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悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜  作者: 水月華
第一章

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17.味方同士、挨拶しましょう


 話はレティシアがジョゼフとルネに打ち明けてから、数日後――


 レティシアは現在、自室で食事を摂っている。

 案の定、使用人達はレティシアに食事を運ぼうとしなかったが、ジョゼフがどう言ったのか、まともな――バンジャマン達と食べていた時と変わらない食事が届けられていた。

 ただ食事を運ぶのは、ルネの仕事になっている。

 ルネ曰く。


「運ぶ途中に落としただとか、変なものを混ぜたとかありそうです。お嬢様は痩せ過ぎなので、もっと食べてもらわないと! せっかくあの方々と食事をしなくても良くなったのですから、ここぞとばかりに食べましょう!」


 と言われている。

 そうは言われても、相変わらず食事は何の味もしないので、そんなには食べられない。

 けれど、以前より格段に食べやすくなったのだ。

 こればっかりは感謝しかない。

 そしてこの日はロチルド商会に行く日だった。ここでジョゼフとルネを、ロチルド商会クロードとセシルに紹介しておきたい。

 けれどルネはともかく、バンジャマンの側近であるジョゼフは抜けるのが難しい。

 バレれば計画が漏れてしまうので、こればかりはどうしようもなかった。

 ジョゼフ自身は


「お嬢様について行くなら、引き継ぎが必要ですね。歳を理由にして、他の者に私の立場を明け渡します。そうすれば自由に動ける時間も増えるでしょう」


 もうバンジャマンを捨てる準備に入っていた。

 確かにバンジャマンは尊敬出来る人間では断じて無いが、先代から仕え続け、幼い頃から知っている人間をあっさり捨てる決断に入れるのはある意味凄いと思ってしまうレティシアだった。

 その考えが顔に出ていたのか、ジョゼフは微笑みながら言った。


「私も悩みました。きっと旦那様は、愛する奥様がお亡くなりになり、不安定になっているだけだと。いつか、目を覚ましてお嬢様を大切にしてくれるはずだと。……けれどあそこまで、自分の娘に行き過ぎた行動を取るならもう見限ります。私の声も届かなくなった今、もう旦那様に出来ることはありません。……同じく子を持つ父親としても、失望してしまいました」

「ジョゼフ……」

「ロチルド商会の会長達には、よろしくお願いしますと伝えてください」

「……はい。伝えておきます」


 けれど彼らを捨てる決断をいの一番にしたレティシアにはその気持ちが、良く理解出来たのでこれ以上言うことはない。

 と、ルネが励ますように、明るく声を上げた。


「会長達には、ジョゼフさんをしっかり売り込んでおきますので、安心してください!」

「ほほっ。頼もしいですな。……それでは、お気をつけて」


 そう言うと、ジョゼフは部屋から出て行った。

 ルネは気合いを入れるように、両手を握る。


「さあ、これから頑張りますよ!」

「まあ、この間からそればっかりですね」

「当然です! やっとお嬢様が解放される為の計画なのですから!」

「ありがとうございます、ルネ」


 食事を終えると、ルネは食器片付けに行った。

 レティシアはその間に、平民の服へ着替える。

 いつもより、胸が高鳴るのは当然の事だ。未来への希望が見えて来たのだから。

 そうどこかソワソワしていると、ルネが戻ってきた。

 ルネも着替えて来たらしく、レティシアと同じような格好をしている。


「……せっかくのお出かけなので、お嬢様を着飾りたかったです」

「もう……ところで、今までの仕事はどうなったのですか? 大丈夫?」

「ジョゼフさんが改革と称して、仕事に手を抜いた場合は給金を下げるようにしたらしいですよ。それで押し付けが減りました」

「……それ、公爵にバレたら不味いのでは?」


 今までそう言ったことをしてこなかったのは、一重にバンジャマンの不興を極力買わないようにしていたからだ。

 自分が居なくなれば、レティシアやルネが今以上に酷い目に遭うと分かっていたから、守れるようにバンジャマンのそばに仕えることを選んでいた。

 それが引退の準備やら、改革やら、急に行動を変えたら怪しまれてしまいそうで、レティシアは心配になってしまう。


「大丈夫だと思いますよ? だって旦那様、お嬢様の変化に何も気づいていないじゃないですか。こんなに表情豊かになっても、態度が変わっても気がついていませんし、ジョゼフさんのことを注視してるとも思えません」

