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悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜  作者: 水月華
第一章

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23.無礼者には相応の罰を


「ジョゼフ……気持ちは嬉しいけど、ここで貴方が暴走したら今までの努力が水の泡よ」

「申し訳ありません、つい」

「それを言うならお嬢様も、ですよ」

「はい、ごめんなさい」


 落ち着いた3人は、しょんぼりと反省会をしていた。

 主に1番苦労したルネに、レティシアとジョゼフが謝罪する。


「それにしても、お嬢様の心からの叫びでしたね」

「う……だってあまりにも腹立たしくて」


 ルネの揶揄うような声音に、レティシアは小さくなるばかりだ。

 ジョゼフも咳払いをして言った。


「私も、もう少し配慮して言うべきでした」

「いいえ。はっきり言ってくれて良かったわ。それならきっと婚約者は見当たらないだろうし。あの人たち、そんな優良物件は、既に売却済みがほとんどだと分からないのかしら」

「きっと盲目になられているのでしょう。旦那様は結婚などはいかんせん鈍い方ですし、ジュスタン様は……拗らせておりますから」


 全くいない訳ではないが、家柄が良かったり能力に秀でているといった者は、どんどん決まってしまうのだ。レティシアが良い例である。


「本当、どう言う思考回路をされているのかしら。だって公爵より公子の方が、よっぽどわたくしを疎んでいるのに。公爵はほぼ無関心ですもの。意味がわかりませんわ」

「理解しようとするだけ無駄かと」


 ルネはバッサリ切り捨てる。

 レティシアもその通りだと思った。


「とにかく、公子に婚約者がいなくて何よりですわ。流石にわたくしの復讐劇に巻き込むのは気の毒ですわ」

「お嬢様はお優しいですねぇ」

「……ルネ、優しい人は復讐なんて考えないと思うわよ」

「いいえ。お嬢様の環境を考えれば、全てが敵だと思い攻撃しても不思議ではありません。それを他の人を慮るなんて、お優しいと思います」


 ルネの言葉に、ジョゼフもうんうんと頷いている。

 イーリスの祝福のレティシアは、まさにルネの言うとおりになってしまったのだろう。希望の光と思っていた人に裏切られ、絶望し暴走してしまったその姿は、決して他人事ではない。


