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悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜  作者: 水月華
第一章

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12.淑女? 知りませんわ

 食堂での1件から、レティシアはコレットの動きを注視していた。

 幸い、オデットは一緒にいないので自由に動ける。あれからオデットはまた、周りの令嬢を扇動しているようだ。

 そのせいで噂が尾ひれつき、事実からズレたことが事実として認識されていた。

 曰く、コレットがレティシアに楯突いただの、マルセルが叱責するレティシアに、嫉妬するななどと言ったなどなど。

 恐らく公爵令嬢のレティシアを下げることは報復の可能性もあるために、平民のコレットと伯爵子息のマルセルが槍玉に挙げられたのだろう。

 伯爵家は上級貴族ではあるが、上がいるのでその上の家の者たちが面白おかしく喋っている可能性が高い。


「それにしても噂の広がり方を目の当たりにしましたが、こんなに面白い広がり方をするものなのですね。いえ、当事者からしたら笑えないのですけれど」


 この学園は貴族と平民が入れるが、比重としては貴族の方が多い。

 噂を広げているのは、貴族達で確定していい。そもそも平民は、まだまだ貴族への壁が高いためリスクのある行動を起こす者はほとんどいない。

 この噂でコレットへの虐めが酷くなるだろうと考えたレティシアは、次の段階に移ることにした。

 だからこそ、コレットの動きを注視していたのだ。

 そして現在。なんと教室でコレットの机が汚されているという状態に遭遇した。

 今までそんなにわかりやすい虐めは無かったと言うのに、だ。仮にも高位貴族が目をかけているコレットに、ここまで出来る人がいるとは驚きだ。

 コレットはただ無言で、机を見つめている。

 そのコレットに聞かせるように、下世話な声があちこちから聞こえる。


「見て。いい気味よね」

「リュシリュー公爵令嬢に口答えするんですもの。当然ね」  


 その言葉を聞いたレティシアは、堂々と他クラスの教室に入る。

 その姿に、教室は一気に鎮まり帰った。

 周りが静かになったことを不思議に思ったのか、顔をあげたコレットと目が合う。

 無表情だったその顔が、レティシアを認めて驚きに変わる。


「騒がしいと思って来てみれば……。いつからこの学園はこんなに品位を落としたのでしょう」


 その言葉に、コレットは体をビクリと反応させる。

 反対に、周りの生徒はクスクス笑った。

 随分頭がお花畑な生徒が多い。


「まさか学園の備品を汚すだなんて……ここには獣でも入り込んだのでしょうか?」


 レティシアの言葉に、場の空気が凍りつく。

 レティシアの表情は何も無い。言葉に温度も無い。

 淡々と話すその様は正に、"人形令嬢"だ。


「貴女もただやられて黙っているなんて、軟弱ですわ。そのような方がこの先やっていけるとも思えません。早々に身の丈にあった生活をすることをお勧めしますわ」

「……っ!」


 コレットは悔しそうに唇を噛む。以前も似たような言葉をかけたが、あの時よりダメージが大きくなっているのが分かる

 レティシアは、その様子を見て罪悪感に胸が押し潰されそうになる。

 しかし、表情には一切出さず、なんとか演技を続ける。

 レティシアは、汚れた机にそっと手を乗せた。

 手から淡い光が出て、少しすると机は新品の様に綺麗になっていた。

 どうしても、この机をそのままにして置けなかった。だから魔法を使い、机を元通りにしたのだ。コレットを見て、再び口を開く。


「貴女もこの学園にいるのですから、このくらい出来るでしょう。()()()()の汚れは簡単に落ちますわ」


 その内容にショックを受けて固まっていたとは思う。これはただの汚れではないのだ。言葉の暴力だ。

 その落書きはすぐに消せたとしても、書かれたものは心に刻まれてしまう。

 それでもレティシアは、コレットの味方では無いと示すために敢えてこの言い方をした。


「この間もいましたわね。愚かにも、学園長の逆鱗に触れて退学になった愚か者が……」


 そう言いながら、レティシアの何の感情もない瞳が、教室の人間を見渡す。

 その視線を受けて、分かりやすく皆顔を青ざめさせた。


「ああ、そこの貴女」

「ひっ」


 レティシアは特に大きな声で、先ほどコレットを侮蔑した生徒を呼ぶ。

 女生徒は短く悲鳴をあげて、体を跳ねさせた。


「貴女が主犯でしょう? その周りにいる方々も。せっかく愚か者がその身を張って教えてくれていたのに、その犠牲を無駄にしてしまいましたわね? 前回の学園長の対応を考えると、今度は退学だけで済めば良いですが」

