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悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜  作者: 水月華
第一章

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16.【幕間】裏の顔の真意は? ②


 そして放課後。

 コレットは人目を気にしつつ、ジルベールのサロンにやって来た。

 ジルベールには婚約者がいる。そのサロンに招かれているのだから、もし誰かに見られよう者なら何が起こるか想像に難くない。

 例えその中心が、レティシアだったとしても。

 そもそもマルセルとのことも、お互い全くその気は無かったのに、噂に尾鰭はひれ付いているのだ。これ以上は流石に噂されたくない。

 レティシアに教えた探知系の魔法を使い、周囲に人がいないか慎重に確認して、サロンの中に入った。

 そこには既に全員が揃っていて、コレットは平民の自分が遅れてしまったことにヒヤリとする。


「すいません。遅くなりました」

「いや、私たちも今来た所だよ」

「どうぞ、コレット嬢。こちらへ」


 ジルベールがにこやかに歓迎してくれ、マルセルが椅子を引いてくれる。

 コレットは少し気まずそうに言った。


「あの、マルセル様。私は平民なので、そう言うのは大丈夫ですよ」

「いや、しかし」


 恐らくマルセルは、貴族の子息として当然のことをしているだけなのだろう。

 けれどコレットは正直、こう言うのを見られて噂が肥大したのではないかと思っている。

 どう言えばいいか悩んでいると、助け船を出してくれたのはドミニクだった。

 

「そうだぞ、マルセル。俺たちには骨の髄まで染み込まされたマナーだが、平民にはそういうのは浸透していない。レティシア嬢にも言われただろう。身の振り方を考えろって。敢えてマナーから外せば、噂もここまで大きくならなかったかもしれないんだぞ」

「む……」

「コレット嬢も困ってるんだ。それこそ、本人が嫌がっているのに強要するのは、マナー違反だと思うが?」


 ドミニクがそこまで言うと、マルセルはハッとしたようにコレットを見た。

 否定できないコレットは、困ったような笑みを返す。

 そこで初めて、マルセルは自覚したようだ。


「すみません。レディにはこうしろと言われていたもので。コレット嬢の気持ちまで考えていませんでした」

「い、いえ、私こそ上手く言えなくてすいません」

「マルセルはどうも頭が硬いんだよね。これも騎士団に揉まれたせいかもしれないけれど」


 ジルベールは3人のやり取りを見ながら、揶揄うように言った。

 マルセルは気まずそうに視線を逸らす。


「そういえば殿下。レティシア嬢の様子はどうでした?」

「……それが、あの後授業には出ていなかったんだよ。教師に聞いたら、具合が悪いから保健室にいるって言われた」

「え? レティシア様、やはり、何か――」

「マルセル?」

「いえ、何でもありません」


 マルセルは、レティシアの様子の変化が取り憑かれているせいだと、まだ思っているらしい。

 ジルベールに笑顔で名前を呼ばれて、慌てたように口を噤む。

 ドミニクは呆れたように、マルセルを見ていた。ジルベールの側近候補であるために、昔からの付き合いであるお互いのことは理解している。

 その真面目さは評価できるものであるが、ジルベールが言った通り、頭が硬いのが難点だった。思い込みで突っ走ってしまい、またジルベールの逆鱗に触れている。

 とはいえ、本当にレティシアを心配しているからこそだろうとも、2人も理解しているのだ。


「はあ。ここにくる前に、保健室にレティシアの荷物を届けに行ったよ。声をかけたけれど、寝ている様だったからそのままこっちに来たけれど」

「そ、そうですか」

「とりあえず、フォール嬢。先ほど何か気になることがあったようだけれど、教えてもらっても良いかな?」


 このままでは話が進まないと判断したジルベールは、コレットに話を振る。

 突然話をふられたことに驚くコレット。少し吃りながら話し始めた。


「は、はい! ええと、殿下がリュシリュー公爵令嬢の言葉があるから、手を出す人が減るってお話から……その、もしかしたら、私がこれ以上絡まれないように、敢えてそう言ったのかなと思ったんです……」

