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死神のリグレット~魔王軍最強の死神、学生になる~  作者: Tonkye
第一章 死神、学生になる
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第3話 妹

 ヴィーの……ヴィクトーの妹、『ソフィア・ハイドローズ』は、五歳の頃に父と母、そして兄が、仕事に行ってそのまま帰って来なかった事で、天涯孤独の身となってしまった。


 身寄りの無かったソフィアは村の教会に孤児として引き取られたが、家族が居なくなってしまったショックで、暫くの間心を閉ざしてしまう。


 だが、今でも姉と慕うルミーナや、村の皆んなの温かいサポートのおかげでなんとか立ち直り、次第に笑顔を取り戻す。


 その後、ルミーナが聖女としたコモンスキルを発現し、帝都に引っ越す際に、聖女の侍女として行動を共にする事になった。

 勿論、侍女というのは口実で、ルミーナはソフィアを実の妹の様に可愛がって放っておけなかったし、ソフィアも実の姉だと思ってルミーナを慕っていて離れたくなかった。

 だから、ルミーナは無理を言ってソフィアを一緒に帝都へ連れて行ってくれたのだ。



 真面目なソフィアは侍女として、ルミーナのお世話を献身的に行ったが、次第にルミーナが忙しくて家を留守にする様になり、会えない日々が続くと、心労から体調を崩してしまう。

 ルミーナも、父と母、兄みたいに、自分の前から消えてしまうのではないかと。


 まだ幼い子どもだったソフィアは、周りが優しくしてくれているから、無理して自分も笑顔を作っていたのだ。


 そんなソフィアに気が付かなかったルミーナは自分を責める。 そして、ソフィアに生きる希望を与える必要があると考え、勉強を教える事にしたのだ。 将来、なりたい職業に就ける様に……理想としては、カイゼルアカデミーに入学出来るレベルになれる程の学力を身に付けて欲しいと願って。


 ソフィアはルミーナの期待に応えるべく、猛勉強を開始した。

 夢中で勉強に取り組み数年が経つと、ルミーナがいなくても不安に襲われる事はなくなっていた。

 消えた両親と優しかった兄を思い出し、眠れぬ夜を過ごす事もあったが、三人の分まで頑張って生きると心に決め、勉学に励んだ。


 そして、見事カイゼルアカデミーに好成績で合格するまでに成長したのだ。


 

 両親のおかげか、外見も飛び抜けて整っており、その上誰にでも優しく明るい少女に成長し、いつしか両親と兄を亡くした悲しみや寂しさを乗り換え、健やかに過ごしていた。



 だが、そんなソフィアに、アカデミーへの入学と共に大きな試練が降りかかった。


 カイゼルアカデミーに入学すると、ソフィアはたちまち人気者になった。 当然、彼女に好意を寄せる男子生徒も多く現れた。


 そんなある日、学生ながらファッションモデルとして活動し、アカデミーでも人気を誇る男子生徒に告白される。


 その男子生徒の名は、二年生の『ゲロリアン・アンダードッグ』という伯爵家の息子であり、整った容姿だけでなく、武学にも勉学にも優れる生徒だったが、ソフィアはその告白を断った。


 いつもお世話になっているルミーナへの恩返しと、両親や兄の分まで頑張ると決めたソフィアにとって、恋愛にうつつを抜かす余裕などなかったから。


 ……すると次の日から、ソフィアは酷い虐めを受けるようになった。



 虐めの主犯格は、ソフィアと同じクラスで大商家の娘である『ロレッタ・ドゥワンゴ』という女子生徒だった。


 ロレッタの家は商売でかなりの成功を収め、下手な貴族よりも影響力を持っていると言われている。

 そんな家の権力を笠に、ロレッタ自身も容姿に自信を持っている事から、この世の全ては自分の物だと言わんばかりの我が儘な性格だったのだ。


 元々自分よりも人気があり、学業でも自分より優秀なソフィアを目の敵にしてきたのだが、意中のゲロリアンがソフィアに告白し、しかもソフィアがゲロリアンをフッった事によって、自尊心が大きく傷つけられた。