「あ……そんなっ」


 まあレティシアが報告すればの話だ。

 しなかったらしなかったで、いつその沙汰が降りるのか怯える日々をしばらく過ごすのであるから、良い罰になるであろう。

 流石にこの教室ほぼ全員を退学させる訳にもいかないだろうし、ただ退学させるだけではイタチごっこになりそうだ。

 それならば、ここで恐怖を植え付けておいて、やらないように仕向ければいい。


「それでは、ごきげんよう」


 一気に冷えた教室をレティシアは後にした。

 暫く歩いていると、後ろから声が聞こえる。


「リュシリュー公爵令嬢!」


 あまりにも聞き覚えのある声に、レティシアは顔が引き攣りそうになるのを堪えながらゆっくり振り返る。

 そこにはコレットがいた。

 何故追いかけてきたのだ、絶対に良い顔なんてしていないはずなのに。

 振り返ってしまったので、無視するなんてできずに口を開く。


「……なんでしょうか?」

「あ、あの! お礼を言いたくて! この間から何度も助けてもらって……ありがとうございます」


 真っ直ぐな言葉と視線に、レティシアは目を灼かれた気分になる。

 一体コレットに何回灼かれれば良いのだろうか。

 そろそろ勘弁してほしい。とレティシアは切に願う。

 

(ま、眩しい! くっ、負けてはなりませんわ。ここは悪役令嬢らしく、突き放さないと)


 内心荒れ狂っているが、表情には出さずにレティシアは言った。


「貴女を助けるためではありませんわ。最近この学園の品位が問題だと思っていますの。……その中心にいるのがフォールさんなだけですわ」

「それでも偶然だとしても、助けて頂いたことに感謝しているんです!」


 これはマズい方向に向かっていると、レティシアは感じた。

 流石に助け過ぎたか、コレットはレティシアに信頼を置き始めているのだ。でなければこのように、距離を縮めようとするはずがない。


(何とかしませんと……。これでコレット様に好かれてしまったら、色々計画が狂ってしまいます。誤解を解かないと)


 と、その時。コレットの後ろから、オデットが来るのが見えた。

 これはチャンスだ。コレットを虐めていたオデットと一緒にいるところを見れば、ショックを受けて離れるはず。


「レティシアさまぁ。こちらにいたのですねぇ。私を置いていくなんて酷いですぅ。……あらぁ?」

「オデット様、失礼しましたわ。少し用事があったものですから」

「用事ですかぁ? まさか、その平民への用事なんて言わないですよねぇ?」

「ええ。たまたまですわ」


 オデットはニヤリと笑う。

 そして周りに聞こえるように大きな声で言った。


「そうですよねぇ! まさかその痴女と一緒にいるなんてありえませんよねぇ!」


 オデットの言葉を、理解するのに数秒かかった。

 理解したその瞬間、レティシアの目の前は真っ赤に染まる。


(だぁれが痴女じゃこのアバズレェェェェ‼︎)


 思わず叫びそうになったのを、かろうじて堪えるレティシア。


「まあ、オデット様、その言い方は品位がありませんわ」

「レティシアさまぁ、だってその痴女は殿下も手玉にとろうとしているのですよぉ⁉︎ 婚約者のレティシア様が何とも思わないなんて言わないですよねぇ?」


 オデットの言葉に、周りには野次馬の如く、人が集まってきてしまう。

 コレットは思わぬ展開に、顔を青ざめさせている。


(このアバズレっ! コレット様に何てこと言うの! 許さない……っ‼︎ 絶対に破滅に巻き込んでやるっ。いや、もうこうなったら、あのクラスの奴らも巻き添えにしよう! 八つ当たりだろうが何だろうが知ったことか)


 周りの生徒も、ヒソヒソと話しているのが見えた。これが終わる頃にはコレットの悪評が更に広まり、虐めが激化するだろう。

 それだけは絶対にさせない。

 レティシアは、冷静になれと自分に言い聞かせる。


「ええ。オデット様。ですから邪魔しないで下さる?」

「そうですよねぇ! 私が良い方法を……え?」


 キョトンとした顔のオデット。レティシアの反応が思ったものと違い、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

 まだ、レティシアの言葉を理解できないようだ。

 同じ言葉を、ゆっくり言う。


「聞こえませんでしたの? 邪魔をしないでくださる? と言ったのです」

「なっ何故ですの⁉︎ 私が良い方法を教えて差し上げますわ!」

「まあ、オデット様。それはわたくしが何も出来ないと思っていると言うことでしょうか?」

「ち、違いますわ! でも!」


 オデットは、レティシアが怒るとは思わなかったのだろう。

 いや、怒るにしても、違う状況になっているのだ。

 いつもと違い、かなり慌てているのが分かった。


「先ほども、そうですわ。()()()()()者達が、わざわざ学園の備品を汚してましたの。それでわたくしが喜ぶとでも? わたくしは公爵令嬢ですのよ? 他人のお下がりは欲しくありませんの。魅力が半減してしまうではありませんか」


 ついでに周りの者達にも牽制を入れるように、レティシアは声を張る。

 その言葉に先ほどとは違い、明確に怒気を含ませて。周りも怯えているのがわかる。

 オデットに近づき、その顎に指を添えて目を合わせた。

 オデットは恐怖のためか、目を潤ませて震えている。


「オデット様。わたくしはリュシリュー公爵家の人間ですわ。わたくしにもプライドがありますの。やられたから他の人間を使ってやり返すなんて、小心者のすることですわ。まさか、リュシリュー公爵家に喧嘩を売っているおつもりですの?」