「……」

「さ、流石に自意識過剰ですかね⁉︎ ご、ごめんなさい!」


 コレットの言葉に、無言になるサロン内。

 恥ずかしくなったのか、少し顔を赤らめながらワタワタ弁明を始める。

 その姿に、慌ててジルベールがフォローを入れた。


「ああ、いや、すまない。フォール嬢の言う通りだとしたら、全てが繋がると思って考え込んでしまった」

「そ、そうでしょうか? でも――」

「いや、俺もその考えを推したい」


 ドミニクも、コレットの意見に同意を示す。

 マルセルだけが、意味が分からないと言いたげだ。


「いえ、でも私、リュシリュー公爵令嬢とは殆ど接点が無くて」

「けれど君は特待生だ。前も言ったように優秀な金の卵だ。そのような人間を不条理なことで芽を摘まれてしまうのは、今の貴族の殆どは避けたい筈だよ」


 自信無さげなコレットに、ジルベールは力強く言う。

 そもそも、ジルベールとコレットの最初の出会いも、ジルベールがコレットに一目置いていたからこそ現実になったものだ。

 それだけコレットは、将来この国で活躍するに相応しい能力を持っているのだ。

 1人話に付いていけないマルセルが、納得出来ないと声を上げる。


「しかし、それは合理性に欠けると思うのですが。何故わざわざ、コレット嬢にレティシア様が攻撃する必要があるのですか? 近くにいた方がすぐに対応出来ると思います」

「そうだね。けれどマルセル。君が実際に近くにいても、フォール嬢は守れていない。現時点でも、むしろ悪化しているだろう?」

「それは……」

「レティシアがフォール嬢を助けようとしているのであれば、これまでの矛盾が解消されると思うんだ。確かに合理的ではないけれど。この仮説が間違っていないなら、中庭でのレティシアの奇行も理解出来るだろう」


 ジルベールの言葉に、マルセルは何を言えばいいか分からない。

 しかも奇行と断言してしまった。マルセルの発言は思いっきりキレていたのに。


「それに、“自分の獲物に手を出すな”とも言っていたのだろう? ……今の時点では仮説でしかないけれど、きっとこれからのレティシアの動きで、この仮説が正しいか分かる」

