きついところに送るのだ。

 結局は彼女自身が蒔いた種。罪悪感を持つ必要は無いとレティシアは、自分に言い聞かせる。

 

「そうですわね。わたくしに対してあんなに酷いことをしたのですから。……本当、そういう境遇の方が身近にいれば、思いやりを持つことが出来るはずなんですけれど」

「自分が良ければ、他はどうなっても良いと思っていたんでしょうね。それか、看病している自分に酔っているだけとか?」

「ありそうですわね」


 弟のための薬だと言われたら、頑張るのだろうか。自分に酔っているだけなら、逃げる可能性もゼロではないなと思う。

 これから書類はジョゼフが準備をするのだろう。

 そこでふとレティシアは気がついた。


「そういえば、基本的に人事は当主の奥方が担うのよね?」

「はい、そうです」

「では今このリュシリュー公爵家には女主人がいないから、ジョゼフが務めているのかしら?」

「ええ。その通りです」


 いくら問題があるとはいえ、人事に関わっていないのに勝手に解雇できるものではない。


「そのおかげで、私は辞めずに済んでいるんですよね。旦那様が人事までしていたら、私は直ぐにでも解雇されていたでしょうから」

「奥方がいないと当主が人事を管理する場合もありますが、旦那様は宰相も兼任しておられますから」

「じゃあジョゼフは、人事については引き継ぎをしているの?」

「しておりません」


 あっさりと言ったジョゼフ。

 レティシアも、まあそうだろうなとは思っていた。人事を担うのは公平性が大事だろう。今の公爵家に当てはまる人物がいるのか謎だ。


「いえ、厳密にいうと、旦那様に確認しましたら“お前に任せる”だったので、放っておこうかと」

「……ジョゼフがそこまで公爵に幻滅しているなんて」

「ええ。私自身も驚いております。けれど、いくら信頼してただいても私は一介の執事ですから。その辺りの線引きはしっかりしませんと」


 人事の担当は基本的に女主人。だからといって当主が全く関与しないと言うことではない。

 どんな人間が入るのか把握しないと、何かあったときに対処が出来ない。

 バンジャマンは、今までジョゼフに任せきりだったのだろう。今回もジョゼフが何とかしてくれると思っているに違いない。


「きっと公爵は、ジョゼフに甘えているのね」

「ええ。痛い目を見ないと分からないでしょう。気がつくのは、私がいなくなってからでしょうが」


 けれど無条件に信じてしまうのも、当然だろう。何せ先代から仕えているのだ。親のようなものだろう。


「そういえばあのメイド、公爵が待ってる場所を教えなかったわね。何処かしら」

「時間的に夕食ですし、食堂では?」

「ええ……一緒に食事など御免だわ。そもそもあちらが拒否してきたのに、虫が良いわね」

「私は何も聞いていませんね。まだまだこの状態が続くだろうと思ってましたが」


 レティシアはげんなりとしてしまう。まだ味覚は戻ってないにしても、ようやく食事をのんびり食べられるようになったのに、またあの地獄へ行くのか。

 そう思うが、無視した時の方が遥かに面倒くさい。

 結局天秤に掛けなくても、いかなければならないのだ。

 そして話しながら歩いていた為、すぐ食堂に着いてしまった。

 大きくため息を吐きながら、食堂の扉を開ける。

 そこには本当にバンジャマンとジュスタンがいた。


「お待たせして申し訳ありません」

「「……」」

「?」


 レティシアは綺麗なカーテシーをしながら、謝罪をする。これはまた理不尽に罵られるな、と過去の経験に基づいて予想する。

 そのまま待たせた事に対する罵倒を待っていたのだが、いつまで経っても何も言って来ない。

 不審に思い、少し顔を上げて2人を見ると、何とも言えない表情をしていた。


(……何かしら? いつものように罵倒しない……?)


 そんな表情は初めて見たと、レティシアは驚く。何せ記憶に残っているのは、怒りか侮蔑に歪んだ顔だけだ。


「……座りなさい」

「はい」


 本当は公爵が一緒に食事をすることを拒否しましたよね? と嫌味の一つでも言いたいが、常にない態度にその気がなくなってしまった。

 ジュスタンもこちらを見ていたかと思えば、レティシアと目が合うとあからさまに目を背ける。


(え? なに? 気持ち悪いわ。嵐の前兆?)


 そう思いつつも、食事が運ばれてきたので腹を括ってナイフとフォークを手に取る。

 黙々とナイフで切り分けては、口に運ぶ。

 バンジャマンとジュスタンもだ。

 以前ならば談笑に花を咲かせていたと言うのに、何なのだろう。レティシアは困惑するばかりだ。

 そんな食事だから、いつもより早く食べ終わってしまう。

 それでも、何の話もしていない。


(えぇ……。これ、わたくしが聞かなきゃ駄目? 面倒だわ。かと言ってこのまま自室に戻ったら何を言われるか……)


 ため息を吐きたいのを堪え、レティシアは遂に口を開く。


「今日は何か、お話があるとお聞きしたのですが」

「……」


(無視⁉︎ 何なの⁉︎ 意味わかんないんですけど⁉︎)