「ふふ。きっとルネやジョゼフがいるからね。クロードさんやセシルさんも」


 この人達がいなければ、間違いなくレティシアは全て壊そうとしただろう。


「ふふ。お嬢様、本当変わられました。今の方がよっぽど魅力的です」

「あら、あれだけ口汚く罵っていたのに?」

「むしろあれを見れば、"人形令嬢"なんて呼び方は一瞬で消えるでしょうね」

「それはどう足掻いても、新たな悪い呼び名になるだけですわ」

「……私は……お嬢様がああなるのは……でも確かに解放されたと思えば……」


 ルネは楽しそうだが、ジョゼフは葛藤している。どちらかと言うとジョゼフの方が真っ当な反応な気がする。


「いくら何でもあの姿は誰にも見せないわ。貴族令嬢だけでなく、人として終わる気がするもの」


 そう笑った時、探知魔法が反応した。


「……誰か来るわ」

「え?」


 その言葉に3人とも耳を澄ませる。しかしレティシアには足音は聞き取れない。

 レティシアが使っている魔法は生き物が来れば反応するが、それが何かまでは分からない。

 レティシアの部屋は端っこの最も日当たりの悪い部屋。

 人通りもほとんどない。

 来るのはルネとジョゼフだけなので、既に2人がいる状態だと嫌な予感しかしない。


「ジョゼフ、隠れた方がいいわ。貴方が見つかるとややこしい事になるわ」

「おや、問題ありませんよ。足音が軽いので、旦那様やジュスタン様では無いようです」

「足音聞こえるの?」

「ええ」


 ジョゼフは事もなげに言うが、フカフカの絨毯で良く聞き取れるなとレティシアは思う。

 やがてトントン……いやドンドンと扉をノックされる。

 これは教育し直しですなと言うジョゼフの呟きを聞きながら、レティシアはため息を吐いた。


「どなたですか?」


 そう言うや否や、入室の許可など与えていないのにも関わらず扉を騒がしく開けた。

 ジュスタンの件で沸点が低くなった事もあり、レティシアのこめかみに青筋が浮かぶ。


「旦那様がお呼びです。さっさと行ってください」


 そう言ってきた名も知らぬメイド。いや、見たことはある。公爵が怒り狂っていた時に呼んできたメイドだ。

 そのメイドにレティシアはさっと近寄り、右手を振り上げ、バチンッと音がするほど引っ叩いた。

 全く予想もしていなかったのか、その場に倒れ込むメイド。

 打たれた頬を押さえ、信じられないとレティシアを見る。


「な、何てことすんのよ!」

「あら、ごめんなさいね。名乗りもしないどころか、入室の許可もしていないのに入ってきたから、狼藉者かと思ったわ」

「はあ⁉︎ こんなことしてタダで済むと思ってんの⁉︎ 旦那様に言いつけてやる‼︎」


 棒読みで謝れば、更に簡単に火を注いだ。

 そちらの失態を説明してやったのに、少しも悪いと思っていないようだ。

 むしろ悪はこっちだと言わんばかりに勝ち気な表情をする。


「うわあ。同じメイドとしてあり得ないですね。お嬢様、本当に間者かもしれません。礼儀も何もなっていませんから」

「あんたっ! こんな奴についてたって、なあんにも得なんて無いわよ! こんな奴に使う礼儀なんてありゃしないわ! 旦那様やジュスタン様に嫌われているのに、厚かましくもここに寄生して‼︎ アタシだったら恥ずかしくて生きていけないわね‼︎」

「っ!」


 ルネの言葉にさらに激昂したメイド。そのあまりの言いように、レティシアの視界は真っ赤に染まる。

 もう1発、今度は拳にするかと何処か変に冷静な頭で振りかぶったその時。


「ほう。分かった。ならば君。今日から君はここに必要ない。もう出て行きなさい」


 聞いたことがないくらい、冷たい声。

 自分に言われた訳ではないが、その冷たさはまるで頭に冷水を掛けられたかのよう。

 そこで本当に冷静さを取り戻したレティシアは、声の主――ジョゼフを見た。

 怒鳴り散らかしていたメイドも、そこで漸くジョゼフがいたことに気がついたらしい。

 打って変わって、顔を真っ青にして震えている。


「あ……執事長……こ、これは何かの間違いっ……そう、ハメられたんですよ!」

「私は最初から見ていたに決まっているだろう? そんなあからさまな嘘を吐くなんて、私を馬鹿にしているのかな?」

「そ、そんなことはありません! 信じてください!」


 レティシアはどんどん冷めていくのを感じる。


(これが今のわたくしの立ち位置ですね……。それにしても、ジョゼフがここまで怒っているの初めて見ましたわ。……違った、ルネも怒ってます。ヤバいオーラが出てます。止めた方が良いでしょうか?)


 周囲が自分以上に怒っているのを目の当たりにし、自身の怒りは萎んでしまった。

 見苦しく言い訳するメイドを、ジョゼフは淡々と切り捨てた。


「その様に青ざめるということは、今までの対応が駄目だと分かっていたのだろう? 仮にも公爵家の人間にあんな態度……不敬だと罰せられても何も不思議ではない。そんな者はこの公爵家にいらない。出て行きなさい」

「そ、そんな……っ! れ、レティシア様ぁっあんなのはちょっとした()()()ですよね⁉︎ ね!」

「何言ってんだコイツ」

「……え?」

「あ、つい本心が」


 急にこっちに擦り寄ってきたので、本音がポロリしてしまった。

 そんな風に言われると思っていなかったのか、固まるメイド。

 いや、今の流れで、「はい。お遊びですわ」なんて言うと思ったのか。


「そ、そうだ! 今度からアタシがお世話()()()()()()()! ルネなんかよりも良くして()()()()()()!」

「ごめんなさい、お嬢様。もう我慢できません」


 レティシアの怒りのボルテージが上がる前に、ルネはそう言うと拳で殴った。ルネの体から放たれたとは思えないパワーで、メイドは吹っ飛んだ。


「え、すごい吹っ飛んだわ。ルネ、実は怪力なの?」

「まさか。ただの身体強化の魔法ですよ。私、昔は奥様のお付きだったので、ある程度の護身術は身につけてます」

「初耳なのだけれど」

「言う機会がありませんでしたね」


 ルネの新たな一面を知り驚いていると、メイドが騒ぎ出す。


「ひいぃっ血が血がああ!」

「うるさ。たかが鼻血くらいで」

 

 ルネは呆れたように吐き捨てる。

 もうこれ以上は時間の無駄だな、とレティシアは判断する。

 表情を消すと、そのメイドに近寄り見下ろした。


「あっ……」

「……無様ね」

「はあ⁉︎」

「ほら。わたくしの一言にすぐ激昂する。さっきも"してあげる"なんて、随分上から言ってくれたわね。わたくしに礼儀なんて必要ないと言っているのと同じことよ。しかも今までの事を()()()だなんて……貴女にとってはそうでも、わたくしからしたらお遊びではないわ。それを当然のようにこちらに強要してくるその厚かましさ。今までロクな人生ではなかったのね」