「いえ、私よりジョゼフは見られていると思いますわ」

「それに、書面で許可を貰ったそうです。他の書類に紛れさせたら、拍子抜けするほどあっさり署名してくれたようです。きっとちゃんと見ていなかったんでしょうね」

「ええ……?」


 それは貴族としても、心配になってしまう。

 普通、貴族が署名すると言うことは、相当な効力を発揮する。だから安易に署名するものではないと、口酸っぱく言われるものなのに。仮にも一国の宰相がそんな緩くて大丈夫なのか。

 ルネはくすりと笑う。


「ジョゼフさんは、仕事面ではとても信用されてますから。旦那様が公爵に成り立ての頃は、よくジョゼフさんにもアドバイスを貰っていたそうですよ? だから無意識のうちに甘えているのでしょう。相当の態度を取っているのに、どの顔が言ってるのやらって感じですけど」

「そ、そう……。ルネ、怒っているのですか?」


 ルネの言葉は端々に棘がある。にこやかな笑顔だけれど、どこか冷えている。

 ルネは否定することなく、笑顔のまま続けた。


「そりゃあ、私は結婚も出産もしていませんが、だからこそ旦那様の行動は腹に据えかねているんです。だって親は子供にとって絶対的な存在ですよ? 特にお嬢様はお母様の温もりを知らないんです。仕事が忙しくて一緒にいられない時間が多くても、愛情を注ぐことは出来ます。それをあのお方は、見当違いな思い込みをしてお嬢様を冷遇しました。……お嬢様が"人形令嬢"と呼ばれるようになったのは、甘えられる先が無かったからです。それを理解せず、ただただ悪者扱いだなんて、父親失格です」

「ま、まあ貴族は家族の絆なんて、あってないようなものだと……」


 ノンストップで話し出したルネに、タジタジになりながらレティシアは言う。

 そもそも貴族は家族より、家の存続という意識がまだまだ強い。


「いいえ、だからこそ、家を存続させたいなら、愛情が必須だと私は考えています。正直、お嬢様が目を覚まして良かったと思ってます。お嬢様も、親の呪縛に囚われていたように思いましたから」


 その言葉に、レティシアはギクリとする。

 それこそ、前世の記憶が戻ったからこそだからだ。

 そして親の呪縛、と言う言葉はすんなりレティシアの中に入って来た。

 その通りだろう。あんな扱いを受けていても、いつか認めてくれると思って、マナーや教育を頑張っていたのだから。


「……確かにそうですわね。あれは呪縛と言っても良いですわ」

「だから私は、お嬢様が幸せになって欲しいと思っております」


 その言葉は先ほど違い、慈愛に満ちている。表情もとても優しい。


「ありがとうございます。きっと幼い頃からルネとジョゼフがいてくれたからですわ。そう言う意味では、2人はお父様とお母様ですわ」

「ふふっ。嬉しいです。私もお嬢様を、娘のように大切に思っています」

「ではこれからお母様とお呼びしましょうか?」

「亡命した暁には、それもいいかもしれませんね。ジョゼフさんがお父さんだと、大分お年を召してますが」

「ジョゼフが聞いたら怒りそうですわ」


 2人で笑い合う。

 