 いや、よく見ると、何か言おうとはしている。

 2人とも、口を開けては閉じるを繰り返している。

 けれど、それを待とうと思えるほど、レティシアは優しくない。いや、コイツらに時間を使いたくないと思った。


「……お話が無いようでしたら、お先に失礼しますわ」

「っ待てっ」

「……何でしょうか?」

「その、だな……」


 痺れを切らし退室しようとしたレティシアを、バンジャマンが止める。

 それでもモゴモゴ言い淀んでいる。

 しかし意を決したように言われた言葉に、レティシアは固まった。


「……これからここで食事をしろ」

「……はい?」

「分かったな」

「……」


 何を言うかと思えば、そちらが言い出したことを撤回すると。上から目線で、こちらが拒否すると考えてもいないと言うのがありありと分かる。

 レティシアは心が急速に冷えていくのを感じた。

 仮面を被り、綺麗に口角を吊り上げた。


「光栄ですわ。ですが謹んでお断り申し上げます」

「…………は?」


 言われた意味が理解出来ないのか、ポカンとするバンジャマンとジュスタン。


「公爵が仰ったのではありませんか。わたくしに顔を見せるな……と」

「それを許してやると言っているのだ」


 頼んでない。許してほしいとレティシアは言っていないし、思ってもいない。また地獄の食事になるなんて真っ平御免だ。

 

「いいえ、なりません。わたくし、まだ精進が足りませんので公爵達に合わせる顔がございませんわ。公爵も除籍したいくらいには、わたくしが出来が悪いのでしょう?」

「だからそれを――」

「まさか、公爵が、言ったことを、撤回するなんて、ありませんよね?」


 詰問するように言うと、遂に言葉が出なくなったらしい。またモゴモゴとしている。

 するとジュスタンが声を荒らげる。


「おい、こっちが許してやると言っているんだぞ。喜べ」


(一言も頼んでねぇわ。余計なお世話だ)


 内心吐き捨てながら、再び口角を上げる。

 その表情にジュスタンは怯んだようだった。


「公子。わたくしは自分のことを良く理解しております。まだあなた方の求める能力を得ておりません。それで落胆……なんて事になったら、わたくしの立つ瀬がありませんわ」

「……」


 今日は大人しいな、とレティシアは思う。

 この程度で2人とも無言になるなんて、いつもと明らかに違う。

 

 確かに記憶が戻る前のレティシアだったら、とても喜んだだろう。また頑張れば、もっと認めてくれると思ったかもしれない。

 けれど、コイツらがそんな風になる日なんて来ないし、きて欲しくも無い。

 上っ面だけのおべっかなどいらない。


「それでは失礼いたします」


 もう何も言わなくなった2人に、今度こそ踵を返した。

 廊下に出ると、ルネが付いてくる。ジョゼフは先ほどのメイドの書類を準備しに向かった。


 暫く歩いて、今までで1番大きいため息を吐く。


「はああ……いきなり何なのかしら」

「本当、らしくありませんでしたね。あんなに大人しい旦那様、初めて見ました……それよりお嬢様、あんなに下手に出て良かったのですか?」

「ええ、だって今思いっきり反抗したら、それこそ追い出されかねないじゃない? 卒業するまでここにいるって決めたら、ああするしか無かったわ」

「それは……確かにそうですが」


 と、その時だ。


「おい、待て」


 後ろから第3者の声。

 相手が誰か直ぐに分かってしまったので、レティシアは顔を顰める。

 ゆっくり振り返り、向き合う頃にはまた仮面を貼り付けていた。


「公子、何か御用でしょうか?」

「お前、何かおかしくないか?」

「はい?」


(おかしいのはお前の頭だろ)


 ほぼ反射で言い返しそうになるのを、なんとか堪えた。


「どういうことでしょうか?」

「……」


(急に黙りかよ。何とか言いなさいよ)


 さろそろ堪忍袋の緒が切れそうになったところで、ようやく口を開いた。


「ブローニュ嬢の話は事実なのか?」

「オデット様? 何のことでしょう?」

「お前が彼女に裏で色々してたと言う事だ!」


 色々ってなんだ、色々って。抽象的すぎて何も伝わって来ない。


「色々とは何でしょう?」

「ああもうっ! 物分かりが悪いな! テスト前の事だ!」


 テスト前というのは、ジュスタンがバンジャマンに密告して、ブチ切れたあれか、とレティシアは結論を出す。

 そして今度こそ、眉根が寄ってしまった。


(コイツ、自分が説明不足の癖に逆ギレとか、何なの。関わらないでほしいわ。本当面倒臭い)


「おい! 何か言え!」

「それはこの間公子がおっしゃっていたでしょう? オデット様の言う事を信じておられるのですよね? まさか公子ともあろう方が、自分のミスを認めるのですか?」

「っ! この、ちょっと下手に出ればつけ上がりやがって!」


 イライラが増してきたレティシアは、ジュスタンを挑発する言葉を吐き出す。

 案の定、ジュスタンは怒りに顔を歪めた。


「わたくしから説明したところで、貴方は信じないでしょう?」

「だから話を聞いてやると――」

「必要ありません。信じない人に説明しても時間の無駄ですわ」

「は……」


 ああ言えば、レティシアは喜ぶと思ったのだろうか。

 こんな言い草で、本当に会話が出来ると思ったのだろうか。

 勘違いも甚だしい。

 まるでそう言われるはずがないと思っていたのか、間抜けな顔になったジュスタン。


「公子、もうすぐ卒業されるのでしょう? わたくしなどに構わず、ご自身のことに集中されたらいかがですか?」


 そういうと、無言になり固まったジュスタンを置いて、レティシアは自室へと逃げたのだった。

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