 ロレッタは実家の権力を利用してゲロリアンを味方に引き込み、ソフィアに対して嫌悪感を抱かせ、味方にする事に成功。

 共に二年生と一年生では学年カーストトップグループであり、そのゲロリアンとロレッタがソフィアを目の仇にし始めた事で、ソフィアの立場は一気に悪くなってしまったのだ。 


 ロレッタとその取り巻きによる陰湿な虐め、それに他の生徒達はゲロリアンとロレッタを恐れて、ソフィアとは極力関わらないを様になってしまった。



 それでも、ソフィアは気丈に学園生活を送っていた。


 父と母、兄の分まで、そして孤児である自分を通わせてくれているルミーナの為にも、虐めなんかに屈っする訳にはいかないと。


 もし、ルミーナが休学中でなければ……少なくとも、ソフィアがルミーナと親交が深いという事を周りが知っていれば、こんな事は起こらなかったのかもしれない。


 でも、アカデミーに入学する際、ソフィアはルミーナにこれ以上迷惑をかけたくないと考え、二人の関係を公にしない様にルミーナにもお願いしていたのだ。


 ……それが完全に裏目に出てしまったのだが、それでもソフィアがルミーナに助けを求める事はなかった。

 もう心配をかけたくないと、自分はもう自立出来るんだと、証明したかったから。



 ロレッタによる虐めが始まってから、居なくなってしまった兄の夢を見る様になった。


 最期に会ったのが五歳の時だから、既に兄の顔も思い出せない、辛うじて黒髪だったのは覚えているだけ。

 でも、いつでも自分に優しかった温もりだけは記憶に残っていたから。

 そして、兄はいつでも自分が泣いてる時は駆け付けて抱き締めてくれた。 それが、どんなに頼もしかったか……もう、ほとんど思い出せなかったのだが。



 虐めにあって以来、飛び火を恐れてか、ソフィアの周りには誰もが居なくなってしまった。


 この日も、ソフィアは気丈に振る舞い、食堂で最も安いランチ定食を食べていたのだが……。


「あ、ソフィア。 悪いんだけど、私財布忘れちゃって、お昼奢ってくれない?」


 やって来たのは、ロレッタとその取り巻き二名だった。


「……いいよ。 何食べるの?」


 本来なら断りたかった。 ルミーナには頼らず、学費の一部免除と教会でのバイトで日々の生活を送っていたソフィアに他の人にご飯を奢る経済的余裕などなかったし、どんなに虐められても心まで屈するのは許せなかったから。


 でも、今日は違った。 今日だけは、卑屈な自分を見られたくないと感じたから。

 誰に? と言われても困るが、ソフィアの直感がそう判断していた。


「ありがと~。 じゃあ私はSセットね。 アンタ等もSセットで良い?」


 Sセットとは、一食五千ギルもする貴族御用達のランチメニューで、取り巻き二人の分も合わせて三食ともなれば、ソフィアの昼御飯代一ヶ月分に相当する。


「ちょ、ちょっと待って! Sセットなんて……しかも三人分なんて、私に払える訳無いじゃない!」


「え~? 折角友達が頼んでるのに拒むんだ。 ソフィアって本当にケチね……あ、孤児だからしょうがないか~」


 そう言って白々しく笑いだすロレッタ達に、ソフィアは激しい憤り感じていたが、歯向かったら余計にややこしくなる事は既に経験済みだった。


「……わかった。 じゃあ、これで……」


 だから、なけなしの全財産をロレッタに差し出した。



「やあ、ロレッタ。 おや? ソフィアも一緒じゃないか。 ロレッタは優しいんだな……こんな貧乏人に構ってあげるなんて」


 そこに、五人の取り巻きを引き連れたゲロリアンまで来てしまった。


(こんな時に……)


