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第75話 急展開

 サバンナ王国の全国民の熱烈な見送りを受けて、聖女一行はサファリ大陸を後にした……。


 結局ヴィーは最後までサイレントステルスでアマンダから逃げ切り、シェスターからは根性無し扱いを受けてしまったが。



 海を渡り、ヒューマン大陸に帰って来た。

 後は、途中で一泊して、帝都へ向うのみとなる。


 サーモンリバーの宿では、ルミーナの部屋で正真正銘の遠征最後の夜を、ヴィーはルミーナと二人で過ごしていた。



「なんか、思い返すとあっという間の旅だったな」


「ほんとね。 ……でも、私としては色々あって大変だったけど……それでも、ヴィクトーと本当の意味で再会出来た。 私の人生で、こんなに素晴らしい遠征はなかったわ」


 ルミーナはこの遠征で、常に護衛をしてくれていたロバートを、強制送還させた。

 ロバートに対して特別な感情は無かったし、自分とヴィクトーに対して行った事は決して許せる事ではない。 でも、この一年、自分に忠誠を誓って護衛を務めてくれていた事には本当に感謝していたのだ。


 教会機構総本部に戻れば、ロバートの処遇を決める話し合いが持たれるだろう。 聖女に対する反乱と盗聴、恐らく重い刑罰が予想されるが、それでもルミーナは、自分に出来る範囲で減刑を求めようと考えていた。

 それが、この一年のロバートの働きに対しての、自分に出来る感謝として。



「それで、ヴィクトーはいつまでヴィーって名前で生きてくの? 私とソフィアにバレない様に名前を変えていたのなら、もうその必要はないじゃない。 私は、ヴィクトーにはヴィクトー・ハイドローズとして、胸を張って生きていてほしいな。 きっと、天国のお父様とお母様もそう思ってるハズ」


「……そうだな……。 でも、まだこの名前を名乗って数ヶ月なんだよ。 いきなり名前変えるのもアカデミー的にどうかと思うし、卒業まではこのままで良いかなと思ってる」


「……そっか。 アカデミーはヴィクトーとしての貴方と一緒に私も卒業したいけど、無理強いはしないわ。 ただ、私はこのままヴィクトーって呼んでもいい?」


「いいよ。 ヴィーって名前はミゲールさんが付けてくれたんだけど、偶然にもヴィクトーを短縮しただけだったしな」


 ヴィーとしては、やはりヴィーという名前で過ごして来た時間の方が遥かに長いので、敢えて変えるのも今更な感じがしたし、多分ヴィクトーに変えても、今まで自分をヴィーと呼んでいた親しい人達は変わらずヴィーと呼んでくれるのではないかと思っていた。