「あ……」


 先ほどから百面相をしていて滑稽だ。

 その瞬間の感情で動いているのが、良くわかる。


「ねえ? ジョゼフには謝罪したわね? 謝罪の仕方が分かるなんて驚きだわ。低脳な人間もどきが良く学んだわね?」

「ヒッッ」


 先ほどよりあからさまな侮蔑の言葉を並べても、メイドは激昂せずにガタガタ震えている。

 それもそうだろう。レティシアの表情は、温度を感じさせない、“人形令嬢”のものだったのだから。


「も、もうし――」

「ああ、いいの。謝罪は必要ないわ」

「え?」


 レティシアの言葉に、メイドの少し顔色が良くなる。まるで一筋の希望の光が差し込んだようだ。

 そんな訳ないのに、楽観的な思考に反吐が出る。


「だって、貴女如きの謝罪なんて意味がないもの。この一本の髪の毛より軽いわ」

「あ……そんな……」

「だから、消えてくれる? この屋敷から」

「そ、そんなこと、出来るわけが――」

「いやだ、もう忘れたの? 貴女は既にジョゼフから解雇されたじゃない」

「え? あっ……」

「そうよね? ジョゼフ?」

「はい。この者は解雇します。公爵家を敬えないその態度。リュシリュー公爵家には相応しくありません。そこの君、今日中に荷物をまとめて出ていくように。もちろん、紹介状なんて出さない」


 ジョゼフの言葉に、ボロボロと大粒の涙を流す。鼻血と混ざり合い、とても汚い。


「そ、そんなっ……どうかお許しくださいっ! アタシには病弱の弟がいるんですっ! アタシが働かないと、弟の薬代が!」

「まあ! それは大変!」

「で、では――」

「そんな事情があったのに、どうして無礼を働けたのかしら! 神経が理解できませんわ!」

「!」


 そこまで言うとレティシアは、にっこりと、けれど温度のない笑顔を作る。


「ねえ? わたくしに教えてくださる? どうして、ここを辞めることは許されないのなら、公爵家の人間であるわたくしにあのような態度がとれたのかしら?」

「そ、それは」

「なあに? 答えてごらんなさい? 弟なんて本当は、いないんでしょう? そんなお涙頂戴エピソードでわたくしが絆されると思って? 舐められたものですわね」

「ち、違うっ違います‼︎ 弟のことは本当です! 信じてください!」

「信じるって何を? お前とわたくしに信頼関係なんて無いのに?」


 可哀想に、顔をぐしゃぐしゃにして土下座の姿勢で懇願してくる。


「今までの無礼は、心からお詫び申します。弟のために頑張らねばと、それでもストレスが溜まって、魔が刺してしまいました」


 それは確かに心からの謝罪だったであろう。けれど、だからと言って許せるか? と言われて、頷ける人少ないだろう。

 少なくとも、レティシアの心には何も響かなかった。


「わたくしに謝罪はいらないと言ったでしょう? 自分の都合の良い時だけ赦しを乞おうなんて……わたくしだったら()()()()()()()()()()()()()()()

「……っ」


 メイドが放った言葉と全く同じ言葉を吐いてやる。

 それに大きく体を震わせたが、メイドはそれでも土下座をやめない。


「その見苦しい格好をやめて、さっさと消えてくれないかしら? 邪魔よ。そういえば公爵が呼んでいたそうね。あまり待たせても怒るでしょうし、行かないと」

「まっ待ってください! お願いします! 何でもしますから!」


 遂にレティシアの服を掴んで止めるメイドに、どうしたものかと考えていると。


「お嬢様、ここまで言うのです。私に少々考えがあります」

「まあ、何かしら?」


 ジョゼフが耳打ちをしてくる。


「実は、とある所が人材を欲しがっております。そこは、薬を開発しているところでして……」

「あら、じゃあ丁度良いわね」

「そうでしょう? 中々希望者がいないものですから」

「そう、そこのお前。何でもって言ったわね? その言葉に偽りはないかしら?」

「は、はい! もちろんです!」

「ではジョゼフ。彼女に紹介状を用意して。お前には新たな就職先を用意します」

「ええ。すぐにでも欲しがっている所なので、今日中に発たせましょう。安心しなさい。お給料はむしろここより良い」

「あ、ありがとうございます……」


 急な話について行けないのか、ポカンとするメイド。

 気の抜けた声でお礼を言うが、これからのことを知れば裏切られたと思うことだろう。


「じゃあ早く出発の準備をなさいな。わたくしは行くわ」

「お嬢様、私共もお供します」

「……分かったわ」


 メイドを部屋から追い出し、ルネとジョゼフを連れて面倒な公爵の元へ向かう。

 もう、メイドがどうなろうとレティシアの知ったことではない。

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