 こうなると、面倒ごとは避けられないと経験済みのソフィアは考える。 そして、この場から立ち去ろうと決めた。


「じ、じゃあ私、用事があるから……」


 そう言って立ち去ろうとしたソフィアの背中を、ロレッタが蹴り飛ばした。 ソフィアはバランスを崩し、テーブルに突っ込む。

 その際、食事中だった他の生徒の料理……肉うどんを頭から被ってしまった。


「あ、ごめんね~ソフィア。 つい足が滑っちゃって」


 この騒ぎに、学食内は静寂に包まれる。 ゲロリアンを恐れて何も言えない者、興味がなく傍観する者、そもそも気にしてない者。 誰一人として、ソフィアに助けを差し伸べる者はいなかった。


「ああ、駄目じゃないかロレッタ。 流石にこれでは可哀そうだ……そうだソフィア君、替えの制服を用意してあげよう。 ついでにシャワーでも浴びたら良い……あ、いくら君が貧乏人だとしても勘違いしてくれるなよ? シャワーを浴びた後に、金のために俺を誘惑しようなんてね」


 ゲロリアンとロレッタ、その取り巻き達の嘲笑がソフィアに浴びせられる。


 屈辱、恥辱、怒り、悲しみ。 全ての感情が重なって、ソフィアは震えていた。 それでも、残された意地で涙だけは堪えた。


(なんで……なんで私がこんな目に? 私はただ、静かに過ごしたいだけなのに)



「さあ、行こうかソフィア君。 特別にこの俺が着替えを用意すると言ってるんだ……」


 ゲロリアンが卑しい表情でソフィアに手を差し伸べる。

 ゲロリアンは元々ソフィアに好意を持っていたのだし、ソフィアの誹謗中傷もロレッタと自分が流したデマだと理解している。 だから、この機にソフィアを完全に手籠めにしようと考えたのだ。



 すると、学食の入り口付近がにわかにザワつき出した。 主に女子生徒の黄色い声だ。


「……これは、どういう事だ?」


 そしてそこには、ずぶ濡れになったソフィアと、ソフィアを囲むゲロリアン達を、呆然と眺めるヴィーの姿があった。



 ヴィーを見た瞬間、ソフィアは懐かしい感覚を思い出していた。

 それと同時に、今の惨めな自分の姿を、この人にだけは見られたくないと。



 そしてヴィーは、目の前の状況が理解できなかった。


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ソフィアを囲む男女数名。


 そしてソフィアは、頭からうどんを被ってずぶ濡れになって座り込んでいる……。


「大丈夫かソフィア!?」


 気が付けば、ヴィーはソフィアの下まで瞬時に移動し、ハンカチでソフィアの濡れた頭を拭いていた。



「なっ……おまえ、何者だ?」


 いきなり目の前に現れたヴィーに驚きつつも、ゲロリアンは己の願望が邪魔された事で、不機嫌そうにヴィーに問い掛ける。


「ゲロリアン様、コイツ、確か三年の転校生ですよ」


 すると、取り巻きの一人がゲロリアンに耳打ちする。


 三年生に、えらく容姿の整った転校生が来たとの話はゲロリアンも小耳にしていた。

 妙に女子生徒が騒いでいたし、自分以外の者がチヤホヤされるのが非常に気に食わなかったので、どんな奴か放課後にでも確認してやろうとも考えていたのだ。

 なのに、その転校生はいきなり目の前に現れ、自分の恋路? を邪魔したのだ。 元々気に食わなかった感情が、完全に敵対心に変わる。


(この俺を差し置いて……いいだろう。 この転校生の地位を貶め、如何に俺が優れた人間かを改めて知らしめてやる)



 突然現れた男に、ロレッタもまた戸惑うと共に、ソフィアに対する怒りが増長していた。


 自分の策略が功を奏してソフィアは完全にアカデミーで孤立していた。 なのに、まだ庇う男がいたのかと。 その上、男がロレッタ好みの超絶イケメンだったのも腹立たしかった。


(なんでイケメンばかりがソフィアなんかに……。 もっと貶めて、もっと孤立させてやる)