「さあ、そろそろ行きましょうか」

「はい。ところでお嬢様。いつもどのように抜け出していたのですか?」

「抜け道があるのです。人気が無いので問題ありませんわ」

「それはよかったです」



 ◇◇◇



 もう慣れつつある道を辿り、ロチルド商会にたどり着いたレティシアとルネ。

 中に入ると、いつもの男性が出迎えてくれる。


「こんにちは。今日はお連れ様がいるんですね?」

「ええ。会長達に紹介したいのですが、よろしいでしょうか?」

「問題ないと思いますよ。いつもの部屋でお待ちです。案内しますよ」

「ありがとうございます。けれど忙しいでしょうし、部屋も覚えましたから、わたくし達だけでも大丈夫ですわ」

「え、しかし」


 男性は、レティシアが貴族の令嬢だと知っている。なので案内をしようとしたのだろうが、レティシアにも考えがある。

 

「そちらの都合でしたらお願いしますわ。けれど、もう契約も済ませてわたくしもここの一員になりました。いつまでもお客様気分は良くないと思いまして」

「な、なるほど。会長達には特に言われてないので、どうぞ。何かあったら声をかけてください」

「分かりました。ルネ、いきましょう」

「はい」


 レティシアの説明に納得がいったのか、すんなり許可を出してくれた。

 そのまま会長達がいる部屋へ向かう。

 扉をノックすると、返事が聞こえてきたので入室する。


「レティシア様、ようこそ。……おや、そちらの方は?」

「ごきげんよう。来て早速ですが、紹介したい人がいますの。よろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんです。お茶が足りませんね。用意させます」

「お気遣い、感謝いたします」


 クロードに許可をもらうと、レティシアとルネはソファに腰掛ける。

 セシルはジッとルネを見ていた。きっとレティシアに初めて会った時のように観察しているのだろう。


「改めまして、こちら、リュシリュー公爵家のメイド、ルネですわ」

「突然申し訳ありません。お嬢様から粗方お話を伺っております。私、お嬢様の亡命について行きたく、今日も同行させてもらいました」

「メイド……。専属の侍女ではないのですか?」

「はい。けれど気持ちは専属のつもりです」

「なるほど」

「それから、暫く顔を合わせることが出来ませんが、もう1人、ジョゼフという執事もいますの」

「……なんだか一気に変わりましたね?」


 クロードの言葉は、その通りだ。この間まで1人で来て、1人で生きていこうとしていた令嬢が、突然お付きを連れてきたのだ。

 正直、怪しんでも仕方ない。


「はい。私、旦那様への畏敬の念がもう無くなりました。変わっていただくように、ジョゼフと協力してきたのですが、もう匙を投げることにしたのです」

「わたくしはこの2人だけは、巻き込むつもりはありませんでした。しかし少し事件がありまして、2人が協力してくれることになったのです。ジョゼフは折を見て合流する予定です。彼は公爵家の中枢にいますので」

「ふむ」


 クロードはセシルに目配せをする。セシルは微笑んで頷いて見せた。

 恐らく、問題ないと判断されたのだろう。


「事情は分かりました。……良かったです。ここに来た貴女は今まで孤独に耐えてきたのかと思っていましたが、キチンと味方がいたのですね」

「はい。私が今日まで生きてこられたのも、彼女達のお陰ですわ」


 レティシアの言葉に、ルネは目が潤んでいる。


「それでは、ルネさんですね? よろしくお願いします」

「こちらこそ、お願いします。ただ私達は、あくまでお嬢様のお付きです。仕事のことはお嬢様にお任せします。同じところに固まってしまうと、追跡しやすくなってしまう可能性もありますし」

「それは確かにその通りですね……。ですが困ったら声をかけてください。レティシア様のためにも」

「はい、その時はお願いします」


 あっさり顔合わせが済んだ。

 拍子抜けしてしまうレティシアだが、セシルが微笑みながら言う。


「レティシア様、1人で来られた時より表情がとても柔らかいです。本当に信頼できる方なのだと分かりますよ」

「表情が見破られるなんて……恥ずかしいですわ」

「貴族でないと思えば、とても好感が持てますよ。魅力的です」


 ストレートな褒め言葉に、レティシアは徐々に頬が熱くなるのを感じる。

 居た堪れなくなり、強引に話を進めた。


「と、とにかく、時間は有限です! 今日から本格的にやりますので、早速始めましょう!」


 その様子を3人は、微笑ましげに見ていた。

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