「とにかく、ちゃんとソフィアに言わないとね。 自分がヴィクトーだって」


「……そうだよな。 分かってるんだけど、なんか緊張するな」


「今からそんなんでどうするのよ。 大丈夫! 私がちゃんとお膳立てしてあげるから」


「それはそれで、ルミーナに頼ってるみたいで情けないしなぁ」


 ソフィアを思い浮かべると、今更自分が兄だと告白するのは非常に気まずい気分になる。

 それでも、言わなければと言い聞かしていたのだが……。



 ルミーナの部屋の扉がノックされた。


「誰かしら? 急用時以外は近寄らない様に言っていたんだけど……」


「じゃあ急用って事だろ?」


「そうよね……入っていいわよ」


 扉が開くと、そこには焦った様子の聖騎士がいた。


「お休みの所すみません、聖女様。 急ぎの報告がございまして……」


「そうですか。 それで、何か起きました?」


「ハイ。 実は、教会本部にて幽閉されていたロバート様……ロバートが、脱獄を図りました」


 聖騎士の報告は、強制送還されて教会に幽閉されていたロバートの脱獄を知らせるものだった。


「ロバートが……そうですか。 それで、まだ行方は分かってないのですね?」


「ハイ。 ロバートは……聖女様の護衛として世界各国を巡る間に、独自の人脈を築いてましたから、恐らくその協力を得て逃走してると思われます」


「アイツ……裏でそんな事を。 気付かなかった私が悪いのかもしれないけど、やっぱり嫌な奴だったみたいね」


 ルミーナとしては、護衛をしてもらってる立場上、表向きは批判する訳にもいかなかったのだが……心の中では嫌いな人種だと思っていたのだろう。


「……まずいな、ロバートって俺の正体を知ってるし、俺を恨んでる可能性が高いよな?」


 ヴィーに言われて、ルミーナは考える。


 念の為、ロバートにもメモリーデリートの魔法は掛けたのだが、対象が忘れたくないと強く思っていた場合、効果が薄れる事もある。


「まさか……ヴィクトーの正体をバラす? だとしたら、絶対にその前に止めないと……」


 ヴィーとしても、アンノウンだった過去が世界に広まるのは避けたい所なのだが……今回の旅で少しだけ前向きな姿勢を取り戻したヴィーは、それならそれで構わないと考えていた。


「バレたらバレたで、甘んじて現実を受け入れる覚悟は出来てる。 ただ、ロバートが何かよからぬ事を企んでなければいいんだが……」



 すると、今度はヴィーの通信板が鳴る。 相手はシュウトだった。


「ヴィー、落ち着いて聞いてくれ。 おまえの妹のソフィアちゃんが、何者かに拐われた可能性がある」


 瞬間的に、ヴィーは自分の腕を確認する。 ソフィアには危機を知らせるミサンガを着けていたし、それを感知するミサンガを自分も着けているハズだったから。

 だが、そのミサンガはヴィーの手首には無かった。


(……そうか、アマンダの攻撃をガードした時に……)


 アマンダの渾身の一撃をクロスガードした際、ヴィーの手甲は粉々に砕け散った。 その威力で、ミサンガもまた解けてしまったのだろう。


(くそっ、気付かなかった俺が馬鹿だった!)



 そして、頭の中でソフィアの誘拐とロバートの脱獄が無関係ではないと思えた。


「……犯人は? 何か要求はして来ているのか?」


「まだ分からないんだ。 教会の帝都支部からさっき連絡があったばかりで、少なくとも丸一日、連絡が取れなくなったらしい」


 ヴィーは報告しに来た聖騎士に問い掛ける。


「ロバートが脱獄したのはいつ頃だ?」


「えっ……報告だと半日程前には、幽閉されてた牢屋から姿が消えていたとの事ですが……」


 半日程前……。 ソフィアがいなくなったのは少なくとも一日前。

 これでは時間差が曖昧過ぎて、ロバートが犯人だと断定は出来ない。


 そもそも、ロバートに協力者がいるのであれば、ロバート本人がソフィアを拐わなくても他の誰かがやればいいのだから。


「シュウト、今すぐ教会本部と連携をとってくれ。 主犯は恐らく元・聖騎士団聖女専属護衛隊隊長のロバートだ。 ロバートは聖女に対する不敬罪で幽閉されていたが、脱獄した」


「そいつが主犯だという根拠は?」


「そいつは、俺の正体を知っている上に、ルミーナに恋慕の情を抱いていた。 つまり、俺に対して恨みを抱いている」


「……なるほど、なかなかの根拠だな。 分かった、すぐに教会と連携を取って捜索を始める」



 電話を切り、内容を聞いていたルミーナと目を合わせる。


「ルミーナ、俺は一足先に帝都に戻る。 おまえもシェスターと一緒に、出来るだけ早く帝都に戻っていてくれ」


「そんな、私も行くわ!」


 ヴィーが胸元から転移石を取り出す。


 転移石は、一つで一人を任意の場所に転移させるアイテムだ。

 非常に稀少で、人間の世界ではほとんど出回っていないため、本来であれば王族が緊急時にのみ使用する高価なアイテムなのだが、ヴィーは転移石を複数所持している。

 それは、転移石が魔界にのみ存在する素材を元に造られるからであり、その作成者が七騎将の一人でもあったからだ。


「ソフィアの事は私が一番よく知ってる! 少なくとも、今のヴィクトーよりは。 だから、お願い! 転移石がもう一つあるなら、私に頂戴! お金はあとで必ず倍にして払うから!」