 ゲロリアンとロレッタが忌々し気に睨みつける中、ソフィアは動揺するヴィーを安心させる様に笑みを浮かべた。


「あの……大丈夫ですから。 ちょっと転んじゃっただけ。 ……制服も乾かさなきゃだから……」


 近距離でヴィーを見つめるソフィア。


 記憶にはない、でも目の前の男には、どこかで会った事がある様な気がした。



 とにかくこの場を治めようと、ソフィアは気丈に立ち上がる。 すると……


「ええ? ソフィア、この御方は知り合いなの?の? 友達なのに水臭いじゃない、紹介してよね」


 何事も無かったかの様なロレッタの白々しい態度に、ソフィアは一瞬言葉を失ったが、それでもこれは好都合だと声を振り絞る。


「そ、そうだよね。 ごめんね、ロレッタちゃん。 でも、私も初対面で……紹介は出来ないかな」


 無理矢理に笑顔を作り、ロレッタに告げるソフィア。

 友達がずぶ濡れになってるにも関わらず、ヴィーを紹介しろと満面の笑みを浮かべているロレッタ。

 それを忌々し気に見ているゲロリアン。


 ヴィーの中で、一つひとつパズルのピースがはめ込まれていく……。



「……遠巻きに見てて大変そうだと思ったんでね。 俺は今日からこのアカデミーに入学した三年のヴィー・シュナイダーです」


 ヴィーもまた、ソフィアに合わせて笑みを作りながら、穏便な態度をとった。


 そのヴィーの仕草に、ロレッタとその取り巻き二人が頬を染めるのを見て、ゲロリアンが大きく咳払いをする。


「君が噂の転校生ですか……。 俺はゲロリアン・アンダードッグ。 アンダードッグ伯爵家の跡取りだ。 シュナイダーという家名は聞いた事が無いし、もしかしたら先輩も貧乏……もとい、平民だろう? 今後の立ち回りにはくれぐれも気を付けるのだな」


 ゲロリアンは、貴族として身分の違いを前面に押し出してヴィーを威嚇する。


「……ご忠告、肝に命じておきます、アンダードッグ卿」


 ゲロリアンにもまた、ヴィーは紳士的な態度を崩さなかった。



「さ、じゃあ行きましょうか、ソフィアさん。 俺もそんなに腹が減ってる訳でも無いから、服を乾かすのに付き合うよ」


「え? あ……うん」


 そう言って、ヴィーはソフィアの肩を抱きながら食堂を出て行った……。



 ゲロリアンは、少しでもヴィーが反抗的な態度をとれば、この場で一気に貶めてやろうと考えていたが、冷静な対応をされてしまったので何も出来なくなってしまった。

 二年や三年も含めた衆目の中、あれ以上ヴィー貶めてしまえば自分の評判も下がってしまうから。


 ロレッタは、すっかりヴィーに心を奪われていた。 その上で、ソフィアを利用して、なんとかヴィーを自分のものにしようと考えていた。


(そうだ、虐めを止める代わりに紹介させてやろう。 それならソフィアの小娘だって嫌とは言えないだろうし……私って優しいわ)



 一連の出来事を見ていたマルクとトラフトとダイスは、ゲロリアンに対して憐れみの眼差しを送っていた。


「意外だな……。 ヴィー君って、案外手が早いんだね。 それにしても……相変わらずアンダードック家の息子はムカつくなぁ」


「まったくや。 なあ、あの二年がシメられるまで何日もつか、賭けへんか?」


「……一週間だな」


「甘い! 俺は三日やと思うわ!」


「え? ヴィー君がアンダードックをシメるって事? ……ちょっと、詳しく教えて欲しいんだけど……」


 本能でヴィーの恐ろしさを知った二人は、早速何日でゲロリアンがヴィーにシメられるかで盛り上がっていた。



……その頃、食堂を出たヴィーの表情は絶対零度の如く凍り付いていた。


(ロレッタとゲロリアンか……俺の妹をこんなに追い詰めやがって……絶対に許さん)

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