「そうですね。……けれどもし、本当に怒らせていたらどうしましょう」


 今更ながらに、不安が押し寄せるコレット。

 色々割り切って物事を見ようとしているが、それでも一抹の不安が過ぎる。だってあのレティシアの冷たい表情は、正直腰が抜けそうになるくらいに、とても怖かった。


「それこそ、殿下ならわかるんじゃないですか? なんてったって婚約者ですし」


 おちゃらけたような、ドミニクの言葉にジルベールは顔を顰める。


「それを本気で言っているなら、失望したよ」

「冗談ですって。けれど俺が何度も架け橋になったのに、全然ですよね。だから殿下はレティシア嬢に興味が無いのかと思いましたよ」

「そんなわけ無いだろう。政略とはいえ、出来れば良好な関係を築きたいよ」


 ため息を吐いて、額に手を当てるジルベール。

 本当はレティシアに歩み寄りたい。これは紛れもない本心であるが、いざレティシアを前にするとうまくいかないのだ。

 何故、他の者には当たり前に出来ることが、レティシアには出来ないのか。

 自分のことなのに、ジルベールは原因が分からずモヤモヤするばかりだ。

 その様子を見て、コレットは一つの答えに辿り着く。しかし、少しずつ交流することになったとは言え、貴族社会のことに口を出すのも不敬だと思い、何も言えなかった。

 きっと根本が分かっていないのだ。ジルベールがレティシアに抱く感情が何なのか、ジルベール自身が理解していない。

 きっとそれがわかれば、関係は進むのに。

 コレットはもし、レティシアが良い人だったならば、2人の為にやれることをやりたいと思った。

 考え込んで、自然と下がっていた視線を上げる。その時ガラスに映っていた自身が、レティシアと同じような目をしていることに気がついた。

 レティシアを信じる気持ちが8割、疑惑が2割といったところか。助けて貰ったとは思うけれど、やはり拒絶的な態度はほんの少し、心に来るものがある。

 それでも、助けてくれた時のレティシアの目を思い出せば、やはり悪い人ではないと思えるのだ。

 中庭での、あの言葉。コレットの名前を呼び、コレットのために怒っていたレティシアは、味方だと思いたい。


「……嬢? フォール嬢?」

「は、はい!」


 ジルベールの呼び掛けに、ハッとして返事をする。

 思いの外、思考の海に沈んでいたらしい。


「大丈夫かい?」

「す、すみません。つい考え込んでしまって」

「疲れたなら、今日はこの辺りにしておこうか? ……色々あったことだし」

「大丈夫です。まだこれからどうするか決めていませんし」


 コレットの大丈夫を信用してなさそうなジルベール。

 ただ今の時点で、何の成果も得られていない。この状態で解散するのは後味が悪かった。

 

「殿下が意外と不器用なことに驚いたのではないですか?」

「よし、分かった。ドミニク、明日仕事を沢山振って上げるから楽しみにしていてくれ」

「嘘でしょ⁉︎ 冗談じゃないですか!」

「遠慮することはないよ。君はやれば出来るからね」


 ジルベールを揶揄ったドミニクだったが、あっという間に立場逆転してしまい、青い顔になる。

 その様子を見て、コレットは思わず笑ってしまった。


「ふふっ……あ、すみません、つい」

「……いや、大丈夫。……そうだ、ジュスタンにも話を聞いてみよう。彼の方が、レティシアの事を知っていると思うから」


 ジルベールは少し恥ずかしそうにしながら、誤魔化すように話題転換をする。

 コレットは頭に叩き込んだ、貴族の名前を思い出す。


「えっと、確かリュシリュー公爵令嬢の兄君でしたっけ?」

「そう。毎日一緒に登校しているし、何か話を聞けるんじゃないかな」

「ジュスタンはレティシア嬢を大切にしているからな。レティシア嬢が何を考えているか、分かるかもしれない」

「そうなんですね。……リュシリュー公爵令嬢のようにお優しい方なのでしょうか」


 今ここにレティシアがいれば、間違いなくサロンは跡形もなく消えていただろう。

 そして2度とレティシアは、学園に来なくなっていたに違いない。


「とにかく、レティシアの動きに注意しよう。私たちの考えの通りだったら協力したいし、違うのなら理由を聞かなければ」

「そうですね。結局まだ分からないことの方が多いですし。今度、ジュスタンも入れて話し合ってみましょうか」

「あ、その場合、私は……」

「フォール嬢も共に居て欲しいけれど……。流石に男性4人に囲まれては、嫌だろう? 特にジュスタンは体格が大きいからね。折をみて、紹介でも大丈夫かな?」

「はい、お気遣いありがとうございます」

「あと、くれぐれも1人で行動しないように。暴走する輩はどこにでもいるからね」


 ジルベールの言葉に気を引き締めつつ、コレットはマルセルに向き合う。

 

「はい。あの、マルセル様」

「大丈夫です、俺が守り――いえ、見守ります」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 マルセルは正義感がとても強いのだろう。それは騎士として素晴らしいことだが、ここに置いては逆効果になっている。

 今までのことでそれを学んだマルセルは、ハッとしたように言い直してくれた。


「じゃあそんな感じでまずは行ってみよう。また気になることがあれば、逐一報告してほしい」

「「「はい」」」


 話がまとまったので、3人は少し遅れて帰ることにし、コレットだけ先に帰宅する。

 夕方の空に綺麗な虹が出来ていた。


「わあ! 綺麗。きっと良いことがこれから起こるわ。……イーリス様、どうかこれからも、見守っていてください」


 コレットの祈りが、夕焼けの中に溶けていった。

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― 新着の感想 ―
「思い込みで突っ走ってしまい、またジルベールの琴線に触れている。」 文脈的に琴線ではなく逆鱗ではないでしょうか?
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