 ヴィーの直感が、今回の件は、アンノウンとしても危険な戦いになると予感していた。

 そんな場に、大切な幼馴染を連れて行くのは認められないと思ったのだが……。


「……分かった。 だが、どうも敵はロバートだけじゃない気がする。 アイツは、俺に対して明確な恐怖心を抱いていた。 恐怖は心に深く刻み付き、簡単に消える事は無い……つまり、奴のバックには、より厄介な奴がいると俺の直感が言っている。 それでも着いてくるか?」


「勿論よ! ソフィアは私の妹でもあるのよ。 絶対に救い出すわ」


 ルミーナは、自分がいない間ずっとソフィアを見守り、本当の妹の様に可愛がってくれたのだ。 そんな彼女の想いを無碍には出来ないし、なにより聖女としてのルミーナの実力は今回の旅でも思い知らされた。



 ヴィーはもう一つ、転移石を取り出すと、ルミーナに渡す。


「この転移石は、俺の家に転移する様に設定されている。 使い方は分かるな? 時間がない、すぐに行くぞ」


「分かった。 じゃあ、行きましょう!」


 だが、ここで報告に来た聖騎士が慌てて会話に割り込んで来た。


「ちょ、ちょっとお待ち下さい、聖女様! 教会からは今回の件を加味し、聖女様には緊急で聖都の教会本部に帰る様にと指令が来ております! どうか、このまま我々と聖都の方に向かって下さい!」


 フランシス聖国・聖都・オリンポス。 教会機構総本部のある、教会のお膝元である。


「そんな!? それじゃあ少なくとも帝都まで三日はかかるじゃない! 無理よ、教会にはそう連絡しておいて!」


「申し訳ございません、我々聖騎士団の罪とはいえ、聖女様にもロバートの件で事情を聞きたいというのが本部の指令です。 これを無視されますと、聖女様の教会でのお立場にも影響が……」


「関係ないわ! だったら、聖女なんて辞めてやるわよ!」


「聖女様……」


 聖騎士がヴィーをチラリと見る。 どうやら部外者がいる場では言い辛い内部事情があるのだろう。


 聖女は教会のシンボルであり、今では教会の頂点である教皇とも並ぶ影響力を誇っているのは、ヴィーも噂程度には聞いている。

 そこには、一般人では分からない政治的な問題もあるのかもしれない。



「……ルミーナ、やっぱり今回は俺だけで行くよ」


「何言ってるの? 私は、私だってソフィアが心配なのよ!?」


 この遠征を通じて、いかに世界中の多くの人が聖女の力を必要としているのかを知った。

 それは、傷や病気の回復だけではない。 戦争によるトラウマなどの心の傷も治療していたのだ。

 それは、聖女だからこその力であり、今世界が最も必要とする力なのだと。


「おまえが聖女の立場を捨てたら、悲しむ人や困る人が多過ぎる。 大丈夫、俺を誰だと思ってる? 一人でも絶対にソフィアを救い出し、おまえが帝都に帰って来るのを二人で待ってるよ」


「そんな……」


 ルミーナは納得いかない表情を浮かべたが、それでも、自分の立ち位置は理解していた。


「……分かった。 じゃあ、私が帝都に行く頃には、ちゃんと兄妹として待っててよ」


「勿論。 ヴィクトーとソフィアで、おまえの帰りを待つよ」


 ソフィアは涙を流しながらも、最後は笑顔で納得してくれた。



「じゃあ、行って来る。 シェスターにはルミーナから事情を説明してくれると助かる」


「分かったわ。 じゃあ、いってらっしゃい、ヴィクトー」


 こうして、ヴィーは転移石を使い、その場から姿を消したのだった。

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