「ち、違いますわ! も、申し訳、ありません」


 家の名前を出せば、青くなった顔が白くなる。

 意外と謝罪できるんだな、なんて何処か冷静な頭でレティシアは思った。

 それ程までにレティシアが怖いのかもしれない。


「分かって頂けたのなら、良いのです。そこの特待生はわたくしの獲物ですわ。わたくしが報復します。他の者がやることなど、断じて許しませんわ。だって……」


 そう言って、コレットを見る。コレットも怯えている。当たり前だ。

 内容からして、コレットがレティシアを怒らせたとも取れるのだから。

 そして、周りにもそう思わせなければならない。

 レティシアは凄絶な笑顔を浮かべる。

 “人形令嬢”だからこそ、その笑顔は狂気を映した。


「楽しくないですもの。わたくしのやる事で、相手を絶望に追いやらなくては気が済みませんわ。だから、ねぇ? オデット様、邪魔……しないでくださいませ?」

「え、ええ。わかりました……」


 ストンと腰が抜けたらしいオデットは、床にみっともなく座り込んでしまった。

 コレットも同様の様だ。

 とその時。


「騒ぎがあると聞いて来てみれば……。レティシア、何があった?」


 ジルベールとドミニク、マルセルがやって来た。

 タイミングの悪い――とレティシアは内心舌打ちをしかけて、はたと気がつく。

 これはチャンスだ。ついでにジルベール達にも距離をとっていただこう。

 数秒でその思考に切り替えたレティシアは、今度は3人に向き合う。


「何が……ですか。殿下には関係の無い事ですわ。淑女の嗜みというものを教えていただけです」

「……それにしては、私に報告が来るほどだったが」


 レティシアの物言いに、流石にジルベールの顔が歪む。


「皆様大袈裟なのでしょう。それに、殿下が言える事ではないと思いますわ。この所、随分噂になっておりますものね?」

「レティシア嬢、少し落ち着いて――」


 ドミニクが声を上げるのを、レティシアは冷たい視線を向ける事で制する。


「あら、ドミニク様もでしてよ? マルセル様が一番噂になっておりますので、気がついていなかったでしょうか?」

「レティシア様、確かにそれは俺の落ち度です。お2人には相談を――」

「その言い訳はわたくしが聞く価値があるのでしょうか?」


 流石に3人とも黙り込んでしまう。

 反論できないわけでは無く、これ以上問答を続けると品位を落とすことを懸念したのかもしれない。

 これを好機と捉え、レティシアはジルベールに向けてカーテシーをする。


「それでは失礼致しますわ。皆様、くれぐれも、わたくしの邪魔をしないでくださいませ」


 最後にコレットを睨みつけ、その場を後にする。

 もう1秒でも早く、ここから逃げたかったのだ。

 足早に、しかし令嬢らしくレティシアは人気の無い中庭へ向かう。

 ここには木も植えてあり、身を隠すには良い場所なのだ。それこそ、コレットとジルベールの出会いイベントを盗み見出来たように。

 なるべく奥へ。人の来ない奥へレティシアは向かう。

 やがて周りが木だけになり、人気がないことを確認したレティシアは、我慢の限界と言わんばかりに叫んだ。


「ああああああんのクッソアマアアアアア‼︎ 絶対に堕とす‼︎ コレット様を痴女扱いしやがってぇぇぇぇぇ‼︎」


 もう前世で得た罵詈雑言をフル活用だ。公爵令嬢? 知ったことか、とレティシアは叫ぶ。


「アンタの方が痴女でしょうがあぁぁぁぁ‼︎ 殿下にはレティシアという婚約者がいるのに、略奪しようとしてるくせにいぃぃぃぃ!」


 最早木を殴りつけている。ちなみに魔力を纏わせているので、レティシアに痛みはちっとも無い。

 気が済むまで殴りつけると、段々と落ち着いてくる。

 代わりにレティシアを襲うのは罪悪感だ。

 殴りつけていた木に今度は額を押し当てる。


「あああああっ…………! わたくしもクズ野郎ですわっ。コレット様にあんな……っ! あああ、あんなに傷ついた顔をさせてしまうなんてっ。コレットさまぁ……おゆるしくださいぃっ」


 もう罪悪感に押しつぶされそうになり、ついに額を木に打ちつけ始める。

 最後に睨みつけた時のコレットの表情と言ったら。今にも泣き出しそうだった。

 コレットを護るためとはいえ、あんな風に言えば傷つくことは十分に分かっていた。

 これが悪役令嬢の役目かと、レティシアはさめざめと泣く。

 辛すぎる。あんな顔をさせてしまった自分にすら、腹が立つ。

 怒りや、悲しみ、悔しさ。自分の感情に呑まれているレティシアは気が付かない。

 4つの足音が近づき、間の抜けた声がその内1人から漏れ出ていたことを。


「は?」


 それが一番見られてはいけない人たちだったということを。

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